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転生少女は召喚士になる  作者: 久浪
四章『行く末』
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19 想い人




 先日中止になった影響で、本日ヴィンセントは街に出る母に同行していた。

 衣服、装飾品、食材含めあらゆるものの入手は通常ならば店に行くのではなく来てもらうのだが、母は時折自ら街に出る。

 そういう母だ。

 いい家の者という程度の印象を受けるシンプルな衣服を着て、馬車は途中で降り、街へ入る。


「まったく、家の仕事をし始めるとは休暇という言葉を知っているの?」


 同じ馬車内にいる母に叱りを受けたのは、やることがなく家の領地関係の仕事を手伝っていたことによる。


「十分休んだ。その上で、父さんが多忙そうで、姉さんも仕事では、暇な俺が手伝うのは別にいいだろう」


 街へ下りる予定はあり続けていたが、母と行くならそのときでいいと思った。

 休みも十分休んだ。

 ならば、教会の仕事が休みなので、わざわざそちらはしないが、ブラット家の仕事でできることはある。


「趣味がないからそうなるのよ。趣味が出来ないのであれば、おまえも人形を作ればいいわ」

「趣味は出来ればいいとは思うが、人形作りは俺の趣味にはならない」


 人形作りは母の趣味だ。

 姉が幼い頃から性格があれで与えられた人形に興味をもたなかったことから、ヴィンセントにも与えられたことがあった。そしてヴィンセントも興味を持たなかったのだ。


「読書は」

「本は読むが、俺にとっては趣味という意識で行うことじゃない」

「狩り」

「狩るのは仕事で十分だ」

「釣り」

「途中でやることがなくなる時間が生じる」

「絵は」

「単純に興味がない」


 母がため息をついた。

 ヴィンセントとしては心外だ。自分に趣味がないことは自由であるはずだ。迷惑もかけるようなことではないのでは?


「まあ、よく休んではいるようね」

「? 休暇だからな」


 当然だと思って答えると、母が微笑んだ。意味は合っているが違うと、よく分からないことを言って。


「顔色がいい。目の下のくまがましになった」


 と、いうことらしい。


「眠れる時間が長くなってきたからだろう」

「そうなの?」

「北の砦に行ってから……」


 こちらに戻ってからも睡眠の質がいいということは、あの地が特別肌に合っていたわけではない。

 祝福がこの身に後付けされたから……か。


「白魔が出たと聞いたときはそんな地にと思ったものだけれど、悪いことだけではなかったようね」

「そうだな。悪いことだけではなかった」


 悪いことはあった。

 悪くないこともあった。


「北でついた従者は上手くいっていたとか」

「母さんもその話か」

「わたくしも?」

「父さんにも姉さんにも言われた」


 母も父か姉の辺りから聞いたのだろうが。


「そう。もうその話をするのはうんざりということね」

「そういうわけではないが」

「いいのよ。もう解雇したのでしょう?」

「いい従者であったことは誤解ないように言っておく」

「それは何より。今回は多くの収穫があったようね。その調子で次は嫁を迎えてくれないものかしら」

「は?」


 馬車の扉が開いた。

 いつの間にか馬車は止まっており、外から扉が開けられたのだ。

 母はさっさと馬車を下り、自分で日傘をさしてヴィンセントを振り返った。


「早くなさい、ヴィンセント」


 ヴィンセントも馬車を下りた。

 同行者はヴィンセントを除いて三名。

 男二名、女一名。

 男は荷物持ちだ。街中を馬車で移動しないためであり、荷物を直接屋敷には送ってもらわない形をとるからだ。

 もう一人は、普段から母の近くにいる者。


「ブラット夫人」


 どうせ顔は割れているので、何の効果を期待して服装の程度を変えるなどしているのかは分からない。

 単に動きやすさを重視しているのかもしれない。あの姉の元がこの母なのだ。そう言うと、自分もこの母から生まれているのだが。

 入った店は母が必ず立ち寄る店で、店内には何段にも及ぶ棚にずらりと人形が並んでいる。

 母は人形作りが趣味で、子どもが実用で興味を持たなかったことからも完全なる観賞用のものを作り続けていた。

 いや、もはや実用できない手の込んだ人形と化したのだ。芸術の域に達している。


「この目は、黒真珠で出来ておりまして」


「こちらのドレスはこの夏の新作です」


「人形用のネックレスが新しく出来たばかりです。ご覧になりますか?」


 店の奥の別室で、店主が人形の新しいパーツを次々と母に紹介していく。

 言わば母はこの店の得意先だ。


「そういえば」


 人形のネックレスとやらを取りに行った店主を待つ間に、母が口を開いた。


「出がけにグレースに何か渡されていたわね」


 ちら、と椅子に座っている母が立っているヴィンセントを見やる。


「ああ、街へ行くならついでにと頼まれた」


 家を出るときに、姉にこれをとメモを渡された。

 ポケットから取り出してこれのことだろう、と母にひらりと見せた。後で別行動するタイミングで済ませようと思っていた。


「おまえは、グレースにもう少し逆らってもいいのではない?」

「納得がいかないときは逆らう。今回は義兄さんが止めてくれようとしたが、俺は別に良かったから引き受けた。酒を何本も買ってこいなどと言われれば断るが、そうではなさそうだったから」

「おまえがしなくともいいわ」


 メモが取られ、同行人の一人に渡された。

 代わりに済ませ荷物は馬車に詰んでおくように言いつけられ、彼は出ていく。


「興味がないのにここに付き合うのも、グレースにはない性格ね。おまえは本当に父親似」

「姉さんが母さん似だということに自覚があったのか」


 どういう意味だと母に鋭く見られ、そういうところだと思う。

 口には出さず、代わりに前半についての補足を出すことにした。


「俺は自分ですることがないだろうという意味では興味は微塵もないが、見る分には興味は抱ける」

「……」

「何だ?」

「おまえのそういうところは、人と良い関係を築ける素質の一つだと思うのだけれどね」

「それはどうも」


 だが仕事で発揮することはないだろう。仕事では興味を抱く抱かないという視点はいらない。

 と、思っていたのだが。


「結婚するのかと怪しんでいたグレースが結婚したのだから、おまえにもいい人は出てこないものかしらね、ヴィンセント」


 急な話題にヴィンセントは瞬く。


「……母さんからそう言われるのは久しぶりだな」

「前に言っていたのはグレースの結婚前でしょう」

「そうだな」

「将来の跡継ぎは必ずいなければならないのに、グレースがあの調子ではヴィンセントにも保険をかけなければならなかったのよ」


 長子相続制であるがために姉の結婚はほぼ義務だったが、姉は最初の婚約を破棄し、縁談を次々と切り捨てた。

 当初はヴィンセントにはその類いの話がされることはなかった。いつからかそんな話がそれとなく混ざっていたと記憶が残っている。

 姉が結婚すると同時にぱたりと止んだ。

 そういうことだったのだ。


 姉があの調子で不安を覚えたので、ヴィンセントに保険がかけられた。

 跡継ぎが必要だからだ。

 現在のエベアータ家のような形はまず稀だ。所謂常識とされていることからは外れる。

 養子は取らず、血筋を残す。

 血筋とは様々な意味を持つ。


 ところでヴィンセントは第二子であり、特殊な性質を持っていた。

 その性質により──目により周囲に遠巻きにされやすく、ヴィンセント自身いつしか前提とし、特に私的な人間関係はないに等しかった。

 姉が姉であったがゆえに話が出てくる状態になってはいたが、必要に迫られただけであり、親はヴィンセントの結婚の可能性を低く見積もっていた。いや、見積もっている。現在もだろう。

 そしてそれはヴィンセント自身もだったのだが。


「今は、趣味もなく仕事に生きていきそうで心配しているのよ」

「心配……」


 なるほど、父の心配は仕事での先日の白魔討伐のような度を外した危険にあったが、母の心配はそこらしい。


「おまえは卑屈ではない。ただし割り切りすぎている。それはおまえに必要なことであるでしょう。おまえが前を向いて、周りを気にすることなく生きるために得た術でもある。一人で生きていくのは悪いことではない。ブラット家という居場所はあるし」


 家族は決して、過去も現在もヴィンセントを否定しない。

 異端な性質を持つヴィンセントが今の性格を得たのは、家族のあり方ゆえでもある。

 だけれど、と、母は今言う。


「だけれどきっと世界が変わるでしょう。おまえを慕い、愛し、理解し、側に居続ける人がいることはきっとおまえの世界を変えますよ。もちろん、良い方に」


 母は疑わない目で、息子を見ていた。


「そのためにはおまえも誰かを好きになり、愛し、理解しなければならないのだけれど。──見合いをする気はない?」

「見合い?」


 ヴィンセントは、思わず聞いたことのない言葉でも聞いた風な声を出した。

 当然聞いたことはあった。過去、姉が次から次へと持ってこられ、散々破談にし、親に怒っていた原因の一つだ。

 しかし自分に持ってこられるとは思ってもみなかった。

 母は冗談を言っているのではなさそうだ。元より冗談を言う性格ではない。言うこと全てが本気だと思った方がいいくらいだ。

 ヴィンセントは、母に答えるべく口を開いた。


「俺は、仕事をして、趣味もなく生きていくことに疑問は覚えないし不満も抱かない」


 悪いことではないはずだ。自分の人生であり、家に不利益をもたらす点もない。

 ヴィンセントがそのように生きる可能性はこれからもある。

 生きない可能性も、ある。この可能性は最近初めて知った。


「好きな人はいる。いるが、彼女と私的に一緒にいることが叶うかどうかは分からない。叶わなくてどう感じるかは分からないが、彼女といられないなら、俺はわざわざ見合いのような機会を作ってまで誰かと出会う努力をするつもりはない。つまり見合いはどうあれ必要ない」


 共にいられるのであれば、確実に仕事だけの人生ではなくなるだろう。

 共にいられなければ、仕事だけの人生になる可能性もある。ただし見合いをしようとは思わない。

 母は驚いたように目を丸くしていた。


「ヴィンセント、おまえ、好きな人がいたの」


 そこか。


「そんなに信じられないような反応をされるのか」

「いえ、おまえは他人がまず自分を受け入れないことを前提としている節が──その人は、おまえが気兼ねなく想いを告げられる子ではないの?」


 息子が目に関して割りきっており、目に関して壁を作る人間に関して、自らも余計に関わらない性分を知る母は慎重に問うた。

 目を異端扱いする者は、多い。


「いや、俺の目を気にする人ではない」


 ヴィンセントは母の懸念が何かを正確に読み、答えた。

 通常の細かな人間関係の事情ではなく、破魔を、天使の祝福を受けていないとされるこの目の影響を母は聞いている。

 しかしそうではない。


「だから、伝えたとしても単に目以外の俺自身の問題になるだろうな」

「なのにまだ想いを告げていないと?」

「そうなる。『なのに、まだ』の部分は疑問が残るが」


 伝えるのを躊躇していると言うより、気がついたのが北の砦に派遣中の最中であり、仕事中であったし、そんな時間はなかった。

 休暇に入り、従者でなくなり、私的に側にいてほしいと伝えるべきなのだと気がついたのがつい最近だ。


「なのに、まだ、に決まっているでしょう!」


 母が突然音を立てて立ち上がった。

 背が高いので、踵の高い靴を履けばヴィンセントと同じ目線になる。

 強い目で息子を見た母は、ヴィンセントの腕をむんずと掴み、歩き始める。


「母さん?」


 部屋を出ていき、ちょうど戻ってくるところだったらしい店主の戸惑いの声を無視し、歩き続け──


「贈り物の一つでも買ってらっしゃい!」


 ヴィンセントは店外に出された。


「…………」


 抵抗はできたが、する理由がなくついてきてみればこうだ。

 しばし状況が読めず閉まった扉を見るばかりだったヴィンセントは、追い出されたらしいという一つの事実を受け取った。


 やはりあの姉にして、あの母だ。

 たまには親孝行をしろと同行を求めたのはそちらであるのに、唐突に何だ。

 いきなり一人になり、自由行動となり、ヴィンセントは思案する。


 贈り物、とは。

 脈略を考えると、自分が話していた相手に。セナに?

 自分が何を贈ると言うのだ、と思う。

 私的に何の関わりもなく、何も知らない。贈るものなど、思い付かない。


 セナ・エベアータ。

 薄い色味の金色の髪に、黄色の目。

 エベアータ家の養子で、元は孤児院にいた。

 しかしおそらくその前はメリアーズ家にいた、ライナスの妹。

 生きる術を得るためにガル・エベアータと取引をし、召喚士となった今年の新人。

 とはいえ、ガル・エベアータとの関係は話を聞いたときに予想していたよりずっと良いものであると、メリアーズ家の一件で知ったように思う。

 魔獣も魔物も悪魔も怖いと言いながら、決して辞めないと言いきった彼女は、その通りに北の砦で悪魔と何度遭遇しても、退かなかった。

 白魔討伐の地でも立ち止まった。

 メリアーズ家の件で、白魔と対峙した際、ヴィンセントの前に出た。パラディンになってから、誰かに背中に庇われることなどあっただろうか。


 その全てが薄い記憶だとは決して思わない。

 ヴィンセントが惹かれたのもその中でだ。

 何も知らないわけではないと言うのかもしれない。

 だが、知らない。

 彼女が何が好きか、何をすることを好むか、休みの日に何をするのか。


 そんな姿を欠片でも知っていなければ、贈り物など出来るはずがない。

 手紙よりも難しい。

 そうだ。手紙を書くかどうかはさておき、備えて便箋でも買っておこうと思っていたのだった。


「便箋を見に行くか」


 贈り物云々は置いておこう。母に言われたからと言って買う必要はない。

 そもそも手紙が来るより、突然贈り物が来る方が不審だ。


 けれども、母の言うことにも考えるところがある。

 『なのに、まだ』には現時点では異論を唱えるが、これから時が経ってくると確かに「まだ」と言う方がふさわしくなってくるのかもしれない。

 早すぎる、遅すぎる、そんな加減は分からないが、いつまで経っても行動しないつもりはない。

 ──彼女は、すでにこの先当たり前に側にいないことが決まっているのだ。


 いつ会えるか分からない。だから手紙を送るかどうか検討しはじめた。

 そんな、彼女の姿は、この人混みの中ではそのまま見逃してもおかしくはなかった。


「……セナ……?」


 店の前から歩き始めようとした足が止まった。

 視界に映っていた景色の中に、偶然に、本当に偶然だっただろう。

 セナがいるのを見つけた。

 いてもおかしくない。初めて私生活での服装を見て、見慣れない姿の彼女が歩いていた。


 こんな偶然があるものなのだな。

 のんきな感想を胸中で呟いた反面、あの日以来セナの姿を目にし、実際には目に見えないものが、ヴィンセントの中でくっきりとその形を現した。

 ああ、彼女が好きだ。

 そういうことだ。

 彼女に側にいてほしい。従者でなくなると共に一生関係が途切れるのは嫌だ。会いたい。


 不意に義兄の言葉が甦った。

 ──「ヴィンセント、不意に機会が来たなら逃すなよ」

 と。


「……いや、今ではないな」


 突然現れては予定を壊す。彼女も予定があってここに来ているはず。

 邪魔をするのは本意ではないし、誘うところから自分でするべきだろう。


 ……しかし一人だろうか。

 あまりにセナが無防備に周りを見ながら歩いていくので、声をかけずに去ろうと決めたのに、中々視線を外せない。

 首都は治安はいいが、犯罪が起こらないわけではない。

 ここが戦場であれば、こんなことを考えることなく声をかけにいくのだが。


 声をかけたい心地を抑えつつも、便箋を売っている店の場所を思い出そうとしていた。ヴィンセントのそのわずかな時間は、セナのトラブルを捉えた。








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