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人魚と姫 〜私達が結婚すると、世界が救われる!?〜  作者:
第五章 メイドたちの絆

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130. 姫の委ねと職人の愛の熱量

 窓から差し込む月明かりが、ビュランの茶色い癖っ毛をふんわりと照らしている。

 アヤメは、そこから漂う柔らかなヘアオイルの香りを楽しみながら、愛おしさを込めてその髪を撫でていた。


 もうどれだけの間、こうして密着しているだろうか。

 しがみつくように抱きついたままのビュランの背中は、相変わらず石のように強張ったままだ。

 重なり合った胸からは、ビュランの緊張を物語るように、激しい鼓動が絶え間なく伝わってくる。


(ふふ、本当に……ビュランは可愛らしいですね)


 ドワーフの国で、焦燥に駆られるまま、ビュランの殻をこじ開けるようにして強引に身体を愛したあの夜のこと。

 過去の自分を深く反省したアヤメは、心に決めていたことがあった。


 ビュランが自分から一歩一歩を踏み出すのに合わせて、どこまでもその歩幅に寄り添おう、と。

 アヤメはそんな優しい決意を胸に、今はただ、胸の中にある体温を慈しんでいた。


 幸い、ビュランの移住が叶った今はもう、急ぐ必要なんてどこにもない。

 今日、ビュランは、「二人きりで夜を過ごす」という大きな一歩を踏み出したのだ。

 これ以上を求める気はなかった。


「ビュラン……さすがにそろそろ寝ましょうか?」


 アヤメがさざ波のように穏やかな声で問いかける。

 本当なら、ビュランが自分から動き出すのをいつまでも待っていたい。

 けれどこのままでは、二人で固まったまま朝日を迎えてしまいそうだ。


 静かな部屋に響いたアヤメの声に、ビュランの肩がぴくりと跳ねる。

 そしてためらうように、のそのそと身体を起こした。


「うぅ……アヤメぇ……気概がないあたしを許してくれる……?」


 情けなく眉を下げて、縋るように見上げてくるビュラン。

 ここからさらなる一歩を踏み出せない自分を不甲斐なく感じているのだろう。


「許すも何も……悪いことをしているわけではないのですから」


 アヤメが優しく微笑みかけると、ビュランはきまりが悪そうに視線を彷徨わせ、やがて膝の上でぎゅっと拳を握りしめた。

 ごくり、と、静まり返ったビュランの部屋に、唾を呑み込む音が小さく響く。

 ビュランは何かを決意したかのように、まっすぐにアヤメの瞳を見つめ返した。


「せめて、キスっ! あたしから、キスさせて! 今日は、そこまで、頑張るから……っ!」


 顔を真っ赤にしながら、今にも爆発しそうな勢いで叫ぶビュラン。

 そんな必死な姿が、アヤメには愛おしくてたまらなかった。


「はい……いいですよ、ビュラン。私は、いつでも待っていますから」


 アヤメの言葉を受けて、ビュランはゆっくりと目を閉じた。

 そして、深呼吸をした、その瞬間。


 ――かちり。


 何故だか、そんな音が、聞こえた気がした。


 ビュランの荒い呼吸が落ち着いて、放たれる熱量が明らかに変わる。

 ゆっくりと瞼が持ち上げられた時、そこにはもう、弱々しく震えるビュランはいなかった。


「ビュら……、ひゃんっ」


 名を呼ぶ暇すらなかった。

 一瞬、視界がぐにゃりと歪んだかと思うと、アヤメの背中にふかふかのベッドの感覚が伝わってきた。

 何が起こったのかわからず、ぱちくりと瞬きをしたアヤメの目に飛び込んできたのは、ビュランの部屋の白い天井と――。

 月明かりを浴び、自分を組み敷くようにして覗き込む、ビュランの顔だった。


「ビュラン……?」


 あまりの早業に、思考が追いつかない。

 アヤメの手首を押さえつけるビュランの手は、まるで万力のように力強く、それでいて壊れ物を扱うように繊細だった。

 見上げる先、ビュランの瞳は、凪いだように静かで、けれど逃げ場のない熱狂が宿っている。

 その瞳に射抜かれ、アヤメの心臓がとくんと音を立てる。


 アヤメはその瞳を、一度だけ見たことがあった。

 それは、ドワーフの国の地下で、暴走するマグマ制御装置「イグニス・コア」と対峙した時のこと。

 極限の集中力をもってその精密な機構を把握し、寸分の狂いもなく魔法の制御を指示していた、あの「職人」の眼差しだ。


「『スイッチ』……入った。今なら、アヤメに全神経を集中できる」


 ビュランがそんなことを呟く。


「……すまない。キスだけで終わらせるなんて、アヤメに対して不誠実だ」


 低く響く、迷いのない声。


 ビュランの指が、アヤメの頬をそっとなぞる。

 鍛冶仕事で鍛えられたその指は硬く、けれど驚くほど繊細で、宝物に触れるように慈しみを込めてアヤメの肌を確かめていく。


「私の誇りにかけて、最高の夜を約束しよう」


 くい、と。優しくも、拒絶を許さない力強さで顎を持ち上げられ、アヤメはビュランの瞳に閉じ込められた。


「ん、んぅっ……」


 アヤメが何かを言う前に、その唇はビュランの唇で塞がれた。

 重なった唇から伝わってくるのは、驚くほどの熱量と、深い愛情。

 アヤメの心と身体、そのすべてを理解し、寄り添おうとする、魂を込めた口づけだった。


 唇から広がる温かさが、アヤメの困惑も、動揺も、全てを溶かしていく。

 すべてをビュランに委ね、任せれば、幸せになれる。

 そう本能で信じさせてくれるような、情熱的なキスだった。


 わずかに唇が離れる。

 銀色の瞳に熱く見つめられながら、ビュランの吐息がアヤメの唇を掠める。


「私に……アヤメの全てを愛させてくれ」


 その熱い響きが、アヤメの鼓膜を震わせ、心臓を甘く締めつける。

 熟練の職人のような眼差しで見つめられ、アヤメの意識は、ビュランが放つ圧倒的な情熱に溶かされていった。


 アヤメは、そっと目を閉じた。

 ビュランに、自分のすべてを捧げたい。

 その願いのままに、アヤメは身も心も、全てを愛しい「職人」の手へと委ねた。


 月明かりに照らされたシーツの上で、二人の影が、静かに、そして濃密に重なった。




「ごっ……ごめん、アヤメっ! 緊張したら、変に『スイッチ』入っちゃって!」


 すべてが終わるなり「スイッチ」が切れたビュランは、じわじわとその表情を焦燥と後悔の色に染めていった。

 心配そうにアヤメの顔を覗き込みながら、真っ赤な顔で必死に謝罪の言葉を口にする。


 当のアヤメは、愛された熱が肌に残っていて、頭がふわふわと心地のよい痺れに包まれている。

 ビュランの焦りようを、どこか他人事のようにぼんやりと眺めていた。


「怖かったよね……ほんとごめん。あたし、『スイッチ』入るとあんな風にキツくなっちゃうんだ……普段は、仕事中しかやらないんだけど……」


 さっきまでの、あの凛々しく、そして強引な姿は見る影もない。

 目の前にいるのは、今にも泣き出しそうな顔で自分を気遣う、いつもの優しく不器用な婚約者の姿だ。

 アヤメは堪えきれない愛おしさのまま、緩む口元を隠さずに囁いた。


「私……好きですよ。どちらのビュランも」

「え……?」

「だって……どちらも、私の愛するビュランですもの。確かに、強引でしたけど……あんなにまっすぐ愛してもらえて、嬉しくないはずがありません」


 アヤメの言葉に、ビュランは毒気を抜かれたように、呆れたような、けれどこの上なく幸せそうな笑みを浮かべた。


「もう……アヤメの愛は……でかいなぁ」


 ビュランは愛おしそうにアヤメの身体に優しく覆いかぶさり、ぎゅっと抱きしめた。

 アヤメもその小さな背中にそっと手を回し、確かな体温を感じながら抱きしめ返す。


「それに……前は、私が強引に愛してしまいましたから……これでおあいこではないですか?」


 アヤメがそう言うと、ビュランは一瞬だけ目を丸くした後、「くくく」と楽しそうに喉を鳴らした。


「ふふっ……ははは、違いないかも。あたしも、アヤメにあんなに愛してもらえて……悪い気分じゃなかったよ」


 ビュランはアヤメの汗ばむ額に、そっとキスを落とした。


「ん……寝よっか」

「ふふ……はい。おやすみなさい、私の愛しい職人さん」


 そうして二人は、重なり合う体温を感じながら、静かな眠りへと落ちていった。

「職人」のスイッチが入ったビュランに圧倒されるアヤメ……でした!

ビュランの「職人」モードは、あくまで仕事用なので、イチャイチャに使うものではないとは思ったのですが……せっかくの二重人格キャラのよさを百合に活かさないのもどうかと思いまして。

「わざと『スイッチ』を入れたわけではなく、思わず『スイッチ』が入っちゃった」という形でお届けしました。

普通に仕事してるビュランもそのうち書きたいですね。


※ムーンライトノベルズにて、カットされたシーンを公開中です

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― 新着の感想 ―
エッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!! アッッッッッッ!!!!!!!??????? エッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!! いいですよね。全てを解明してし…
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