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人魚と姫 〜私達が結婚すると、世界が救われる!?〜  作者:
第五章 メイドたちの絆

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089. 紅の女王と純白の人魚の会談

 フィオーレ王族以外はその扉を開けることが許されない、「刻凍の回廊庭園」。

 厳重に守られたその庭園に、二人の影が入ってきた。


 一人は、フィオーレ王国女王、ローズ。

 もう一人は、人魚の里を統治する、パール。

 「フィオーレ王国と人魚の里の国交樹立会談」――その仰々しい名目の裏で、二人の親友による私的なお茶会が執り行われようとしていた。




 ローズは庭園の中央にあるテーブルへと、優雅な振る舞いでパールをエスコートした。


「紅茶を淹れよう。飲めるか?」


 メイドから受け取ったティーセットをテーブルに置きながらローズが尋ねると、パールは目を細め、ふわりと微笑んだ。


「ええ、問題なくってよぅ。以前サクラちゃんに城下町で教えてもらったの……とっても美味しかったわぁ」

「そうか」


 丁寧な手つきでローズが二人分の紅茶を淹れると、辺りには華やかな香りが立ち上がった。

 ローズは淹れた紅茶の一つをパールの前にそっと置いた。

 そして自分の分の紅茶を持ち、パールの対面に静かに腰を下ろすと、小さく息をついた。


「仰々しくてすまないな……誰かと話すだけでも、あまり自由に動ける身分じゃないんだ」


 肩をすくめながらそういうローズに、パールは「ふふ」と口元を隠しながら悪戯そうに微笑んだ。


「頑張ってるみたいねぇ、ローズ女王様は」

「パールにそう呼ばれるのは慣れないな……やめてくれよ」


 困ったように笑うローズに、パールは再び穏やかな笑みで返した。

 そして、紅茶を一口飲んだあと、静かに呟いた。


「スフェーンちゃんとルリちゃんが……お世話になってるわねぇ。いつもありがとう」


 ローズは首を振りながら答える。


「二人には、いつも我々も助けられているんだ。こちらこそ、大いに感謝しているよ」


 ローズは一度深いため息をついた。

 過去を思い出すように空を見上げたあと、パールに向かって、目元を緩ませ困ったように笑いながら言った。


「サクラがルリを連れてきた時はそれはもう驚いたぞ。数日前には恋人なんかいないって言ってたのに、いきなり、この人魚と婚約させてくれってさ!」


 それに対してパールは困ったように頬に手を当て、答える。


「こっちも、ルリちゃんが急に里を出ていってびっくりしたわよぅ。一ヶ月ぐらい音信不通だから心配してたら、急に魔法で連絡だけ寄越してきて……『人間の国で伴侶と暮らすから、心配しないで』ですって!」


 ローズとパールはさらに続ける。


「驚いたのは、アヤメがスフェーンと婚約してきた時もだ。ルリの結婚の挨拶について行ったはずが、まさか自分も婚約者を作って戻ってくるなんて……」

「そうなのよぅ。あの落ち着いてるスフェーンちゃんが、あんな衝動的につがいを見つけるなんて思わなかったわぁ……ふふっ」


 ローズとパールは互いに見つめ合い、困ったように、愛おしそうに笑った。


「私たち、子どもたちに驚かされてばかりねぇ……」

「本当に……子育てというのは難しいな……ははっ」


 しばらく笑い合った後、ローズはティーカップの縁に目線を落として、パールとの会談を望んだ核心を話し始めた。


「……今回パールを呼んだのは、確認したいことがあって……」


 ローズが皆まで言う前に、パールはそれを把握していたかのように静かに頷いた。


「……『時止めの秘術』を解除するのねぇ?」


 パールは、寂しさを含みつつも、親友の決意をそっと後押しするように微笑んだ。


「悠久の時を生きるのに疲れちゃったのかしらぁ?」


 その言葉にローズは静かに首を振った。


「疲れたのでは……ないんだ。……愛する葵と、同じ時間を歩みたくなった……ただそれだけだ」

「そうねぇ……愛する人を失った後、長い時間を生きるのは苦しいものねぇ……わかるわぁ、ローズ」


 パールは遠い目をしながら、同調するように悲しい笑顔を浮かべた。


「クロノスは大丈夫なのかしらぁ?」

「サクラに押しつけるつもりさ。サクラはサクラで、ルリと同じ時を歩みたがっている……」


 パールはそんなローズの覚悟と愛を感じ取り、微笑んだ。


「……葵ちゃんに、入れ込んでるのねぇ」


 ローズは目を伏せて、静かに語った。


「こんな化け物じみた私を守ろうなんて……馬鹿なことを言ったのは、葵だけだ。私の心はそれに喜ぶぐらい弱っていた。それを癒やしてくれた葵を……愛してるんだ」


 自分のことを語り終えると、ローズは優しく話しかけた。


「パールもいい伴侶を得たんだろう?」

「そうねぇ、オニキスは……いい子よ」


 何かを含んだような言い方に、ローズはあえてそれには触れず、紅茶を一口飲んで、パールの言葉の続きを待った。

 パールは過去を想起するように目を閉じた。そして語り始める。


「最初は……打算で近づいたのよぅ。出会った時のあの子は独りだった。言葉も知らなくて……何らかの理由で親に育てられなかった子だとわかったわぁ。身体の大きさからして、およそ十歳。あの子はそれだけの時間を、たった独りで生きていたの……」


 パールは手元のティーカップから、湯気がゆっくり登っていくのをぼんやりと眺めながら、続けた。


「当時の私は、私の大事な仲間たちを守る力がなくて……ずっと、それをどうにかしたいと思っていたのよぅ。友人としてのローズはいたけど、やっぱり、目の前の生命が、私の手から零れ落ちてしまうのを、どうにかしたいって……思っていたの……」


 パールは自虐するように笑った。


「オニキスを初めて見た時、私は戦慄したの……。その幼さで、たった独りで、危険な海を生き抜いている。まさに奇跡の存在だったわぁ! その圧倒的な力を育んで我が物にしたら、私の大事なものを守ってくれるって……そう思って、私はその子を育てることにしたの。私にとってオニキスは、ただの道具だったのよぅ。……笑えるでしょう?」


 震える声で罪を吐くように言うパールに、ローズは優しい言葉をかけた。


「パール……」


 ローズは、驚きもせず、責めるでもなく、ただ静かに、長年の友が初めて見せた弱さを受け止めていた。


「……そこまで思い詰めていたんだろう。誰もパールを責めたりしない」


 パールは過去を悔いるように首を振った。


「私は、あんな小さいオニキスに私の望みのすべてを背負わせたのよぅ……っ。それなのにオニキスは、私から愛をもらったと錯覚して、逆に私に愛をくれた……この私に利用されているとも知らずに……」


 パールは目頭が熱くなるのを感じで、思わず両手で顔を覆った。


「ごめん……なさい。こんな話、誰にもできなかったのよぅ……」

「ははっ、それでこそわざわざ城に招いた甲斐があるというものだ。ここは私たち以外誰もいない……吐きたいだけ吐いておけ」


 優しいローズの声に促されるように、パールは胸の内を吐き出した。


「今は私、オニキスを何より愛しているの……っ。でも、オニキスを騙していた……その罪悪感が……なくならないのよぅ……」


 すすり泣くパールを見据え、ローズは温かい声で言った。


「過去なんて……関係ないよ、パール。今のパールとオニキスは愛し合っている。ただそれだけだ」


 ローズは背筋を伸ばして、女王としての威厳を携えて言い切った。


「『現在』を大切にしろ、パール。過去をどう捉えるかは、『現在』のお前だ」


 そして、声色を和らげ、優しく問いかける。


「過去のパールがオニキスを騙していたのを知ったとして……オニキスがパールを嫌うと思うか?」


 パールはゆっくりと顔から手を離した。

 その手を見つめながら、静かに呟く。


「赦してくれる……でしょうね。オニキスは、そういう子よ」


 そんなパールの言葉を聞いて、ローズは小さく肩を揺らして呆れたように笑った。


「ははっ、だろうよ。見ていればわかる。ならお前ができるのは、『現在』のオニキスを精一杯愛することだけだな」


 その言葉に、パールは笑みをこぼした。


「ふふっ……私、ローズより長く生きているのに……教えられる側になるなんてね」

「海に引きこもっているから、視野が狭いんじゃないか? 我が国はいい国だろう。いつでも来ていいぞ。話なら聞いてやる」


 そんな風に笑うローズの変わらぬ温かさに、パールは心底から安堵するように微笑んだ。


「そうね……定期的に来たいとは思ってたのよぅ。私たち、この城に泊まるのが気に入ってねぇ」


 ローズはパールの言葉を文字通り受け取り、屈託なく尋ね返した。


「なんだ? 風呂か? ああ……布団か。ルリも布団で寝るともう海には戻れないと言っていたな」

「それもあるんだけど……」


 パールは内緒話をするように口に手を当てながら身を乗り出した。

 何の裏も考えず、ただ素直にその続く言葉を聞くために顔を近づけたローズの耳に、パールはひっそりと囁いた。


「あのベッド、夜伽にちょうどいいのよねぇ……」


 その言葉を聞いて、ローズは顔を真っ赤にした。


「おっ……おまえなぁっ! うちの城は二人の(ねや)じゃないぞ!」

「いいじゃないのよぅ、減るものじゃないし……。この身体、すごく感度がいいのよぅ」


 ローズは呆れたように深く溜め息をついた後、諦めたように笑った。


「……まあ、それでお前たちの仲が深まるならいいか。頼むから仲良くしてくれよ。以前オニキスが家出してきた時はルリがひどく心配してな……」

「あら、あれはあなたのせいでもあるのよ!」


 二人の話は、その後も和やかに続いた。

 互いに心を通わせるように、時に笑い合い、時に慰め合い。

 二人はよき親友として、国交樹立会談という名のお茶会を楽しんだのだった。






ローズとパールの女子会でした。


ローズはかなりウブです。

千年間ずっと伴侶と共にいたパールと、千年生きながらも伴侶ができたのがほんの数十年であるローズの差がここに。


パールとオニキスの出会いの、パール目線の話をようやく書けました。

オニキス目線の話は「41.5. 《幕間》オニキスの家出」で語られています。

なんだかんだ今はラブラブですので、そこは安心してもらえたらと思います。

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