107. 夜の魔力操作訓練
「というわけで、キウイはサクラをからかってあそんでただけじゃなかったんだって!」
「ええっ……まさかそんなことをしていたなんて……。まったく、わざわざ言わないのがキウイらしいというか、なんというか……」
ルリが魔力制御訓練中に聞いた、ドワーフの国での魔力譲渡中の話を教えられ、サクラは心底驚いたような、それでいて呆れたような声を出した。
寝支度を終えた二人は、ベッドに寄り添うように座って、談笑していた。
ルリがキウイと魔力制御訓練を行った日は、その報告を聞くのがサクラの定番になっていた。
「勘違いして怒ってごめんなさいって、キウイに謝ったほうがいいのかしら……?」
「べつにいいんじゃない? キウイも楽しんでたみたいだし。それに……いまは、あんまりドワーフの国のはなしを、してほしくないみたいで」
「そうなの? 何かあったの?」
サクラが聞くと、ルリは目線を落としながら答えた。
「キウイ、ドワーフの国のサウナで『住みたい』って言ってたの、チェリーにおこられちゃったんだって。わたしがチェリーの前で言っちゃったんだよね……わるいことしちゃった」
「ああ……。それはキウイはお気の毒さまね」
サクラは苦笑いをしながら、遠い目をした。
「チェリーって、怒ると怖いのよね。決して怒鳴ったりはしないんだけど、その代わりにずっと笑顔のままなの」
「サクラも、おこられたことあるの?」
「ええ……もう、だいぶ前の話なんだけど。熱があるのを隠して公務に出ようとしたら、チェリーにはお見通しだったみたいで……」
あの日サクラは、国に貢献した民に褒章を授ける式典に列席予定だった。
王族のサクラからすると年に一度の恒例行事だが、受章者からすると人生に一度の晴れ舞台だ。
自分が欠席して水を差すわけにはいかないと思い、ふらつく身体を隠して列席準備を進めていると、笑顔のチェリーに止められたのだ。
「『サクラ様、私に隠し事が通じるとお思いですか?』って、ニコニコしながら詰め寄られた時は、葵母様より怖かったわ……。その後も、ずっと笑顔で看病してくれたんだけど、それが逆に怖くって……」
「うわぁ……それはたしかに、こわいかも……」
ルリが身震いするのを見て、サクラはくすりと笑った。
「でも、それだけ私のことを真剣に心配してくれていたのよね。キウイのことも、心から愛しているからこそ、怒ったんだと思うわ」
サクラはルリの髪を梳きながら優しく微笑んだ。
「今のキウイとチェリーは仲良さそうじゃない。きっと二人の中でうまく消化したのよ。ルリが気にすることないわ」
「うん……ありがと、サクラ。ちょっと気が楽になったよ」
ルリはサクラの優しさを噛み締めるように、その身体をぎゅっと抱きしめた。
サクラが優しすぎるルリを心配するように、背中をぽんぽんと叩く。
そして話題を切り替えるように言った。
「……今日も『宿題』、頑張るの?」
ここ最近の夜の魔力譲渡は、ルリがキウイからの宿題に挑戦する時間だった。
「うん、そうなの……きょうは、キウイがコツをおしえてくれたんだよ!」
明るい顔で言うルリに、サクラは少しほっとした。
毎日難しい顔をしながら魔力譲渡を終えるルリを、サクラは応援することしかできず、歯がゆい想いをしていたのだ。
「そうなの、ふふ……うまくいくといいわね。じゃあ、いつでも……きて」
サクラはルリのすべてを受け入れるように、ゆっくりと目を閉じた。
視界が闇に包まれると、すぐ近くにあるルリの気配がより鮮明に感じられる。
ルリのタイミングで、ルリの好きなように魔力を吸ってもらえるように、最近の魔力譲渡は全てルリに委ねているのだ。
ふわり、と甘い香りが近づく。
頬にルリの掌がそっと添えられた。
少しだけ震えているようにも感じるその掌の温かさから、ルリが真剣に、大切に自分を想ってくれているのが伝わってくる。
(ルリ……)
サクラは高鳴る鼓動を静めるように、シーツをぎゅっと握りしめ、その時を待った。
鼻先が触れそうな距離で、ルリの吐息が唇にかかる。
そのじれったいほどの時間に、サクラの心臓は早鐘を打ち、期待と緊張で身体が熱くなるのを感じた。
「魔力、もらうね……」
口元で囁き声とともに吐息を感じたすぐ後、サクラの唇に、温かな熱が重なった。
サクラが目を閉じ、無防備に自分を待ってくれている。
その信頼しきった表情を見るだけで、ルリの胸の奥がきゅっと締め付けられるように高鳴った。
(だいじょうぶ。きょうは、キウイにおしえてもらったから……)
ルリは逸る気持ちを落ち着けるように、一度深く息を吸った。
ゆっくり息を吐きながら、今日の訓練で掴んだ感覚を、頭の中で反芻する。
―― 優しく、包み込んであげてください。大切なサクラ様を抱きしめるように……
キウイの言葉を心の中に刻みつけると、ルリはサクラの頬に掌を添えながら、そっと顔を寄せた。
壊れ物を扱うように、ゆっくりと、時間をかけて。
「魔力、もらうね……」
確かめるように囁いた後、サクラの赤い唇に自分の唇を重ねた。
「ん……」
粘膜越しに感じる魔力を、ゆっくりと受け入れる。
(サクラの魔力は、黒……。わたしの魔力は、青……)
温かなサクラの黒い魔力が、ゆっくりとルリの青い魔力と絡み合う。
いつもなら、その心地いい魔力が身体に広がっていくのを受け入れて、自分の魔力と溶け合うのを眺めているだけだ。
しかし今日は違う。
サクラの魔力と触れ合っているところを、ゆっくりと動かしてみる。
(……サクラを、だきしめるように……やさしく……)
絡み合おうと伸びてくるサクラの魔力を、そっと、押し戻すように撫でつける。
(まあるく、まあるく……)
ルリは、心の中でサクラを抱きしめ、サクラのふわふわの髪を優しくを撫でる情景を思い浮かべながら、自分の魔力を操作し、サクラの魔力を丸い塊に形成していった。
すると、いつもなら制御不能になって暴れてしまうサクラの魔力が、ルリの魔力の膜の中に、おとなしく収まっていくのがわかった。
(……できた……! これなら、わかる……!)
混ざり合って溶け合うのではなく、ルリの中に「サクラの魔力」という塊が、確かな形を持って存在している。
ルリはその成功に、心の中で歓声を上げた。
魔力譲渡の終了を感知し、そっと唇を離す。
「サクラ、できたっ……! あ、だめっ……」
「る、ルリ? どうしたの?」
喜びの表情から一転、焦るような表情をするルリにサクラが戸惑いを見せる。
ルリは、魔力制御から完全に気を離した瞬間に、サクラの魔力が再び暴れ出したのに焦っていた。
「あわっ……! 気をぬくと、まざっちゃう……! ……ふう……」
再びサクラの魔力を落ち着けて、一息つく。
サクラの魔力を抱きしめ続けるのを頭の片隅で意識しながら、ルリは、ふと素朴な疑問を口にした。
「……これいつまでつづけるの?」
その言葉が空気に溶けた瞬間、ルリは「はっ!」と目を見開いた。
今の自分のセリフ、どこかで聞いたことがある。
そう、今日の訓練の別れ際に、キウイが涼しい顔で言っていた言葉だ。
―― 今晩のことを予言します。きっとルリ様は『これいつまで続けるの?』とお思いになるでしょう
「あ、あぁ……! キウイの言ったとおりになった……!」
一言一句違わないキウイのその完璧な予言に、ルリは感心するばかりだった。
その後に言っていた、その時はわけがわからなかった言葉を思い出す。
―― ひとまず眠りにつくまで頑張ってみてください
「なるほど……! とりあえず、ねるまで、がんばれってことね……! わかったよ……!」
心の中のキウイに返事をして、ルリはやる気を見せるように拳をぎゅっと握りしめた。
「ルリ……大丈夫?」
サクラには突然独り言を呟いて焦りだしたルリにしか見えておらず、心配そうに覗き込んでくる。
ルリはそんなサクラに、満面の笑みを向けた。
「だいじょうぶだよ、サクラ! いまね、わたしの中で、サクラの魔力をぎゅーってしてるの! これなら、サクラの魔力をだいじにできそうなの!」
「そう……なの? とりあえず、『宿題』は順調なのね?」
「うん! ふふ、サクラの魔力、あったかい〜」
ルリが布団の上をごろごろと転がるのを見ながら、サクラはほっとしたように微笑んだ。
「じゃあ、そろそろ寝ましょうか」
「うんっ……ねぇ、サクラ……サクラの魔力だけじゃなくて、サクラもぎゅってしていい?」
「もちろんよ、ルリ」
サクラはふわっと微笑むと、毛布の中に入り、ルリを誘うように隙間を開けた。
ルリはサクラが開けてくれたその隙間に潜り込む。
サクラの身体をぎゅっと抱きしめて、自分の中にあるサクラの温かい魔力も、もう一度ぎゅっと心の腕で抱きしめ直した。
(サクラも……サクラの魔力も……あったかいな……)
魔力を制御するのは集中力が必要だけれど、その心地よさは、何にも代えがたい安心感をルリに与えてくれた。
「おやすみ、サクラ……。いま、わたし、とってもしあわせ……」
「ふふ……私も幸せよ、ルリ。おやすみ、いい夢を見てね」
サクラの優しい声を聞きながら、ルリは自分の中の愛しい温もりと共に、深い眠りへと落ちていった。
キウイのやらかしが皆に広がっていく……
五章から、三人称で地の文を書いているのですが、誰視点に寄った三人称なのかを意識しながら書いたりしています。
このエピソードは、前半はサクラ視点、後半はルリ視点です。
初めてエピソードの途中での視点切り替えというのをやったので、混乱したらすみません。
目下、いい表現方法を模索中です。




