33 残念な王様
「無事に出られて良かった」
「えぇ、確かに」
クエリーシェルが早めに仕事を終えてくれたので、午前中から狩りに出掛けることになったのはよかった。だが、馬を王城に借りに行った際に、運悪く国王と出くわしてしまった。
「……どこへ行くつもりだ」
睨まれているのは、恐らく私である。逃亡を目論んでると思われたのだろうか、いやいや、さすがに昨日の今日で逃げることはしないし、するつもりもない。
そもそも逃亡するのであれば、カジェ国の船に乗り込むのが最も手っ取り早かったのは、国王もわかりきっているだろう。
「ちょっと狩りにな」
「私も連れて行け」
「はぁ?」
クエリーシェルの言葉に、無茶なことを言い出す国王。思わずクエリーシェルも「いやいや何を言ってるんだ」と立場が違えど、突っ込んでいる。
「私も狩りに行きたい」
「いや、そんな急に、じゃあ一緒に行こうか、と行ける立場にないだろう」
冷静な指摘である。実際にその通りだ。
「はいはーい、クイード国王陛下。議会に参加したくないからといって、ワガママはダメですよー!」
突然視界ににゅっと出てきたのは、以前見た執事長が若返ったような顔をしている男。恐らく、執事長の息子か孫だろう。執事長とは違って軽い口調で、グイグイと国王を引っ張っている。
不敬ではないのか、大丈夫か、とこちらは少々心配になるが、領主の呆れ顔を見るとこれはこれで日常茶飯事のようだ。
「議会など、私が行かなくても何も問題ないだろう」
「問題ありまくりですよー。議題はカジェ国のことなんですから。お忘れですかー?ご招待されたの陛下ですからねー」
あぁ、なるほど。あれはあれで色々あったし、それで出たくないのか、と納得する。
晩餐会が遅れたことを不審に思っている者もそれなりにいそうだし、そもそも通訳に素性の知れない小娘メイドを使ったことも、恐らく槍玉にあげられるだろう。
私が議会に召集されたり詰問されたりなど、こちらに飛び火しないためにも、国王には頑張っていただきたい。
だが、賢王である普段の素ぶりとは似ても似つかぬ姿に思わず親近感を覚える。こちらが元々の素なのだろうか。
(だから、姉さん女房ね)
私生活では、恐らくしっかりしていないのだろう。うん、なるほど合点がいった。
「行きたくないー」
「泣き言はあとで聞きますよー」
結局ワガママを言いつつも、そのまま執事であろう男に連れて行かれてしまった。案外残念な方である。まぁ、実際議会に行ったら切り替えるんだろうが。
(まるで嵐のようだったな)
と、まぁちょっとしたドタバタはあったが、無事に出立することはできた。リーシェも、久々の乗馬のわりには上手く馬を乗りこなしている。気性が穏やかな雌馬をお願いしたからか、相性は良さそうだった。
「ちょっと出遅れてしまったから、軽く走るか。行くぞ」
「え、ちょっ、ケリー様?!」
馬の横腹を蹴るとスピードを上げて走ってしまうクエリーシェルに、慌てて同じように蹴ってスピードを速める。
(この人、たまに子供じみたことするのよね)
そんなことを思いつつも別に嫌ではなく、自分も童心に戻ったかのように、ちょっと無茶なスピードで彼を追いかけた。
「む!なかなかやるな!」
「ケリー様こそ!」
風を斬るように駆け抜けていく。今までこんなスピードを出したことはないが、とても楽しかった。まるで自分が空を飛んでいるような疾走感。抜きつ抜かれつのレースのような走りに、自然と気持ちが高揚する。
「はぁぁぁぁぁ!疲れた!」
「狩りをする前から疲れてどうするんですか」
到着するやいなや、馬から降りて野原にばたんと倒れる領主。さながら小綺麗な熊の日向ぼっこである。
すごい失礼な表現であるが、その様子が想像できて思わず笑みが溢れる。こんな自然に笑ったのなど、いつぶりだろうか。最近は感情が動くことが多い。何も考えず、ただ生きて死ぬことを選んだはずなのに、どんどん気持ちが溢れてくる。
「その顔、いいな。リーシェは笑った顔がいいな」
「それ、セクハラですよ」
「!それは失礼した」
「冗談です」
顔を通常営業に戻すと、少しだけ残念な顔をする領主に気づかないフリをして、だいぶ揺られてしまったであろう荷物を確認する。
敷物やカトラリーはともかく、サンドイッチはまぁ大変なことになっている。ワインと水も持ってきたが、ワインの方は割れてはいないものの、心なしかコルクがギシギシだし、危ないかもしれない。
「やってしまったな」
「誰のせいだと」
「私だな」
まったく、こういう素直なところは憎めない。こうして接していると、地位や立場など忘れてしまいそうになる。
私は使用人、私は使用人、と自分に言い聞かせながら、とりあえず馬に水と餌をやって、日陰に荷物を寄せて置いておく。
「ここに場所取りをしておきますので、ケリー様は狩りの準備をお願いします」
「あぁ、わかった」
敷物をバサっと敷き、馬から降ろした荷物をまとめて置く。一通りの作業を終え、不意に空を眺める。
(あれ?)
先程までそこまで雲はなかったと思ったが、少々山間だからか雲が出始めている。まだ風はそこまで吹いていないが、気をつけるに越したことはない。
(山の天気は変わりやすいから、注意深く見ておこう)
リーシェはそう思いながら、念には念を、とあまり荷物を広げすぎず、まとめて片付けがしやすいように支度するのだった。




