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異界渡りを手に入れた無職がスローライフをするために金稼ぎする物語  作者: パラレル・ゲーマー


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第43話 【日本政府編】 神話創造代理戦争

 神が、サイコロを振った。

 そして、その出目は、人類という矮小なる観測者のちっぽけな予測の、遥か斜め上を行くものだった。

 日本政府が国家の存亡を賭けて放った一世一代の大嘘――『プロジェクト・キマイラ』。

 奈良県明日香村の地下深くに眠っていたという古代の巫女王『星見子ホシミコ』と、彼女が遺したという奇跡の遺物アーティファクト群。

 そのあまりにも壮大で、そしてどこまでも計算され尽くした物語カバーストーリーは、当初、日本政府が意図した通り、世界のパワーバランスを、静かに、しかし確実に変動させ始めた。

 だが、彼らは一つの重大な、そして致命的な誤算を犯していた。

 彼らが創造した神話は、もはや彼らだけのコントロール下にはなかったのだ。

 インターネットという名の、新たな神々の遊び場。

 そこで、絶対的な神託者として君臨する謎の預言者、『@Truth_Seeker_JP』。

 彼が投下した、公式発表を遥かに凌駕する甘美でドラマチックな「偽りの真実リーク」は、人々の想像力という名の肥沃な土壌に深く根を張り、もはや誰にもコントロール不可能な巨大な物語の森へと成長を始めていた。

 そして、その森に自生した一つの、しかしあまりにも強力な物語の実。

『ホシミコ=宇宙人ハイブリッド説』。

 そのあまりにもSF的で、そしてどこまでも魅力的な仮説は、瞬く間に世界中の人々の共通認識コンセンサスとなった。

 世界は、熱狂していた。

 我々は、孤独ではなかったのだと。

 我々の足元に眠る奇跡は、遥か星々の彼方からの贈り物なのだと。

 だが、その熱狂は、国家という名の巨大な自我を持つ獣たちのプライドと欲望を、激しく刺激した。

 一つの神話が世界を覆い尽くそうとする時、必ずそれに抗う別の神話が生まれる。

 これは、日本という極東の島国が意図せずして引き起こしてしまった、人類史上初にして最大の神話創造代理戦争の記録である。


 中国、北京、国家安全部の地下深く。

 円卓を囲む男たちの顔には、深い屈辱と、それを煮詰めて凝縮したかような激しい闘志の炎が揺らめいていた。

 中央の巨大なホログラムスクリーンには、プロジェクト・キマイラの公式ウェブサイトが映し出されている。CGで美しく再現された巫女王ホシミコの、どこか日本のアニメキャラクターを思わせる、気に食わないほど可憐な肖像画。

「……断じて認めん!」

 最初に沈黙を破ったのは、人民解放軍のチャン将軍だった。彼の恰幅のいい巨体は、怒りにわなわなと打ち震えていた。

「日本ごとき島国に、これほどの超古代文明があったなどと! 我が中華五千年の歴史に対する、これ以上の侮辱があるか! しかも、なんだこの『宇宙人との混血』などという荒唐無稽な与太話は! 我々の偉大なる人類進化の歴史を、西洋の三流SF映画と同レベルに貶めるつもりか!」


「まあまあ、将軍、お静まりください」

 その熱気を氷のように冷たい声で制したのは、この会議の主宰者、国家安全部のチェン局長だった。彼は痩身で、その蛇のように細い目の奥には、いかなる感情も読み取らせない深い闇が広がっていた。

「問題は、あのアーティファクトが『本物』であるという、揺るぎない事実です。……我々が今なすべきは、感情的な反発ではない。……より高次の歴史的な『真実』を構築し、世界に提示することです。……ワン教授、準備はよろしいですかな?」

 陳局長に促され、人民大学歴史学部の最高権威、王教授がゆっくりと立ち上がった。彼は御年八十を超えていたが、その背筋は鋼のように真っ直ぐで、その目は、少年のように純粋な知的好奇心と、そして狂信的なまでの愛国心に、爛々と輝いていた。

「……もちろんですとも、局長。……この二週間、我が研究チームは寝食を忘れ、我が国の全ての古文書と出土品を再検証いたしました。……そして、ついにたどり着いたのです。……この茶番劇の全ての謎を解き明かす、唯一無二の真実へと」

 彼は咳払いを一つすると、とんでもない説を、神託のように厳かに語り始めた。

「……皆様、ご存知でありましょう。今から二千二百年前、我が国を初めて統一された偉大なる始皇帝陛下が、一人の高名な方士に、不老不死の仙薬を求めて東方の海へと船出するよう命じられた、その故事を」

 会議室が、ざわめいた。

「……まさか……」

「……徐福じょふく……!」

 王教授は、得意げに深く頷いた。

「その通り! 徐福は、数千人の童男童女と、そして始皇帝の宝物庫から持ち出すことを許されたありとあらゆる『宝貝パオペエ』と共に、日本列島へとたどり着いた! ……彼らが、未開の島国に稲作を、鉄器を、そして我が中華の偉大なる文明の光をもたらしたのです! ……その徐福の血筋の遥か末裔こそが、日本の言う巫女王ホシミコなのです!」

 そのあまりにも大胆で、そしてどこまでも自国に都合の良い仮説に、会議室はどよめきと興奮の渦に包まれた。

 王教授は、スクリーンに次々と証拠 (とされるもの)を映し出していく。

「見てください! 日本人が『星の涙』と呼ぶあのポーション! ……これは、徐福が追い求めた『不老不死の仙薬』そのものではないですか! そして、あの『不死鳥の羽衣』! ……我が国の古代神話『封神演義』に登場する、いかなる攻撃も通さぬ仙人の法衣ほういと、その意匠、機能、完全に一致する! さらに、これ!」

 彼が最後に映し出したのは、殷王朝時代の遺跡から出土したという、一体の青銅器の画像だった。その表面には、奇妙な渦巻き模様が刻まれている。

「……これは、古代の祭祀用の酒器とされてきました。……ですが、我々はこの模様を再解読したのです! ……これは、酒器などではない! ……高次元空間からエネルギーを汲み上げるための超小型の原子炉……すなわち、日本人が『太陽の欠片』と呼ぶあの魔石の原型設計図だったのです!」


 もはや、誰も彼の言葉を疑う者はいなかった。

 いや、彼らは疑いたくなかったのだ。

「……つまり、王教授」と、陳局長が結論を促した。

 王教授は、その老いた顔を誇りに紅潮させ、声を張り上げた。

「つまり! 日本が発見したとされる全てのアーティファクトは、元をただせば、全て我が国、中国が起源! ……我々は、日本にただ文化の種を『貸し与えて』いただけなのです! ……彼らは、我々の偉大なる文化遺産を盗掘し、あろうことか『宇宙人の置き土産』などという馬鹿げた物語で糊塗し、その起源をロンダリングしようとしているに過ぎない! ……我々は、断固として世界に訴えるべきです! 我々の正当なる文化財の、『返還』を!」

 そのあまりにも壮大で、そしてどこまでも強引な物語。

 会議室は、地鳴りのような拍手に包まれた。

「素晴らしいぞ、王教授!」

「そうだ! 全ては我々のものだ!」

「日本に、中華の鉄槌を!」

 こうして、中国は「アーティファクト起源主張」という、壮大な歴史戦の火蓋を切った。国営メディアは一斉にこの「新説」を大々的に報じ、世界中の考古学会に共同研究という名の圧力をかけ、そして国連の文化遺産保護委員会に「日本の文化財窃盗に関する緊急調査」を要求する、全方位的な情報戦を開始したのである。


 アメリカ合衆国、バージニア州ラングレー。

 CIA本部の地下深く、外界とは完全に隔絶された戦略分析室。

 壁一面を埋め尽くすモニターには、中国が新たに仕掛けてきた情報戦の動向と、それに対する世界各国の反応が、リアルタイムで表示されている。

 部屋の中心で腕を組むのは、CIA長官、ペンタゴンから派遣された"ブルドッグ"の異名を持つジョンソン将軍、エヴリン・リード博士。

 彼らの空気は、中国の熱狂とは対極にあった。

 そこにあるのは、どこまでもドライで、そしてどこまでもプラグマティックな分析と、そして微かな焦りだった。


「……やれやれ。……中国の友人たちは、相変わらず歴史小説がお好きらしいな」

 CIA長官が、バーボンの入ったグラスを片手に、皮肉な笑みを浮かべた。

「……だが、笑い事ではない。……彼らのこの強引な物語は、アジアにおける我が国の影響力を削ぐための、極めて巧妙なプロパガンダだ。……大統領はご立腹だぞ。『いつまで、あの黄色い猿どもに好き勝手させておくつもりだ』と」

 そのあまりにも政治的に正しくない発言に、エヴリン・リードがその美しい眉をひそめた。

「……長官。……言葉が過ぎますわ。……そして、問題の本質はそこではありません」

 彼女は、立ち上がった。

「……日本の発表も、中国の主張も、そしてあの『Truth Seeker』のリークも、全ては欺瞞です。……彼らは皆、木を見て森を見ていない。……我々は、もっと根源的な『真実』に目を向けるべきです」

 彼女は、スクリーンに一つの画像を映し出した。

 それは、サイト-アスカで極秘に撮影された『不死鳥の羽衣』の電子顕微鏡による拡大画像だった。

 そこには、有機的とも無機的ともつかない未知のナノマシンが、自己組織化していく驚異的な映像が映し出されていた。

「……これを見てください、将軍」

 彼女の声は、科学者としての純粋な興奮に震えていた。

「……これは、地球上のいかなるテクノロジーでもありません。……これは、我々が長年追い求めてきた夢。……エイリアン・テクノロジー、そのものです」

「……ほう」

 ジョンソン将軍が、初めて興味深そうな顔をした。

「……日本の公式見解、『巫女王ホシミコ』。……中国の新説、『徐福の末裔』。……そして、インターネットを席巻するカルト、『宇宙人とのハイブリッド』。……その全てが、一つの巨大な嘘を隠すための多層的な煙幕なのだとしたら?」

 エヴリンは、続けた。

「……本当の真実は、もっとシンプルです。……太古の昔、この星に一隻の異星文明の宇宙船が不時着した。……場所は、おそらく日本の明日香村。……そして、巫女王ホシミコは、その宇宙船の生き残りの乗組員、あるいはそのAIと接触した最初の地球人に過ぎない。……彼女が遺したアーティファクトとは、彼女がその宇宙船から譲り受けた、あるいは彼女の死後に残されたエイリアン・シップの『パーツ』なのです」

 そのあまりにもSF的な、しかし彼らにとっては最も説得力のある結論。

 部屋の空気が、一変した。

「…………マジかよ」

 将軍が、呻いた。

「……つまり、日本政府は……。……我々がロズウェルで手に入れたガラクタとは比較にもならない、無傷のUFOを丸ごと一隻、奈良の地下に隠し持っているというのか……!? ……これは、同盟国に対する断じて許されざる裏切り行為だ!」

 彼の顔が、怒りに赤く染まる。

 こうして、アメリカは「日本政府UFO隠蔽疑惑」という壮大な陰謀論に基づき、対日政策を根本から見直すことを決定した。友好国としての共同研究などという、生ぬるいものではない。彼らは、あらゆる非合法な手段を行使してでも、その神の宇宙船を日本の手から奪い取るための極秘の特殊作戦計画、『プロジェクト・スターフォール』をその場で承認したのである。


 イギリス、ロンドン、テムズ川沿い。

 霧雨に煙るMI6本部。

 古風で、しかし重厚な執務室。

 MI6の長官であるサー・アルフレッドは、部下が淹れた、彼の基準では「泥水同然」のダージリンティーに辟易しながら、若い分析官ナイジェルからの報告を聞いていた。

「……以上が、中国とアメリカの最新の動向です、サー。……両国とも、完全に自国の神話と陰謀論の虜になっておりますな」

 ナイジェルのそのどこか他人事な報告に、サー・アルフレッドは、ふう、と深い溜め息をついた。

「……やれやれ。……だから、歴史の浅い若い国は、これだから困る。……なんという、想像力の欠如。……なんという、品性の欠如か」

「……は?」

「中国は、歴史の捏造。アメリカは、三流SF映画か。……どちらも、なんと独創性がなく、そしてエレガントさに欠けることか。……それに比べて、日本の諸君の物語は、まだマシな方だったな。……悲劇の女王、時を超えたメッセージ。……まあ、シェイクスピアの二番煎じではあるが、筋書きとしては悪くない」

 彼は、窓の外に広がるロンドンの灰色の空を見つめた。

「……いいかね、ナイジェル。……真実は、常に最もシンプルで、そして最も我々の身近にあるものだ。……未来を予見し、自らの国を守るための魔法の道具を遺した、神秘的な指導者の物語。……この物語の本当の原型がどこにあるか、君には分からないかね?」

「……と、申しますと……? ……まさか、サー……」

 ナイジェルが、息を飲む。

 サー・アルフレッドは、心底うんざりしたというように言った。

「……アーサー王伝説だよ、ナイジェル。……円卓の騎士、聖剣エクスカリバー、そして王を導いた偉大なる魔法使いマーリン。……この日本の物語は、我々の偉大なる建国神話の、質の悪い、そしてどこか醤油臭いアジア風の焼き直しに過ぎんのだよ」

 彼は、続けた。

「……おそらく、こうだ。……太古の昔、我々の偉大なる魔法使いマーリンが、ドルイドの秘術の研究のため、世界の龍脈を旅していた。……そして、その過程で、気まぐれに極東の島国を訪れた。……そこで彼は、現地のまあまあ素質のある巫女を見つけ、彼の持つ偉大なる魔法の知識の、ほんの初歩の初歩を手ほどきしてやった。……その巫女こそが、日本の言うホシミコなのだ。……つまり、日本の全ての奇跡の源泉は、我が大英帝国にある! ……これで、全ての辻褄が合う。……実に、エレガントな結論だろう?」

 そのあまりにも自国に都合が良すぎる、しかしどこまでも気品のある(と彼は信じている)結論。

 ナイジェルは、もはや感服するしかなかった。

「……分かったら、すぐに大英博物館の地下書庫へ行け。……そして、マーリンが遣隋使よりも早く日本を訪れていたという『証拠』を、何としてでも探し出してこい。……なければ、創れ。……我が国の歴史家たちは、その道のプロフェッショナルのはずだ。……我々もまた、この下品な神話創造合戦に参戦せねばならん時が来たのだよ。……それも、最も英国紳士らしいやり方でな」


 その頃。

 世界中の国家が、自らのプライドと欲望を賭けて壮大な神話創造代理戦争を繰り広げている、まさにその裏側で。

 全ての元凶である男は。

 日本の山奥に築き上げた、究極のスローライフのための要塞で。

 久しぶりに訪れた鋼鉄の街『ギア・ヘイム』で、鉄の女男爵セラフィーナから対価として受け取った、山のような金貨の勘定に頭を悩ませていた。

 彼は、縁側で寝転がりながら、スマートフォンで世界のニュースを眺めていた。

 タイムラインには、彼が全く知らないところで繰り広げられている、壮大な神話創造合戦の様子が、リアルタイムで流れてきている。

『【速報】中国政府、日本のアーティファクトは始皇帝の命を受けた徐福がもたらした『宝貝』であると国連で公式に主張! 日本側に即時返還を要求!』

『【衝撃】ホワイトハウスが異例の声明を発表! 「我々は、地球外知的生命体との接触の可能性をもはや否定しない」』

『【独自】英王立歴史学会、ストーンヘンジの石の配置とキトラ古墳の星図の間に「驚くべき数学的関連性」を発見か!?』

 そのあまりにも混沌とし、そしてどこまでも滑稽な世界の熱狂。

 創は、その全ての記事をぼんやりと眺めた後。

 大きく、大きなあくびを一つした。

 そして、誰に聞かれることもなく、心の底からただ一言だけ呟いた。


「………………みんな、本当に暇なんだな……」


 そのあまりにも呑気で、そしてあまりにも的確な呟きは。

 誰の耳にも届くことなく、ただ静かに、日本の澄んだ空気の中へと溶けて消えていった。

 神は、サイコロを振った。

 そして、その神自身は、そのサイコロの出目にも、そしてその出目を巡って争う矮小な人間たちの姿にも、全く、全く興味がなかったのである。


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― 新着の感想 ―
青森のキリストの墓にかこつけてバチカンが手を出す話が出るかと思ってた。ほらイギリスのちょっかいに横入りするの好きそうだし。
中国の話が本当でも秦の財産で今の中国のものになるのかな?
あれ?創さん、いつの間に『要塞』という名の豪邸をゲットした? ゲームの中かな?
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