63 捻くれ者
渓谷の奥深く、段々と緩やかな傾斜から、急な傾斜に変わり、山の麓に差し掛かってきたところだった。馬も進むのが難しくなってきたのか、歩くだけでも少々狭そうにしている。
「ここからは歩く方がいいな」
「そうですね」
よいしょっ、と馬から降りようとすると、先に降りたクエリーシェルが手を差し伸べてくれる。
(なんか、まるで王子様みたいだな)
なんてことを考えながら、その手を取ると、ゆっくりと馬から下ろしてもらった。
「自分でも降りられますよ」
「私がしたいのだ。されておけ」
「何ですか、それ」
ついそんなことを言ってしまうが、今までこう言った経験がなく、嬉しいことは嬉しい。つい口元が緩んでしまうのは、私もクエリーシェルのことが好きだからに他ならない。
「馬はここに繋いでおこう」
「はい」
近くの木々に馬を繋ぎ、載せていた水や地図などの携行用具を担ぐと、クエリーシェルがまた手を出してくる。
「?」
「ここからは傾斜が大きいから、手を繋いでいくぞ」
素直にただ、ありがとうございます、と言えばいいだけなのに、なぜか私の口から溢れたのは別の言葉だった。
「落ちたときの道連れですか?」
「さっきから、やけに突っかかってくるな」
指摘されて思わず黙り込む。自覚はあったので、図星を突かれて何とも言い難い気持ちになる。
(あぁ、本当。何で私ってこういう捻くれた言い方しかできないのかしら)
素直になれないのは元来の性格ゆえだが、自分でも可愛げがないと思う。せっかく相思相愛になったというのに、これでは呆れられても仕方がない。
「……つい、恥ずかしさを紛らわしたくて」
「全く、難儀な性格だな。私も人のことは言えないが」
小さく自分の気持ちを吐露すれば、溜息をつかれたあとに腰を抱かれて引き寄せられる。顔を見上げれば、頭を掻きながら複雑な表情をしたクエリーシェルがいた。
「私が言えた義理ではないが、お互いなにぶん未経験なことばかりだ。リーシェもこういう知識はないのだろう?だから、言いたいことがあれば素直に言ってくれ」
「……わかりました」
「恥ずかしいなら恥ずかしいと言ってくれ。私は察しが悪いのでな。そういうことを言われても、リーシェが気分を害しているとしか思えん」
「すみません」
「別に責めてるわけじゃない。あーー、とにかく、先に行くぞ。手は握っていいか?」
「はい」
(優しいな)
年の功なのか、彼が聖人君子のように心が広いのか。彼の優しさが身に染みる。
考えてみたら、今までワガママやこう言った振る舞いはしたことがなかった気がする。思っていることは多々あったが、口にするようなことはなかった。
(こういう部分で甘えてるのか、私)
我ながら、本当に難儀な性格である。クエリーシェルでなかったらきっと呆れられて、すぐに離れていってしまうことだろう。
(離さないようにしないと)
ギュっと繋ぐ手に力を入れる。すると、「ん?」と顔を寄せられる。
特に用事があってした行為ではなかったのだが、そういう仕草をされてまた変に意地を張っても仕方がないと思い、「離さないでくださいね」と口にする。
すると、「あぁ、もちろん。離さないさ」と笑顔で返されて、また胸が温かくなった。
(あぁ、好きだな)
捻くれた考えをなくすことはできないが、なるべく彼には素直に甘えようと、心の中で誓った。




