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左中間の悪魔 ―呪われた力で目指す甲子園―  作者: 大培燕
三年夏・甲子園 ――崩壊の章――
114/129

112回:SilentK

 盛り上がりを優先すべきか。震えあがるのが先か。甲子園自体が迷っているかのような状況であった。


 5回表、上位打線を相手取る事になる真柄がどう抑えるか。そこに注目が集まっていた。特に先頭打者は1番・沖田。前回の打席で真柄からホームランを放っている相手である。

 だが、その沖田も今の真柄の敵ではなかった。


「ストライク、アウト!」

「か、掠りもできないのか……!?」


 かつて自分が真芯で捉えたボールとは明らかに球質が違う。顕著だったシュート回転は無くなり、お辞儀していた筈が伸びてくる。目測を誤るのは自然の流れであった。


「ストライク、バッターアウト!」


 それでも修正が効くのが一流の打者。決勝まで来た敦也学園の打者ならば、その修正が十分に効くはずであった。


「バッターアウッ」


 だが真柄の球の伸びは、今まで経験したどのストレートとも違う。なまじ慣れている球速であるだけに、バットとボールの位置が離れてしまう。二番宮本、三番義輝も真柄の140キロのストレートに成す術なく三振した。


「きゅ、九連続三振!?」

「おい、連続三振の記録っていくつだっけ」

「確か、十連続……って、あと一個じゃん!」


 だが驚天動地はまだ終わらない。この回の裏、望田征士郎が更にギアを上げる。

 5番・伊集院に150キロ。6番・成田に152キロ。7番・佐々木には更に速いボールが来ると怯えている所へ、この球を見せる。


「スイングアウト!」


 一つ間違えば当たり損となるインコースへの大きなカーブ。虚を突かれた佐々木は無残にも尻餅をついた。


「くそっ、大恥だ!」

「熱くなるな。向こうはもっと恥をかいてるんだから」


 真柄に諭される佐々木。それが聴こえたのか、遊撃手の上泉に睨まれる。


「次は俺からだぞ、真柄」

「だから?」

「打ち止めだ。文字通りな」

「期待して待ってるよ」


 エースと4番のプライドがぶつかり合う、6回表が幕を開けようとしていた。


                    ******


 投球練習を終えた真柄の所に、例によって里見が打ち合わせに来る。


「顔が青いぞ」

「気のせいだ。さて、あの剣豪どう捌いてくれようか」

「誤魔化すな。こっちは五回までのつもりだったんだぞ。どうなんだ腕は」

「……」


 こと故障の類に関して、里見にはもう誤魔化しが効かないらしい。何せイップスを忘れるほどの痛みである。尋常であるはずがない。

 今までは針が刺さる程度だったが、もはや刺された事のない物を刺されている。投げる度に、ヒビが深くなっていくのが分かる。


 だが、剣豪達をあと4イニングス抑えるにはまだ足りない。


「ここから二巡目だ。ギアを一つ上げる」

「はぁ!? まだ上がるのか」

「あとほんのちょっとだけだ。行けるところまで行かせてくれ」

「そんなこと……」

「頼む」


 気づかぬふりをして投げ続けさせるのも恋女房の仕事なら、ここで止めるのもまた仕事。つまり、里見の言葉一つで今後の真柄が決まるのである。

 それは高校生にはあまりに酷な選択であった。目の前の逸材は、どこまでも飛んでいけると分かっている里見ならば尚更……。


「里見さん!」


 長引いたタイムに、まだ回の初打者だと言うのに異例の伝令が走った。壇ノ浦からの言伝を竹中が預かって来たのだ。


「何だ竹中、壇ノ浦先生は」

「責任は持つ、と」

「……本気か、あの人!?」


 里見はベンチを見る。壇ノ浦はサングラスの奥の瞳を隠したまま、大きく頷く。

 その大胆さが憎く、また救われた気もした。


「いくよ、里見」

「……ああ。好きな様に来い」


 監督命令では、どうしようもない。真柄のピッチングをこのまま見たい自分も、確かにいたのだ。

 里見は座った。ほぼ同時にプレイがかかる。審判も痺れを切らしていた様だ。


 その初球だった。その回転は先程までの物と同じながら、ノビが格段に違う。インコースベルト付近、もっとも打ちやすいコースに来るかと思いきや……。

 胸元にまで、浮き上がって来たように上泉には見えた。一球見るつもりだった彼が、いつの間にかスイングの決断をしていたほどに、絶好のコースに来たはずだった。


 電光掲示板を見た観客が一挙に騒ぐ。


「ひゃ、145キロだー!」


 マグナスエフェクトによる球速増加。その第二段階がベールを脱いだのだった。


「あと4回……投げ終わる頃まで」


 一定間隔で腕に発生する衝撃を、痛烈に感じながら真柄は思う。


――腕、繋がっててくれるかな。

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