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生贄

 ここは連射花火亭(スターマインズ イン)


「で、取替子(チェンジリング)がどうかしたの?」

 オデットの疑問は続く。


「それはね」

 ため息をついた後、ビーネは皆に説明を続けた。

 あらかじめサキュビーから聞かされていた、皇太子一家の事情とともに。

 

 皇太子夫妻は、ともに森林族(エルフ)である。

 ザーヴェルの始祖である「覇王の魔術師」もエルフであり、知を重んじるザーヴェルにおいて、知に優れたエルフが王家を成すのは必然といえば必然であった。

 これは王家に迎え入れられる嫁や婿も同様のこと。

 

 ところで、異種族婚においては、子供の種族は次の法則で定まる。

 大まかにいうなら、男の子は父の種族、女の子は母の種族となる。


 例えばダンカンとビーネが将来子宝に恵まれたとする。

 このとき、子供が男の子ならばダンカンと同じ岩窟族(ドワーフ)、女の子ならばビーネと同じ森林族(エルフ)となる。

 この世界に混血児(ハーフ)は存在しないのだ。


 この法則が強烈に作用しているのが、オデット達白鳥族(ウェアスワン)やマンティスたち蟲獣種(ウェアインセクト)蟷螂族など。

 彼女たちの種は「女性」しか産まない。

 前者はもともと女性しか産まない種であるのに対し、後者はあまりに不遇な雄が、種の存続をやめてしまったらしいという違いはあるが。

 なので彼女たちの子供は、父親が何の種族であろうとも、全員が母親と同じ種族になる。


 それではなぜ森林族同士の皇太子夫妻に蛇族の娘が産まれたのか。

 これは夫、妻の両血統に蛇族(ラミア)の遺伝子が残されていたからだと思われる。


 ラミアを父としエルフの母から産まれた娘。

 エルフを父としラミアの母から産まれた息子。


 彼女、彼はエルフであり、エルフとして子孫を紡いでいく。

 しかしラミアの遺伝子も消えることなく引き継がれていく。

 こうしてかすかに残されたラミアの遺伝子同士が突然現れ、娘の種族を決定したのだろう。

 しかし、その遺伝子が表に現れることは、通常ではありえない。

 そう、ありえないのだ、この世界の常識では。


 しかしそれが起きてしまった。

 それも、あろうことか皇太子夫妻の間で。


 そんなビーネの説明にリルラージュが首を傾げてみせながら、意地悪な質問を投げかけてきた。

 

「皇太子夫妻の娘さんがラミアだということは理解したわ。それがありえないことだとしてもね。でも、娘がラミアだったのなら、産まれたときに既に大問題となっているはずでしょ?」

 ところがビーネはリルラージュの疑問に、良い質問だとばかりに話を重ねていく。

 

「ザーヴェルは表向き人種差別はないですからね」


 産婆は間もなく産まれてくるであろう赤子から発っせられている気配に、すぐさま違和感を感じた。

 しかし彼女は落ち着いて皇太子に事実を告げ、皇太子もその事実を受け入れた。

 続けて産婆の手によりにより、赤子の気配は森林族のそれに変装(ディスガイズ)された。

 

 皇太子夫妻は事実を受け入れた。

 ラミアである長女が王位継承権を持つことはありえないことを。

 彼女が王族のまま伴侶を得ることはないであろうということも。


 しかし夫妻は決意した。

 この娘が成人になるまでは大切に育てよう。

 成人後も王家の一端として、生涯を全うできるように何とかしていこう。

 

「ふーん、いいご両親ね」

 リルラージュが発したそっけない呟きに、それぞれ様々な事情を持つ女たちは、苦笑いを浮かべてしまう。

 

「そこまでは理解できたわ。でも、なぜ今になって皇太子夫妻はクリーグに無条件の亡命を申し入れてきたの?」

「それはね」

 と、リルラージュに言葉を続けようとしたビーネを、フリードリヒが制した。

 

「俺が説明しよう」

 女たちの目線はフリードリヒに注がれる。

 彼の背中では、何かから目線を反らすかのように、ラムが彼の肩に額を持たれかけている。

 

「ザーヴェルの王が狂ったのは聞いたよな?」

 いつの間にか対等な口調となっている彼に全員が縦に頷いた。


 フリードリヒは続けていく。

「王は大陸の覇権を握るために、禁呪を(ひも)いていたそうだ」

 皆は無言で続きを待った。


「でな、禁呪を完成させるための最後の触媒に『王家であり王家でないもの』が必要なんだとよ」

 全員が彼の言葉を瞬時に理解した。

 

「そう、王は皇太子の娘がラミアであることを知っていたんだ。しかしこれまでは見逃していただけなんだ。いや、もしかしたら王も人の親として皇太子夫妻の意を酌み、踏み切れないでいたのかもしれない。しかし王は狂ってしまった。そうして狂った王は即座に皇太子へと命じたんだ。禁呪の触媒となる者、つまりは娘を生贄に差し出せとな」


「狂う」とはこういうことなのだ。


 それを同席する全員が思い知らされた瞬間であった。

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