80. 心から、貴方を求める
長い馬車の旅を終え、私たちはフィオーレ王城に無事帰還した。
帰国後、晩餐や湯浴みを終えて寝支度を済ませた私とルリは、自室のベッドに並んで座っていた。
「ふぅ……やっぱり、自分の部屋が落ち着くわね……」
ほっとため息をつくと、今朝までのコーグ公国での出来事が、はるか過去のようにすら感じられた。
「ルリ、そろそろ今日の魔力がほしいんじゃない?」
ルリにいつものようにそう声をかけると、ルリはふるふると首を振りながら、私に背を向けた。
「わっ、わたし……いらないっ」
ルリは既に肩で息をするように呼吸を乱していた。それは私の魔力がルリの身体から尽きてしまった時の禁断症状であり、ルリの言葉とは裏腹に、その身体が私の魔力を求めているのは明らかだった。
この尋常ではない拒否に、コーグ公国でルリが一瞬見せた、悲しげな表情が重なる。愛しいルリの異変に、私の胸には得体のしれない不穏が広がる。
「どうしたの、ルリ?」
私が静かに心配の声をかけると、ルリは涙をぽろぽろこぼしながら、胸の内を絞り出した。
「わたし、サクラにひどいことしたくないの……っ。魔力をもらうと、サクラがつらいなら、わたし、もう、もらいたくない……っ」
ルリの切実な言葉に私は、はっとした。今朝キウイが、人魚と人間の身体の違いを告げた時のことが、頭の中で鮮明に繋がった。
「ルリ……今朝、キウイが言ったこと気にしてるのね?」
私の言葉に、ルリはただ静かに頷いた。
やはりそうだったのかと、合点がいった。このルリの突然の拒絶は、私の身体を気遣っての、私への深い愛と自己犠牲からくるものに違いなかった。そんな健気なルリの愛に、私は胸が締め付けられるのを感じた。
ルリの背中から伝わる震えを優しく受け止めながら、私はそっとルリを抱きしめた。
「ねぇ、よく聞いて。私、ルリに魔力をあげるの、全然つらくないわ。むしろ、好きなのよ」
ルリの髪を撫でながら、耳元で私がそう言うと、ルリは瞳を大きく揺らした。
「ほんとう……? つらくないの……?」
「本当よ。ルリと一緒になってるって実感できるし……ルリが私を必要としてくれると、とっても嬉しいのよ」
ルリが求めるなら、求めるだけあげたい。それは、偽りのない私の本心だった。
「ねぇ、お願い。要らないなんて……そんな悲しいこと、言わないで……っ。ルリの心に隠した本当の気持ちを……全て私に教えて」
私の切実な声に、ルリは意を決したように私の方に向きなおって、ぎゅっと強く抱きしめた。
「……っ、サクラ、サクラぁっ! わたし、ほんとうは、もっと……サクラがほしいのっ!!」
堰を切ったように、ルリの口からは純粋な欲望の言葉が溢れた。
「サクラの魔力もほしい、からだも、こころも、ぜんぶ、ぜんぶ……っ! もらえるだけ、いっぱい、ぜんぶほしいのっ! わたし、こんなに……っ、サクラをほしいって言っても、いいのかなあ……っ?」
ルリは、罪を告白するかのように、野性的な欲望の全てを震える声で口にした。私はその愛しい願いの全て受け入れるように、ルリの苦しみを癒すように、強く抱きしめ返した。
「いいのよ、ルリ……っ。私の全部、あげるから……残さず、全部……もらってちょうだいっ」
「うぅっ、ああぁあっ、サクラ、サクラぁっ……」
ルリは獣のように私をベッドに押し倒すと、貪るように唇を重ねて、私からありったけの魔力を吸い取っていった。
いつもなら、その荒々しさに困惑したような気分になることもあった。けれど、今は違う。ルリがこれほど強く自分の欲望を偽らずに示してくれたことが、何より私を安心させた。私は愛するルリの求めるものを、全て喜んで差し出した。
メイド服に身を包んだキウイは、サクラとルリの寝支度を終えて、静まり返った廊下を歩きながら、そっと息を吐いた。緊迫したコーグ公国での重圧から解放され、フィオーレ王国での穏やかな日常に戻ってきたことを実感していると、すぐ隣から、何よりも愛しい人の声がキウイの耳に入った。
「キウイさん、お疲れ様でした。でも、とても大変な任務だったのですから……今夜ぐらい、専属メイドの仕事をお休みしても、よかったのではないですか?」
「とんでもありません、チェリーさん。専属メイドの仕事は、私の生きがいなのです。チェリーさんと一緒にいられる時間を、一秒たりとも無駄にするわけにはいきませんから、お休みするなんて考えられません」
そう言って優しく微笑みかけるキウイは、歩みを緩め、チェリーの顔を覗き込むようにそっと顔を近づけた。廊下の窓から差し込む月明かりが、キウイの柔らかな横顔を照らしたその姿は、何よりも美しく、チェリーは思わず息をのんだ。
「……っ、あの……王城の門前で言ってくださったこと……勢いで言っただけでなく……本気、なのですよね」
王城の門前での熱い抱擁を思い出し、チェリーは頬を火照らせた。コーグ公国から帰国した皆を乗せた馬車が城に入ってきた知らせを受けて、チェリーはすぐに城門にお迎えに上がった。そのチェリーを見つけるなり、キウイは人目も憚らず、情熱的にその細い身体を強く抱きしめ、ある言葉を耳元で告げたのだ。
「ええ、もちろんです。私、無責任にそういうことは言いません」
そう言いながら、キウイはチェリーを優しく抱きしめると、その耳元にそっと唇を寄せた。
廊下に響く二人の鼓動と月明かりの静寂の中、キウイが少し低い声でもう一度告げたその言葉が、チェリーの鼓膜を揺らす。
「私と結婚してください、チェリーさん」
キウイ……!
こんな余韻を残しながら、ドワーフの国編は終了です。
そして、サクラとルリですが……。ここまでルリが野性的にサクラを欲する描写をしたのは初めてですね。これこそ、私が人魚と姫で書きたいやつです。
さて、次の話から新章になります。
サクラとルリの関係が、どう変化していくか。
キウイのプロポーズの行方は……?
新章にてお楽しみいただけたらと思います。
※ムーンライトノベルズで、サクラとルリのカットされた話を公開中です




