126. 反省とお説教と、癒しの朝
柔らかな朝日が差し込むベッドの上で、ルリは甘えるようにサクラの胸に頭を埋めていた。
サクラがそんなルリの髪を梳いていると、いつものノックの音が静かな部屋に響き渡った。
チェリーとキウイが朝支度に来たのだ。
泣き腫らしたルリの目はまだ少し赤い。
そしてその腕の中には、昨晩ルリと一緒に頑張ってくれた人形が抱きしめられている。
ルリが夜の間、サクラの魔力を欲する衝動を抑えるのに強く抱きしめすぎたせいで、中の綿が寄って、少し形が変わってしまっていた。
この様子を見れば、メイドたちは昨晩何があったのかをすぐに察するだろう。
「……二人に入ってきてもらって、大丈夫かしら?」
サクラが優しく聞くと、ルリはサクラの胸に顔を埋めたまま、こくりと頷いた。
「……ん。だいじょうぶ。キウイにも、チェリーにも、あやまらなきゃ……」
そう言いながらも、ルリはサクラから離れようとしない。
少し潰れてしまった人形を大事そうに抱えたまま、サクラの体温を求めるように身体を寄せてくる。
まるで、叱られるのを恐れて親の足元に隠れる子どものようだ。
この甘えきった状態をメイドたちに見られるのは、正直に言うと気恥ずかしい。
けれど、心が弱っているルリを強引に引き剥がすような真似は、サクラにはできなかった。
それに、昨日の朝、覆いかぶさってくるルリとの甘く熱い時間をキウイに見られた時に比べたら、幾分もマシだ。
サクラは一つ息を吐くと、ノックに返事をした。
「おはようございます、サクラ様、ルリ様……」
まず、チェリーが一礼をしながら入ってくる。
サクラにくっついたままのルリと、その手にあるくたっとした人形を見て、すぐに事情を察したようだ。
どう触れていいものか、視線を彷徨わせている。
続くようにして、キウイが入室した。
キウイは二人の様子を見るなり、魔力を観察するように目を細めた。
「おはようございます、サクラ様、ルリ様。……今朝、サクラ様の魔力が空になるほどの魔力譲渡を行いましたね? 何か問題がございましたか?」
冷静な声色に、何かを悔いるような響きと、主への深い心配の情を滲ませながらキウイが尋ねる。
やはり、この有能な宮廷魔術師の目はごまかせない。
サクラが事情を話そうと口を開きかけると、それを制するように、腕のなかのルリがもぞりと動いた。
「自分で言う」と、そう意思表示をしているようだった。
サクラはルリの背を押すように、撫でつけていた頭をぽんぽんと叩いた。
「チェリー、キウイ、おはよう。……ほら、ルリ。二人が心配してるわよ、挨拶なさいな」
ルリは最後に名残惜しそうにサクラの胸にすりすりと頬を寄せると、意を決したように顔を上げ、チェリーとキウイの方を向いた。
それでも、身体の半分はサクラに隠したままだ。
「……おはよ。……あのね、キウイ、チェリー……ごめんなさい」
ルリは上目遣いで二人の顔色を窺いながら、くしゃっとなった人形を少し前に差し出した。
「わたし……きのう、ちょっと無理しちゃって……チェリーが作ってくれたサクラの人形、つぶしちゃったの……」
おずおずと差し出された人形を、チェリーが前に出てそっと受け取った。
「……中の綿を入れ替えますので、しばらくの間お預かりしますね。大丈夫です、すぐに元通りの、可愛らしいサクラ様に治してみせますから」
「ありがと、チェリー」
チェリーが受け取った人形を、優しく、赤子のように抱きしめる。
そのチェリーの優しい動作と声に、ルリもくしゃりと微笑んだ。
その二人を見ながら、キウイは自責するように目線を落とした。
「……すみません、ルリ様が大変優秀であられたので……少し、逸ってしまったかもしれません。もう少し私が、ゆっくりと教えて差し上げれば……」
「ううん、キウイはちゃんと、おしえてくれたもん……ごめんね、言うこときかなくて」
ルリが謝ると、キウイは呆れたように溜め息をついた。
「本当ですよ。次からは……もう、無理はやめてください。絶対に、です」
厳しく冷静なその表情とは裏腹に、キウイの言葉はとても優しさに満ちたものだった。
そんなキウイの隣で、チェリーが優しく微笑む。
「昨日、キウイさんはずっとルリ様の心配をしておられたのですよ」
「だって、もう、昨日のルリ様は大変調子に乗っておられて……こうなる未来しか見えませんでしたから」
キウイの容赦のない正論に、ルリは「うぅ……」と呻きながらサクラの後ろに隠れた。
昨日の寝支度の時も、キウイはルリに無理しないようにきつく言いつけていたのだ。
それを調子に乗って無視したのはルリだ。
キウイを責める理由は何もない。
「でも、思ったよりルリ様が落ち着いていらしてよかったです。ありがとうございます、サクラ様」
キウイの言葉に、サクラは「ふふ」と微笑んだ。
「いいえ。元々私たち二人の問題だからね。助け合うのは当然のことよ」
そして、落ち込んだ空気を変えるように、ぱんぱんと手を叩いた。
「さあ、身支度をお願いしようかしら。そろそろ皆との朝食の時間だし……と言いたいところなのだけれど」
明るい声で言いかけたサクラだったが、改めてルリの顔を見て、困ったように苦笑した。
「……こんな腫れた目のルリが席についたら、皆に心配をかけてしまうわね……」
ルリの目は腫れぼったいままだ。
冷やせば多少マシになるだろうが、朝食までに完全に収めるのは無理だろう。
「今日は二人で、お部屋で朝食を取ろうかしら?」
予定が詰まっていてゆっくり朝食を取る時間がない時など、皆との朝食の席につかず、部屋で軽く軽食を取ってすませるのはままあることだ。
特に不審がられることもないだろう。
そう思って提案したが、キウイは涼しい顔で首を横に振った。
「そんなことをする必要はありませんよ。チェリーさんなら解決できますから」
「えっ……?」
「チェリーさんの治癒魔法で、ルリ様の目を治していただけばよいのです」
「ああ!」
言われてみれば、そうだ。
チェリーに治癒魔法の適性があったことが発覚したのは聞いていたが、長年チェリーと魔法が紐づいていなかったので、サクラはすっかりそのことを忘れていた。
ぽんと手を打って納得するサクラの前で、なぜかキウイが誇らしげに胸を張っている。
自分の手柄ではないのに、まるで自分のことのように鼻高々なその様子に、サクラは呆れたように苦笑した。
「チェリー、もうそんなに治癒魔法が使いこなせるようになったの?」
「はい……キウイさんと、練習にお付き合いしてくれる軍の皆様のおかげで、だいぶ慣れてきたのですよ」
チェリーはまだサクラの後ろに隠れたままのルリを覗き込むようにして声をかけた。
「ルリ様、治癒魔法をかけさせていただきます。失礼してもよろしいですか?」
チェリーの優しい声に促されて、ルリはおずおずと出てきた。
ベッドの端にちょこんと座って、チェリーに顔を向ける。
「ん……チェリー、おねがいできる?」
「はい、承りました」
チェリーは両手で、ルリの顔の両目の端に触れるように優しく包み込んだ。
チェリーが目を閉じてしばらくすると、薄紅色の優しい光が、ルリの目の腫れた部分を包み込む。
まるで花びらが舞うような優しい光だ。
その光が淡く瞬くたびに、みるみるうちにルリの目の腫れが引いていくのが見えた。
あっという間に、いつものぱちりとしたルリの藍色の瞳に戻った。
「……ふう。いかがでしょうか、ルリ様」
「わあ、すごい! 目がいたかったのが、すっかりなおったみたい! ぽかぽかして、きもちよかったぁ〜」
ルリは、腫れぼったい感覚がなくなっていることを確認するように、ぱちぱちと瞬きを繰り返した。
「ありがとう、チェリー!」
ルリが太陽のように笑いながらチェリーにお礼を言う。
サクラはその様子を見ながら、優しいメイドが、有能な治癒魔法使いになったことを実感して、感心した。
「ふふふ……素晴らしいでしょう。チェリーさんは大変優秀であられるのですよ」
そしてチェリーの背後では、キウイがまるで自分のことのように、やはりどこか誇らしげに深く頷いていた。
チェリーのことになったらドヤ顔になっちゃうキウイかわいいね……




