お兄ちゃんだけどお兄ちゃんじゃなかったようです
「えっと……今日は友だちと食べて帰ります、と。送信」
うきうきとお宝を抱えながら、タイミング良く見つけたソファー席に腰を下ろす。
引っ越した事で以前住んでいた所と大分離れてしまったので、そうそう知り合いに出くわす事もない。
うん。新しい家族が出来て戸惑うばかりだけれども、自転車で行ける所に大型ショッピングモールがあるのは有難い。
主に大型書店とかゲームショップとか。なかなか、PCゲームまで置いてる所って少ないんだよねえ。
とりあえず、リュックをパカリと開いてゲットしたお宝を丁寧に入れていく。
むふふの小説に、漫画の新刊数冊。そして! 待ちに待った乙女ゲーム!
情報公開されてからこまめにチェックし続け、ようやく発売されたゲーム!!
春休みはこのゲーム攻略に全てを費やそう!
「とりあえず、夕飯は安く済ませて……部屋で食べるおやつのストック買って……あとはそれから」
本とゲームだけでいっぱいになってしまったけれど、あとは軽い物だから手提げで良いだろうとエコバックを取り出してポケットに入れておく。
あ、忘れてた。イヤホン! イヤホンを買わねばだ!!
「今までだったら必要なかったからなあ……ああ、面倒臭い」
新しい家族が出来て、早数週間。
学校がある日は良かった。新しいお兄ちゃんは生徒会に入っているだとかで、なんか朝早くて帰り遅いし。
お義母さんもお父さん並みにお仕事が忙しくて、朝早くて夜も遅い。
つまり、あまり私の生活スタイルは変わらなかった。
朝、起きたら誰もいないリビングで菓子パン食べて学校へ。
夜は夜でみんな遅いから、面倒だけど家族の分のご飯を作って先に食べて部屋にこもる。
学校から帰ったらすぐにお風呂を済ませておくもの大事だ。
そうしたら、八時過ぎくらいに帰ってくるお兄ちゃんにお帰りなさいの挨拶をして、あとは次の日までひたすら二階の自分の部屋に籠る。
その繰り返し。
土日は、今日みたいに友だちと遊びに行くって行ってここに避難。
新しく貰った私の部屋は、大きなクローゼットがある、日当たりの良いお部屋だ。
それまで箪笥だった私。
生まれた時からずっと使ってた箪笥だから、捨てるのももったいないし、そのまま持ち込んでる。
そんなに服をもってなかったこともあって、ハンガーにかけれる物はクローゼットにお引っ越しして、空いた段にはむふふの小説が……結構、日焼けとかしなくて状態良く保存出来るから気に入ってるんだよね。
そうだ。クローゼットにもまだまだスペースあるから、もうちょっと趣味の物を増やしても隠すスペースには困らない。
堂々と出しっぱなしに出来るのが一番だけど、流石にそこまでフルオープンにはなれない。
「あれ? すんごい美女……いや、イケメン?」
自動販売機でジュースでも。
そう思って視線を動かせば、後姿だけでも分かるすんごいイケメンがいた。
腰まである、薄茶のさらさらの髪。
ふわもこのファーがついた白いコートに黒の綿パン。
うん?
どこかで見た後姿だなあと、ついついそのイケメンの姿を追っていたら振り向いて……目が合った。
「へ?」
それは一瞬、とかではなくて、ばっちりと見つめ合ってしまった。
ナチュラルに化粧がされてて、真っ赤にひかれた口紅はお義母さんみたいに魅惑的だ。
「お兄ちゃん……?」
髪の長さも目も色が違う。
雰囲気だって全然違う。
それなのに、私は茫然と見続けて……ぼそりと、呟くようにして呼んでしまった。
休日とあってそれなりに賑わうショッピングモールの通り。
私の呟きなんて周りの雑音に紛れて届いていないはずだろうに、その人は真っすぐと私を見つめて……来なくて良いのにこっちに歩みを進めてきた。
立ち止まる
逃げる ←
ゲームのしすぎなのか、瞬時に選択肢が浮かんで迷わず逃げるを選択する。
それでもやっぱり、ゲームのように上手くはいかず。
私は立ち上がろうと腰を微妙に浮かした状態で、見降ろされた。
「ええっと……お綺麗ですね、お兄ちゃん」
「ありがとう、百合ちゃん」
どこか戸惑ったように、困ったように首を傾げて微笑むお兄ちゃん。
うん、お兄ちゃんだよね。
わーい。お兄ちゃんと偶然遭遇しちゃった。
お兄ちゃんってば目が笑ってないよー☆
逃げたい。
切実に逃げたい。
逃走ボタンどこですか。
「お友だちは……一人、かしら?」
キョロリと辺りを見回して、にっこりと笑うお兄ちゃん。
うん、逃げない、逃げないよーだからさりげなく私のリュック持たないでくれませんかー。
「お兄ちゃんはお姉ちゃん? イケメンのお兄ちゃんとお姉ちゃんゲットって贅沢だね」
むしろ鑑賞用としては二度美味しいというか。
私がむふふの作り手側だったら、美味しいネタがこんな所に転がっるなんて! とか言いながらはあはあしていたかもしれない。
残念な事に、楽しむ側なんだけどね。
「お兄ちゃん? あ、ごめん。えっと……お姉ちゃん?」
お兄ちゃんはポカンと口を開けて、じっと私を見つめる。
うん。お兄ちゃんみたいにイケメンではないフツーの顔なので、見ても楽しくともなんともないと思うのですが。
「百合ちゃん……とりあえず移動しましょうか?」
「あ、はい」
差し出された手を素直に取れば、ぴしりと固まるお兄ちゃん。
なんだ? 何がしたいわけ?
とりあえず良く分からないから、手を取って立ち上がってから手を離す。
さあリュック返しておくれー。お兄ちゃんが私のお宝達を持ってるとか、中身を見られはしないだろうけど心臓に悪いのですー。
さあリュックをはよはよと手を差し出せば、何を思ったのかその手をとって繋ぐお兄ちゃん。
うん、そうじゃなくてね、リュックですリュック!
リュックだよって言おうと思ったけど、なんかお兄ちゃんの目が揺れてて、挙動不審だなあおい。なんとなく口を開いても良い事なさそうで、黙ってとりあえず仲良しこよしと手を繋いで歩きだす。
「百合ちゃんは……気持ち悪がらないのね」
「なにが?」
あ、お兄ちゃんが履いてるムートンブーツ可愛い。
そっちに視線が行っていて、聞いてなかったからもう一度尋ねれば、お兄ちゃんは困ったように笑った。
はて?
ああ、そうだ。
「お兄ちゃんじゃなくて、お姉ちゃんって呼んだら良い?」
とりあえず、今までお兄ちゃんって呼んでてごめんなさい。
そう謝ったら、目をまんまるに見開いて……肩を震わせて笑われた。
おお! イケメンはぷるぷる笑っても目の保養だなあ。
「あの、あのね、百合ちゃん。他に何か言いたい事ないかしら?」
ほか?
ほかってなんだ?
「えっと……まだご飯食べてないから、このまま帰ると困る……?」
「ぶはっ!」
おお、今度は爆笑ですか。
なんだ、何がおかしかったわけ?
なんとなく面白くなくて、じとっとした目で見つめて抗議すれば、ごめんねって笑いながら謝られて頭を撫でられた。
おお、なんか気持ち良いぞ。
あまりの気持ち良さに目を細めて大人しくしていれば、一瞬だけ撫でる手が止まる。
ぱちりと目を開けてもっと、と催促すれば、なんていうか、うん。カチンと体が固まった。
それぐらいに、衝撃的な、甘ったるい笑顔で、お兄ちゃんは撫で撫でを再開した。
うん……もう良いです。もっととか言わないのでやめて下さい。
頭を存分に撫で終えたお兄ちゃんは、一緒に帰ろうって再び私の手をとって進みだす。
うん。ごめんお兄ちゃん。
自転車停めたところ、そっちじゃない。
そう言ったらお兄ちゃんはまた笑って、今度こそ自転車を停めた所へと私の手を引いて行った。




