13話
その日は、特に異常はなかった。
腹が減ったときに飯屋にもよってそこでも気配を探ってみたりもしたが、気になることはなかった。
俺は神殿に戻ることにする。
神殿の中に入ると、メルウィがいた。
「―あら。いらっしゃい、って何だ。テラか。」
メルウィがこちらを振り返る。
「何だとは、何だ。・・・今、変な話し方をしなかったか。」
「気のせいだ。で、どうだった?」
「今日は特に異常はない。だが、夜少し話したいことがある。」
「いいぜ。それじゃ、カーンも呼ぶから、後でな。」
「ああ。」
そう言うと、俺は一旦安宿に戻ることにする。
その夜、俺たちは昨日と同じように長椅子に皆座っていた。
「それで、何かあったのか?」
メルウィがこちらに聞いてくる。
「ああ。昨日の夜のことだ。瘴気の気配は建物の上からだった。つまりは建物の管か何かの中に潜んでいたと思うんだ。あれが魔物であるとして、魔物がわざわざそんなことを行う理由が分からなくてな。」
俺は答える。
「傷を癒すために、わざわざそんなところにいたんじゃねーか?」
メルウィが答える。
「―まさか。人に寄生しているのでしょうか?」
カーンが顎に手を当てながら言った。
「俺もカーンと同じ考えだ。そうだとすれば、急がなければならないだろう。宿の名簿を調べることはできないか?」
「・・・神殿にその権限はない。神殿が動くことができるのは、あくまでも闇の信仰者や、魔族相手だけだ。」
メルウィが腕を組みながら言う。
「なるほど。では闇の信仰者か、魔族相手であればいいのだな?」
「――何考えてやがる?」
メルウィが目を細める。
「簡単なことさ。俺は魔族だ。お前たちが魔族を追うのであれば、正当な理由だろう?」
「仮にお前が本当に魔族だとして、それはもっともだが・・・。」
メルウィが困惑した様子で答える。
「魔族がダメなら、闇の信仰者でもいい。とりあえず俺は何食わぬ顔であの宿屋の中を探る。お前たちは何か理由を作って名簿を調べろ。」
メルウィとカーンは戸惑っているようだった。
あえて自ら魔族や闇の信仰者を名乗るやつに出会ったことがないのかもしれない。
――だが、俺には関係ない。なんせ俺は本物の魔族なのである。
「カーン、明日は神殿に顔を出すが、地図はいい。安らぎの庭に潜入する。その間に宿に行ってどうにか名簿を入手するんだ。」
「はあ。どうなっても知らないですよ?」
「問題ない。」
そう言うと俺は席を立ち、神殿を後にした。
「・・・ユニークな方ですね。」
カーンはメルウィに言う。
「はは。おかしな奴だとは思っていたが、案外本当に魔族だったりしてな?」
メルウィは答える。
「――冗談じゃありません。本当に宿に行って調べるのですか?」
「手荒な真似はできないが、行くだけ行ってみよう。とりあえず上にも報告しておく。一応、テラのことは伏せておく。」
翌日、俺は神殿に行き、メルウィとカーンにこれから安らぎの庭にまで行くことを伝え、その後実際にその高級宿に向かった。
安らぎの庭は商業区画にある大きな石造りの宿である。ゴラムの石造りの安宿と違って、しっかりとその外観には装飾があり、正面には立派な門がある。正面から見ると、それぞれの部屋には大きな窓と、クラシックなカーテンが備えてあり、一目でこれが高級宿であることが分かる。
俺の仕事はなんてことはない。宿をうろつくだけの、単なる不審者である。
宿の受付を何食わぬ顔で横切り、ロビーから2階の各部屋へと続く階段へ向かう。
セキュリティカードなどが必要ない分、誰にも怪しまれることはなかった。
―防犯おかしくないか?
と思ったが、さすがそこは異世界の高級宿。
部屋の扉を見ると、どういう仕組みで作動するのかは分からないが、警報装置のような魔道具が各部屋の扉についていることが分かった。
部屋の扉の前には、動物や虫、植物などの異なるプレートが掲げられていた。
そうして廊下を歩いていると、ある部屋から黒いモヤのようなものがうっすらと漏れているのが見える。瘴気だ。4階にある蝶のプレートのかかった部屋。
―どうする?
まさか今すぐに見つかるとは思わなかった。
まさかこんな目の前で見張ることはできない。
―ここは一度神殿に戻ろう。
そうして神殿に戻ろうとしたとき。部屋の扉が開き、中からそれは出てきた。
いかにもお坊ちゃんのような服装と、白目をむき、あんぐりと開いた口。
どこかの貴族の息子だろうか。
――それがこちらに顔を向けた。
俺は間一髪、廊下の角に隠れた!
ここで交戦するわけにはいかない。
悪目立ちするかもしれないし、下手をすれば、相手は貴族かもしれない。
そいつはしばらく部屋を出て辺りを見回した後、部屋に戻っていった。
俺は急いで神殿に戻る。宿から少し離れたところで俺は駆け出した。
神殿に戻ると、ちょうどメルウィとカーンが宿に向かうところのようだった。
「おいどうした、何があった?」
メルウィが訊ねる。
カーンはびっくりした様子だった。
「はあ、ふう。ちょうど良かった。アレを見つけたかもしれない。」




