2 探す
ヴィンセント視点。
セナの姿が消えた。
そう分かったのは今朝のことだ。
セナが通常の時間に現れなかった。
ヴィンセントとしては寝坊なら寝坊で、今回は寝かせたままにしておこうと思っており、念のためを考え部屋に人をやったことで事が発覚した。
部屋にいない。
ヴィンセントの執務室はもちろん、ライナスの執務室にも、ガル・エベアータの元にも、食堂、訓練場……最終的には砦内を隅々まで調べることになった。
セナが見つからなかったためだ。
だが、全ての場所を探してもなお彼女の姿はなく、そもそも今日目撃情報がないと判明した。
「ヴィンセント」
「──ライナス、いたか」
ヴィンセントは直ぐ様尋ねた。
しかしライナスからは間髪入れず「いない」と返り、歯噛みする。
最早砦の中で探す場所はない。
なぜどこにもいない。いない意味が分からない。焦りが勝手に生まれ、思考に滲んでいく感覚がした。
ヴィンセントはそれに構ってはいられず、考える。
セナがいない理由……いなくなる理由が見当たらず、彼女が自分から出ていったのでなければ──
「セナだけじゃねえぞ」
「……どういうことだ」
セナがいない要因を考えていたヴィンセントは、怪訝な目をライナスに向けた。
「親父だ」
「君の父……? メリアーズ元帥も、いないということか?」
「そうだ。天使の剣も、あの子ども、従者も、全部だ」
付け加えられた全ては、エド・メリアーズが今回この砦に伴ってきた全てだ。
おかしなことではない。
白魔討伐はされた。エド・メリアーズはそのために来ていた。彼に連れてこられた少女も、天使の剣も。
しかしながらこのタイミングで、ライナスが自らの父の話を出してくるということは。
ただのついでではなく、あえて。
「メリアーズ元帥がセナを連れて行ったと考えているのか」
「セナの部屋に白魔がいた痕跡がなけりゃ、親父だ」
セナが自分でどこかに行く理由が思い付かなければ、誰かの仕業となる。
誰の仕業かと考え、候補に入る例の白魔でなければ、父親の仕業であるとライナスは言い切った。
「白魔ではないようですよ」
ライナスの断言にヴィンセントが口を開きかけたが、声を発する前に、一つの可能性を潰す発言が飛ばされてきた。
「エベアータ元帥」
現れたガル・エベアータは、人気はないがここでする話ではないと、目でヴィンセントとライナスを促した。
歩みについていった先は、執務室だった。
中に入り、従者が扉を閉めると、ガル・エベアータが「ベアド」と聖獣の名を呼ぶ。
呼びかけに、床に光る模様が描かれ、聖獣が現れた。
「ベアドにはセナの部屋で痕跡を探ってもらっていました。白魔であれば多少なりとも分かるでしょうから。それでベアド、どうでしたか」
『やっぱり白魔じゃないな』
「念のためですが、白魔が擬態していたときに分からなかったようなことではありませんね」
『違う。セナの部屋に残っている力は明確に聖獣のものだ』
聖獣のとは、予想外の言葉だった。
『もちろん俺じゃない聖獣の気配だ。……まさかとは思うんだが、セナを聖獣の通り道に通したのかもしれない』
聖獣は何もない場所から突然出てくる。
人間からすると道ならざる道があるのだと理解していたが……。
「一応聞いておきたいのだが、その聖獣の道というのは聖獣以外が通れるものなのか」
まさかとは思うという言い方で推し量れそうだが。
ヴィンセントの問いに、ガル・エベアータの契約獣がちらと視線を寄越した。
『通したことがないから可能か不可能かは何ともな。実例がないということは、人間なら死ぬ可能性だってあるって言える』
ヴィンセントは眉を潜める。
そんな道を通される可能性があるとは。
『だがセナなら通れるかもなと思える』
セナなら。
「ベアド、その聖獣がどこに行ったのか追えますか」
『そこまでは無理だな』
「では、聖獣の判別は」
『分かるぞ。おまけに知ってる。名前は──』
「グドウェル」
名前は、ヴィンセントの隣の声が口にした。
『そう、そいつだ』
聖獣が肯定し、ガル・エベアータが「エドが契約している聖獣ですね」と言う。
「……白魔討伐の場には親父の聖獣が目として来てた」
「ライナス?」
ライナスの目付きが凶悪なまでに鋭くなっていく。
「親父の聖獣がどこで何をしていたかは見ていなかったが、白魔とは戦っていなかった。親父の命で一部始終を傍観していたなら──あの親父、セナが天使の剣を使ったところを見ていやがったな」
戦わず、どこからか傍観に徹していた聖獣を通し、見ていた人物がもう一人いた。
エド・メリアーズ。
「ベアドがセナなら聖獣の通り道を通れるかもしれないと思えたように、セナのことを目撃していたエドがそう考えたのかもしれないということですか。──ライナス、エドの行いかもしれないということに君は異論がないのですね」
「ありません。むしろ白魔でないなら、親父しかいない」
腹立たしげに吐き捨て、にわかにライナスが踵を返す。
「ライナス、待ちなさい」
ドアノブに手をかけていたライナスが止まる。
「どこに行くのですか」
「聖獣の通り道を使って、聖獣のように道のりを短縮したなら、セナはすでにメリアーズ家の所領にいると考えた方がいいと思います」
「メリアーズ家の領地の中でも、詳しい場所は分かるのですか」
メリアーズ家の領地だと分かっても、絞れたとは言えない。領地は広い。
「いるだろう場所を当たるまでです。今探してるところでもあるんですよ」
「探しているところ……?」
こうなる前に、すでに、なぜ、何を探すというのか。
ヴィンセントの反芻に、ライナスは反応を示さなかった。
「……ライナス」
ヴィンセントは、ライナスの先延ばしを許容しなかった。このような状況になっては、待っていられない。
「メリアーズ元帥が、なぜセナを連れて行くんだ」
ライナスは、白魔でなければ自らの父親の仕業だと言い切った。
その点に引っ掛かりを覚えていた。
何もヴィンセントは、自分の家の家族模様を外に当てはめる気はない。自分の家族の在り方が常識的で、普通の家族であるとは思う気もないためでもある。
しかし、ライナスの父親への断言は違和感が持てる。
誰もが親を信頼しているわけではないだろう。だがそうではないことには理由がある。
ライナスがそこまで断言する理由に言及せずにはいられない。誰かを誘拐したという事態を、疑いではなく断言するとは相当だ。
「使えないはずの天使の剣を使える理由と、メリアーズ元帥が連れてきた少女の身にあった数字は関係があるんだろう。セナの首にもあったという数字の意味は何だ、なぜ彼女たちは天使の剣を使える。──メリアーズ元帥は、何をしている」
エド・メリアーズは何をしている。
──ライナス、君は何を知っている。
「……今、ここで話してる時間が惜しい。終わればもう時間が欲しいとは言わねえ。こうなれば必要ない。話すと約束する」
ライナスの言葉は本当だっただろう。本気で時間が惜しいからと思っていたのだろう。
「確かに、出来る限り早く見つけたいのは当然です」
だがこの場にいたもう一人が、ライナスに制止をかけることを選んだ。
「その前に、この際正確な情報を知っておく必要があります。セナがいなくなりました。エドがセナを誘拐したとする、理由を知る必要があります」
ライナスが、ガル・エベアータを振り返る。
「今、その時間をかけるんですか」
「すでに事は起こりました。目の前から奪われていく途中ならば直ぐ様足掻くことに大いに意味がありますが、居場所の見当がほぼつかない状況では最後には誤差に収まるでしょう。事情を知らずに闇雲にセナの探索のみを行う場合と、事情を知り先を読む場合です」
そこで、ガル・エベアータは微かに微笑んだ。
「エドがもしもセナを誘拐した犯人だとして、セナを害することがあろうものなら、メリアーズ家にはそれなりの覚悟をしてもらう心積もりはあるので、『安心』してください。私の娘を害するようなことがあれば、咎められるべきはメリアーズ家側のみですから」
話を先に聞くが、決してセナの安否を軽視するつもりはないから『安心』するようにと、メリアーズ家全体に向け……メリアーズ家の一員であるライナスに言った。
咎められるべきはメリアーズ家側のみであり、容赦なく罪を追及するという宣言にも聞こえた。
ガル・エベアータは、怒っているのだと分かった。
微笑んでいたが、目は笑っていない。笑顔は、完全に仮面と化していた。
「構いません」
ライナスが即答した。
「メリアーズ家を落とすなら遠慮なくどうぞ。俺共々落ちても構わない。……当然のことだ」
さっさと追放した方がいいとでも聞こえてくる言い方だった。
ライナスは、ふっと僅かに息をついた。手が、ドアノブから離れる。
ライナスの気が変わった。
「メリアーズ家が何を隠しているか。この場で今、話してくれますか」
「話しますよ」
自らの従者が向けた視線を払う仕草をし、ライナスはヴィンセントに視線を移した。
「天使の剣を使える理由と数字、──親父が何をしているか、だな」
「ああ」
頷いて、ライナスは「どう話すか」と、目を誰でもないどこかに向けた。
「親父がしていることを言う前提として、天使復活説は当然知ってるな?」




