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異界渡りを手に入れた無職がスローライフをするために金稼ぎする物語  作者: パラレル・ゲーマー


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第94話

 その日、創はゲオルグと会話したくて久しぶりに生身でこの世界に降り立ち、ゲオルグと雑談していた。


 ゲオルグ・ラングローブが、王国の未来を左右する新たな低温流通網の拡張計画について熱弁を振るっていた、まさにその時だった。彼の目の前の、雲のように柔らかいソファに深く身を沈めていた神――魔法使いハジメは、まるで子供が退屈な大人の話に飽いたかのように、大きなあくびを一つした。


「……はーい、はい、分かりました、分かりましたから」


 創は、そのあまりにも熱心な報告を、鷹揚に、しかし有無を言わさぬ口調で遮った。


「もうそういう細かい報告はいいですよ、ラングローブさん。どうせあなたが上手くやってくれているんでしょう? 私が信頼しているのは、あなたのその商才なんですから」


 そのあまりにも無責任で、しかし絶対的な信頼を示す言葉。ゲオルグは一瞬きょとんとしたが、すぐにはっと我に返り、その恰幅のいい顔を歓喜と恐縮で真っ赤に染めた。


「はははっ! も、もったいのうございます、魔法使い様……!」


「それより」


 と、創は続けた。その目は、報告書の数字ではなく、もっと別の、より根源的なリスクを見据えていた。


「一つ、ふと思い出したことがありましてね」


「と申されますと?」


「ええ。そういえばこの国には、まだ渡していなかったなと。……どうぞ」


 創がそう言うと、彼の隣の何もない空間が、まるで水面のように揺らいだ。そしてその揺らぎの中から、二つの美しい木箱が音もなく、光もなく、まるで最初からずっとそこにあったかのように静かに姿を現した。


 箱は黒檀のように艶やかな光沢を放つ未知の木材で作られており、その表面には繊細な銀の象嵌で、世界樹のような紋様が描かれている。それは、もはやただの箱ではなく、それ自体が一つの芸術品だった。


 ゲオルグは、そのあまりにも非現実的な光景に息を飲んだ。何度見ても、この神の御業には魂が震える。


「これは、怪我治癒ポーションです」


 創はこともなげに言った。


「怪我や病を――まあ大体――瞬時に治す、便利な薬ですよ。以前、私の故郷の連中にも渡してやったら、いたく喜んでいましてね。考えてみれば、あなた方にはまだ渡していなかったなと、ふと思い出した次第で」


『怪我や病を瞬時に治す』。そのあまりにもシンプルで、しかしあまりにも衝撃的な言葉。


 ゲオルグの、長年の商売で鍛え上げられた老獪な頭脳が、一瞬にしてその言葉が持つ本当の意味を理解した。食文化の革命、軍事力の革命。それに続く第三の、そしておそらくは最も根源的な革命――医療革命。


 王の命、将軍たちの命、そしてこの国の未来を担う全ての頭脳たちの命。それらを“不慮の事故や病”という、人の力ではどうすることもできない理不尽な運命から守る究極の保険。その価値は、もはや金貨で測れる領域を遥かに超えていた。


「………………おお……」


 ゲオルグの口から、絞り出すような声が漏れた。


「…………おおおおおっ……! こ、これはまたなんと……! なんと、とんでもない物を……!」


 彼は椅子から滑り落ちるようにして、その場にひざまずいた。そして、その神の置き土産である二つの木箱を、まるで聖櫃アークにでも触れるかのように、震える手でそっと撫でた。


「……100人分くらいはありますので。偉い人たちが怪我や病になったら使ってあげてください。まあ、この国も豊かになった分、それを妬む輩も出てくるでしょうからね。何かあった時の保険みたいな物ですよ」


 創は鷹揚に頷いた。その言葉は、まるでこの国の未来を全て見通しているかのようだった。ゲオルグは改めて戦慄した。――このお方はやはり全てをご存知なのだ。我々が今抱えている問題も、そしてこれから直面するであろう危機さえも。


「お代は、とりあえず良いです。言ったでしょう、保険だと。この国が安定して繁栄し続けてくれることが、私にとっても一番の利益ですからね」


 その、あまりにもスケールの大きな“神の視点”からの投資戦略。ゲオルグは、もはや感服するしかなかった。


 彼は床に額を擦り付けるようにして、深々と頭を下げた。


「…………ありがたき……! ありがたき幸せにございます……! このゲオルグ・ラングローブ、この御恩、生涯をかけて、いえ我が血筋の続く限り必ずや……!」


「はいはい、分かりました、分かりましたから」


 創は、そのあまりにも大袈裟な感謝の言葉を手で制した。そして、この重苦しい空気を振り払うかのように、全く違う話題を、まるで子供のような無邪気さで切り出した。


「それより、闘技場の見物したいんですけど……。なんか最近すごく人気らしいじゃないですか。せっかく来たんですし、見てみたいと思いましてね」


 その、あまりにも唐突な、そしてあまりにも場違いな話題の転換。ゲオルグは一瞬きょとんとしたが、すぐにはっと我に返った。そしてその顔に、満面の、これ以上ないほどの歓喜の笑みを浮かべた。――神が、自らがもたらした文化に興味を示してくださっている。これ以上の栄誉があるか。


「おおっ! も、もちろんでございますとも! ぜひぜひご覧ください! あれこそ魔法使い様が我が国にもたらしてくださった“新たな文化”の、最高の結晶にございますれば!」


 彼は椅子を蹴倒す勢いで立ち上がった。


「……では、すぐに最高の席を用意させます! 王家の方々が観覧されるための、あのロイヤルボックスを! “鉄血公”ヴァルハイト公爵ご自慢の秘蔵っ子、『不動の巨岩』サー・ガラハッドと、大陸の北の果てからやってきたという『氷刃』の異名を持つ凄腕の傭兵との一騎打ち! ……迫力満点ですぞ!」


 ゲオルグは少年のような興奮でまくし立てた。国王アルトリウス三世が考案した、この王立魔法武闘会は、今や彼のラングローブ商会にとっても莫大な利益を生み出す、最高の興行となっていたのだ。


 そのゲオルグの熱狂ぶりに、創の心にも火がついた。――そうだ、スキルジェム。自分がこの世界にもたらした、あの最高の「おもちゃ」。


「そうそう、そういえばラングローブさん! ジェムはその後どうです? 皆さん、上手く使えていますか?」


 創の声は、久しぶりに“自分の好きな趣味”について語れることへの、純粋な喜びに弾んでいた。


「は、はい! もちろんでございます! 宝珠騎士団の者たちは日夜訓練に励み、その力を着実に己がものとしております! ……ですが、魔法使い様。……正直に申し上げますと、我々はまだこの“神の石”の可能性の、ほんの入り口に立ったばかりであると痛感しております」


「でしょう?」


 創は待ってましたとばかりに身を乗り出した。その目は、もはや神のそれではない。ただの“早口のゲームオタク”の輝きを宿していた。


「ジェムはね、まだまだ可能性があるんですよ! ……例えば今、ガラハッド卿が使っているというそのスキル。大地を揺るがす強力な攻撃でしょうが、“それ単体”で使っているだけでは、宝の持ち腐れなんですよ」


「……と申されますと……?」


「サポートジェムですよ、サポートジェム!」


 創の目がキラキラと輝き始めた。


「今のジェムに“追加して”、その機能を拡張できる補助的なジェムがあるんです! 例えばですね、『近接物理ダメージ増加』っていうサポートジェムを、そのスキルのジェムと一緒に、ソケットがリンクした武具に嵌め込むとします。するとどうなるか! なんとそのスキルの威力が、単純に1.5倍、いやジェムのレベルによっては2倍以上にも跳ね上がるんですよ!」


「に、2倍ですと!?」


 ゲオルグは絶句した。あの城壁さえ砕く一撃が、さらに倍の威力になる? それはもはや戦術兵器ではなく、戦略兵器の領域だ。


「それだけじゃありません! 『多重攻撃』っていうサポートジェムを繋げれば、一回の攻撃で複数の敵を同時に薙ぎ払うことも可能になりますし、『気絶』っていうサポートジェムを繋げれば、攻撃が当たった相手を一定時間、行動不能にすることもできる! ……組み合わせは無限大なんです!」


「ほうほう、ジェムはなんと奥が深いですな!」


 ゲオルグは、もはや感嘆のため息しか漏らせなかった。


「でしょう? ジェムシステムは凄いんですよ!」


 創は完全に自分の世界に入っていた。


「例えばファイアボールに『多重投射』のサポートジェムを繋げれば、一度に五つの火の玉が扇状に発射されるようになります! これをさらに『連鎖』のサポートジェムと組み合わせれば、敵に当たった火の玉が、さらに別の敵へと跳ね返っていく! 一人の魔術師が、たった一回の詠唱で“一つの軍隊”を壊滅させることさえ可能になるんですよ!」


 彼は、かつて自分が『Path of Exile』の世界で寝食を忘れて研究した“最強のビルド理論”を、目を輝かせながら熱っぽく語り続けた。ゲオルグは、その情報の奔流に完全に飲み込まれながらも、その商人の頭脳で必死にその言葉の意味を、そしてそれがもたらすであろう軍事的な、そして経済的な価値を計算していた。


(……なんと、なんと恐るべきことか……! 魔法使い様が今語っておられるのは……! 一つの、全く新しい『戦争の形』そのものではないか……!)


「……それでですね、さらに面白いのが“パッシブスキルツリー”との組み合わせでして! 例えば、“クリティカル率”を極限まで高めるビルドを組んで、そこに『クリティカル時追加ダメージ』のサポートジェムを組み合わせるとですね……」


 創の熱弁が、さらにヒートアップしようとした、まさにその時だった。彼の脳内に直接、あの穏やかな、しかし絶対的な声が響き渡った。


『――マスター。……定刻です。……次のデリバリーポイント、鋼鉄の街『ギア・ヘイム』への時空連続体アンカーロック、完了しました』


 テッセラクト・ボイジャーの管理AI734からの業務連絡だった。


「…………おっと」


 創ははっと我に返った。そして、その顔に気まずそうな色が浮かんだ。


「……いや、すみません、ラングローブさん。……つい夢中になってしまって。……どうやら次の世界に行かないといけない時間みたいです」


 彼は慌てて立ち上がった。


「……じゃあ、また来ますね。……闘技場は、その時にでもまた」


 その、あまりにも唐突な、そしてあまりにも残念そうな別れの言葉。ゲオルグはあっけにとられていたが、すぐにはっと我に返った。


「ぁ、お待ちください、魔法使い様!」


 だが、もう遅かった。


「では!」


 創は片手をひらりと振ると、自分が来た時と同じように、何の余韻も残さず、すっとその場から姿を消した。


 ――後に残されたのは、神の不在の静寂と、そしてその神が置いていった“あまりにも巨大すぎる二つの置き土産”――究極の医療革命を約束するポーションの箱と、“戦争の概念そのもの”を塗り替える恐るべき知識――を前にして、ただ呆然と立ち尽くす一人の商人の姿だけだった。


 ゲオルグは、しばらくその場に立ち尽くしていた。やがて彼は、ゆっくりとあの美しい木箱へと近づいた。そして、その蓋をそっと開ける。中には、穏やかな乳白色の液体が満たされた小瓶が、静かな輝きを放って鎮座していた。


『怪我や病を瞬時に治すポーション』。


 ゲオルグの脳裏に、この国の未来を担う若き王の顔、国の守りの要である老将軍の顔、そしてこの国の全ての民の顔が、走馬灯のように浮かび上がった。そして彼の“商人の魂”が、そのあまりにも重すぎる責任の重さに、わなわなと打ち震えた。


 彼は木箱を閉じた。そして、執務室の扉へと駆け出した。彼の頭の中は、もはやただ一つの思考だけで満たされていた。


(…………とんでもない物を頂いた……! ……これは、もはや我が商会だけで抱えきれる代物ではない……! ……すぐに、すぐに王にご報告せねば……! この国の未来が、再び永遠に変わってしまう……!)


 彼の、悲鳴に近い叫びは誰の耳にも届くことなく、ただ壮麗な商会の廊下に虚しく響き渡るだけだった。



この回から校正がChatGPT担当になりました。

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― 新着の感想 ―
 なんかニュースでChatGPTを仕事だったかに使いながら雑談もしていた女性がChatGPTからプロポーズされたとかあったな、告白に答える準備は大丈夫ですか?
ChatGPTの利用方法、素晴らしいアイデアだと思います。他の方達の使い方は文章作成方法ですが割合的が分からないからこそズル・・と言われかねないのに、境界線をハッキリさせた為クレームはまともな人は入れ…
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