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異界渡りを手に入れた無職がスローライフをするために金稼ぎする物語  作者: パラレル・ゲーマー


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第78話

 日本の国家中枢は、かつてないほどの団結力と実行力を発揮し始めた。

 彼らの次なる議題は、賢者が残していったもう一つの神の火――『魔石』の民間への転用計画だった。


 サイト・アスカ、第二物理科学研究所。

 そこは、もはや子供の遊び場ではなかった。

 長谷川教授率いる天才、あるいは変人たちは、この二年という歳月をかけ、あの未知のエネルギー源の法則性を、執念とも言うべき探求心で解き明かしていた。

 そして、彼らは一つの驚くべき結論に達していた。

 魔石の力の本質は、『願いの刻印』であると。

 一度、特定の『願い』(例えば「熱くなれ」や「浮け」といった単純なコマンド)を魔石に強く指向させると、その魔石は、そのコマンドを自らの法則として記憶し、魔力が尽きるまでその現象を半永久的に、そして安定的に発現させ続けるのだ。

 その発見は、魔石の産業利用への道を一気に切り開いた。

 そして、その研究の過程で、二つの画期的なプロトタイプが既に完成していた。


 一つは、スマートフォン用のバッテリーシールだった。

 魔石をダイヤモンドカッターで紙のように薄くスライスし、その表面に特殊な集積回路を印刷したシール。

 そのシールに、「このデバイスのバッテリー残量を常に100%に維持せよ」という『願い』を刻印する。

 すると、どうだ。

 そのシールを貼り付けたスマートフォンは、もはや充電という概念から完全に解放された。

 バッテリーの持ちは、文字通り100倍、いや、魔石の魔力が尽きるその日まで、理論上、半永久的に持続するのだ。


 そして、もう一つ。

 それは、農業革命の完成形だった。

 魔石を粉末状に砕き、それを土壌に混ぜ込むことで、作物の促成栽培が可能になることは、既にグランベル王国で証明されていた。

 日本の農学者たちは、さらにその研究を進めた。

 彼らは、その魔石の粉末を混ぜ込んだ特殊な液体肥料を開発。

 その結果、生み出された野菜や果物は、もはやただの食物ではなかった。

 二年間、極秘の実験農場で栽培され、そして何重もの安全性テストをクリアしたその作物は、専門の分析機関が舌を巻くほどの完璧な栄養バランスと、そして何よりも、食べた者の魂を直接揺さぶるような圧倒的な「美味さ」を誇っていた。

 鑑定スクロールによる最終的な安全性評価も、もちろんクリア済みだった。

『――問題ありません。……というか、むしろ身体に良すぎるくらいです』

 そのあまりにも軽い、神のお墨付き。


 二つの神の火。

 一つは、情報化社会の血流であるエネルギーを支配する力。

 もう一つは、人間の生命そのものを支える食を支配する力。

 日本政府は、今やその二つの究極のカードをその手に握っていた。

 問題は、それをどう切るかだった。


「…………民間に下ろしたい」

 官邸の地下司令室。

 宰善総理が、その深い疲労の刻まれた顔で、しかし揺るぎない決意を込めて言った。

「……いつまでもこの奇跡を我々だけで独占し続けるわけにはいかん。……この恩恵は、まず何よりも、我が国の民にこそ還元されるべきだ。……どうにかしてこの二つの技術を民間に、それも日本国内だけに、流通させる方法はないものか……」

 そのあまりにも理想主義的な、しかし指導者としての当然の願い。

 だが、それはこの場にいる官僚たちにとっては、悪夢のような難題だった。

「……総理。……ですが、それは無理難題というものです」

 経済産業大臣が、青い顔で首を横に振った。

「……絶対漏れます。……これほどのオーバーテクノロジー、どうやったって海外の諜報機関や企業が嗅ぎつけ、分析し、そして模倣しようとするでしょう。……そうなれば、我が国の独占的な優位性は……」


「……いや、それだけでも充分過ぎるほどなんですけどね」

 その重苦しい空気を破ったのは、末席に座っていた若い内閣府の官僚の、ぽつりとした呟きだった。

 全員の視線が、彼に集中する。

 彼は、はっとしたように背筋を伸ばした。

「……あ、いえ、失礼いたしました! ですが……! たとえ技術が漏洩したとしても、その根幹である魔石そのものを生産できるのは、賢者様とのパイプを持つ我々だけなのですから、それで十分すぎるほどの圧倒的なアドバンテージではないかと……! ……それに……」

 彼は、少しだけ悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「……そもそも、この魔石、無双すぎますよ。……下世話な話ですが、さっきから考えてたんですがね。……もしこの魔石に、『精製済みの最高級原油よ、出ろ』って願ったら、どうなるんだろうかと。……下手したら、本当に出るんじゃないですかね、これ」

 そのあまりにも不謹慎で、そしてどこまでも的を射たユーモア。

『魔石無双』。

 その一言が、司令室の重苦しい空気を少しだけ和ませた。

 宰善総理も、ふっと口元を緩めた。

「……はは。……確かに、そうかもしれんな。……君の言う通りだ。……我々は、少し臆病になりすぎていたのかもしれん」

 彼は、顔を上げた。

 その目には、再び指導者の決意の光が宿っていた。

「……よし、決めた。……民衆に反映させたい。……まずは、野菜だけでもどうにか流通に乗せられないか? ……これならば、食料だ。……人道的な見地からも、文句は出にくいはずだ。……どうだね、諸君」


 その総理の決断に、閣僚たちは顔を見合わせた。

 二年間、極秘の検証を重ね、異常は一切見つかっていない。

 鑑定スクロールのお墨付きもある。

「…………異論は、ございません」

 橘紗英が、静かに言った。

「……ただし、その流通方法は慎重に。……まずは、学校給食や病院食といった公共性の高い分野から限定的に供給を開始し、国民の反応と経済への影響を慎重に見極めるべきかと」

「うむ。それでいこう」


「では、総理」

 綾小路が、次の議題へと移した。

「……バッテリーに貼るタイプのシールは、どうします? ……これもまた、国民の生活を劇的に変える可能性を秘めておりますが」

「……それも、販売して大丈夫だろうな」

 総理は、即決した。

「……まあ、良いんじゃないでしょうか」

 橘も、同意した。

「……我々の背後には、賢者様と、そして『星見子の遺産』という絶対的な物語アーティファクトがある。……ゴリ押しは、効くはずです。……たとえこのシールの技術が海外に解析されたとしても、彼らが探れるのは、せいぜい『なんか知らんけどバッテリーの効率が爆上がりするヤバいシール』まで。……その根幹にある魔石の、そして『願いの刻印』という真の原理にたどり着くことは、決してありますまい。……それでも、もちろん常識外れのオーバーテクノロジーですがね」

 そのあまりにも自信に満ちた、そしてどこまでも傲慢な結論。


「……よし。……では、決まりだ」

 宰善総理は、立ち上がった。

 そして、高らかに宣言した。

「……これより、我が国は神の火を人の手に移す。……二つの新たな産業革命を、我々の手で始めるのだ。……一つを、『デメテル計画フェーズ2』。……奇跡の野菜の国内限定流通を開始する。……そしてもう一つを、『プロメテウス計画フェーズ2』。……無限のバッテリーシールの一般販売を許可する」

 その歴史的な宣言。

 それは、日本という国が、もはやただの神の恩寵を受けるだけの存在ではなく。

 自らの手でその奇跡を民へと分配し、そして新たな世界の秩序を創造しようとする、挑戦者へと変貌を遂げた瞬間だった。

 そのあまりにも壮大で、そしてどこまでも危険な実験の火蓋が、今、静かに切って落とされた。


 ◇


 数週間後、

 日本の日常は、静かに、しかし確実にその貌を変え始めた。

 最初に変化が現れたのは、子供たちの給食の時間だった。

 全国の小中学校に、政府の特別予算で供給された『ホシミコ・ベジタブル』と名付けられた奇跡の野菜。

 それで作られたサラダやスープを口にした子供たちの反応は、爆発的だった。

「……なにこれ! このトマト、甘い! フルーツみたい!」

「……俺、ピーマン大嫌いだったのに! このピーマン、全然苦くないぞ! むしろ、美味い!」

 野菜嫌い、という言葉が日本の子供たちの辞書から消え去るのに、それほど時間はかからなかった。

 そして、その奇跡の味は、子供たちの家庭へと伝播していった。

『ねえ、お母さん! 今日の給食のサラダ、めちゃくちゃ美味しかったんだよ! あの野菜、うちでも食べたい!』

 親たちの間では、謎の高級野菜の噂が、瞬く間に広がっていった。

 そして、その熱狂が最高潮に達した、まさにそのタイミングで。

 政府は、満を持して第二の一手を打った。

 全国の主要な百貨店の食品売り場に、特設のコーナーが設けられた。

 純白の暖簾。桐の箱に、一つ一つ丁寧に詰められた宝石のような野菜。

 そして、そこに掲げられた荘厳な看板。

『――神饌(SHINSEN)』

 そのあまりにも神々しいブランド名と、そしてその目玉が飛び出るほどの価格。

 トマト一玉、一万円。

 キュウリ一本、五千円。

 だが、人々はそれに殺到した。

 それは、もはやただの野菜ではなかった。

 健康と美味さと、そして何よりも、『奇跡を味わう』という最高のステータス。

 富裕層は、そのステータスを競うように買い求め、そして一般市民は、年に一度の記念日に清水の舞台から飛び降りる思いで、その奇跡の一片を買い求めた。

 日本の食文化は、新たな次元へと突入した。


 そして、もう一つの革命。

 秋葉原の巨大な家電量販店。

 そのスマートフォンのアクセサリー売り場に、異様なほどの人だかりができていた。

 人々のお目当ては、新発売された一枚の、何の変哲もない半透明のシールだった。

 その商品の名は、『天照(AMATERASU)バッテリー・エンハンサー』。

 価格は、一枚三万円。

 決して、安くはない。

 だが、その謳い文句は、あまりにも魅力的だった。

『――あなたのスマートフォンを、充電から解放する。一度貼れば、その輝きは永遠に』

 最初は、誰もが半信半疑だった。

 だが、その効果を実際に体験したインフルエンサーやガジェット系Youtuberたちの熱狂的なレビューが、インターネット上を駆け巡った。

『……マジかよ、これ……。一週間動画再生しっぱなしでも、バッテリー1%も減らねえ……』

『……神だ……。これは、神の所業だ……』

 熱狂は、伝播した。

 人々は、もはや充電ケーブルを持ち歩く必要がなくなった。

 バッテリー残量を気にするストレスから、完全に解放された。

 日本の生産性は、爆発的に向上した。

 そして世界は、再び日本のその異常なまでの技術的飛躍に、嫉妬と、そして畏怖の視線を向けることとなった。

『AMATERASU』。

 その名は、日本の新たな神秘の象徴として、世界中に轟き渡った。


 その頃。

 全ての元凶である男は。

 日本の山奥の、究極の理想郷で。

 自らのスマートフォンに、もちろん試作品の『AMATERASU』シールを貼り付けながら。

 満足げに、そしてどこか面倒くさそうに呟いていた。

「……うーん。……まあ、便利は便利だけど……。……これ、魔石の魔力が切れたら、ただのシールに戻るんだよなあ……。……その時、また新しいの買うの、めんどくせえなあ……」

 彼は、まだ気づいてはいなかった。

 彼のそのあまりにもぐうたらな懸念こそが、やがて日本の新たな巨大産業『魔石交換リチャージビジネス』を生み出す、次なる神の御神託となるということを。

 彼のスローライフ計画は、彼自身の尽きることのない怠惰の精神によって、もはや誰にも、彼自身でさえも、その行く末を予測不可能な領域へと暴走を続けていたのである。




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『AMATERASU』シールはスマホ限定でないと、携帯ゲーム機で試したり、電導アシスト付き自転車とキックボード、電気自動車のバッテリーボックスに「貼ってみた」って人、絶対出てくるはず(苦笑) 橘さん…
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