65.5 《幕間》異国の地であなたを想う
フォルナ公爵邸の客間で、キウイは二人で寝るにも十分な大きなベッドに、ただ独りで寝転がり、静かに無地の天井を見上げていた。
フィオーレ王国よりも高めの、このコーグ公国のからりとした熱気が、キウイの肌にじりじりと纏わりつく。その感覚が、愛しい人のいる平和な日常から遠く離れ、異国の地での過酷な任務に身を置いていることを、キウイに無情にも実感させた。
いつもならこの時間は、サクラとルリの寝支度を終えて、愛するチェリーと二人きりで城の廊下を談笑しながら、使用人宿舎に向かっている時間だ。別れ道の宿舎の階段まで寄り添って歩き、そこで「また明日」と挨拶をして、そっと別れのキスを交わす。そんな愛しい日常を、遥か遠くに感じた。
キウイは、孤独を紛らわせるように、胸に手を当てた。服の中にしまい込んでいる二つのペンダントの存在を、指先で確かめる。
一つは、ラピスラズリのペンダント。サクラとアヤメにも渡している、「瘴気」から身を守るための、キウイの全身を覆う結界の核だ。それは絶えず安定稼働し、見えない壁でキウイの身を守っている。
キウイの胸の中にはもう一つ、人知れず、小さなルビーのペンダントが秘められていた。愛しいチェリーの瞳と同じ色のその石は、このコーグ公国においてキウイの、ただ一つの心の拠り所だった。
フィオーレ王国に出国する際、キウイは愛するチェリーに、キウイの心音を受信し、鼓動を繰り返すペンダントを贈った。キウイの胸に秘められたこのルビーは、キウイ自身の心臓の鼓動を振動情報として遠くへ送信し、愛しい人と繋がりを保つための、結界魔法の核だった。
その結界魔法はキウイの心臓を正確に捉えられる最小限のサイズで構成されている。護身の力など、物理的に身を守る効果は一切ない。魔力消費を極限まで抑えるため、キウイの技術で無駄な要素は全て省かれている。遠く離れたチェリーのペンダントと魔力共鳴させ、ただ鼓動の振動情報を送信することのみに特化させた、純粋な愛を伝えるためだけの魔法だった。そしてキウイはこの合理的な魔法を、この危険な異国の地と、唯一の心の拠り所とを繋ぐ、たった一つの命綱のように感じていた。
目を閉じて、意識をルビーのペンダントに集中させる。想定通り、魔力は途切れることなく振動情報を送信し続けている。その果て、キウイの魔力感知の範囲外のはるか彼方に、愛しいチェリーの存在を確かに感じ取った。
キウイはその存在に安堵し、まるで隣に愛しい人がいるかのような安心感に包まれた。冷たく固まっていた口角を緩めると、ゆっくりと目を開いた。
「チェリーさん……あなたは今、何をしていらっしゃいますか……?」
独り言のように呟く。
今、ルビーのペンダントが、絶えず心臓の鼓動という規則正しい振動情報を送信しているのは、キウイが設計した通りだ。
キウイの声を構成する音波もまた振動だ。この振動を送信する技術を応用すれば、声を……言葉を、送受信できるかもしれない。キウイの脳内に、そんな着想が閃いた。
送信側はキウイ自身が制御するのでどうとでもなる。問題は、チェリー側、つまり受信側だ。いかにすれば音波を再生し、言葉として成立させられるだろうか。
愛しい人への独り言から生まれた、新たな魔法の閃き。キウイの瞳に、ぎらぎらとした知的好奇心の光が宿る。この尽きることのない探究心を満たせるからこそ、宮廷魔術師はやめられない。
頭の中で、読了済みの魔術書の中の使えそうな記述をいくつか思い起こし、その成功の確度を測る。キウイはその可能性に胸を高鳴らせた。帰国したら早速試してみようと決意する。
――しかしふとキウイは、頭の中に沸いた熱を冷ます。
(私が本当に、欲しいものは……)
この魔法が完成したら、キウイは遠く離れたチェリーに言葉を届けられるようになる。だがそれはあくまで一方通行、一方的な愛の吐露にしかならない。自分の中の熱い愛を、言葉として届けることはできても、その愛の返事を得ることはできない。キウイ自身は、愛しいチェリーの声を聞くことはできない。チェリーの愛らしい笑顔を見ることも、温かい体温に直接触れることもできない。
キウイの中には、今まで通り、愛しいチェリーと時間をかけてじっくりと親交を深めていきたいという想いが、深く根付いていた。
初々しさに溢れる、恋人になったばかりのチェリー。共にいる時間に慣れ、心の距離が縮まるチェリー。長く時を共にし、互いを深く理解し合った熟年の恋人になったチェリー。キウイは、自身の一度きりの人生で、その様々なチェリーの姿を、時間をかけて、余すことなく見届けたいと切に願っていた。
しかし今、愛しい人から離れたこの異国の地で、キウイの中にあったその理性的な想いが、徐々に変わりつつあった。
人生は一度きり。それは真実だが、それ以上に、チェリーを濃密に愛するには、人生の長さは残酷なまでに短すぎる。徐々に親交を深めるなんて、悠長なことをしている場合ではないのではないか。限られた人生で、少しでも多くの時間をチェリーと共にいることこそ、最も有意義な人生の過ごし方ではないか。
そんな抗いようのない熱い想いが、チェリーと離れたキウイの心に、止めどなく沸き起こっていた。
「……人生という限りある時間を、一秒でも多く、あなたの隣で……」
キウイが天に向かって手を伸ばしながら呟いたその言葉は、もはや、単なる願いではなかった。
遠くの異国で、愛しい人に心を馳せるキウイが、これまでの理想を捨てて心に灯した切実な誓いの言葉。それを、これからの人生全てを懸けて成し遂げようと、キウイは魂に固く刻みつけたのだ。
切実な誓いの余韻を残して、しばらくの静寂が、客間を支配した。キウイは伸ばした腕を下ろしながら、深く、ゆっくりと息を吐いた。
(……さて、そろそろ休むとしましょうか)
明日こそ、この国の「瘴気」の問題を解決し、愛しい人の元に帰る。
「……必ず、無事に帰ります……。おやすみなさい、チェリーさん」
キウイは強い決意を胸に宿して、思考を休めるように、ゆっくりと目を閉じた。
作者の趣味回です。物思いにふけるキウイ、いいよね。
私はキウイとチェリーのカップリングが本当に気に入っておりまして……。ドワーフの国編が終わったら狂ったようにイチャイチャさせる予定です。ご容赦ください!
何が需要あるのかなんてよくわからないので、開き直ってただひたすらに書きたいものを書いています。それでも読んでいただいている皆様には感謝しかありません。いつもありがとうございます!




