104. 夕焼けに溶ける、甘い余韻
口の中に、濃厚なクリームの甘さが広がっていく。
この甘い余韻を残したままキスをしたら、その味もまた、甘く感じるのだろうか。
隣を歩く愛しい人の唇を横目で見ながら、キウイはそんなとりとめのないことを考えていた。
「ふふっ、キウイさんたら、お口の端にクリームがついてますよ」
クレープを口に運ぶキウイを見て、チェリーがくすりと笑う。
その言葉に、キウイは口元のクリームを慌てて舐めとった。
「……お恥ずかしいところをお見せしました。ですが、チェリーさんのおすすめ通り、絶品ですね。歩き疲れた身体に染み渡ります」
「でしょう? 城下町に出かけた時は、このクレープを食べながら帰るのが、私のお気に入りなんです。キウイさんにも気に入っていただけて嬉しいです」
満足そうに微笑んだチェリーの視線が、ふとキウイの手元――山のように抱えられた紙袋へと落ちる。
その眉が、申し訳なさそうに下がった。
「少し……買いすぎちゃいましたかね。キウイさん、重いでしょう? やっぱり私も荷物を持ちますよ」
「いいえ、それには及びません」
キウイは、差し出されそうになったチェリーの手を制するように、腕に抱えなおした紙袋をあえて身体の後ろへと遠ざけた。
「これしき、重さのうちに入りませんから。チェリーさんの腕に負担をかけるなんて、そちらの方が私の心が耐えられません」
キウイの右手に抱えているのは、今日のデートの成果である数々の紙袋。そして、左手にはクレープ。
強がりなどではなく、荷物の重さ自体は、鍛えているキウイにとって大したものではない。
唯一にして最大の問題は、両手が塞がっているせいで、愛しい婚約者と手を繋げないことだけだった。
だが、それを口にすれば、チェリーは間違いなく「じゃあ私も持ちます」と言い出すだろう。
それだけは避けたかったキウイは、あえて口をつぐんでいた。
「もう……キウイさんは過保護なんですから」
チェリーが呆れたようにため息をつきながらも、嬉しさを滲ませて微笑む。
その笑顔を守るための言動が「過保護」という言葉なら、甘んじて受け入れるしかない。
それは自分が心から望むことなのだから。
キウイは苦笑しながら、ふと左手のクレープに視線を落とした。
「私、クレープを食べるの、初めてかもしれません」
「ええっ、そうなのですか? 食べ歩きも?」
「したことないですね……だって、食事は城に帰れば十分に美味しい賄いが……」
「またそれですか。もう……」
キウイの合理的な答えに、チェリーが呆れたように、そして楽しげに笑う。
「ふふ……キウイさんにはこれから、私がたっぷり、色んな楽しいことを教えて差し上げます」
チェリーのその言葉を聞いた瞬間、キウイは胸の奥に温かい光が差したような気がした。
その光は、まだ見ぬ「未来」を、今ここで確かな手触りのあるものとして出現させた――そんな、不思議な感覚だった。
(……今の、感覚は……?)
ふと、宮廷魔術師として研究している時魔法の理論が脳裏をよぎる。
従来の定説とは異なる、奇妙な矛盾。
だが、そこには確かな真理の「種」が含まれているような気がした。
(……今はまだ、うまく言語化できませんね。ですが、この感覚……帰ったら日誌に留めておくとしましょう)
思考の海に沈みかけた意識を、ふと目が合ったチェリーの笑顔が引き戻す。
その愛らしい表情を見た瞬間、キウイの中の優先順位が、かちりと切り替わった。
今は、頭の中の難解なパズルよりも、目の前にいるチェリーとの時間を優先すべき時だ。
キウイは自然と頬が緩むのを感じながら、チェリーに微笑みを返した。
「……ええ、楽しみにしています。私のこれからの人生は、常にチェリーさんと共にありますから。たくさんのことを教えてください」
キウイは、手に持ったクレープの残りの一口を口に放り込みながら、先ほど見つけた小さな真理の「種」を、胸の奥に大切にしまい込んだ。
いつかこの感覚が、何か大きな答えに繋がる予感を抱きながら。
「はむっ、……ん、ごちそうさまでした」
チェリーがクレープの残りを口に収める。
満足げにごくんと飲み込み、包み紙を丁寧に折りたたんでいるその横顔を見ると、艶やかな唇の端に、白いクリームがちょこんとついていた。
「クリームがついていますよ」……そんな言葉で教えるのは簡単だ。
しかし、キウイの脳は瞬時に、もっと合理的で、もっと甘い解決方法を導き出した。
キウイは自分のクレープの包み紙をくしゃりと握りつぶしてポケットに突っ込むと、空いた左手を伸ばした。
「チェリーさん、動かないでください」
「はい、なに……んぅっ!」
呼び止められ、振り返ったチェリーの頬に手を添える。
有無を言う隙も与えず顔を寄せ、キウイはその唇の端に残ったクリームを、舌先でぺろりと掬い取った。
「……ん、クリームがついてましたよ」
「き、キウイさんっ! ここ、外です……っ」
チェリーは顔を真っ赤にして抗議する。
だが、キウイは悪びれる様子もなく、チェリーの唇をじっと観察するように見つめた。
「すみません……私のせいで、せっかくの練り紅が中途半端に取れてしまいましたね」
さきほど店で塗った練り紅の淡い薄紅色は、キウイが舐めた部分だけ色が落ち、斑になってしまっている。
「私が責任を取って整えて差し上げます」
「えっ……整えるって……んんっ!」
逃がさないように頬に添えた手に力を込め、今度は唇全体を食むように、深く口づけを落とす。
驚きに震えるチェリーの唇を割ると、甘いクリームの味が舌の上いっぱいに広がった。
(ああ……やはり)
クレープを食べたあとにキスをすると、甘い味がする。
けれど、クリームの甘さなど霞むほどに――愛しい人の唇は、どんな甘味よりも甘く、とろけるようだ。
先ほど胸に抱いた仮説の検証を終え、名残惜しく唇を離すと、そこには潤んだ瞳で荒い息をつく、愛らしい婚約者の姿があった。
「……んっ、はぁっ……もう、キウイさんっ……!」
「ふふ、綺麗に取れましたよ。ごちそうさまでした」
キウイは満足げに微笑むと、エスコートするように左手を差し出した。
クレープを食べ終わって手が空いたので、ようやく手を繋ぐことができる。
チェリーは赤く染めた頬を携えてじっとり睨みながらも、差し出された手を拒むことなく握り返した。
「練り紅……取れちゃいましたねぇ」
「取れちゃいましたねぇって……キウイさんが取ったんじゃないですかっ! 家に帰って塗り直したら、お仕事中はキス禁止ですからね、本当にっ」
「じゃあ、塗り直す前に、お仕事中に耐えられるぐらいいっぱいキスをもらっておかないといけませんね、ふふ」
繋いだ手を引き寄せ、キウイは再びその唇を奪う隙を虎視眈々と狙う。
夕暮れの街に、二人の幸せな影が溶けていった。
この回の、真理の「種」の話をするために、長々とチェリーとキウイのデート回を書きました。
いえ、本当は帰り道を含め2話で終わる予定だったのです。
まさか下着屋さんだけで3話も使うなんて……その後帰り道でこんなにイチャイチャして1話まるごと消費するなんて……。
いやあ、全く想定外でした。困っちゃいますね。
でも色んな顔のチェリーとキウイを書けて楽しかったです!
お付き合いいただきありがとうございました!
チェリーとキウイへの愛をこじらせてねんどろいど改造して二人のねんどろいどを作ったりしました。
noteにまとめたので興味あればどうぞです。
我ながらかなりいい出来だと思うんです!
ねんどろいどをカスタムしてオリキャラにした話
https://note.com/zozozozozo/n/n1f8ee2bb5f4c




