表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
左中間の悪魔 ―呪われた力で目指す甲子園―  作者: 大培燕
三年夏・甲子園 ――崩壊の章――
102/129

100回:Homerun Hunter

 試合直前の静寂。選手達がベンチ前に整列し、闘争心剥き出しでホームへ駆け出す瞬間。高校野球と言うスポーツの始まり方は、嫌が応でも緊張感を高めるようにできている。


 両校のシートノックは既に終了し、甲子園は静寂を迎えている。

 爆発の導火線が、徐々に尺を失っていく。

 真柄はブルペンに立っていたが、投げてはいなかった。


「おい!肩作れってば!間に合わんだろ」


 里見の指示にも従っていない。

 逆側のブルペンを見つめ続けている。

 先発・鐘巻の横で投げる、望田征士郎。

 160キロ近いストレートに、スライダー、カーブ、そしてフォーク。典型的な本格派の持ち球である。


――もしあいつを操作できるなら、どんな風に操る?


 曲がりの小さいカーブでカウント稼いで、剛速球で仕留めるのは気持ちが良さそうだ。

 逆にストレートでカウントを整えて、フォークで仕留めるのも面白い。それから、それから……。


「おい、引き上げるぞ馬鹿」


 里見に腕を引っ張られて、真柄はベンチへ帰って行く。

 ブルペンで投げた球数は十五球。たったのそれだけだった。それ以上は、肘の痛みが許さなかった。



 ベンチ前に戻ってくると、芯太郎が見た事の無い顔をしていた。いつもは泣きそうなほど悲壮感を漂わせるか、他を寄せ付けないほどに敵意を剥き出しにしているのに。

 憑き物が取れていた。試合をするのが、楽しみで仕方がないという顔だ。


「芯太郎、大丈夫か?今日は何かおかしいぞ」

「うん、うん!」


 里見が話しかけても、今日はこの返ししかして来ない。

 芯太郎は入学してからの二年半、ずっとおかしかった。おかしいのが、芯太郎なのだ。だが、今日のおかしさはベクトルが違う。


 今迄の陰気なおかしさではなく、明らかに『陽』の方向へのおかしさ。ハイになっていた。

 朝比奈や里見だけでなく全員が予感した。このおかしさは、必ず試合に影響する。もしかしたら、今日の芯太郎は全打席ヒットを打つかもしれないとさえ思える。


 ともすれば、この試合は勝てる! 静岡・智仁高校の全国制覇。もはや夢物語ではなくなった。


「整列しろ! 行くぞ!」

「オイッ」


 朝比奈はベンチ前に全選手を整列させる。

 この縦の人垣。美しいラインもこれで見納めである。

 勝負は、このダッシュから始まる。

 まずは挨拶までの気迫のぶつけ合い。必ず倒すと言う殺気を限界ギリギリまで昂らせ、声にして放つ。


――勝ちたい。試合後に体が千切れても。


 朝比奈のメンタルも、過去最高レベルまで昂っていた。


「集合!」

「いくぞ!」

「オォイッ!」


 炎は、蝋燭へ点火された。


 礼の前から、朝比奈は望田と目を合わし火花を散らしている。高坂は平常、里見は眼を瞑って集中。真柄は既に脂汗を流している。そして芯太郎は満点の微笑み。


「これより、敦也学園対智仁高校、甲子園決勝戦を始めます。礼!」

「よろしくお願いしゃーす!」


                    ******


 真柄がマウンドへ登ると、観客席からはチラホラと心配の声が上がる。それもそのはず、ここまで全ての試合に登板したのはこの真柄だけなのだ。しかも全て6イニング以上、その内完投二試合。オーバーワークは明白であった。


「守ります、智仁高校。ピッチャー、真柄……君」


 里見はミットを、出来る限り前に出して練習球を捕球する。

 真柄に、少しでも気を良くしてもらうために。


「キャッチャー、里見……君」

「ファースト、伊集院……君」

「セカンド……」


 望田は静かにベンチから身を乗り出す。


「望田、見てみろあのオーダーを」


 敦也学園、吉岡監督がスコアボードに人差指を向ける。


「ええ。あれは大変な事ですよ」

「捕手の里見が二番。明らかに斎村にチャンスで回そうというオーダーだな」

「この甲子園で芯太郎の得点圏は5割。ランナー三塁なら8割。出塁率の高い四人を前に置いて得点を荒稼ぎすれば、今日の真柄でも逃げ切れる。そう言った考えですかね」

「試合前。お前の言った事は本当なのか?」

「ええ。この試合は……」


 その時耳に入って来た歓声の向けられている先を悟り、望田は左翼を見る。


「レフト、斎村……君」


 時の人、芯太郎への歓声である。


「今日も頼むぞ、天才レフト!」

「プロあるぞ、頑張れ斎村!」


 芯太郎は笑顔で手を振っていた。

 決勝のみ、スコアラーとしてベンチに入れて貰った佐那は、その幸せそうな顔を直視することを拒否した。望田は佐那に声をかける。


「どうした佐那」

「セイちゃん……私はあの幸せそうなシンが、可哀想で」

「気にするな。これがアイツへの『罰』だ」


 望田征士郎は佐那の帽子に手を置きながら、意味深な言葉を吐く。


「この試合の勝利は昨夜決まったんだ。俺達の勝ちは、もう揺るがない」


                  ******

 

「まーまー。そ―心配しなさんなってさとみん。なんとかならぁね~」

「予兆が来たら直ぐ代えるからな」

「予兆って?」


 すっ呆ける真柄を無視して、里見はホームベースへ向かう。先頭打者・1番沖田が打席に入る。剣豪打線の一番手だ。


――初球。インコースの……。


 手首を固定して、なるべく捻らずに投げる。真柄のシュートは、微妙なリリースの違いによってなるべくスピードを落とさない、それでいて曲がりの大きいウィニングショット。里見は勢いをこのイニングスで欲しがった。インコースのシュート、決め球を初球に持って来たのだ。


「プレイボール!」


 審判の宣言と同時に、不快さと爽快さを併せ持つサイレンが鳴り響く。ゆったりとしたテイクバックの後、真柄の手からボールが放れるその際に里見はその球筋に眼を疑った。


――え、ベルト高の……棒球!?


 そしてそのサイレンが鳴り止まない内に、打球は左翼最深部へ飛んだ。


「何だと!?」


 開幕初球、レフトスタンドへのホームランを沖田は狙っていたのだ。初球の入りがインコースのシュートである事は、智仁バッテリーには多い。そこをチェックされていたのだ。


「いったぁ!」


 甲子園での先頭打者初球ホームランは、滅多に見れないイベントである。その角度と打球音から、誰もがスタンドインを確信した。だが、今日の左翼手はこの男。


 芯太郎は打球音とほぼ同時に目を切って、落下点手前にあるフェンスへ一直線。しかもスピードをほとんど落とさない。


「おい、ぶつかるぞ!」


 観客の静止も聞かず、芯太郎はフェンスの縁へ飛び乗り、そこから片足でもう一段上のフェンスへジャンプした。フェンス最上段に足をかけると、そのまま落ちてくる目標を捕捉。0.5秒後に飛翔した。


「えっ……うわぁぁぁ!?」

「きゃああ!?」


 そしてそのまま、観戦に来ていたカップルに向かって落下していく。当然避けられたため、芯太郎は肩を捻って背中から椅子に激突した。


「どいて、どいて!」

 

 長距離を走って息が上っている二塁塁審がフェンスを乗り越える。倒れて動かない芯太郎のグラブの中には、ハッキリと白球が見える。


「アウト、アウトぉ!」


 アウトの宣告を確認した芯太郎はゆっくり立ち上がる。下手に動いてボールを零さないために、審判が来るのを現状維持のままで待っていたのだ。


「そんな馬鹿な! 完全捕球できるはずがない! しっかり見て下さいよ、絶対落としてる!」


 打った沖田は塁審に確認する様に要求する。だが判定は覆らなかった。

 普通、ホームラン取りはフェンスギリギリ、入るか入らないかの打球を奪うもの。

 だが芯太郎のホームランキャッチは、見逃せば間違いなくホームランだった打球。それが超美技でワンアウトに早変わりしたのだ。しかもあんなに強く体を打ってボールを零さないなど普通は有り得ない。沖田でなくても落球を疑うところである。


「す、すげぇーー! 斎村!」

「今壁走って昇らなかった!? 忍者かよアイツ」

「いいぞバンダナ王子、日本一の外野守備!」


 望田佐那はそれを見てうっとり一言。


「最高にカッコイイよシン。だからこそ、可哀想……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ