55 ヒューベルトの用件
「すみません、お待たせしました!」
「いえ。こちらこそ長旅からの帰還で休養されてたのに、突然の訪問申し訳ありません」
扉を開けるとヒューベルトが申し訳なさそうに佇んでいた。もしかしたら先程のクエリーシェルとの会話を聞かれていたのかもしれない。
けれど自ら藪蛇をつつくわけにもいかず、あえてそこは気づかないフリをすることにした。
「お気遣いいただきありがとうございます。ですが、そこまで疲れきっているわけでもないから大丈夫ですよ。立ち話もなんですから、どうぞ中へ」
「ですが……」
ちらっとヒューベルトが視線を中に向ける。つられてそちらを向けば、あからさまに不機嫌そうなクエリーシェルがそこにいた。
「あぁ、お気になさらず。ケリー様はお年のせいかちょっと疲れてるだけですから、……ねぇケリー様?」
「っ……あ、あぁ」
わざと嫌味ったらしく、語気を強めてクエリーシェルに同意を求めるようににっこりと微笑む。すると私の意図を察してか、彼はバツが悪そうに頷いた。
「というわけで、どうぞ中へ。あ、お席はこちらをどうぞ。今お茶をご用意しますね」
「いえ、すぐにお暇するつもりですので……っ」
「そうおっしゃらずに。久々の再会ですし、私もお茶を飲みたい気分なのでぜひお付き合いください」
「も、申し訳ありません」
恐縮しているヒューベルトを席へと促しつつ、クエリーシェルにも席につくよう目配せする。クエリーシェルが席についたのを確認してお茶の手配をすると、すぐさま使用人が温かいお茶を持ってきてくれた。
「それで、ご用件とは?」
お茶を用意したあと席について話を促す。するとヒューベルトはゆっくり呼吸を整えたあと、しっかりこちらを見てから口を開いた。
「実は、私はここに残ろうかと」
「ここ、とはブライエ国に?」
「はい」
「理由をお聞きしても?」
私が理由を訊ねると口籠るヒューベルト。まさか理由を聞かれるとは思ってなかったらしく、戸惑った様子だ。
「その……私のこの腕では、お役に立てないかと」
ぽつり、と小さな声で溢すように話すヒューベルト。いつもらしいハキハキとした様子ではなく、先程の理由はどうにも本心からではないような気がした。
「私はそうは思いませんが。ヒューベルトさんが片腕だろうといるだけで心強いと思っています。……ですが、もし本当の理由があるのならそちらをお聞きしたいです。よければお話いただけませんか?」
「っ!……やはり、リーシェさんには敵いませんね」
ヒューベルトは苦笑する。まるでお手上げだとでも言うように、彼はゆっくりと息をついた。
「国に、居場所がないのです」
「居場所がない、とは?」
「私は二男で、元々両親から大して期待されていない身。国に帰ったところで腐るだけかと」
「ですが、国王から重用されていたのでは?我々を秘密裏に監視するように言われていたのであれば……」
「あれは表向きの言い訳ですよ。ただ単に少しでも護衛をつけたかっただけだと思います。そもそも陛下はヴァンデッダ卿のことを信頼していらっしゃいますし、反対派の意見を汲んで監視役という名のお目つけ役をたまたま適任者であった私に声がかかったと、ただそれだけです」
(嘘ではなさそうね)
声色やヒューベルトの様子から、彼が嘘をついているようには見えなかった。実際ヒューベルトは本音を吐き出したからか幾分表情が和らいだように見える。
「なるほど。でも、ここで何をなさるつもりですか?」
「メリッサの護衛をしようかと。彼女もそう望んでいるようなので」
「メリッサが」
確かに師匠がいない今、メリッサにとっては少しでも多く信頼できる人が身近にいたほうがいいだろう。私はこのまま国に帰ってしまうし、そうなったらメリッサは一人になってしまう。
シグバール国王達はメリッサを歓迎してるとはいえ、メリッサ自身は多少なりとも不安にはなるだろうし、モットー国の姫でもあるメリッサの今後を考えると確かに護衛は必要だといえる。
(それにあのメリッサが直接頼むってことはそれだけ切望してるってことだものね)
自分に似て頑張りすぎてしまいがちな性格なのは今まで接している中でよくわかっていた。師匠もそれがわかっているから私にメリッサを託したのだろうし、だからこそ私も彼女の意思を尊重したかった。
「わかりました。クイード国王には適当に理由をつけて報告しておきます」
「ありがとうございます」
「リーシェはいいのか?」
「はい。ヒューベルトさんの意志を尊重したいですし、何より不本意なまま連れ帰ってそのまま腐ってしまってはもったいないと思いますから」
先程のヒューベルトの話を聞く限り、元々の出自と腕のことも相まってコルジール国に帰っても恐らく重用されることはないだろう。
せっかく実力があるというのに蔑ろにされるなら、必要とされるところにいたいというのは理解できた。
「シグバール国王にも私からお願いしておきます。異国で身体が不自由な状態での滞在というのは大変でしょうが、メリッサをお願いします」
「色々とありがとうございます。この身に変えても彼女を守ると近います」
頼もしい言葉に笑みが溢れる。
コルジール国に帰るにあたってメリッサのことは心残りであったので、ヒューベルトが残留すると進言してくれたのは本音としてありがたかった。
(あとはどうやって帰るか、ね)
ブライエ国の崖に隠し通路があってそこから海へ出られるそうで船へ行き来するのは問題なくなったのだが、いかんせん移動手段に問題があった。
というのも現在船は修復中なのだが、さすがに嵐にあったため、完成するまでには時間がかかるらしい。あまり悠長にしていると帝国が攻め込んできてしまうし、なるべく早く脱出してコルジール国に戻らねばならないのだがどうしたものか。
__コンコンコンコン!
突然ドアが激しくノックされる。そして、「ステラ様、いらっしゃいますか?」とやけに慌てた様子のメイドの声が聞こえた。
「はい。どうかしましたか?」
慌てて出るとそこには髪を乱したメイドが額に汗を浮かべながら立っていた。
「あぁ、いらっしゃってよかった! 今すぐ来てください。陛下がお呼びです」
「シグバール国王が?」
「はい。早急にステラ様をお呼びしてお連れしろとの用命を受けております。お休み中のところ申し訳ないのですが、すぐにお越しいただけますと」
「わかりました。すぐに行きます」
(一体どうしたのかしら)
ゆっくり休めと言ってたはずなのにおかしいな、と思いつつも「呼ばれたので行ってきます」と二人に告げると「私も一緒に行く」とクエリーシェルがついてこようとする。
「え、でも呼ばれたの私だけですし、休んでていいですよ?」
「いや、何かあってからでは遅いからな。念のためついていく」
「そうですか?じゃあ、お願いします。ヒューベルトさんはどうします?」
「私は自室へと戻ります。お茶どうもありがとうございました」
それぞれ支度をすると部屋を後にする。一体何か訳がわからないながら、私は足早にシグバール国王のところへ行くのだった。




