121. 治癒魔法の訓練と、甘い牽制
「いいですか? チェリーさんはサクラ様の専属メイドにして、ほかでもない、この、私の、婚・約・者、ですからね? 本来はあなた方が簡単にお話できる相手ではないのです。そこをしっかりとご理解ください」
訓練場で整列した騎士たちを前に、チェリーを抱き寄せて、自身の身体でその姿を覆い隠すようにしながら、キウイは牽制するように言葉を吐いた。
視界がキウイの腕に埋め尽くされ、チェリーは目を白黒させる。
「ほら、よくご覧になってください。チェリーさんの耳元で輝くこの『私の色』の耳飾りが、目に入らない方はいらっしゃいませんでしょう?」
「ひゃ……っ」
キウイは隠したチェリーの耳元の髪を指先で払い、器用に耳飾りだけを露わにして見せつけた。
突然耳元を弄られたチェリーが、くすぐったさに漏らした甘い声は、抱きとめるキウイの腕の中へと消えていく。
そのあまりにも個人的感情を挟んだ演説に、隣から呆れたような溜め息の音が聞こえた。
「キウイ、私情を挟むのはよしなさいな」
凛とした声の主は、サクラの母にして、女王ローズの后――葵だ。
葵は王族であると同時に、女王ローズの親衛隊長も務めている。
現在は軍事指揮権を持つ最高責任者として、この訓練の監督に当たっていた。
たしなめるような葵の声もどこ吹く風で、キウイはむしろチェリーを抱きしめる腕にいっそうの力を込めた。
当のチェリーはといえば、キウイが発する刺々しい空気に圧倒され、おろおろとその腕の中で視線を泳がせることしかできない。
チェリーとキウイはいつものメイド服を身に纏って、フィオーレ軍の訓練場へと足を踏み入れていた。
ここに来る前、キウイに「いつもの訓練みたいに、宮廷魔術師のローブを着なくていいのですか?」と尋ねた時のことを思い出す。
キウイは涼しい顔で「今日は訓練に参加する予定ではないのでいいのですよ」と言い放ち、その後にげんなりした顔で一言付け足した。
「ローブなんて着ていたら、なんだかんだ理由をつけて訓練に参加させられるに決まっていますから」と。
そんなことを思い出している間にも、キウイは訓練に参加するフィオーレ軍の騎士たちへ、チェリーがここにいる目的を説明し続けている。
しかしその説明は、言葉の節々にキウイの「私情」がたっぷりと乗せられたものだった。
「この度、チェリーさんが、大変貴重な、治癒魔法の使い手であることが発覚しました。本来ならこのような……汗と土埃にまみれた不浄な場所にお連れしたくはないのですが、心優しいチェリーさんが、治癒魔法の訓練を求めていらっしゃいますので、怪我人の多いこの場に、仕方なくっ、ご案内して差し上げているのです」
(「不浄」って……そういう意味だったのですね)
チェリーはキウイが事前に「不浄な場所なので連れて行きたくない」と言っていたことの意味をようやく理解して、苦笑した。
てっきり魔物が出るような危険な場所かと思っていたが、どうやらこの土埃や汗の臭いを嫌がっていたらしい。
キウイは自分に過保護だから、とチェリーは一人で納得する。
まさか「不浄」という言葉が、自分に向けられた騎士たちの熱っぽい目線を指しているとは、夢にも思っていない。
キウイは一度言葉を区切り、並み居る屈強な騎士たちを、じろりと睨みつけた。
それは同僚に向ける信頼の眼差しではなく、自分の宝物に群がる虫を追い払う、鋭い牽制のような視線だった。
「チェリーさんは大変繊細であられますから、あなた方のような、野蛮な方々とお話することには不慣れです。会話を行う際は、必ずっ、私を通してください」
あまりの言い草に、「不浄なんかじゃないです!」「野蛮だなんてひどいっす!」と騎士たちから抗議の声が上がるが、キウイは涼しい顔を浮かべたままで気にも留めていない。
それどころか、訓練場の空気が凍りつくように低い声で、威圧するように告げた。
「それと……愛らしいチェリーさんに触れたいがために、わざと怪我をするような方は、私が粛清いたしますので。――肝に銘じてください」
あまりの冷ややかさに、騎士たちが静まり返る。
見かねた葵が、ぱんぱんと手を叩いて空気を正した。
「はいはい。とにかく、皆はいつも通り訓練をしてちょうだい。怪我をしたらチェリーの魔法の実験台になってもらうわ。さっきキウイも言ったけど……わざと怪我するような子は、まさか、いるはずがないわよね。……信じているわよ? じゃあ、いつも通り基礎訓練から。散りなさい!」
葵の言葉に、騎士たちが散っていく。
チェリーはキウイに手を引かれ、訓練場の端にある休憩用のベンチへと誘導された。
「すみません、ここにはこのような埃臭い椅子しかなく……愛らしいチェリーさんに座っていただくには、あまりに粗末すぎるのですが」
「大丈夫ですよ。皆様、お国のために頑張っておられるのですから。椅子だって汚れます」
「あぁ……そのようにおっしゃるなんて、チェリーさんは本当にお優しいのですね……しかし、せめてこちらを」
キウイは懐からハンカチを取り出すと、ベンチの座面を丁寧に覆うように、座布団代わりに敷いた。
「さあ、どうぞ」
「わざわざそこまでしていただかなくても……キウイさんのハンカチが汚れてしまいますよ」
「チェリーさんの衣服が汚れる代わりになれるなら、ハンカチだって本望ですよ」
恭しくエスコートされ、チェリーは申し訳なさそうに、ベンチに敷かれたハンカチの上に腰を下ろした。
それに満足そうに微笑むと、キウイも隣に腰掛ける。
そしてすぐに、太腿が密着するほどに距離を詰めた。
「ちょ、ちょっと、キウイさん……近いです……っ。皆さんが見ておられるのですから……」
「わざと見せつけているのですよ。油断も隙もありませんからね」
離れようと身じろぎすると、逃さないと言わんばかりに腰に腕を回され、さらには膝の上に置いた手を強く握りしめられる。
冷たいベンチとは裏腹に、キウイと触れ合っている半身から、熱い体温が伝わってきた。
「ほら、チェリーさん、こちらを向いて……愛らしいお顔を、私にだけ見せてください」
「せっかくなので、訓練を見させてくださいよ」
キウイが愛おしそうに横顔を見つめてくる視線が熱くて、落ち着いて訓練を見るどころではない。
チェリーは呆れたように溜め息をついた。
「もう……」
「ふふっ……チェリーさんは訓練場においでになったことがありますよね?」
「サクラ様の視察に付き添って、何度か来たことがありますね」
「サクラ様とチェリーさんがお見えになると、士気が上がりますからね」
チェリーとキウイがとりとめのない会話をしていると、こつ、こつ、と落ち着いた足音を響かせて、葵が近づいてきた。
思わず立ち上がろうとするチェリーを、葵が手で制して止める。
「座ったままでいいわ。キウイ、折角だから訓練に参加していきなさいな」
当然のような顔で告げられた葵の提案に、キウイがあからさまに嫌そうな顔をする。
来た、と言わんばかりの表情だ。
「しかし葵様、今日の私は、訓練に参加する予定ではございません。チェリーさんに治癒魔法を教えて差し上げるという大切なお仕事がありますし……ほら、服装も、訓練には適さないメイド服でございますよ」
キウイは予め用意していたようにすらすらと言い訳を述べると、胸に手を当て、ひらひらとしたメイド服のエプロンをアピールした。
どこからどう見ても愛らしい給仕服だ。
キウイは「ほら、無理でしょう?」と言いたげな涼しい顔で葵を見つめる。
ここに来る前、「ローブなんて着ていたら訓練に参加させられる」と言っていた通り、服装を理由に断るつもりなのだろう。
しかし葵は、キウイの必死の弁明を笑顔でばっさりと切り捨てた。
「ローブなんて訓練では飾りみたいなものでしょう? 怪我人がいなければチェリーも治癒魔法の練習ができないし、そのための怪我人をあなたが作ってあげたらちょうどいいじゃない。それに……」
葵はキウイの扱いを心得ている顔で、チェリーの方を向いて悪戯そうに微笑む。
「チェリーもキウイの活躍するところ、見たいでしょう?」
「えっ? あっ……、は、はいっ……」
急に話を振られたチェリーが驚きながらも発した返事に、キウイが、はっとしたような表情をする。
「ほら、チェリーもそう言ってることだし……あなたの発案した、新しい訓練方式の準備、整ってるわよ? かっこいいところ見せなさいよ」
「あ……くぅ……わ、わかりましたっ」
キウイはチェリーの手を握りしめて、真剣な眼差しでその瞳を見据えた。
「チェリーさん……私の勇姿、目に焼きつけていてくださいね」
「ふふっ、楽しみにしています」
チェリーの笑顔を受けて、キウイは名残惜しそうに手を離す。
「じゃあ、すまないわね、チェリー。少しキウイを借りるわ。ほら、行くわよ、キウイ」
「はい、参ります」
葵に促され、キウイがベンチから立ち上がり、歩き出す。
チェリーの隣を離れ、数歩歩くごとに、キウイの背中から甘い雰囲気が霧散していくのがわかった。
(新しい訓練方式……って、何なんでしょう)
葵とキウイが並んで、騎士たちの待つ訓練場の中央へと歩いていく。
ハンカチの敷かれたベンチに一人取り残されたチェリーは、遠ざかる背中を見つめた。
訓練場に満ち始めた張り詰めた空気が、ただならぬ何かが始まることを予感させていた。
嫉妬でバチバチのキウイはたまりませんね〜!
ということで、軍の訓練の様子第二回です。
葵の説明って今まであんまりしてこなかったので、
なんで軍の訓練を取り仕切っているのかとか、そういう説明を改めて入れました……。
要は国防および国の細々とした雑事の決定権をいろいろと持っていると思ってもらえたら!
次回、キウイはチェリーにかっこいいところを見せられるのか……お楽しみに!




