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人魚と姫 〜私達が結婚すると、世界が救われる!?〜  作者:
第五章 メイドたちの絆

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120. 貴方を癒す光

 窓の外は夜の帳が下りている。

 ランプの灯りが揺れるリビングのソファの上で、チェリーとキウイは互いの鼓動を確かめ合うように抱きしめ合っていた。


 チェリーの治癒魔法の訓練のために、いきなり自分の指に切り傷をつけたキウイ。

 自らを傷つけるような行為はやめて欲しいという、涙ながらのチェリーの訴えは、キウイの心に深く響いたようだった。


 キウイの腕が解かれ、二人の身体がゆっくりと離れる。


「……チェリーさんの心を乱してしまって、申し訳ありません」


 悲しみの表情を浮かべたキウイが、左手の親指で、チェリーの目尻に残った涙をそっと拭う。

 その指先の、優しくて慎重な手つき。

 触れられた場所から熱が広がり、キウイの不器用な愛情深さが伝わってきて、チェリーの胸に温かさが染み渡る。


「……本当に、反省してくださいよ」


 ふと視線を落とすと、キウイの右手が目に入った。

 その人差し指には、まだ痛々しい傷跡が残されたままだ。

 滲む血がチェリーにつかないように、慎重に避けられている配慮に、胸が締め付けられる。


(……これは、治してあげないといけませんね)


 キウイが自ら傷をつけるのは喜ばしいことではない。

 でも、もうやってしまった過去は戻らないのだ。

 チェリーはキウイの手をそっと取り、自身の涙で濡れた瞳で、キウイを見つめ返した。


「……今回は特別に、私が治して差し上げます。でも、今回だけですから。もう絶対にしないでくださいね?」

「はい。もう、チェリーさんを悲しませることはいたしません」


 そういうことではないのだが――チェリーはその言葉を飲み込んだ。

 動機はともあれ、キウイが自分の身体を大事にしてくれるのであれば、言うことはない。


 よし、とチェリーは気合を入れた。

 愛する人の傷は、自分の手でなかったことにするのだ。

 チェリーは改めて、キウイの右手を、両手でしっかりと包み込んだ。

 しかし、そこで、はたと気づく。


(……どうすれば治癒魔法が使えるのでしょう?)


 手を握ったはいいものの、そこから先がわからない。

 訪れる沈黙。

 キウイは急かすことなく、ただ静かに、期待の眼差しでチェリーを見つめている。

 チェリーは、かあっと赤面し、先ほどの威勢のいい態度はどこへやら、蚊の鳴くような声で言った。


「あの……治し方、教えていただけますか……?」


 治してあげると大見得を切ったのに、治癒魔法の使い方はさっぱりだ。

 穴があったら入りたい気持ちで縮こまるチェリーに、キウイはくすりと笑った。


「ふふっ、もちろんです。……とは言っても、無属性魔法と変わりません。大切なのは、想像力です」


 キウイは優しく囁いた。


「手を握って、属性石にしたのと同じように、私の手に魔力を込めます。その時に、治癒の力を行使している様子をイメージするのです」

「……はいっ」


 チェリーは握っていたキウイの右手を、傷口に触れないように、優しく握り直した。


(キウイさんの傷が……綺麗に治る、イメージ……)


 目を閉じ、脳裏にキウイの綺麗な指を思い浮かべながら、その手に魔力を込める。

 自分の中から、温かいものが流れ出していく感覚だけを頼りに、強く、念じる。


(痛いの……飛んでいって、ください……っ!)


 傷跡なんて残らないように。

 元通りのキウイの綺麗な指に戻るように。


 祈るように魔力を送っていると――閉じた瞼の裏に、陽だまりのような温かな光が透けて見えた。


「……っ」


 眩しさに誘われて、そっと目を開ける。

 そこには、キウイの指を包み込む淡い薄紅色の光があった。

 光は傷口を優しく撫でるように揺らめくと、ふっ、と雪が溶けるように肌に馴染んで消えていく。

 後には、どこを切ったのかさえわからないほど、滑らかで白い肌だけが残されていた。


「あ……」


 治った。

 本当に、治せたんだ。


 チェリーが、安堵の息を漏らそうとした、その時だった。

 手の中で力を抜いていたキウイの指が、チェリーの手を、下からぎゅっと握り返してきた。

 逃さないとでもいうような、強い力だった。


「ひゃあっ」


 不意打ちの体温と、力強さに、チェリーの喉から甘い声が漏れた。


「……ありがとうございます、チェリーさん」


 顔を上げると、キウイが愛おしむように目を細めていた。


「完璧ですね」


 キウイは握り返した手を離そうとせず、嬉しそうに微笑む。

 月明かりを浴びたその微笑みが美しすぎて、手から伝わってくる確かな体温に、チェリーの鼓動は高鳴るばかりだった。


「傷ついた細胞そのものが修復するというのは大変興味深い事象でしたね。修復速度も、精度も、申し分ありません」


 キウイは空いた左手で、傷があった場所を愛おしげに撫でた。


「何より……チェリーさんの魔力が私の体内に流れ込んでくるというのは、大変魅力的な経験でした……。チェリーさんの優しさが直接、神経に溶け込んで来るような……脳が痺れるほど、甘美な魔力でしたよ」

「キウイさん……?」

「ふふ……これは癖になりそうです。何度でも味わいたいですね……」


 うっとりと熱っぽい声で語るキウイに、チェリーは背筋が寒くなるような危機感を覚えた。


(まさか、そのために、また……?)


「き、キウイさん!?」

「おっと、冗談ですよ。もう、自分で傷をつけることはしません。安心してください」


 キウイは悪戯そうに微笑んで、名残惜しそうに手を離した。

 チェリーが訝しむような目で見つめるのを涼しい顔で受け止めて、キウイはふとその顔を真剣な表情に戻した。


「しかし、私の身体を提供できないとなると……チェリーさんの治癒魔法の訓練をどのように進行するかが課題ですね」


 キウイは瞬時に頭を切り替えたようで、真面目な顔で顎に手を当てた。


「私が偶然怪我をするのを待っていただいてもいいのですが……何かあれば反射的に結界魔法を展開する癖がついてしまっているので、私、基本的に怪我をしないのですよね」

「さ、流石ですね……」


 キウイが困ったように言う言葉に、チェリーは呆れたような感嘆の声を漏らした。

 たしかに日常的に、キウイがほんのわずかでも怪我をしているのを見たことがない。

 反射的に、ということは、意識しなくても身を守れてしまうということだ。

 超高等技術をあたかも「悪い癖」のように語る婚約者に、チェリーは苦笑するしかなかった。


「街の診療所に協力を求めましょうか……しかし、理想的には、診療所に来るような重い怪我を扱う前に、もっと軽い傷でたくさんの練習を重ねるべきです」


 キウイが唸る。

 軽い怪我人が、日常的にたくさん出る場所。

 平和なフィオーレ王国に、そんな場所があるだろうか。

 チェリーも一緒になって考えていると、ふと、キウイが顔をあげた。


「あ……」


 キウイの、何かを思いついたような声。

 しかし次の瞬間、キウイの表情が曇り、ふるふると首を横に振った。


「……いえ、この案は……やめましょう。却下です」

「え? 何か思いついたのですか?」

「良案ではありません。忘れてください」


 キウイはあからさまに視線を逸らし、すぐさま話題を終わらせようとした。

 明らかに何かを思いついたのに、隠している。

 その様子が気になって、チェリーはキウイの顔を覗き込んだ。


「教えてくださいよ。それはどこなのですか?」

「……危険な場所、なので。チェリーさんをあのような場に行かせることはできません」

「危険?」

「ええ、とても不浄な場なのです。私の精神衛生上もよくありません。極めて危険です」


 「不浄」という意味はよくわからなかったが、空気が汚れているとか、そういう場所なのだろうか。

 もしかしたら、ドワーフの国でキウイたちが解決した「瘴気」に関連する場所なのかもしれない。

 しかし、チェリーに恐怖心はなかった。


「たとえ危険な場所でも、キウイさんが私を守ってくれるでしょう?」

「……っ」


 チェリーの言葉に、キウイが息をのんで固まる。

 チェリーはキウイの手を取り、まっすぐに見つめた。


「私、知ってますよ。キウイさんがこの国で一番の結界魔法使いだって。だから、キウイさんが一緒なら、どんな危険な場所でも怖くないです」

「し、しかしですね……」

「お願いします、キウイさん。私、せっかく手に入れたこの力で、皆様のお役に立てるようになりたいんです」


 キウイが口元を手で覆い、赤い顔をして呻いた。

 しばらくの沈黙の後、キウイは観念したように、深くて長いため息をついた。


「……卑怯です、チェリーさん。そんな風に言われてしまっては、断れないではありませんか……」

「じゃあ……!」

「はぁ……わかりました。葵様に話を通して、ご案内して差し上げます」


 キウイの言葉に、チェリーが尋ねる。


「葵様の許可が必要な場所なのですね……結局、どこなのですか?」

「ええ、葵様が直接、指揮を執っておられる場ですから」


 キウイは苦虫を噛み潰したような顔で、悲壮な決意を滲ませて告げた。


「フィオーレ軍の……訓練です」






キウイ、忘れずに指治してもらえてよかったね……!笑


そして次回、フィオーレ軍の訓練にお邪魔します。

嫉妬バチバチのキウイはたまらんですねぇ。

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