第41話 【日本政府編】 プロジェクト・キマイラ始動
その日の東京、千代田区永田町、総理大臣官邸は、一つの巨大な台風の目と化していた。
地下に広がる大ホールを改造した記者会見場。そこに設えられた数百の席は、国内外から集まった三百人を超える報道陣で完全に埋め尽くされ、彼らが持ち込んだ無数のカメラのレンズが、まるで複眼を持つ巨大な昆虫のように、一点を凝視していた。
その視線の先にあるのは、藍色の背景に金色の桐紋が浮かぶ、簡素だが絶対的な権威を象徴する演台。
フラッシュの白い閃光が絶え間なく明滅し、人々のひそひそとした囁き声と無数のシャッター音が混じり合い、まるで地鳴りのような異様な熱気が、巨大なホール全体に充満していた。
世界が、固唾をのんで待っていた。
ここ数週間、世界の金融市場を揺るがし、各国の諜報機関を狂奔させ、そして国際政治のパワーバランスを根底から覆しかねない謎の震源地――日本政府が、ついにその重い口を開こうとしていたのだ。
その喧騒から隔絶された官邸の一室。
内閣情報調査室理事官、橘紗英は、鏡に映る自分の姿を、感情の窺えない瞳で静かに見つめていた。
完璧に結い上げられた黒髪。寸分の乱れもない黒いパンツスーツ。そして、鉄の仮面のように、いかなる内面の動揺も窺わせない怜悧な美貌。
だが、その完璧なポーカーフェイスのすぐ裏側で、彼女の心臓は、国家の存亡そのものを双肩に担う者だけが知る、鉛のような重圧に軋んでいた。
(……始まる)
彼女は、心の中で静かに呟いた。
人類史最大級の、最も壮大で、最も精巧な「嘘」。
プロジェクト・キマイラ。
その幕が、今、上がろうとしていた。
彼女の背後のモニターには、会見場にいる宰善茂総理大臣と、綾小路俊輔官房長官の姿が映し出されている。彼らもまた、これから始まる歴史的な瞬間に向けて、最後の精神統一を行っていた。
その隣のモニターには、別室でこの世紀の発表を見守る、もう一つのチームの姿があった。
プロジェクト・キマイラの頭脳たち。
歴史学の権威、渋沢正臣名誉教授は、目を閉じ、まるで古の神々に祈りを捧げるかのように静かに座している。彼の脳裏には、これから語られる「偽りの神話」が、あたかも本物の歴史書の一ページであるかのように、鮮明に浮かび上がっていることだろう。
考古学者の守屋茜は、落ち着きなく部屋の中を歩き回りながら、何度も自分が監修した遺跡のCGデータを確認していた。彼女のフィールドワーカーとしての魂は、自らの手で「存在しない真実」をでっち上げるというこの背徳的な行為に、罪悪感と、そしてそれ以上の禁断の興奮を覚えていた。
SF作家の天城蓮は、神経質そうに指先で机を叩きながら、これから発表される物語の論理的な矛盾点がないかを、最後の最後まで、その超人的な頭脳で検証し続けている。
そして、ライトノベル作家の神風カイトは、一人だけ全く緊張した様子もなく、ポップコーンでも食べるかのような気軽さでモニターを眺めていた。
「いやー、いよいよですねえ。俺の考えた『巫女王ホシミコ』の名前が、全世界にデビューする瞬間ですよ。感無量だなあ」
そのあまりにも不謹慎で、あまりにも場違いな呟きに、同席していたハリウッドの脚本家、ジョージ・タナカが、やれやれといった風に天を仰いだ。
「……時間です」
橘の静かだが、よく通る声が部屋に響いた。
モニターの中の宰善総理が、深く一つ頷く。
彼の顔には、もはや一人の政治家としての不安や迷いはなかった。そこにあるのは、歴史の奔流の先頭に立ち、国家という巨大な船の舵を取る、船長としての揺るぎない覚悟だけだった。
彼と、綾小路官房長官、そして科学者代表としてこの茶番劇のもう一人の主役を演じる帝都大学の長谷川健吾教授が、席を立つ。
運命の扉が、開かれた。
会見場に三人の男が姿を現した瞬間、それまで会場を支配していた地鳴りのような喧騒が、嘘のように静まり返った。
三百を超えるカメラのフラッシュが、一度に、そして一斉に焚かれる。
まるで、雷鳴のない稲妻がホールの中を白く染め上げたかのようだった。
宰善総理が、ゆっくりと演台へと進み出る。
彼の背後、少し離れた場所に、綾小路官房長官と、この場には不釣り合いな白衣をまとった長谷川教授が、厳粛な面持ちで控えている。
総理は、マイクの前に立つと、集まった世界中の報道陣を、一人一人、その深い瞳で見渡した。
そして、静かに、しかしその場にいる全ての者の魂の最も深い場所にまで届くかのような重い声で、語り始めた。
「……親愛なる我が国、日本の国民諸君。そして、この会見に注目されている世界各国の皆様」
その声は、完璧にコントロールされていた。
「ここ数週間、我が国日本を取り巻く状況について、国内外で様々な憶測が飛び交っていることは承知しております。我が国の株価と円相場の、理由なき異常な高騰。海外の有力な投資家たちによる、日本市場へのにわかには信じがたい規模の投資。そして、それに伴う国際社会における様々な憶測と、政治的な緊張。政府は、これまでこの異常事態に対し、沈黙を守り続けてまいりました。そのことが、皆様の不安と疑念をさらに増幅させてしまったことを、この国の責任者として、深くお詫び申し上げます」
彼は、そこで一度、深々と頭を下げた。
そのあまりにも真摯な謝罪に、記者たちの間から微かな動揺のどよめきが起こる。
総理は、顔を上げた。その目には、絶対的な自信の光が宿っていた。
「ですが、我々の沈黙は、決して皆様を欺くためでも、何かを隠蔽するためでもありませんでした。ただ、我々自身が、我々の足元で起きた、あまりにも巨大で、そしてあまりにも神聖な『真実』を正確に理解し、そしてそれをいかにして世界に伝えるべきか、その言葉を見つけられずにいただけなのです」
彼は、一度言葉を切ると、世界に向けて高らかに宣言した。
「……本日、我々日本政府は、この全ての謎の『答え』を、皆様にご報告いたします。そして、その報告は、おそらく我が国日本だけでなく、人類全ての歴史、科学、そして未来そのものを、永遠に変えてしまうことになるでしょう。これは、一つの国家の記者会見ではありません。これは、人類が新たな時代の夜明けを迎えるための、歴史的な儀式であるとご理解ください」
そのあまりにも荘厳で、そしてあまりにも思わせぶりな前口上に、会見場の空気は、期待と緊張で爆発寸前の様相を呈していた。
宰善総理が、静かに演台の脇に下がると、入れ替わるように官房長官である綾小路俊輔が、マイクの前に立った。
彼は、その学者然とした細いフレームの眼鏡の奥で、蛇のように冷たい目を細めると、一枚の分厚い報告書をゆっくりと開き、淡々とした抑揚のない声で、その「偽りの神話」を語り始めた。
「……それでは、これより我が日本国政府が、先だって行った極秘の考古学調査の結果について、ご報告いたします」
彼の背後の巨大なスクリーンに、一枚の写真が映し出された。
それは、誰もが見慣れた奈良県明日香村に存在する、キトラ古墳の航空写真だった。
「皆様ご存知の通り、このキトラ古墳は、その石室内部から古代の極めて精巧な天文図が発見されたことで知られる、我が国の歴史上、最も重要な遺跡の一つです。ですが、我々は、最新の地中レーダー探査技術と、ミュオン粒子を用いた非破壊の透視調査によって、この古墳のさらに地下深く……これまで誰もその存在を知ることのなかった、巨大な未知の地下空間が存在することを突き止めました」
スクリーンが、切り替わる。
そこに映し出されたのは、最新のCG技術によって完璧に、そして考古学的に「それっぽく」再現された、巨大な地下神殿の想像図だった。
螺旋状に地下へと伸びる壮麗な階段。壁面には、見たこともない、しかしどこか日本の古代神話を思わせる神秘的な壁画が描かれている。
「……調査の結果、この地下神殿は、飛鳥時代、西暦七世紀頃に、歴史の記録には一切その名を残さなかった一人の謎の巫女王によって、建造されたものであると結論付けられました。我々は、神殿に残された僅かな碑文の断片から、彼女の名を、こう推測しております」
スクリーンに、美しい毛筆で書かれた荘厳な文字が浮かび上がった。
『星見子』
「巫女王ホシミコ。彼女は、大陸から伝来した最新の陰陽五行の知識と、この国古来の神道の呪術を融合させ、星を読み、未来を予見するという、神の如き力を持っていたと、碑文には記されております。そして、彼女は、その力によって、遥か千数百年の未来……すなわち、我々が生きるこの二十一世紀の日本が、未曾有の国難――それは、エネルギーの枯渇か、未知の疫病か、あるいは我々の想像も及ばぬ何か別の脅威かもしれませんが――に直面することを、予見したのです」
綾小路の抑揚のない声が、静まり返ったホールに響き渡る。
それは、もはや政府の公式見解というよりも、神話の語り部の、厳粛な口上に近かった。
「彼女は、未来のまだ見ぬ我々子孫を救うため、その生涯の全てを捧げ、自らの『秘術』の力の全てを注ぎ込み、この地下神殿の最深部に、無数の奇跡の遺物群を遺したのです。それは、未来へのタイムカプセル。彼女からの、時を超えた贈り物でした」
スクリーンには、守屋茜が監修した、絶妙に風化し、そして絶妙に神秘的な様々な「アーティファクト」のレプリカの写真が、次々と映し出されていく。
光り輝く金属の杖。表面に、複雑な幾何学模様が刻まれた黒曜石の円盤。そして、色とりどりの液体が満たされた、美しいガラスの小瓶。
「……しかし」と、綾小路は続けた。その声には、初めて、ほんの僅かな悲劇のヒロインを語るかのような感情の色が滲んでいた。
「その神の如き力は、時の朝廷の権力者たちの嫉妬と恐怖を買いました。彼女は、国を惑わす魔女として反逆者の濡れ衣を着せられ、歴史の全ての記録から、その名を抹消されたのです。そして、彼女が遺したこの偉大なる遺産もまた、永遠に闇の中へと封印されることとなった……。我々が、それを発見する、この日まで」
そのハリウッドのジョージ・タナカが練り上げた、あまりにも完璧で、あまりにもドラマチックな悲劇の物語に。
会見場にいた何人かの感受性の強い女性記者の目には、うっすらと涙さえ浮かんでいた。
綾小路が、静かに一礼して下がると、入れ替わるように白衣をまとった長谷川健吾教授が、マイクの前に立った。
その顔は、もはやいつもの狂信的な科学者のそれではなく、人類の未知の領域の扉を開いた、厳粛な求道者のそれに見えた。
「……ご紹介に、あずかりました長谷川です」
彼はまず、震える声でそう切り出した。
「……正直に申し上げます。私自身、そして私の同僚であるこの国の全ての科学者たちは、今、我々が歴史上どのような場所に立っているのか、その意味を、まだ完全には理解できておりません。我々が、あのホシミコ女王の地下神殿で発見したものは、我々の現代科学のちっぽけな常識など、まるで紙切れのように、いとも容易く破り捨ててしまうほどの、『何か』でした」
彼は、背後のスクリーンに一つの映像を映し出した。
それは、地下の研究所で撮影された、あのラットの実験映像だった。もちろん、倫理的な配慮から、傷口の部分には強いぼかしがかけられている。
だが、その映像が持つ衝撃は、少しも損なわれてはいなかった。
「……皆様、ご覧ください。これは、アーティファクトの一つであるこの青い液体を、瀕死の重傷を負わせた実験用ラットに投与した際の、記録映像です。我々は、この奇跡の液体を、女王への敬意を込め、『星の涙』と仮称しております」
映像の中で、ラットの絶望的だったはずのバイタルサインが、奇跡的なV字回復を遂げていく。
「……詳細は、まだ解析の初期段階にあり、お話しできません。ですが、一つだけ言えることがあります。この液体は、我々が『病』と呼び、『死』と呼んできた、生命の絶対的な限界そのものを、過去のものにする可能性を秘めています」
次に、スクリーンに映し出されたのは、あの『魔石』だった。
「そして、これ。我々が、『太陽の欠片』と呼んでいる、この何の変哲もない鉱物。この石は、詳しい原理はまだ全くの不明ですが、人間の強い『意志』に呼応し、その内部から、クリーンで、そして実質的に無限のエネルギーを取り出すことができるという、驚くべき特性を持っています」
映像の中で、科学者が魔石を手に念じるだけで、電球が灯り、モーターが回り、水が沸騰していく、あの子供だましの手品のような、しかし紛れもない「事実」が映し出されていく。
「……エネルギー問題の完全な解決。それは、もはや夢物語ではありません」
長谷川は、そこで一旦言葉を切った。
そして、カメラの向こうにいる世界中の同業者たち――科学者たち――に向かって、語りかけるように言った。
「……我々は、まだこの偉大なる古代の叡智の、ほんの入り口に立ったばかりです。このアーティファクト群の中には、まだ我々の理解を遥かに超えた、無数の未知の奇跡が眠っています。その解析には、おそらく数十年、いえ、数百年という時間が必要になるでしょう。我々は、今、コロンブスが新大陸を発見した時と、同じ、あるいはそれ以上の巨大な未知の領域の、海岸線に立っているのです」
彼のその科学者としての純粋な、そして魂からの言葉は、いかなる政治家の演説よりも雄弁に、この発見の途方もない重要性を世界に伝えていた。
そして、ついに嵐のような質疑応答の時間が始まった。
世界中の腕利きの記者たちが、一斉に手を挙げる。
最初に指名されたのは、アメリカの大手通信社の、白髪のベテラン記者だった。
「総理! その話が、もし本当であるならば、これは人類史における最大級の発見です! ですが、だとするならば、なぜ、なぜ今までこの事実を国際社会に隠蔽していたのですか! それは、同盟国に対する重大な裏切り行為ではありませんか!」
その最も核心を突く、厳しい質問に対し。
答えたのは、宰善総理ではなく、官房長官の綾小路だった。
彼は、待ってましたとばかりに、背後のスクリーンに一枚の新たな画像を映し出した。
それは、風化した巨大な石板の拓本だった。
その表面には、古代の神代文字のような荘厳な象形文字が、びっしりと刻まれている。
「……お答えしましょう」
綾小路は、その石板をレーザーポインターで指し示しながら言った。
「これが、女王ホシミコの石室の、まさにその蓋として使われていた、『遺言の石板』です。我々が、この発見をこれまで公にしてこなかったのは、我々自身の意思ではありません。全ては、この石板に刻まれた女王ホシミコご自身の、厳格な御遺志に従ったまでです」
彼は、その碑文の解読されたという(もちろん、それもプロジェクト・キマイラが完璧に捏造したものである)一節を読み上げた。
『――我が遺産は、未来を救う力となるであろう。されど、その力はあまりにも強大にして、未熟なる者たちの手に渡れば、必ずや世界に新たな争いの火種を生むであろう。故に、我が後継者たる未来の日出ずる島の統治者よ。汝、その力が真に世界の安寧のために使われる時が来ると確信するまで、この神殿の存在を、決して、決して世に明かすことなかれ――』
そのあまりにも完璧な、そして反論のしようのない「言い訳」。
アメリカの記者は、ぐうの音も出ず、悔しげな顔でマイクを下ろした。
次に指名されたのは、中国の国営通信社の、鋭い目つきの女性記者だった。
「総理に、お伺いします! そのアーティファクトがもたらす偉大な技術を、日本は独占するおつもりですか!? それは、人類全体の共有財産であるべきです! 我が国は、日本政府に対し、その技術の即時、かつ全面的な情報開示を、強く要求します!」
そのあからさまな、挑戦的な物言いに対し。
今度は、宰善総理自身が、穏やかな、しかし一切の妥協を許さない笑みを浮かべて答えた。
「……もちろん、お気持ちはよく分かります。そして、我々もまた、この偉大なる遺産が、人類全体の宝であるべきだという認識を共有しております」
彼は、一度言葉を切った。
「ですが、考えてもみてください。今、我々の手にあるのは、まだ使い方さえ完全には分かっていない、神の火そのものです。それを、無責任に世界中にばらまくことが、果たして本当に人類のためになるのでしょうか? まずは、我々、発見者である日本国が、その責任において、この力の安全性と可能性を徹底的に検証、研究し、そしてそれを平和的に利用するための国際的な新しいルール作りを、主導していく。それこそが、今、我々に課せられた最も重い責務であると、信じております」
そのあまりにも正論で、そしてあまりにも巧みな外交的レトリック。
中国の記者は、それ以上食い下がることができなかった。
会見は、熱狂の内に幕を閉じた。
宰善総理は、最後にカメラの向こうにいる世界中の人々に向かって、力強く語りかけた。
「……我が国、日本は、今日この日、歴史の新たな一ページを開きました。ですが、これは決して我が国だけの物語ではありません。これは、人類が分断と対立の時代を乗り越え、共に新たなステージへと進むための、壮大な序章なのです。共に、歩みましょう。輝かしい未来へ向かって」
そのあまりにも美しく、そしてあまりにも偽善に満ちた演説が、世界中にリアルタイムで配信されていく。
ワシントンのホワイトハウス。
北京の中南海。
モスクワのクレムリン。
世界中の権力の中枢で、各国の指導者たちが、モニターに映る日本の総理大臣の、その自信に満ちた顔を、苦々しい、あるいは嫉妬に満ちた、あるいは計算高い目で見つめていた。
世界は、変わる。
誰もが、それを予感していた。
そして、その変化の鍵を、今この瞬間、極東のあの小さな島国が、完全に握ってしまったのだと。
その頃。
全ての元凶である男は。
東京、中野区の薄暗いワンルームマンションの、ゲーミングチェアの上で。
カップ焼きそばを、ずるずると音を立ててすすっていた。
彼の目の前の巨大なモニターの片隅に、小さく映し出された自分自身が引き起こした世界的騒動のニュース映像を、まるで他人事のように、ぼんやりと眺めながら。
彼の関心は、もはや巫女王ホシミコの悲劇の物語にも、人類の輝かしい未来にも、全くなかった。
彼の頭の中は、ただ一つ。
『Path of Exile』の新シーズンイベントで、昨日手に入れたあの伝説のユニークベルト『Mage blood』を、最大限に活用するための、新たなフラスコの組み合わせと、スキルツリーの最適な振り方のことで、いっぱいだった。
彼は、食べ終えたカップ焼きそばの容器を、床のゴミの山へと放り投げると、満足げに呟いた。
「……へー、なんか大変そうだな、政府も。……さてと。フラスコのクラフト、終わらせるか」
そのあまりにも呑気で、そしてあまりにもぐうたらな呟きは。
世界の歴史が、音を立てて軋み、新たな時代へとその重い扉を開けようとしている、その壮大なBGMのすぐ隣で。
誰に聞かれることもなく、ただ静かに、東京の夜の空気の中へと溶けて消えていった。




