プロフェッショナル・グラップリング
クリーグ南の国境を越えた魔術師の国ザーヴェルの辺境にある村で、その惨劇は起きた。
その村は哭鬼族が、近くの鉱山から魔法の原材料となる鉱石を採掘し、村を訪れる鉱石商人にそれらを販売することによって、人々がつつましく暮らしている村であった。
シュタルツヴァルト大陸に住む様々な種族の中でも、オウガ族は飛びぬけた体力と腕力を誇る種族である。
しかし残念ながら、知識を重んじるザーヴェルにおいては、知力に劣るオウガ族は最下層に位置づけられている。
それでも、彼らは平和に暮していたのだ。
惨劇の日までは。
その日、夜半から深夜にかけて、村でも随一の巨躯を誇る若者が、全村人を次々と惨殺し、彼らが持つささやかな金品を根こそぎ奪いつくした。
「これで俺もひと山当てられるぜ」
下卑た独り言を言い残すと、若者は血に染まる村を後にし、目的地へと向かっていった。
村で起きている惨劇を目の当たりにした夫婦が、我が身を呈して隠し通した宝には気づかずに。
数日後に村を訪れた鉱石商人たちは、その惨状に唖然とした。
何故なら、オウガ族の人々は全て、素手で殺されていたから。
鉱石商人たちは重なる死体の奥に残された宝を見つけると、街に連れて帰った。
しかしオウガ族夫婦の宝はこれ以降、宝として扱われることはなくなった。
◇
戦士の国であるクリーグにおいては、「殺人」は決して非日常ではない。
斧で頭蓋を殴れば相手は死ぬ。
爪で顔面を刺せば相手は死ぬ。
尾の毒針で突けば相手は死ぬ。
魔法で爆破すれば相手は死ぬ。
そう、相手は簡単に死ぬのだ。
しかし殺してしまえばそれまで。
その後に相手から継続して搾取することができなくなってしまう。
そうした理由からか、クリーグにおいては「殺さずに相手からまいったを取る技術」が重んじられるようになった。
なぜなら、命を奪わずに屈服させれば、理想は怪我もさせなければ治療費なしに、翌日から相手を絞りつくすことができるからだ。
ルールが定まれば、競技会が開催されるのも自然の流れだろう。
競技は組技による格闘競技「グラップリング」と名づけられた。
大会を重ね、競技の練度が高まれば、鍛え上げた技を演武のごとく魅せるイベントも開かれるようになる。
こうしてクリーグでは職業格闘技である「プロフェッショナル・グラップリング(プログラップ)」が定着したのである。
プログラップにおいて、相手に怪我を負わせないことは暗黙の了解となっている。
その理由は明白。
なぜなら限られた人数の選手たちによって、定期的に興業を開催しなければ商売にならないからだ。
つまりは大人の事情である。
観客もその点は理解しており、普段の興業では汚いヤジを飛ばしながらも、闘技場での演武を堪能し、お気に入りの選手の活躍に満足し、帰途につくのだ。
ところが、そうは言っても、たまには危険な刺激が欲しくなるのも人の欲。
プログラップ興業を主宰する、王家に連なる者は、それを見越したように一つだけの例外試合を用意していた。
それはタイトルマッチ。
タイトルマッチだけは、いわゆる「ガチ」であり、相手選手の怪我はおろか、生死すら不問の試合となっている。
ちなみにタイトルマッチは王家が胴元となる「賭試合」として開催され、これがガチの保証となっている。
なので、当然タイトルマッチはほとんどの試合が陰惨を極める殺伐とした試合となる。
そして流血や殺し合いを渇望した観客たちは、目の前に繰り広げられた惨劇によって、そうした試合を望み、観戦した己たちを嫌悪し、元の明るく楽しい試合観戦に戻っていくのだ。
ところが、しばらくするとまた、ガチを見たくなるのがファン心理。
するとそれを見計らったようにタイトルマッチが開催される。
これが繰り返されることにより、クリーグにおけるプログラップの興業は、その人気を維持し続けている。
ある日、プログラップの世界に、驚異的な新人が現われた。
彼はフリーで前座試合にあがるや否や、その特異な風貌と異色な経歴でコアなファンを掴み、瞬く間にスターダムを駆け上って行った。
彼の触れ込みは「親兄弟を殺し、略奪した金でクリーグ市民権を手に入れた、鬼殺しの哭鬼」
彼は初試合後わずか半年でチャンピオンへの挑戦権を獲得し、タイトルマッチではチャンプの四肢関節を全て砕いて勝利した。
彼のリングネームは「羅刹」
現在のチャンピオンである。
◇
「世話になったね。あたしは人族の風習には疎くてさ」
「構わんさ。爺さんには義理があったからな」
ここはクリーグ王都ミリタントの南に広がる森。
「終末の楽園」の創始者である老魔術師は、妻のサキュビーに看取られた後、彼の遺言どおり森の最奥に立つ大木の根元に埋葬された。
サキュビーから連絡を受けたヴィーネウスは、これも老魔術師の遺言どおり、彼の妻と二人きりで彼を見送ったのだ。
「ん?」
老魔術師の墓標を建て終わったところで、ヴィーネウスの感覚が彼に違和感を訴えかけてきた。
それは純粋な殺意。
但しそれは彼やサキュビーだけに向けられたものではない。
そう、言ってみれば四方八方に向けられた無差別な殺意。
ただ、奇妙なことに殺意以外の気配がほとんど感じ取れない。
通常ならば感じ取れる「生命」の気配さえも。
「裏だね」
「ああ」
ヴィーネウスとサキュビーが大木の裏にそっと回り込むと、そこには泥に汚れきった塊が、一つ転がっていた。




