望郷の革命
ここはクリーグの王都ミリタント。
西の隣国イエーグとの停戦協定が合意に至り、南にザーヴェルの脅威を抱えながらも、とりあえずは一服できるという空気で街は満たされている。
イエーグの停戦協定を引き出してきた女隊長が、連射花火亭で店主を前に頬杖をついている。
「本当にダンカン殿たちだけで大丈夫なのか?」
いまいち不安そうなウルフェに、ビーネは掌をひらひらとさせながら、微笑みを浮かべて見せた。
「問題ないわ。事前に得た情報の通りならば、あの作戦は上手く行くはずよ。それに、いざとなればちゃぶ台をひっくり返してくると旦那様も言っているしね」
あの御仁ならやりかねないなと、ウルフェも噴き出してしまう。
「ひっくり返してくるのが教皇の首でないことを祈っているよ」
「ところで、貴族連中の準備はどうなの?」
一転して真面目な表情となったビーネに、今度はウルフェが微笑みを返した。
「ああ、ヴィッテイル卿の御子息とリューンベルク家の御世継ぎが先頭に立つことになった」
「へえ、大臣たちも思い切った決断をしたわね。私もちょっと二人のお姿を見物に行きたいかも」
青年と少年の凛々しいであろう姿を想像し、ビーネは少し楽しくなる。
「そんな表情を旦那に見られたらどうするんだ?」
と、からかうウルフェにビーネも負けない。
「あら、夫と青少年は別腹よ」
ビーネからの意外な答に驚いて目をむくウルフェ。
「お前はダンカンの部下たちを、そういった目で見ていたのか?」
「当たり前じゃない。みんな私たちの可愛い息子よ」
ああ、そういう意味かと、ウルフェは胸をなでおろしながらも、自らのふしだらな想像に赤面してしまうのであった。
「その二人が先陣だということは、あの二人も同行するのかしら?」
「多分そうなるだろう。二人とも情けが深い者たちだからな」
「なら大丈夫そうよね」
「そうだな、まずはヒュファルの結果次第だが。ところで、ヴィーネウス殿がレイに仕込んだ魔法というのは、とっておきらしいが、一体どのような魔法なのだ?」
ウルフェからの疑問にビーネは何かを思い出したかの表情となり、思い出し笑いを浮かべ始めた。
「そうね、ウルフェは旦那様とヴィーネウスが昔やらかした大喧嘩については何か聞いてる?」
「ベテランたちの話の端に出てきたのは耳にはしているが、詳しい話は教えてもらえなかった」
「それじゃ、ウルフェの不安を取り除いてあげるわ」
その数刻後、ウルフェは腹を抱えて涙を流しながら大笑いしていた。
◇
一方で連射花火傭兵団は、イエーグ軍とヒュファル軍が接敵している南の国境に到着していた。
接敵といっても、現在は赤光を伴い突っ込んでくるヒュファル兵たちを、イエーグ兵は罠などの策を弄して撃退し、何とかヒュファル兵とイエーグ兵の戦死者数を同数程度に維持しているだけなのであるが。
戦線は膠着し、完全な消耗戦に陥っている。
「おい、背後を見ろ!」
ヒュファルからの攻撃が止み、周辺の状況を確認に出ていたイエーグ軍の斥候から、突然声が上がった。
その絶叫にも似た叫び声につられたイエーグ兵たちは、彼らの背後から近付いてきた一団の姿に恐怖し、目の前の敵が敬う神を呪った。
「俺たちの人生が詰んだ」と。
しかし、その後傭兵団から一頭の早馬が抜け出してきたことにより、彼らは安堵することになる。
「そんな! 無茶です!」
かつて東方司令官の部下であり、今は南方を任されている指揮官は、ダンカンたちのとんでもない申し出に絶句した。
「大丈夫じゃ。それにわしらは民間人じゃからの。おぬしらに迷惑はかけんよ」
そう言いながらダンカンは、指揮官を安心させるように両の肩をぽんぽんと叩いてやる。
「しかし、なんとも無計画な」
指揮官は両肩を叩かれながら、目の前の岩窟族を改めてまじまじと見つめた。
このおっさんたちは彼らにこう申し出てきた。
「ちょっとこの娘の里帰りに付き合ってくる」とだ。
背丈ほどもある錫杖を大切に抱えた竜人族の娘を指さしながら。
その数刻後、指揮官をはじめとするイエーグ軍は、信じられない光景を再び目にすることになる。
国境を越えようとする連射花火団は、当然ヒュファル軍による、狂乱軍団の攻撃目標となる。
ところが、竜人族の娘が何やら唱え、錫杖を頭上にかざした途端に、ヒュファル兵たちを包む赤光が消えてしまったのだ。
自らへの術法が解け、呆然とするヒュファル兵たち。
続けて娘は杖の先を彼らに向けてかざした。
すると今度は、全てのヒュファル兵がダンカンたちに背を向け、新たに彼らを襲おうとするバーサーク・レギオンの集団から、娘を守るかのような態勢をとったのだ。
しかし次のバーサーク・レギオンの赤い光も、戦闘開始前に娘の杖が打ち消してしまう。
それを繰り返すうち、いつの間にかダンカンたちは、ヒュファル兵たちに先導・護衛されながらの進軍となっていった。
まもなくヒュファルの軍営地。
ここでも赤光は竜人族の娘レイによってかき消され、ヒュファル兵は理性をその瞳に取り戻していく。
ただ一人、兵をダンカンたちに仕向けようと何かをわめき散らしている者を除いて。
「あやつじゃ!」
ダンカンの怒声を号令とするかのように、連射花火団から飛び出した若手が、わめいている男、恐らくはこの軍の司令官であり、教皇の狂信者であろう男の首を、間髪いれずに跳ね飛ばしてしまった。
その後ヒュファル兵たちは、憑き物が落ちたかのような安堵の表情でレイたちを出迎えた。
そう、やっと悪夢から解放されたという表情で。
そのうちの一人が信じられないという表情で一歩前に出る。
「レイ、無事だったのか」
彼はレイと同郷の男だった。
「はい、何とか生き延びました。それではみなさん、私とともに、故郷へ帰りましょう」
その数日後、ヒュファルの首都クロイツは、反教皇派の軍や民衆に包囲された。
教皇が居を構える大聖堂も群衆に取り囲まれている。
これまでの教皇ならば、こうした事態に備え、護身と粛清を同時に行ってきたのであろう。
しかし教皇は狂ってしまった。
だから彼が発する命令は単調に繰り返される。
「反逆者を粛清せよ」
今までこの言葉にどれだけの民が翻弄されてきたのであろうか。
「反逆者を粛清せよ!」
すでに広間に教皇の命令に従う者の姿はなく、彼の響きはむなしく壁に響き渡る。
「反逆者を!」
「黙らんかい」
ぶしゅっ
三度目の命令を発しきることなく、教皇の首は花火のように打ち上げられてしまった。




