124. サクラの魔力は、とっておき
最近のルリの朝は、ほんの少しの寂しさから始まっていた。
夜に眠りにつく時は、サクラからもらったたっぷりの魔力を、身体の中でしっかりとぎゅっと抱きしめて眠るのに。
朝起きると、ルリの魔力と混ざってしまっていて、「サクラの魔力」ではなくなってしまっているからだ。
朝一番のキスで、練習用の魔力はもらうけれど。
それはちょっぴりだけだから、いつも寂しく思っていた。
けれど、今朝は違う。
夢の中でも、ずっとサクラをぎゅっとしている感覚があった。
目覚めたルリの胸の奥には、ぽかぽかした温かい魔力が、確かに残っている。
寝る前と同じように、大好きなサクラの魔力が、そこにたっぷりとあったのだ。
「ふふ〜、ふふふ〜ん♪」
ご機嫌なルリの鼻歌が、朝の部屋に響く。
背筋を伸ばして、キウイにコルセットを締めてもらう。
それは、先程の騒動が嘘のように、平穏な日常そのものだった。
ふと隣に視線を向けると、チェリーがいつもの手際のよさで、サクラのコルセットの紐を締めているのが見えた。
「だから、本当に何もなかったのよ? ただちょっと、ルリが私の上に乗ってただけで……」
「ふふ……そういうことにしておきますね」
「ちょっと、チェリー? 本当に私のこと信じてるの?」
サクラが何やら顔を赤くしながら話しているけれど、サクラもチェリーもその口調は穏やかだ。
(ふふっ……いつものサクラとチェリーだ)
ルリはいつも通りの二人を見ながら、ご機嫌に目を細めた。
そしてそのまま、弾む声でキウイに話しかける。
「ふふ〜♪ ねえ、キウイ! きょうは、サクラの魔力がいっぱいあるんだよ!」
「はい、もう何度もお聞きしましたよ」
キウイは淡々としながらも、優しい声で返事をする。
ルリのコルセットの紐をきゅっと結び終えると、ベッドに広げてあった淡い空色のドレスを手に取り、ルリが身体を入れる場所を広げた。
「ルリ様、こちらに脚を」
「はあ〜い!」
キウイが広げたドレスにルリが脚を通すと、すっとキウイがドレスを引き上げる。
ルリがいつものように伸ばした腕にドレスの袖を通しながら、キウイは感心したような声を出した。
「正直に申し上げますと……こんなに早期にルリ様が魔力制御を自分のものにするとは、想定外でした」
キウイがドレスの背中を整えながら、ふわりと微笑んだ。
「年単位の歳月が必要になると予想しておりましたので。ルリ様がサクラ様を深く想う気持ちが……そうさせているのでしょうね」
「うふふっ! そうだよ、わたし、サクラのことだいすきだもんっ!」
ルリは太陽のように明るく笑った。
キウイの手によって、背中の留め具が嵌められ、襟元が整えられていく。
鏡の中の自分が、いつもの「サクラの妃」としての姿になっていく。
「それで? つぎは、どうするのかな? まだ、仕上げがある……って、言ってたよね? また訓練場?」
魔力の操作に慣れたら、訓練の仕上げをする……キウイは、確かそう言っていた筈だ。
そう思ってルリが尋ねると、キウイは首を横に振った。
「いえ……もう、私が教えることはありません。今のルリ様なら、『気づく』ことができるはずですから」
「気づく……? 何に?」
「成すべきことを、ですよ。目を閉じてください」
言われるがまま、ルリはそっと目を閉じる。
暗闇の中に、自分の魔力の海と、その中心に包まれたサクラの温かい魔力を確かに感じられる。
「ルリ様の身体は、生命活動のために、常に魔力を『消費』し続けています。今までは、お二人の魔力が完全に混ざり合っていたため、区別することなく無差別に吸収するしかありませんでした」
キウイの冷静な分析が、頭の中に染み渡るように響く。
(そっか……今までは、わたしの魔力と、サクラの魔力……まざってスープみたいになってたから、そのまま飲むしかなかったんだ)
混ざってしまったスープから、特定の材料だけを残すことはできない。
お腹が空いたら、全部一緒に飲むしかなかったのだ。
「ですが今は、明確に分かれています。……わかりますね?」
「うん……わかるよ」
「であれば、あとは……サクラ様の魔力に手をつけないようにするだけです」
キウイの言葉は、シンプルで、核心を突いていた。
「今まで無意識に行っていた魔力消費を、意識下に置いてみてください。魔力を制御する術を完璧に身に着けた、今のルリ様なら……容易いことでしょう」
(サクラの魔力を、たべずに……とっておく……)
大事なデザートを、取っておくように。
ルリは魔力消費に集中した。
意識的に、自分の魔力だけを消費する。
サクラの魔力を抱きしめる制御に比べれば、それは比較的簡単なものだった。
「む……むむっ……! こう、かな……? どう、キウイ?」
ルリは難しい顔をしながら首を傾げる。
キウイは魔力に集中するように目を閉じた。
「……はい。完璧です。とても上手であられますよ、ルリ様」
キウイに褒められ、ルリは「ふふん」と鼻を鳴らした。
それに対しキウイが、真剣な表情で、人差し指を立てる。
「……ルリ様、忘れないでください。ルリ様にとっての『魔力消費』は、我々人間にとっての『食事』のような、原始的な生命活動そのものです。その本能を意識的に制御するということは、相応のストレスを伴うでしょう」
「すとれす?」
「はい。何か、嫌な気持ちになったり、悲しい気持ちになったり……そんな兆候を感じたら、すぐに中断してください。決して、無理をしてはなりません」
キウイの心配そうな言葉。
けれど、今のルリの心は「サクラを守れる」という喜びで満たされていて、その忠告はあまり深く届かなかった。
このまま、サクラの魔力を――そして、サクラを大事にするんだ。
そんな想いが、ルリの胸のうちをいっぱいにする。
「ありがと、キウイ! でも、だいじょうぶだよ! わたし……サクラのために、がんばっちゃうから!」
ルリは温かい想いを胸に、太陽のように笑った。
そのままくるりと振り返り、隣にいるサクラの背中へと飛びつく。
「サクラ〜! あのね、わたし、きょうからサクラの魔力、もらわなくっていいかもしれない!」
サクラの背中に頬をすり寄せながら、ルリは誇らしげに告げた。
これでもう、サクラの身体に負担をかけなくていい。
サクラを傷つけずに、安心して隣にいることができるんだ。
「ええっ……そんな、急に……? 大丈夫なの?」
しかし、振り返ってルリの方を見たサクラは、心配そうに眉を下げていた。
サクラは、ルリが急に魔力を絶って、サクラの魔力不足による禁断症状が出ないか心配している。
けれど、今の自信満々のルリには、その表情が別の意味に見えた。
(サクラ……さみしいのかな?)
魔力をもらわないということは、魔力譲渡――毎晩の日課のキスがなくなるということだ。
サクラはそれが寂しいのかもしれない。
そう思ったルリは、悪戯そうに、にししと笑った。
「もちろん、おやすみのキスはしてあげるよ? ふふっ」
「もう……ルリったら」
サクラが力が抜けたように、呆れ笑いをこぼす。
その笑顔を見て、ルリは満足げに笑った。
大丈夫。
わたしはもう、サクラに助けられるだけの存在じゃない。
ルリは決意を込めるように、サクラをぎゅっと抱きしめた。
そして、あっという間に夜が訪れた。
いつもなら、就寝前の甘いひとときとして魔力譲渡を行う時間だが、今日のルリは違った。
「本当に……魔力譲渡、いらないのね?」
「うん! だって、サクラの魔力、いっぱいあるもん!」
心配そうに尋ねるサクラに、ルリは自信満々に胸を張った。
「だいじょうぶだよ〜! ちゃんと『とっておく』から! わたし、じょうずなんだから!」
「ルリ……わかったわ。でも、本当に無理はしないでね」
サクラにお休みのキスをして、ルリはベッドへと潜り込んだ。
ふと、脇机の方に目を向ける。
そこには、眠りにつくルリを見守るように、チェリーが以前作ってくれた、サクラの人形が座っている。
チェリーが、本物のサクラを傷つけてしまわないように、ルリの愛が溢れてしまった時の受け皿として用意してくれた、愛らしい人形。
(ふふ……あっちのかわいいサクラにも、ケガさせずに……ぜんぶおわりそう。よかったぁ……)
胸の中には、まだたっぷりのサクラの魔力がある。
これを食べないように、自分自身の魔力だけを使って、朝まで過ごすだけだ。
(サクラの魔力は、だいじ、だいじ……)
ルリは隣に眠るサクラの確かな体温を感じながら、温かな気持ちとともに、目を閉じた。
さすがに……フラグ立てすぎでは!?
でもまあ、調子に乗るルリはかわいいですね




