第103話:婿取り戦争
ケイブヒルに布陣していると、魔族が偵察というかちょっかいをかけてきますの。
まあ、街のすぐそばでワイバーンが断末魔をあげていればそれは気になりますわよね!
わたくしは早々に休憩させていただいているので、義兄様が投石で撃ち落としたり、翠獅子騎士団のみなさんが斬りかかり、女たちが槍衾を作って追いやります。
「魔力を最上に持っていきますのよ」
戦いの傍らにてわたくしは瞑想し、クロと魔力を循環させます。
世界に満ちる魔力を身体へ。夕暮れ、第一の月が昇りその力を浴びます。人類にとって最も親しき神秘、魔力の源ともされる月光。
アホ毛はゆらゆらと機嫌良さそうに揺れています。クロも声をかけます。
『アレクサお疲れではないですか?』
「多少……ですわね。みなさん頑張ってくれましたから、思ったより楽ですわよ」
『なら良いのですが』
「明日は開幕、わたくしとクロとで大魔術使いますので、しっかりクロも魔力練っておいて下さいましね」
翌朝。騒がしさに目を覚まします。騎馬の蹄の音、人の気配……。
むくりと起き上がります。クロからの思念。
『おはようございます、アレクサ』
「おはようございます、クロ。お父様たちが到着しましたか?」
『のようですな』
外に出るとみな慌ただしい様子。丘より西を眺めると、ポートラッシュ領軍の突撃隊が先行してこちらに向かって来ていますわね。さらに遠くには領軍の本隊ですか。
「ふふふ、彼らも間に合ったのですわね」
「おねーさまー!」
ん、この声は。ナタリーがわたくしに向かって飛び込んできましたの。
「ナタリー!元気みたいね?」
「お姉さまに会えたので元気です!」
「そう、良かった。そしてよくやったわ、ナタリー。あなたのお陰でちょうど突入前に合流できましたの」
わたくしはナタリーの頭を撫でます。
「はわわわ、これでナタリーは一生戦えます!」
さて、お父様とも合流です。ちょうどユージーンもいますわね。
「お父様!ユージーン!」
「間に合ったか。アリー、出撃はまだしてないな」
「せっかく合流できましたし昼前にしましょうか」
二人が頷きます。
「わかった。ベルファスト攻めの作戦は?」
「わたくしが城門を破ってレオ義兄様が部下を引き連れて突進ですの」
お父様が天を仰ぎました。
「いろいろ酷い。アリー、一人で城門を破ると?」
わたくしは頷きます。
「その自信がついたからこうして無茶な攻めをしているんですのよ。
レオ義兄様の右翼は翠獅子騎士団に、左翼はポートラッシュ突撃隊に……ユージーン」
「なんです、お嬢」
「突撃隊のうち、義兄様がいた頃、4年前からの部下は何名いますか?」
「23名、自分を入れて24です」
「そう……随分減ってしまったのね」
「そりゃあ仕方ありませんぜ」
ユージーンが肩を竦めます。
「最近の部下は義兄様の戦声を聞いても大丈夫かしら。右翼50名は、あなたたちより戦場を踏んだ経験は少なくとも、胆力はありますのよ」
ユージーンは髭を掻いて言いましたの。
「レオナルド様の側は古参で固めます。最近の部下からは肝の据わってる奴を抽出してくわえますわ。残りの奴は……」
「義勇兵の女性たちの護衛につけて貰っても良いかしら?」
そういうことになりましたの。
朝、後方では煮炊きがなされ、食事や休息を順にとり、作戦の説明が。前方では支度を整えた兵たちが並んでいきますの。
先頭にはレオ義兄様、両脇に翠獅子騎士団とポートラッシュ領軍突撃隊。その後ろにお父様や領兵のみなさま。ハミシュもここにいますわね。後方には義勇兵の女性たちとお父様についていた輜重部隊、その護衛。ナタリーの姿も義勇兵のみなさんの中に見えます。
わたくしは声を張り上げました。
「諸君!見えるか、諸君!ベルファストだ。我らが10年前に失った故郷だ」
みなさまの顔に闘志が現れます。
「知っての通り、今回の出兵は極めて個人的な欲求によりなされている。……ポートラッシュ辺境伯家の婿取りだ。
アレクサンドラ・フラウ・ポートラッシュは義兄レオナルドを夫として迎えたい。
だが、彼はアイルランドを継ぐ者、次代の女辺境伯の横に並ぶに値する人物か?」
「応!」
ユージーンが胸を張って叫び、それに幾人かが唱和しました。
「ありがとう。だがまあ、彼は正気と狂気の間にあり、財を持たぬ。
つまり、わたくしを娶りたいなら持参金を持ってこいってことですの。未来の旦那様、わたし、ベルファストが欲しいですのー」
「グアゥ」
義兄様が肯定の意志を示し、笑いがおきます。
「諸君!レオナルドをわたくしの婿に認めるというのなら!この戦で彼を助けてやってくださいまし。
諸君!レオナルドをわたくしの婿に認めないというのなら!この戦で彼より武功を立てなさい」
「応!」
わたくしはにやりと笑みを見せます。
「だが諸君、敢えて言おう。わたくしは今この場で、この戦における勲二等を貰いますの」
いま勲二等を貰う……?と疑問の声が上がります。
「ええ、今すぐに誰もがわかる形で勲功をあげてやりますの。二等と言ったのは、レオナルドはわたくしより活躍してくれると信じているからですのよ。
諸君が婿取りに異論があるというなら、せめてわたくしより活躍してくださいまし。ね、お父様?」
お父様が苦笑いし、みなも笑います。
「さて諸君、将来のあなたたちの領主、レディ・アイルランドが3年間戦場を離れて遊んでいたわけではないということを見せて差し上げましょう」
わたくしは振り返り、丘の上からベルファストを見下ろしました。
ベルファストの街の北の壁が目に映ります。
ベルファストはかつては南側に大きな城壁を持っていた街でした。魔族に抗するために。ですが今、北側の城壁が大きく補強されています。人類に抗するために。
城門破りは正面からやるのは大変ですの。破城槌で延々と門を殴り続けたり、梯子をかけて侵入したり。城は攻める側が不利、攻める側の被害が大きいと言われるのはここに原因があります。
「いきますわよ、クロ」
『ええ、アレクサ。[海洋召喚:南極底層水]、〈念動〉』
クロが虚空に水を生み出します。それは海水、しかも離れていても冷気を感じる、氷点下の冷たい水。それは螺旋を描いて空へと舞い上がり、球体状に纏まっていきます。
「〈凍結〉」
わたくしがそこに魔力を撃ち込むと、水の球体は白く染まりながら、歪に体積を増していきます。もはやそれは浮いてはいません。直径100m程の大地に置かれた歪な大球体。単純に重さ500tを超える巨大質量。
ふー……。わたくしは息を整えます。
魔術が強力な力を持つこの世界において、射撃攻撃は極めて使い辛いですの。それは〈矢返し〉、飛び道具の向きを180度変えてしまう術式のせい。それを無効化するためにハミシュは超至近距離から銃を撃つという手段を使いました。
わたくしが使う手段はこれですの。……超巨大質量を上から落とせば良い。
「……〈瞬間転移〉!」
魔力のほぼ大半を使う術式、わたくしの眼前から氷球が消えます。
巨大な体積のものが消えたことにより、風が吹き荒れわたくしの髪を揺らしました。
消えた氷球はベルファストの城門の上空500mほどの高さに出現、10数秒で落下。落ちる直前に上方に〈魔術障壁〉や〈矢返し〉、攻撃魔法などが上へと飛びましたが、不意打ちのこれを防ぐには焼け石に水ですの。
一瞬だけ落下が減速したように見えますが、そのまま落下。氷球は自身も砕けながら城門を石壁をベルファスト北部の街並みを破壊していきます。
遅れて轟音と地震がこちらの陣まで届きました。
「うむ」
みなが唖然とした表情をしています。
「グオオオオォォォォ!」
義兄様が吠えました。大気が、地面が、魂が震えるほどの叫び。
わたくしが微笑みかけると、彼は大きく頷いて坂を駆け下りはじめますの。
まだ唖然としている兵士のみなさん。わたくしは手を叩きます。
「さあ!行きたまえ諸君。わたくしの最愛の男が全ての敵を殺し尽くす前に」
「「「応っ!!」」」




