わたしのお仕事
「ありがとう」
たった一言。ゆったりと、低く響くその声に、わたしの耳と心はノックアウトされました。
あなたの声を聞いてから早2年。
わたしは、あなたの声と心が欲しくて欲しくてたまらないのです。
今日もこの王国は平和です。
「どーいーてーくださーい」
大きなカゴに視界をふさがれ見えないわたしは、そう言いながら王宮の中庭を歩いていた。
さっ、と侍女の皆さんや、文官・武官の皆さんが避けてくれる様は、ちょっとした快感に浸れる。まるで自分が偉くなったかのよう。いや、実際はそんなことないのだけれど。多分みんなわたしとぶつかって、このカゴの中身(たくさんの薬草)をぶちまけられるのが嫌なだけなんだろうけど。
その証拠に、わたしの横で一体どのようにして避けようかと右往左往している方々の目は、なぜか戦々恐々としてわたしを見ている。
……まあ、実際何度かやったことあるし、王宮の皆様方に恐れられても仕方ないか。
わたしのお仕事は、決して薬草運びではありません。これは、わたしの職業―つまり、薬師の下っ端としての大事な大事な雑務なのです。
わたしの師匠であるラーラ様はもう70代のおばあさま(こんなこと面と向かって言ったら師匠に殺される)で、この大量の薬草を王宮の倉庫から薬師室まで運ぶのは不可能だし。わたしは薬師試験に合格して5年目とはいえまだまだ新米だし。
だから、仕方ないのだ。わたしだってしたくてこんなことしているわけではないのだ。このくっさい薬草を、片道10分もかかる道を運んでいくなんて。
なんだってこんなに王宮は広いの。嫌がらせだ。経費の無駄遣いだ。せめて倉庫と薬師室を隣り合わせにしてくれたらいいのに、なぜ王宮の端から端なんてそんな鬼畜なことを。
ぶつくさ文句を言うわたしは、さぞや不気味だったことだろう。それに加えものすごい臭いをはなつ薬草を抱えているのだ。誰もが周囲5メートル以上離れているのは当たり前である。20歳の乙女としては悲しい限りだ。
しかしわたしは言いたい。みんな怪我したときにはこの薬草をすりつぶした薬にお世話になっているじゃないかと。臭いが軽減するようわたし達薬師が気を配っているだけで、この薬草がなかったら、そこの侍女さんのヤケドだって文官さんのペンダコだって、武官さんの切り傷だって治っていなかったのだぞ、と。
薬師って、裏方なんだよなあ。ちえ。
そんなことを思いながら、そろそろ薬師室に着く、と一瞬気を抜いたときだった。
「あ」
そこに、小さな段差があるのを忘れていた。通いなれた道なのに。王宮勤めになってからというこの1年間、ほぼ毎日歩いているのに。ばかばか、わたしのばか、とり頭。
わたしがいくら自分を責めても、重力はわたしの味方をしてはくれなかった。
ばさり、と大きな音がして、わたしが抱えていた大きなカゴとその中身は宙に放り出されたのであった。
新連載です。
ほのぼの、のんびり、ファンタジーな恋愛小説。




