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左中間の悪魔 ―呪われた力で目指す甲子園―  作者: 大培燕
三年夏・甲子園 ――崩壊の章――
105/129

103回:Big Red Machine

「す、スクイズだーッ」


 芯太郎を打ち取ってホッとしたのも束の間、壇ノ浦は次打者・伊集院の初球でスクイズを仕掛けて来た。


「世界のバントーッ」


 外し方の甘いボールを、しっかりとフェアグラウンドに転がした伊集院。何とか三点目を奪取した。


「よしよし、初回三点なら上々だ!」

「でも……」


 全員が芯太郎を見ている。本人はニコニコしながらグラブのポケットを確認しているが、彼がランナー三塁で打てなかった事はこのチームにとって致命傷となりかねない。聞き込みの必要があった。


「芯太郎、お前今日は」


 里見が尋ねようとした瞬間、芯太郎は一目散にグラウンドへ駆けて行ってしまった。成田がショートライナーに倒れ、一回裏が終わったためだ。


「ちっ、まぁいい。あいつが打とうが打ちまいがどっちでも三点取れたんだ。気にせず行くぞ真柄」

「あいよ~」


 のっそりとベンチ奥から現れる真柄。その体は気怠そうに見えた。


                    ******


 一方の敦也ベンチ。望田征士郎に申し訳なさそうに頭を下げる先発投手・鐘巻がいた。


「すみません主将、あんな打線に3点も取られて……」

「いいっていいって鐘巻。3点しか取られなかったってとこが大事だよ」

「でも、斎村のあの守備があると厳しいんじゃ…?」

「うちの剣豪打線、次は4番からだ。うちは4番から6番まで……どうなってたっけ?」


 スターティングメンバーの面々がニヤリと笑う。望田は鐘巻の肩を力強く叩く。


「安心しろ。あの真柄が相手なら、この回でひっくり返せる。だろう、剣聖」

「ああ、任せとけ」


 剣聖こと4番・上泉が打席に向かう。その打席の位置から、鐘巻は台詞の意図をようやく理解した。


「そうか、そう言う事か」

「そうだ。うちの4~6番は、全員左打者。芯太郎は使わせないよ」


 吉岡監督が両手を二度叩いてナインに気合いを入れる。


「大量得点、いくぞ!」

「はいっ」


                     ******


「成田、ツーベースでいい! 無理するな!」


 上泉の打球は右中間を軽く破った。3点差のある智仁は無理に飛び込まず、ツーベースコースをスリーベースにしない堅実な守備を見せる。成田は傷口を最小限に押さえこむ守備に定評があった。


「よしよし、それでいい」


 口では落ち着いているが、里見は内心かなり危ういと感じていた。ここから7番までの左攻勢、果たして何点で凌げるか。それが今日のポイントになるからだ。


――駒が足りない。二番手の竹中がもう少し力があれば!


「智仁高校、守備の交替をお知らせいたします。レフトの斎村君がセンター、センターの高坂君がライト、ライトの成田君がレフト。以上に変わります」


 すかさず壇ノ浦がとったのは、例によって苦し紛れのシフトチェンジ。里見としては、意地でも引っ張らせない配球を選ぶしかない。


「5番ファースト、兵庫君」


 またも左打者。里見はセンターへ打たせる策を考える。外角シュートを思いっきり引っ張れば、打球はセンターに飛ぶのが道理だが……。

 初球、その外角シュートをストライクに入れる。だが兵庫はこのシュートを待っていたかのように引き付け、おっつけてレフト線へ。


「くっ、今度はレフト狙いか!」


 しかもしっかりと線際に打球を流している。左打者の打球は左にスライスしやすいが、スライスしてなおフェアゾーンに落ちる最悪の当たり。セカンドランナーの上泉は、一気にホームへ帰ってくる。


「よっしゃ、まず一点返したぞ」

「三点差とか心配だったけど、追いつけそうじゃん! 流石は剣豪打線」


 3点ビハインドで意気消沈だった敦也側応援団が息を吹き返す。一方で焦りを見せるのが里見である。すかさずタイムを取りマウンドへ向かう。


「あいつら、レフト線へ狙って流す気だ」

「ま~俺のシュートだったら流しやすいだろうね」

「……どうやってセンターに打たせる? お前何か策あるか」

「あるわけないじゃ~ないすか」


 真柄のシュートは右打者には内角をえぐる様に入ってくるので、右中間に流すのは難しい。なので芯太郎の守備と相まって威力を発揮できる。が、左打者にとっては無理やり引っ張ってセンターに持っていく事も、素直にレフト線に流す事も選択できる。高等技術ではあるが、決勝に上って来た敦也学園の打線は恐らく全員この二択が可能だと考えられる。


 要するに、シュート一辺倒では抑えられない。スライダー、チェンジアップを積極的に使う旨を伝え、里見は戻って行った。


「6番セカンド、大石君」


 次の大石も左打者。だがシュート狙いを逆手にとれば、ここは抑えられると里見は考えた。初球、外角へ外すシュートで様子を見る。思い切り踏み込んで来た事で、まだベンチからの指示は変わっていない事を確認できた。

 二球目。インハイに128キロのストレート。これを見送ったためストライクを稼げたが、里見・大石ともに驚いた表情を見せた。


――何だ、今の力のない球は!?


 まさかストレートも130キロに届かないとは思わなかった両名。狙われたら確実に外野の頭を越える長打となるだろう。里見は三球目、とにかく低めに投げるように指示を飛ばす。三球目、インコースのボール球がナチュラルにシュートしてストライクゾーンに入る。


 1-2となったところだが、真柄はボールを受け取りセットポジションを静止させると、間髪入れずに第四球を投げた。タイミングを崩された大石だが、投球はハーフスピードの内角ストレート。『もらった!』と思う球が来た。里見は思わず眼を瞑りそうになったが、意外にも次の瞬間には。


「ストライク! バッターアウッ」

「くそっ、スライダーか!」


 何とかスライダーが曲ってくれた。奇跡的に三振という結果になったが、アウトはあと23個も取らなければ試合は終わらないのだ。打者一人にここまで神経をすり減らす様では、試合にならない。


「7番キャッチャー、愛洲……君」


 美味しそうな名前のバッターがやって来た。だが打席での挙動から、里見はこの愛洲が一番マークすべき男だと感じている。

 タダ者ではない。捕手の勘が、そう告げている。


「里見君、だったかな」

「……なんだ」

「頑張って、僕を抑えてね」


 いっぱいいっぱいなのを知っている口ぶりだ。自分が3点を取られた捕手であるにも関わらず、この上から目線。この回での逆転を信じて疑わないという事だろう。


――面白い、俺のリードで抑えてやる!


 今の真柄には一球一球が貴重である。だが見せ球を使わなければ、この男は抑えられない。初球、外角に決まるシュート。二球目は、インハイのストレート。先程の大石と同じ配球だ。


「なるほど。これで次の球も、同じように来るのかな?」

 

 もし同じなら、インコースのストレート(シュート回転)という事になる。だが里見はここでスライダーを選択した。


――ストライクからボールになるスライダーだ。バットに当たらなければ三振、当たっても内野ゴロ。来い、真柄!


 満を持して投じられたスライダー。だが、そのコースが甘かった。

 ストレートとの球速差もあまりにありすぎた。115キロ程度のスライダーは、容易に愛洲に見極められ、そして……。


「行くなーッ、越えるなぁーッ!!」


 里見が心からの願いを口に出す。打った瞬間に『それ』と分かる大飛球。高坂は追うのを諦めた。一回の当たりとは違う。今度は正真正銘の、ツーランホームラン。


 真柄は腕を押さえて項垂れる。初回に3点を先制した智仁高校。そこから1イニングも経たない内に、同点に追いつかれてしまった……。

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