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人魚と姫 〜私達が結婚すると、世界が救われる!?〜  作者:
第五章 メイドたちの絆

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132. 『キィ』との時を超えた約束

 女王ローズから託された漆黒の鍵を握りしめ、キウイは謁見の間から退くと、早足で城の図書室に向かった。

 廊下を歩く足取りは、普段の冷静なキウイからは考えられないほど軽く、少し浮ついている。


(明日は、愛するチェリーさんとの結婚式……。そして今は、千年の謎への挑戦……っ)


 手のなかにある漆黒の鍵を、キウイは好奇心に汗ばむ手で握りしめた。

 結婚式への期待で飽和していた胸の内に、魔術師としての抗いがたい探究心が、新たな燃料として注ぎ込まれる。

 それらがもたらす多幸感が、キウイの思考を極限まで加速させていた。


(最高の幸福と、最高の謎……。両方が同時に私の元に来るなんて……ふふ、私は世界で一番の幸せ者ですね)


 浮き足立つ心と、冴え渡る頭脳。

 その両方を楽しみながら、キウイは図書室の扉を開いた。


 図書室に入った瞬間、キウイは明らかな異変に気づく。

 焦燥を胸に、漆黒の鍵を握りしめたまま、図書室の奥にある扉と対峙した。


 目を閉じて、魔力感知に集中する。

 やはり、そこにあるべきものは、なかった。


「ははっ……封印が、消えています……」


 キウイはゆっくりと目を開くと、乾いた笑いを漏らした。

 長年キウイの研究対象であった、解けそうで解けなかった複雑極まりない封印魔法は、キウイの長年の努力と探究心を嘲笑うかのように完全に消滅している。

 痕跡の一つすらなく、まるで始めからそこには何もなかったかのようだった。


 その手にあるローズから託された漆黒の鍵を、キウイは改めて見つめた。

 その鍵からは特に魔力を感じることはない。何の変哲もない金属製の鍵だ。

 興奮と緊張に震える手で、扉の鍵穴にそれを差し込む。


 鍵を回すと、かちゃり、と軽い音が響いた。

 長年の封印が解けたにしては、あまりにもあっけない音だ。

 キウイはごくりと喉を鳴らし、扉の古い型式のノブに手をかけた。


 ノブを回す。千年の時を経ているにもかかわらず、それは何の抵抗もなく、精密な機構が淀みなく、かちりと回転する。

 キウイが扉を押し開くと、一切の軋み音はなく、まるで空気を動かすように、静かに解放された。

 部屋の中に入ると、広い空間の中央にぽつりと存在する机の上に、本が一冊だけ置いてあるのが目に入った。


 千年間誰も触れていないはずのその場所は、埃一つ積もっておらず、まるで昨日まで誰かが綺麗に手入れしていたかのようだった。

 机の上に置いてある本も、紙やインクは明らかに古いものなのに、全く劣化しておらず、作りたてのようだ。


(時の精霊クロノスの仕業なのだとしたら……この空間まるごと、千年前から今まで、「時止め」の状態だったのでしょうか……)


 キウイは机の上に置いてある本を手に取り、恐る恐る開いた。

 それは時魔法に関する研究手記だった。


(これは……やはり『時魔法の真髄』の……)


 特に著者名が書かれていない、作者不明の手記を読み進めていくと、その結論は着実に『時魔法の真髄』に近づいていく。


(著者の名はありませんが……書いたのはきっと、ローズ様の『師』なる方なのでしょうね)


 その手記を読みながら、キウイは一つの違和感を感じていた。


(似ています……私の理論の組み立て方に……)


 手記に書かれていたのは、理論の基礎の組み立てはキウイと同じようでいて、細かいところまで目の届いている、ぬかりのない理論だった。


(まさか過去にこんな魔術師がいたなんて……同じ時を生きていたなら、共に議論を交わしたかったですね)


 こんなに考えの合う魔術師が隣にいたなら、魔法の研究がより楽しめそうだったのにと、キウイはその実現し得ない出会いを心から惜しんだ。


(しかし、この理論の癖や、思考の広げ方は、どこまでも……既視感があります)


 キウイの記憶の中には、その既視感に思い当たる人物が、一人だけいた。


(そう、母です……。母は結界魔法を基盤とした、特殊な考え方を展開する人でした。この手記の理論にも、母の理論に似た特異性を感じます……。この手記の作者はもしや、私の家系に伝わる特殊な理論の『源流』……つまり、私の、祖先……?)


 この部屋が結界魔法によって封印されていたのも気になっていた。

 時の流れとともにその形を変える、封印の結界魔法。

 あの封印魔法は、明らかに、結界魔法と時魔法の高度な連携によるものだった。


(時魔法は、フィオーレ王族だけのもの……。そして、結界魔法は、私が母から受け継いだもの……)


 キウイの思考は、一つの結論に突き進む。


(この手記を遺したローズ様の『師』は、私の祖先であり……フィオーレ王族の血を引く者……? 私の祖先と、フィオーレ王国に、何かの繋がりが……?)


 キウイは自分と思考が似ているローズの『師』に戦慄しながら、夢中でページをめくった。


(私が今まで出していた理論は、大まかには間違っていなかったようですね……)


 そして、最後のページにたどり着く。

 そこには、研究の結論として、たった一文だけが書かれていた。


《過去も未来も全て『現在』である》


(これ……は……っ)


 キウイは、その一文を見て、息をのんだ。

 それはサクラがローズから教えられたという、「時魔法の真髄」に至るための手がかりの一節だった。


(今までの私は、この一節を何かの『比喩』だと思っていました)


 キウイはその一節を目に焼き付けながら、思考を巡らせた。


(この手記を書いたローズ様の『師』は、この一節を……『魔法の論理』としてここに書き記している……っ)


 その手記は、読んだだけで「時魔法の真髄」そのものをすぐに理解できるようなものではなかった。


(『時魔法の真髄』には、自分自身で辿り着かないと意味がないと、ローズ様は言っていたのですよね……。この本は、まるでそのための……)


 それはまるで、読んだ者を「時魔法の真髄」に導くための完璧な指南書のようだった。


(ここまでわかれば……何か、最後のきっかけ……たった一つの閃きさえあれば、私は『時魔法の真髄』を理解することができる……必ず……)


 キウイは手記を静かに閉じ、その理論が真実であるという確固たる自信を胸に抱いた。




 新しい論理に心をときめかせるキウイを、密かに背後から眺める存在がいた。

 時魔法を想起させる漆黒の長い髪と漆黒の瞳を持ち、実体を持たないその身体は僅かに輪郭が揺らいでいる。

 その存在は、時魔法の権化そのものだった。


「遥かなる時を超えた、キィとの約束……確かに果たしたぞ。この時の大精霊たる私が、わざわざ人間風情の掌の上で踊ってやったんだ。ここから、あの緑の瞳の魔術師がどう動くのか……見せてもらおうではないか、キィが千年前に示した未来を」


 時の大精霊クロノスは、愉快そうに、悠久の時を見てきたその目を細めたのだった。






四章「ドワーフの国編」で「時魔法の真髄」の話をまるまま放置してしまったので、忘れてしまった方もいらっしゃるかもしれません。


何だっけ?って思った方は「43. 時護りの秘術」を見返してみてください。

まだチェリーとキウイがお付き合いする前の話です……もはや懐かしいですね。


さて、ずっと名前だけ出ていたクロノスが初登場しました。

そしてローズの師、謎に包まれた「キィ」。

これからゆっくり謎を解き明かしていきます。

しばしお付き合いください。

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