5話
「我は虚無なり。ああ、大いなる宇宙よ。」
適当に思いついた謎の呪文を唱えながら、コーヒーをすする。
―平静を装わなければ。
魔族たるもの、いついかなるときでも、不動心が必要なのです。
そうしてブツブツ言っていると、
「・・・何、言ってるの? 」
「朝の鍛錬さ。」
「訳わかんない。」
「訳なぞ分からんでよろしい。で、いつ帰るんだ? 」
「あなたの正体が分かったら。」
「正体? 俺は最強の魔族さ。」
コーヒーのおかわりをとりに行く。
「・・・それで? 」
「そうさな、人と魔族の世界を滅ぼした魔族だ。つまり、悪いやつだ。だがな、俺より強い奴はそうそういないぞ? 」
「何それ、まるでお伽話の無名の王じゃない。」
「無名の王?? 」
「お伽話の、優しい―いいえ、大魔王よ。詳しくは――、ううん、私もあまり知らないんだけどね。」
「大魔王ねえ。」
と、ここで、クゥっと小さな音が聞こえた。
「・・・お腹すいたわ。」
お嬢様は、お食事をご所望のようだ。
「この、お嬢様め・・・」
「何よ。」
あー!ちょっとでも可愛いと思った俺がアホでした。まあ、ええわ。
「ったく、俺は召使いかよ。ちょっと待て、今用意するから。」
そう言って、卵焼きを作るのだった。
パンと卵焼きとミルクを食した後、女は言う。
「ねえ。今日は何するの? 」
「何、って? 仕事だよ、仕事。」
「・・・魔族って仕事するの? 」
「はあ? ? ? ははーん、あれか。お貴族様ってやつだな? 悪うござんしたね。」
「何よ、その言い方。」
「あーもー、全く、いつ帰るんだよ? 」
「あなたの正体が分かったら。」
「だから、言っただろーがよ。」
「あんなの嘘。でもきっと今日には分かるわ・・・」
―何やら良からぬことを考えていそうだが、いちいち気にしてらんねーわ。
「へえへえ。って、ちゃんと留守番できるのか? 」
「・・・私を何だと思っているのよ。」
「あー、はいはい。」
――そう言って男は家から出かけていった。
「何よ。」
思わず独り言が出る。
変わった魔族。それが私の第一印象だった。
解析で見る限り、普通の人くらいの強さ。
―でもおかしい、そんなことありえない。
ふとテーブルを見ると、その上に子ども用の絵本が置いてあった。
「――子ども扱いして。」
けれど、私はそれが妙に嬉しかった。
―さて、俺がどうして女を家に1人にしておくことができるか。
マジシャンのサブスキルである眷属化にはステータスを覗き見る以外に、とても便利な機能がある。
それは。
メニュー画面のアイコンの横に女の状態が分かる丸い表示がされている。
緑は健康、黄色は異常、赤色は大ピンチである。
何か異常があれば、その表示の色が変わるのだ。
それにここ、トアレの遺跡前から、あの家までの距離もそんなに遠くはない。
「ほいっと。」
ホーンラビットをさくさくと狩りながら、その肉をとっていく。まさに自然の恵みである。
―だが、異変はその夜に起きた。
蝋燭の明かりを消し、窓からは月明かりが差し込むだけ、そんな夜。
ふと気が付くと、女が俺の上にまたがるようにしていた。
――ナニコレ、どんな状況?
テンパっていると、
「お兄さん、ねえ、大好きよ。あなたは本当はどんな人なの? 教えて? 」
俺の胸に顔を寄せてくる。甘い、女の匂いがする。
なんだ、やけに魅力的じゃないか。血流が下半身の一部に流れるのを感じる。
―――こちらを見つめる赤い目。思わず抱きしめたくなる。
―いやまて!こいつはチャーム!!
すぐさま、俺はアナライズを発動し、メニューを見る。
リアリトア:好感度15 精神状態:冷静
そら見たことか!!
「その手は食わねえぜ。」
ニヤリと女を見たとき。
女は、俺の胸元にあった俺のペンダントを開け、こちらを呆然と見つめていた。
いつの間にか、チャームも解除されているようだ。
――ん? 何だ? 急にどうした?
「・・・明日帰る。」
女は顔を伏せてそう言う。
一体何だってんだ? ?
念のため、アナライズをもう一度発動してみる。
好感度:65 精神状態:興奮抑制
―どういうことだ?? 魅了〔弱〕の効果が強まったのか?
女はこちらを見ようとせず、寝室に戻っていった。
深夜。さらに夜も深まったとき。俺が寝れずにいると。
「・・・ぁ・・・」
――静寂の中、かすかに寝室からくぐもった声が聞こえる。
ステータスには緑色。異常はない。
しかし、何故かアナライズを使用してはならない気がする。
もう今夜は眠れそうになかった。




