100. 互いに選ぶ、愛しい人の装い
チェリーとキウイがただイチャイチャする話が数話続きます。
ストーリー進行に大きく影響はしない話なので、読み飛ばしていただいても問題ありません。
フィオーレ王国の城下町は、今日も心地よい活気に満ちている。
行き交う人々の笑顔や、商店から漂う香ばしい匂い。
そんな平和な景色の中を、キウイはチェリーの手をしっかりと握りしめて歩いていた。
「次はキウイさんの新しいお洋服を買いましょうね」
「ええっ、そんな……私のために貴重な時間を使っていただくなんて、勿体ないです」
チェリーの言葉に遠慮がちに返すキウイだったが、繋がれた手のひらから伝わる熱と強引さに、抗うことなどできないことを既に察していた。
チェリーは楽しげに、キウイの手を引いて洋服屋へと歩を進める。
「ふふっ、私、お洋服を選ぶのが好きなんです! 私のキウイさんを可愛くコーディネートさせてくださいよ」
そんな風に浮足立ってはしゃぐチェリーに、キウイは文句など言えるはずもなかった。
日差しよりも眩しいその笑顔に降参し、キウイは大人しく洋服屋の敷居を跨いだ。
「キウイさん、スタイルがいいので……私だと似合わない服も着こなせるので、選びがいがあります! パンツスタイルもいいですけど、やっぱりキウイさんの可愛さを引き立たせるには、スカートですよね!」
鼻歌でも歌い出しそうな様子で、チェリーが次々と洋服を手に取る。
確認するように自身の身体に洋服を当ててくる恋人に成されるがままになりながら、キウイは自然と口元を緩ませていた。
自分のためにこれほど楽しそうにしてくれることが、何よりも愛おしい。
ふと、一着の服がキウイの目に留まった。
無意識に手を伸ばす。それは、裾に白い糸で花の刺繍が入った、牡丹色の可愛らしいワンピースだった。
この色合い、そして可憐な刺繍。これをチェリーが身に纏えば、どれほど似合うだろうか。
想像するだけで、胸の奥が温かくなる。
「キウイさん、服を選んでみたので、試着していただきたいのですが……あら、とっても可愛いお洋服ですね。それ、着てみたいのですか?」
キウイのために数着を見繕ってきたチェリーが、手元を覗き込んで優しく声をかける。
キウイは、はっとして、慌てて首を横に振った。
「ああ、いえ、これは……チェリーさんが着ると、可愛いだろうなって思って……あっ、でも、チェリーさんは自分で選んだお洋服を、既にたくさんお持ちですし……やっぱり自分の着たいものを着るのが一番ですよね。すみません、気にしないでください」
自分の買い物だというのに、ついチェリーのことを考えてしまっていた。
キウイが恥ずかしさを隠すように洋服を棚に戻そうとすると、チェリーがそれを横からさっと攫っていった。
「私、これ、試着してみます。ふふ、キウイさんが私のために選んでくれた服、楽しみです。ほら、一緒に試着しましょう」
輝くような笑顔でそう言われ、キウイは抗う間もなく試着室へと押し込まれた。
狭い個室の中で、キウイはおぼつかない手つきで服を脱ぐ。
すると、薄い壁一枚隔てた隣の試着室に、チェリーが入る気配がした。
しゃらり、とカーテンが閉まる音が響く。
続いて、衣擦れの音がしゅるしゅると耳に届いた。
(チェリーさんが、隣の試着室に……)
一緒に暮らして、一緒に着替えるなんて日常茶飯事のはずだ。
けれど、外という非日常の場所で、この頼りない壁の向こうに、愛しい人が無防備な姿でいる。
想像力が勝手に働き、どうしようもなくキウイの鼓動が跳ね上がった。
「わあ、ぴったりです! キウイさん、もう着替えられました?」
「すっ、すみません、あと少しです……っ」
隣からの弾んだ声に焦らされ、キウイは慌ててチェリーに渡された服の一着を身につけた。
深い青色の生地に、赤の大柄な花模様があしらわれたワンピースだ。
大人っぽさと可愛らしさが同居していて、鏡に映る自分の姿が、いつもより少しだけ華やかに見えた。
試着室から出ると、チェリーが鏡の前でくるくると回って、洋服を確かめているところだった。
キウイが選んだ牡丹色のワンピースが、彼女の愛らしさを完璧に引き立てている。
「キウイさん、どうですか? 似合ってますか?」
「ええ……想像通り、いえ、想像以上にとっても可愛いです」
「ふふ、ありがとうございます! キウイさんも可愛いです!」
互いに褒め合い、照れくさそうに笑い合う。
こうして二人は、キウイの服を数着と、チェリーの服を一着購入して、満ち足りた気分で店を出た。
服屋から出て、手を繋ぎながら街中を歩く。
キウイが、指先から伝わるチェリーの体温を噛み締めていると、不意に屋台の店員が声をかけてきた。
「仲のよさそうなお二人! 新作の練り紅はいかが?」
「練り紅……ですか」
興味深そうに足を止めたチェリーが、店員の話に聞き入る。
「唇に塗るバームですよ。保湿もできて、唇がぷるぷるになるんです。気になるならお試しできますよ」
チェリーが店員に促されるまま手の甲を差し出すと、店員がヘラを使って、透き通った淡い薄紅色の紅をひとすくい、手の甲に乗せてくれた。
「気に入ったらぜひ買ってくださいね!」
そう言って店員は、次の客の呼び込みに行ってしまう。
「あまり色の濃いものは専属メイドの仕事に合いませんけど……このぐらい淡い色なら問題なさそうですね」
チェリーが薬指の腹で練り紅を取り、自身の唇にそっと馴染ませる。
たちまちチェリーの唇が艶を帯び、まるで熟れた果実のように瑞々しく色づいた。
「ほら、まだ余ってるので、キウイさんにも塗って差し上げます」
「あっ……」
キウイが反応するより早く、チェリーがその指先で手の甲の残りを掬い取り、キウイの唇へと伸ばした。
とろりとした温かい感覚が唇に触れる。
すぅ、とチェリーの薬指が唇の形をなぞるように撫でると、キウイの唇が甘い色の膜に包まれた。
「ふふっ……キウイさん、とっても可愛いです。私はどうですか? 変じゃないですか?」
小首を傾げるチェリーの唇は、いつもよりぷるぷると潤み、妖艶な光を放っている。
キウイは無意識に喉を鳴らし、その唇から目が離せなくなった。
「……変ではありません。でも、少し……実用性に欠けるかもしれませんね」
「ええっ、そうですか? 保湿もできると言っていましたよ?」
「ええ……この商品には重大な欠陥があります。だって……」
周囲の喧騒を遮断するように、キウイはチェリーの耳元に唇を寄せた。
「そんな美味しそうな唇……すぐに食べたくなって、取れてしまいそうなんですもの」
吐息混じりの囁きに、チェリーが弾かれたように顔を真っ赤にする。
「おっ……お仕事中は、キスしないでしょう!」
「どうでしょう? そんな唇をしたチェリーさんが隣にいたら……私、お仕事中でも我慢できないかもしれません」
「もう……」
チェリーが恥ずかしそうに俯く。
その反応すら愛おしくて、キウイはその手を取り、優しく微笑んだ。
「ふふ、冗談ですよ。チェリーさんが可愛くなるというのは、十分な価値がある商品ですね」
そう言いながらキウイは、屋台に並んでいる練り紅の壺を一つ手に取った。
店員に代金を渡し、購入を済ませると、それをチェリーの手のひらに乗せる。
「あっ……ありがとう、ございます……」
「ふふっ……どれぐらいで取れてしまうのか、私が責任を持って『検証』して差し上げましょう」
涼しい顔で、けれど熱の篭った瞳でそんなことを言うキウイ。
帰宅後の情熱的な「検証」を想像してしまったのか、チェリーはただ黙って、その顔をさらに赤く染めるのだった。




