表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
左中間の悪魔 ―呪われた力で目指す甲子園―  作者: 大培燕
三年夏・甲子園 ――崩壊の章――
100/129

98回:無理なものは無理

「真柄が投げるのには反対です! こいつの腕は絶対壊れてる!」

「監督~、俺が投げれば優勝ですよ、優勝監督ですよ~」


 宿舎に帰ってからのミーティング。決勝の先発を巡って、里見と真柄が火花を散らしている。今後の野球人生を考え、真柄に無理をさせないつもりの里見。だが真柄はしつこく粘る。


「誰がイニング稼いで来たと思ってるのさ~。エースを最後に投げさせないなんて薄情なチームだな~」

「お前はいいから病院にいけよ! これ以上投げたら、もう右腕が使い物にならなくなるだろうが」


 真柄は大きく息を吐くと、里見に向き直って問いを投げる。


「じゃあ誰が投げるのさ。竹中に今日以上の負担をかけるわけ~?」

「芯太郎だ」

「ブフーッ」


 その名前を聴くや噴き出す真柄。幾らなんでも本職でない芯太郎はないだろう、と言いたげだ。ムッとしながらも静観を決め込む芯太郎。

 だが、壇ノ浦は里見の提案にまんざらでもないらしかった。


「斎村」

「はい」

「明日、先発行けるか」

「無理です」


 その場の空気が凍った。無理な事は無理だと言うのが芯太郎の流儀である。公式戦ではほとんど登板のない自分が甲子園で、まして決勝の舞台で投手など冗談にしても性質が悪い。


「なら三番手の相馬(二年)でいいだろう」

「ぼ、僕そんな、決勝なんて」


 一向に決まらない先発投手。やる気満々の男は、ただ一人であった。


「……しかたない。真柄、先発だ」

「ひゃっほーう」

「ただし、五回までだ。それ以上は許さん」


 結局、優勝したいのならば真柄に託すしかないのだ。体力は他投手の方が余っていても、緊張で実力が出せないだろうと思われる。甲子園のマウンドは真柄にこそ合っている。

 里見はその時点で、嫌な予感がしていた。明日の決勝、タダでは終わらないという予感が。


「大丈夫、大丈夫。明日は超真柄、マグナム真柄……ああ、いい名前が思い浮かばんけど凄い真柄で行くから~」


 よく分からない事を言う真柄。ミーティングが済むとすぐさま風呂に駆けて行った。


                     ******


「おー朝比奈。お前もポーカーやらんか」

「ぽ、ぽーかー? お前ら、決勝前に緊張の無い……」

「やらんのか、残念。そうだ、芯太郎知らんか? ディーラー含めて三人でやろうと思ったのにおらへんねん」

「さぁなぁ」


 高坂は伊集院とポーカー勝負をしていた。緊張を解すためにやっているらしいが、両者秘蔵のエロ本を賭けているため逆に緊張感が高まっている。

 

 朝比奈は彼らに夜更かししない様忠告すると、舞子を探しに行く。


「お、決勝前に気合い入れてもらうんか?」

「そんなんじゃねーよ。望田の投球データが欲しいだけだ」

「はぁ~、なんで俺彼女できなかったんだろうなぁ」


 部内の彼女持ち二人(朝比奈・高坂)を見て深い溜め息をつく伊集院。メジャーリーガーの物まねをリクエストするとすぐに元気になった。


「舞子、ここにいたのか」


 舞子は宿舎のベランダにいた。夜風にふわりと揺れるスカートが朝比奈の目線を釘づけにする。


「いよいよ決勝だね」

「まさかここまで来るとはな」

「通ちゃん、やっぱり凄いね」


 かぶりを振る朝比奈。主将であり主力であるとはいえ、自分一人ではここまで来られなかった事を自覚している。


「真柄、里見、高坂……それに芯太郎。あいつらがいてくれたお蔭だ」

「ここまで来たら、楽しもうって気になって来ない? ここまで来れた事が奇跡なんだから」

「勝つよ」


 風で靡く舞子の髪ごと、胸に抱き寄せる。誰も見ていないせいか、舞子も抵抗しない。


「他の特待生は勝つ気だ。俺もそうしたい」

「うん。私はベンチからだけど、ずっと見てる」

「そうだ。勝利ついでに、何か記録でも残してやるよ」

「記録?」

「そう。俺達だけの、栄光不滅の記録をさ」


 舞子がクスクス笑うので、胸板がくすぐったく感じる。それほどおかしな事を言っただろうか?


「三振と失策の記録だけはやめてよね」

「あー、そういう事言う?」

「えへっ。期待してるよ、私だけのヒーロー」


 決勝戦。まさか本当に、しかも予想の斜め上の記録を作る事になるとは、朝比奈自身も想像できなかった。


                      ******


 同時刻。誰にも悟られずに、芯太郎は宿舎を抜け出していた。ある人物からの着信によって、呼び出しを喰らったのだ。

 芯太郎の一歩一歩が、震えている。もし決勝でこの震えが来たら、まともな打撃はおろか、まともな守備すらできないだろう。それほどの恐怖を覚えさせる人物とは、やはりこの二人だった。


「よく抜けて来れたな、シン」

「征士郎、佐那も……どうせ、明日会うのにどうして?」


 双子の兄が背中を押すと、佐那が一歩前に出る。芯太郎が一歩下がると、更に一歩前に出る。


「……約束は明日の試合じゃなかったの?」

「違うんだ芯太郎。今日はお前に謝っておかなければならない」

「……え、俺に?」


 逆なら分かる。だが望田征士郎が、もしくは望田佐那が自分に謝る事とは一体。流れが読めずにいると、佐那は隙を見て唇が当たる程の距離に近づいた。


「ちょっと……」

「よく見て、シン」


 佐那が、傷を覆っていた眼帯を外す。芯太郎が恐る恐る眼を開けると……。


「傷が……無い!?」


 試合前から、決勝戦は山場を迎えようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ