ブリタニア王立魔導学園
玄関を出ると灰色のコートを羽織った小柄な金髪美少年が俺を待っていた。
「おはよう!双魔!」
「ん、アッシュ。おはようさん」
アッシュ=オーエン。ブリタニア王立魔導学園高等部遺物科二年。俺とは中等部からの付き合いの親友だ。
水面に煌めく斜陽を集めたような眩しい金髪と初夏の新緑を閉じ込めたような碧の瞳が特徴的だ。そんな見た目に反して、学園内序列は第四位。単純に言えば、学園の遺物使いの中で四番目に強い。契約遺物は世界最硬クラスの盾“イージス”。現評議会の書記を務めている。
オーエン家はブリタニア王国国王より子爵の称号を与えられたロードであり、魔導業界でもエリートと言われる家系だ。名家出身なのに気さくでいい奴である。見た目も性格もいいので学園にはファンが多い。贔屓目に見なくても天晴な友人だ。
「今年の冬は冷えるね~」
「そうだな……朝ベッドから出るのが辛い」
「あはは、そうだね。今日は身体の具合はいいのかな?」
「今朝はそれほど悪くないな。だからこの時間にお前とこうして歩いているわけだ」
「それもそっか、うん!元気なのはいいことだね!」
そんなとりとめのない話をしながら学園への道を二人で歩いていく。双魔の家から学園までは二キロほど。バスに乗ってもいいが大体はこうしてアッシュと二人で歩いて登校している。
「ところで来週の“選挙”だけど今年はどうするの?」
「俺は今年もパスだな。契約遺物もいないし」
「そっか……」
アッシュは残念そうに少し俯いた。
“選挙”とは各魔導学園で年に一度、冬に行われるランキング戦のことだ。上位の生徒たちが学生自治のトップである評議会の役員となるため“選挙”と呼称されている。学園内での序列によって卒業後の各所での待遇が変わるためほとんどの生徒は奮って参戦する。が、双魔の所属する遺物科においては遺物を用いての争いになるので俺のように契約遺物がいない生徒は辞退するのが通例だ。
「でも!もしかしたら来週までに双魔と契約してくれる遺物が現れるかもしれないじゃない!ね!」
アッシュが勢いよく顔を上げてそんなことをいう。励ましかと思ったが長い付き合いだ、アッシュが本気で言っていると分かる。
「……くっくっ、そうかもな」
口元に笑みを浮かべてそう答える。吐き出された白い息は街路樹の間に溶け込んでいった。
学園に着くと正門をくぐり左手の校舎へと向かう。
魔導学園の敷地内の主な建造物は五つある。
正門の正面に位置する中央棟。ここには学務課や事務課、食堂など一般の学生生活で必要な施設がある。
中央棟の右には魔術科棟、魔術科と召喚科、錬金技術科の生徒たちが使う棟。
そして、その向かいに双魔たち遺物科の生徒が使う遺物科棟がある。さらに中央棟の奥に錬金技術科の専用施設である研究棟、最後に各科の演習等に使われる闘技場がある。
それ以外に闘技場以外の棟の地下には各科の講師たちの研究室や広大な図書館がある。
すれ違う顔見知りの生徒たちと挨拶を交わしながらアッシュと二階の教室へと向かう。
教室は階段教室なのでやる気のある連中は前のほうに陣取っていて鬱陶しいことこの上ない。いつも通り後方の高い席へ腰を下ろす。アッシュは途中でクラスの女子に捕まり中腹の辺りで談笑している。授業が始まる前にはこちらに来るだろう。
相変わらず女子からの人気が高い奴だな……
羨ましい訳ではないが、そんなことを思った。文武両道、性格、血筋どこをとってもよしで文句なしの貴公子。女子だけでなく老若男女関わらず惹きつける奴である。
………その分苦労も多そうだけどな
椅子の背もたれに身体を委ねボーっと親友を見つめる。数人の女子がこちらを見てひそひそ話しているが特に気にしない。どうせアッシュのファン倶楽部とやらに入っている連中だ。俺がアッシュといるのが気に入らないだとかそんな話をしているのだろう。想像するだけで面倒だ。
そのまま呆けていると予鈴がなりアッシュが隣の席にやってくる。
「今日は何の話をされたんだ?」
「放課後お茶しないかって、評議会があるから断ったけどね」
「…………人気者は大変だな」
「もう、からかって」
興味なさげにされたのが気に入らなかったのかアッシュが少し拗ねた素振りを見せる。いつものことなので適当に流しておく。そこで授業開始を告げる鐘がなる。が、教壇の上に講師の姿はなし。
「……はあ……またか」
「あはは……」
ため息交じりの双魔に苦笑いのアッシュ。他の生徒たちも同じような反応だ。
そう、このクラスの担当講師は学園の中でも問題がある部類の人間なのだ。まず、一時限目の授業に時間通りに来た例がない。毎回毎回遅刻してくる。が、しかし授業開始から三分ほど経つとある人物が教室に入ってくる。もちろんそれは件の担当教授ではない。ついでに言うと人間ですらない。
「ん、来たか」
教室の引き戸が音もなく開き、ブリタニアにおいては異質といえる者が姿を現した。狩衣に指貫を身に纏い立烏帽子を被った白髪で長身の青年だ。脇にはこれまた恰好には似合わない出席簿を抱えている。俺たち生徒に微笑みかけ一礼するとそのまま一切の音を立てずに教卓の前まで進み教卓の上で出席簿を開いた。
「皆さん、おはようございます。我が主はもう少しでこちらに着くと思われますので暫しお待ちを。その間に出席を取りますので名前を呼ばれた方は挙手をお願いします」
「……今日も安定の安綱さんだな」
「ハシーシュ先生、今日はどうしたんだろうね……」
呆れた態度を隠さない俺と違って、アッシュは姿を現さない講師の心配をしている。やはり、優しい奴だ。
「どうせまた夜中までなんかやってて起きられなかったんだろ。いつも通りだ」
生徒たちの反応の通り今、教壇で出席を取っているのはこのクラスの担当講師ではなく担当教授の契約遺物である“童子切安綱”だ。大日本皇国の平安時代における最強の神秘殺し、源頼光の愛刀であり彼の日本三大化生の一角、酒呑童子を討ち果たした日の本屈指の魔性殺しの名刀である。
そんな由緒あり強大な力をその身に宿す安綱だが、今は半廃人のような遺物使いと契約を交わし平時はその世話役だ。それでいいのかと誰もが思う。とはいえ、口を出すものはそういない。なぜなら、主従の仲は良好だからだ。
俺とアッシュも名前を呼ばれたので挙手。安綱さんが出欠を取り終わった、と同時に引き戸がのろのろと開かれ一人の女性が入ってきた。
年の頃は三十代半ば。寄れたシャツにコーデュロイパンツ、またまた寄れた白衣を纏っている。下ろせば肩口までありそうなオリーブグレージュの髪をバレッタで無造作に纏め上げていて、女性にしては長身だが背骨がひん曲がっている。
顔立ちは整っているが目の下の隈がかなり濃く、左眼に掛けたモノクルの奥ではグレーの瞳が生気のない光を放っている。そんな彼女がハシーシュ=ペンドラゴン。俺のクラスの担当講師だ。
ハシーシュ先生、と一応呼んでおこう。
ハシーシュ先生は手前から奥へと教室内を見渡しそれから身体を引きずりながら教壇へ上がった。
「……安綱、ご苦労。下がっていい」
「御意」
見た目からも予想できるハスキーボイスで指示を受け、安綱さんが刀へと姿を変える。そしてハシーシュ先生は安綱を掴みゆっくりと腰の刀帯に装着した。
この少しの時間で分かる通り、ハシーシュ先生は見た目も中身も変人だ。といっても、実はすごい人である。IMF管轄下の世界遺物協会の定める国際序列上位百位以内のものに与えられる”聖騎士”の称号を保持している。つまり、世界中の遺物使いの中で上に強い者が百人いないということなのだ。




