ロゼット編2
父と母は早々に捕まった、国家を揺るがす大犯罪者として。私は行き場がなく、とりあえずコトが落ち着くまでは、と姉の嫁ぎ先であるハリアー家で世話になることになった。
だが、今回起こした事件の凄惨さ、そしてその首謀者の娘であり、きっかけの舞踏会を開催した当事者として、周りから遠巻きにされているのはすぐにわかった。
もちろん姉が助けてくれるはずもなく、また姉も嫁いだとはいえ両親が起こした事実により、肩身が狭くなっている様子はすぐに見てとれた。
恐らく、ここでも横柄に振る舞っていたのだろう。使用人が姉の陰口を言っている場面に何度か出くわして、自分もどれほどの陰口を言われているのだろうか、と想像するだけで気分が悪くなった。
「ロゼット、いつまでここにいるつもり?」
苛立った様子で吐き捨てるように姉に問い詰められる。だが、そう迫られても自分としては行き場もなく、また宛てもなかった。
父の親戚は蜘蛛の子散らすように離れ、母の親戚は父を目の敵にして、父の子である私を受け入れてくれる様子は全くなかった。
「そう、おっしゃられても……」
「貴女もさっさと嫁げば良かったものを。はぁ、本当に両親は一体何を考えているのかしらね!あんな大それたことを!!」
姉の憤りはわかるが、恐らく彼等は自分のことしか考えていない。いや、自分達夫婦のことしか考えていない。
今回の件を全く知らされず、私を利用し、もしかしたら私もあの毒を食べる可能性すらあったというのに一切配慮もなかった。彼等は私達娘のことなど、そもそも気にもかけていなかった事実に絶望する。
(私は虚像の中で生活していたのだろうか)
なんて馬鹿馬鹿しくて虚しいのだろうか。哀しくてつらかったが、誰にも言うことはできず、ただ1人寂しい日々を過ごしているときだった。
「ヴァンデッダ卿から身元引受けの依頼が来ていますが、いかがされますか?」
国王陛下直属の兵からのお言付け。渡りに船の話だった。ここを出ることができるなら、と2つ返事で承諾した。
侯爵令嬢としての肩書きもいらない。
お金もいらない。
ドレスもいらない。
メイドとしてからでも、1からやり直せるのならどんなことでも厭わない覚悟だった。資産も、ドレスも、居場所も、家族も、全てなくなってしまった私には、この窮屈な場所から逃れさえすれればそれだけで良かった。
(リーシェ様)
この身請けの依頼はリーシェという少女が提案してくれたらしい。そこで、舞踏会での出来事を思い出す。恐らくきっと、あのクエリーシェル様と一緒にいた少女がきっとまさしくそうだと。
あの2人の光景が脳裏に浮かぶ。まさしく彼女は私の女神だった。
「そもそも私はただのメイドですから、あくまで助言しただけの身。感謝はケリー様にしていただければと」
挨拶したときは思わず面食らってしまった。
(メイド……?)
でも、彼等の関係を見るとどうにも主従とのそれとは違っていて、それ以上の信頼関係に見える。というか、クエリーシェル様の眼差しを見るだけで、この少女を慈しんでいるのがよくわかった。
(勝手な片想いだったけど、これで良かったのかも)
この2人に割って入ることなど、できそうにもない。そもそも、そこまでの気概もなければ想いもない。
(結局、私は恋に恋していたということかしら)
そういう考えに至って、我ながら少し大人になったような気がした。
「あの、ここの掃除はどのようにすれば?」
私は無知で平凡で何も取り柄がなくて、不器用だった。だから、今まで経験のないこととはいえ、掃除1つもなかなか満足にすることができなかった。それなのにリーシェさんは、親身に根気強く私に教えてくださった。
リーシェさんはクエリーシェル様には素っ気ない態度を取っているようだが、友達になって欲しいと意を決してお願いしたときは、少し頬を染めてはにかむような表情をされて、こちらも胸が温かくなった。
(なんて可愛らしい人)
普段も常に気を配り、テキパキと物事をこなし、とても有能なメイドで近寄りがたいイメージを持たれそうなものだが、庭の花が咲いたり私が1人でおつかいができたと報告したりなど、ふとした瞬間に表情が緩む姿が、自分も思わずグッとくるほど魅力的だった。
(あの時も)
自分が邪魔してしまったせいで中断してしまったキスも、本当は邪魔するつもりは全くなく、ただお茶のお代わりを用意しただけだった。
それなのについ見惚れてしまって、まるで物語をじかに見てるようで、ついつい視線が釘付けになってしまったのだ。
あの時の普段とは違って恥じらう姿のリーシェさんに、同性ながらときめいてしまったのは無理もない。
(これは、クエリーシェル様も落ちてしまうわね)
彼は男もイケるとは聞いたが、ニール様とリーシェさんとクエリーシェル様でそれぞれに想いを重ねることを妄想してついつい惚けてしまう。
(この気持ちを誰かと分かち合いたい)
そうして、ロゼットはいつの間にか、己の妄想を書き綴ることが趣味になっていた。普段抱いた感情、出来事、妄想をつぶさにノートにしたためた。それを眺めながら、星空を見上げる。
(なんて穏やかな日々なのだろうか)
父の機嫌を伺わなくてもいい、母の愚痴を聞かなくてもいい、姉のワガママを聞かなくてもいい。
(ここに来れて本当に良かった)
あの忌まわしきクォーツ家から離れたことでこんなにも世界が変わるなんて、とロゼットはただただ新たな環境を提供してくれた、リーシェとクエリーシェルに感謝するのだった。




