女神と怪物

　異形の巨躯は真紅の氷原に茫然と立ち尽くし俺を見上げていた。

　不気味な緑光を放つその双眸に映ったものに、全てを蹂躙し得る双腕双脚、人如きならば容易く切り裂き、砕くであろう爪牙、緑色で鈍く光る剣戟銃弾などものともしない鱗に覆われた全身が悉く硬直した。

　禍々しく強大な怪物をそうせしめたのは、ソレが己の内に決して感じることのなかった感覚を与えられた故かもしれない。

　全てを怒りのままに全てを壊し、嬲り、潰し、己の快楽へと変えてきたであろうソレが。恐れるものなど何もなく、目にしたことのない神々にさえ唾を吐きかけ、侮辱の言葉を並び立てる不遜な怪物が感じたのは「恐怖」だろうか、「畏怖」だろうか、「戦慄」？「狂喜」？どれも違うのだろう。

　それらのどれにも当てはまらない、微塵も理解できなかい感覚に怪物は戸惑っているのかもしれない。

　怪物の人間とは比べ物にならない、巨大な瞳に、俺の姿が映っている。宙に浮かぶそれは例えるならば白銀の秋桜。優美と可憐を兼ね備えた一輪の花。輝く銀の髪を靡かせ金糸の編み込まれた白衣に身を包んだ女。その手には一振りの剣。女の髪と同じく白銀、月光を反射する湖面のように煌めいている。

　静寂に満ちた逢魔が時。倒れた巨木、真紅の氷で覆われた地面からなる夢幻の空間には一匹の獣と一輪の華のみ。やがて獣、怪物は緩やかに硬直から解き放たれる。

　凍てつく空気を打ち砕く咆哮と共に飛び掛かる怪物。そして悠然と迎え撃つ一輪の花。

　神話の再現、決戦というべき冬夜の舞踏会の幕が落とされた。