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異界渡りを手に入れた無職がスローライフをするために金稼ぎする物語  作者: パラレル・ゲーマー


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第27話 【ゲーム的世界編】 冒険者たちの酒場

『賢者の乳鉢亭』の壮麗な扉を後にした新田にった はじめの心は、久しぶりに純粋な達成感と未来への確かな手応えで満たされていた。

 究極の生命保険。

 あらゆる傷病を癒すという奇跡のポーションの数々。そして、そのポーションを未来永劫優先的に供給してくれるという、天才錬金術師マスター・エリザとの強力なパートナーシップ。彼のスローライフ計画における最大の懸念事項であった「生物学的な脆弱性」というリスクは、今この瞬間、ほぼ完全に払拭されたと言ってよかった。

 彼の足取りは、自然と軽やかになる。

 空を見上げれば、先ほどまでいたSF世界の管理された空とは違う、どこまでも自然で僅かに雲が流れる穏やかな午後の空が広がっていた。街角のパン屋から漂ってくる香ばしい匂いが、彼の空腹を優しく刺激する。

 そうだ。仕事が終われば、腹が減る。

 どんなに壮大なプロジェクトを成し遂げた後でも、人間という生き物は結局のところ、美味い飯と一杯の酒でその成功を祝いたくなるものなのだ。

 創は、懐から一枚の羊皮紙を取り出した。そこには、先ほど別れた日雇い労働者の青年レオが、興奮気味の走り書きで記してくれた簡単な地図が描かれていた。

 目的地は、彼が「安くて一番美味い」と太鼓判を押していた庶民的な酒場。

 名を『樽鳴亭』という。


 レオの地図は、驚くほど正確だった。

 創は、中央広場の喧騒を抜け、職人たちが工房を構える、より生活感の漂う地区へと足を進めていく。石を叩くリズミカルな音、革をなめす独特の匂い、そしてあちこちの家々の窓から漏れ聞こえる家族の笑い声。この街が、ただポーションという奇跡の産物だけで成り立っているのではなく、地に足のついた人々の確かな営みによって支えられていることを、彼は肌で感じていた。

 やがて、目的の酒場がその姿を現した。

『賢者の乳鉢亭』のような洗練された気品とは無縁の、しかし長年この場所で多くの人々を受け入れてきたであろう、温かみと歴史を感じさせる二階建ての木造建築。壁は、エールのシミか、あるいは幾多の酔漢たちの喧嘩の跡か、黒ずんでおり、窓の格子も少しばかり歪んでいる。

 だが、その入り口の上に掲げられた、酒樽が陽気に転がっている様を彫った木彫りの看板は、実に楽しげで、道行く人々に「まあ一杯やっていけよ」と気さくに手招きしているかのようだった。

 扉の隙間からは、人々の陽気な笑い声と何かを炒める香ばしい匂いが漏れ出してきており、創の期待を否が応でも高めていた。


 彼は、店の扉に手をかけた。ギイ、と年季の入った蝶番の音がして、扉が開く。

 中へ一歩足を踏み入れると、むわりとした熱気と、エール独特の麦の甘い香り、そして濃厚な肉の煮込みと焦げたチーズの匂いが、彼を歓迎するように包み込んだ。

 店内は、想像していたよりも遥かに活気に満ちていた。

 太い梁が剥き出しになった高い天井。使い込まれて飴色になった巨大な木のテーブルと椅子が、所狭しと並べられている。壁には、巨大な猪の頭の剥製や、見たこともない鱗を持つ魚の魚拓、そしてあちこちが刃こぼれした剣やへこんだ盾が、無造作に、しかしどこか誇らしげに飾られていた。

 まだ夕食には早い時間帯だというのに、店内の席は八割がた埋まっていた。

 そして、その客層は創の予想通り、いや、予想以上に偏っていた。

 そのほとんどが、どう見てもカタギの人間ではなかったのだ。

 使い込まれて傷だらけになった革鎧や、鈍い光を放つチェインメイルを、普段着のように身にまとった男女。テーブルの脇には、人の背丈ほどもある巨大な両手剣や、不気味な輝きを放つ魔法の杖が、無造備に立てかけられている。

 彼らの会話は、大声で、下品で、しかし不思議なほどの生命力に満ち溢れていた。

「聞いたか! 西の『嘆きの沼』で、ついにリザードマンの王が出たらしいぜ!」

「はっ、だからどうした! 俺なんかこの前、『忘れられた鉱山』の最下層でトロルの群れに囲まれてよぉ……」

 冒険者。

 創が、かつてゲームや小説の世界でしか知らなかった存在。

 それが今、目の前で現実の人間として酒を飲み、飯を食らい、仲間と馬鹿話に興じている。

 そのあまりにもファンタジーな光景に、創は自分が本当に異世界に来たのだという実感を、改めて噛み締めていた。


 彼は、その喧騒をどこか楽しみながら、比較的空いていたカウンター席の一つに腰を下ろした。

 カウンターの向こう側では、店の亭主と思しき熊のように大柄な男が、巨大なジョッキをまるで玩具でも扱うかのように軽々と片手で洗いながら、客の注文を捌いていた。

「おい親父! 黒ビールもう一杯!」

「あいよ!」

 無骨で愛想はないが、その動きには一切の無駄がない。長年この場所で荒くれ者たちの胃袋を満たし続けてきた男の、確かな自信と誇りがその背中から滲み出ていた。

 創は、その亭主がこちらに気づくのを待って、静かに声をかけた。

「ご主人。注文いいかな」

 亭主は、ちらりと創に視線を向けるとその奇妙な服装に僅かに眉をひそめたが、すぐに「……なんだい」と地響きのような低い声で応じた。

「荷運びのレオっていう若い男にこの店を勧められてね、猪肉の黒ビール煮込みが絶品だと聞いたんだが」

 その「レオ」という名前に、亭主の険しい顔がほんの少しだけ和らいだ。

「……ああ、あのあんちゃんか。アイツもたまには役に立つことを言うじゃねえか。分かったよ。うちの煮込みは、王宮のシェフ様が食ってもひっくり返るほどの代物だ。後悔はさせねえぜ。エールはどうする?」

「もちろんもらおう。一番美味いやつを頼む」

「へっ、威勢のいいこった。あいよ!」

 亭主は、ぶっきらぼうにそう言うと、奥の厨房に向かって腹の底からの大音声で怒鳴った。

「おい! 煮込み一つ! それとエールだ! 今開けたばかりの樽からな!」


 やがて、木のジョッキになみなみと注がれた琥珀色のエールが、創の前にドンと置かれた。

 きめ細やかな泡が、豊かに盛り上がっている。

 創は、そのジョッキを手に取ると、一気に呷った。

「……くぅーっ!」

 思わず、声が漏れた。

 美味い。

 麦の豊かな香りとほのかな苦味、そして喉を通り過ぎた後に残るフルーティーな甘み。キンキンに冷えてはいないこの世界の常温が、むしろその複雑な風味をより一層引き立てている。

 彼がその味わいに感動していると、厨房から木の皿に乗せられたメインディッシュが運ばれてきた。

 猪肉の黒ビール煮込み。

 その一皿がカウンターに置かれた瞬間、創の周囲の空気が、濃厚な幸福の香りで満たされた。

 じっくりと何時間も煮込まれたであろう、巨大な猪の角切り肉。その肉は、艶やかな黒褐色のソースをその身にまとわりつかせ、ほろほろと今にも崩れ落ちそうなほどに柔らかそうだ。ソースの中には、人参や玉ねぎといった野菜が形を失うほどに溶け込んでおり、その上にはアクセントとして、緑色のパセリのようなハーブが彩りよく散らされている。

 立ち上る湯気と共に鼻腔をくすぐるのは、黒ビールの深いコクと肉の濃厚な旨味、そして食欲を暴力的に刺激する数種類のスパイスの複雑な香り。

 ラングローブ商会で扱っていたような超高級なものではない。だが、それは人々の生活に根ざした、温かく、そして力強い食の文化の香りだった。


 創は、フォークを手に取ると、その肉塊の最も柔らかそうな部分に、そっと突き立てた。

 抵抗というものが、全くない。

 フォークは、まるで熱したナイフがバターを切り裂くかのように滑らかに、肉の繊維の中へと吸い込まれていく。

 彼は、その一切れをソースにたっぷりと絡ませ、口へと運んだ。


 その瞬間、彼の脳が幸福の信号で焼き切れそうになった。

「…………美味いな、これ……!」

 彼は、誰に言うでもなく、心の底から呟いた。

 肉は、舌の上でとろけた。

 噛む必要など、全くない。濃厚な肉の旨味が、凝縮されたソースの深いコクと微かな苦味、そして野菜の甘みと一体となり、味覚の津波となって彼の全身を駆け巡る。

 そして、後から追いかけてくるピリリとした、しかし決して下品ではない香辛料の刺激。

「……香辛料も効いてて美味しい……」

 それは、食文化のレベルが低い世界では決して味わうことのできない、計算され尽くした庶民料理の「完成形」だった。

 創は、夢中になった。

 エールで口の中をリフレッシュし、そしてまた煮込みを頬張る。

 その無限に続けられると思える、至福のループ。

 彼は、この世界に来て本当によかったと、心の底から思った。


 創が、その絶品の煮込みとエールに舌鼓を打っている間も、彼の周囲では冒険者たちの活気に満ちた会話が、絶え間なく繰り広げられていた。

 彼は、食事を楽しむ傍ら、その会話の断片に、元プロジェクトマネージャーとしての情報収集能力を無意識のうちに働かせていた。

 彼の隣のテーブルでは、いかにも若手といった風情の男女四人組のパーティが、今日の稼ぎについて興奮気味に語り合っていた。

「いやー、今日の『ゴブリンの巣穴』は大当たりだったな! まさか奥であんなに大量の魔石が採れるなんてよ!」

 屈強な戦士風の男が、ジョッキを高く掲げて叫ぶ。

「本当よ! 私があの隠し通路を見つけなかったら、どうなっていたことか!」

 軽装の斥候らしき少女が、得意げに胸を張る。

「ふふん。私の火の魔法で最後のゴブリンシャーマンを仕留めていなかったら、危なかったけどね」

 ローブをまとった魔術師の少女が、すまし顔で言う。

「まあまあ、みんなの手柄さ。それより見てくれよ、これ! 換金所で計算してもらったらよ……今日だけで、なんと金貨一枚分を超えてたんだぜ!」

 パーティのリーダーらしき穏やかな神官風の男が、革袋から金貨を取り出して見せると、仲間たちから「おおーっ!」という歓声が上がった。

 創は、その会話を聞きながら、いくつかの重要なキーワードを頭の中のメモ帳に記録していく。

(……なるほど。この世界には『ダンジョン』と呼ばれる場所があって、そこにはゴブリンのようなモンスターが生息していると。そして、そのダンジョンから産出される『魔石』というものが、主要な換金アイテムになっているわけか。金貨一枚が、若手パーティの一日の稼ぎ……。あのレオの反応を考えても、やはり金貨一枚は、かなりの大金と見て間違いなさそうだな)


 カウンターの少し離れた席では、一人のいかにも歴戦の勇士といった風情の寡黙な男が、一人静かにエールを呷っていた。

 その男の背中には、彼の身長ほどもある巨大な剣が背負われており、その全身から放たれる近寄りがたいほどの威圧感は、周囲の陽気な喧騒とは一線を画していた。

 店の亭主が、その男の前に黙って新しいエールを置く。

「……また『古竜のねぐら』にでも行ってきたのかい、ギデオン」

 亭主のその低い声に、ギデオンと呼ばれた男は、ちらりと視線を上げただけだった。

「……まあな」

 彼は、短く答えると、新しいエールを水でも飲むかのように、一気に半分ほど飲み干した。

「……おかげで今日もこうして、美味い飯が食える」

 そのあまりにも平然とした、しかし重い言葉。

 創は、その会話に、背筋が少しだけ冷たくなるのを感じた。

(……古竜のねぐら……? ドラゴン討伐が、単なる伝説やおとぎ話なんかじゃない。この世界では、現実の『仕事』として当たり前に存在しているのか……。とんでもない世界に来てしまったもんだ)


 そして、創の耳に、最も興味深く、そして最も衝撃的な会話が飛び込んできた。

 それは、店の中心にある一番大きな円卓を囲む、中堅クラスと思しき五人組のパーティの会話だった。

 彼らは、一枚の広げられた羊皮紙を囲んで、深刻な顔で何やら議論を戦わせている。

「なあ、やっぱり俺、次のスキルポイントは『大地の怒り』のルートに進むべきだと思うんだよ。あそこの範囲攻撃(AoE)は、絶対に今後の集団戦で役立つはずだ」

 パーティの盾役である重装の騎士が、熱っぽく語る。

「馬鹿を言え、バルガス」

 それに応じたのは、弓を背負ったエルフのような鋭い目つきの射手だった。

「お前のビルドで今、火力を上げたって中途半端になるだけだ。それよりも先に、こっちの『鋼の意志』のノードを取って、耐久力を上げるべきだろう。お前が倒れたら、俺たちがいくら後ろから攻撃したって意味がねえんだぞ」

「む……。だが、そうすると火力不足が深刻になる……。そもそも俺のスキルツリーの振り方、最初の頃に少し間違えたような気がしてならんのだ……」

「今更そんなことを言っても、リセットはできねえんだから仕方ねえだろ!」

 創は、その会話を耳をそばだてながら、一言一句聞き漏らすまいと集中していた。

(……スキルポイント……? スキルツリー……? ビルド……? ノード……?)

 彼の頭の中に、雷が落ちたかのような衝撃が走った。

 その単語は、彼がかつて寝食を忘れるほどに夢中になったある一つのPCゲームで、毎日毎日、飽きるほどに目にしていた言葉そのものだったからだ。

 それは、彼の記憶の底に深く、深く刻み込まれている、あのあまりにも広大で複雑怪奇な星空のような、あの盤面。


 ダメ押しは、別のテーブルから聞こえてきた裕福そうな魔術師たちの一団の、愚痴めいた会話だった。

「やれやれ、最近また『連鎖稲妻』のスキルジェムの値段が高騰しているとは思わないかね?」

「ああ、間違いない。南方の宝石ギルドが供給を絞っているという噂だ。全く、足元を見られたものだよ」

「まあ、君ほどの稼ぎがあれば、それもはした金だろう?」

「違いない。いつものことさ。それに、あの殲滅力は何物にも代えがたいからな」

『スキルジェム』。

 その決定的なキーワードを聞いた瞬間。

 創の中で、全ての点と点が一本の揺るぎない線として繋がった。

 彼は、手にしていたエールのジョッキを、カタンと静かにテーブルに置いた。

 そして、誰にも聞こえないほどの小さな声で、呟いた。

「…………マジかよ」


 創は、食事を終え、二杯目のエールをゆっくりと時間をかけて味わいながら、先ほど得られたあまりにも衝撃的な情報を、頭の中で冷静に、そして体系的に整理分析し始めていた。

 彼の元プロジェクトマネージャーとしての、あの厄介な職業病がフル回転を始めていた。


【現状分析(As-Is)】

 この世界は、以下の要素によって構成されている。

 ① ダンジョン:ゴブリンやトロルといったモンスターが生息する迷宮状の空間。主要な資源である『魔石』の産出地。

 ② 冒険者:ダンジョンに潜り、モンスターを討伐し、魔石を採掘することを生業とする戦闘の専門家集団。

 ③ スキルツリー:人々が経験を通じて得られる『スキルポイント』を割り振ることで、自らの能力を体系的に強化していくための成長システム。

 ④ スキルジェム:特定のスキルを発動するための触媒となる宝石。市場で高値で取引されている。

 ⑤ その他:ドラゴンなどの極めて強力なモンスターも、実在する。


 次に、彼はその分析結果を、自らの持つ既知情報と比較検討した。

 彼の脳裏に鮮明に、あの星空のように無数のノードが広がるパッシブスキルツリーの画面が蘇る。

 そして、鎧や武器のソケットに赤、青、緑のスキルジェムを嵌め込み、自分だけの最強のビルドを構築するために、何百時間という時間を費やしたあの懐かしい記憶。

(……間違いない。この世界のシステムは、俺がかつて廃人のようにプレイしたあのハックアンドスラッシュ系のオンラインRPG、『Path of Exile』に驚くほど酷似している……)

 それは、もはやただの偶然の一致などという、生易しいレベルではなかった。

 スキルツリー、スキルジェム。そのあまりにも特徴的すぎるシステムは、これがあのゲームの世界そのものであるか、あるいはその影響を極めて色濃く受けたパラレルワールドであることを、雄弁に物語っていた。


 そして、彼はこの驚愕の事実が自分に何をもたらすかを、瞬時に分析した。

 SWOT分析。強み(Strength)、弱み(Weakness)、機会(Opportunity)、そして脅威(Threat)。

 まず、機会(Opportunity)。

 これは、計り知れないほどに巨大だ。

 もし、この世界が本当にあのゲームの法則に基づいているのであれば、俺はこの世界の他の誰にもない、圧倒的なまでの情報アドバンテージを手にしていることになる。

 効率的なレベルアップの方法。

 最強と呼ばれるビルドの組み合わせ。

 将来価値が暴騰するであろう、ユニークアイテムの隠し場所。

 複雑なパッシブツリーの、最短で最も効果的なルート。

 その全てを、俺は既に「知っている」。

 これは、もはやチートだ。


 だが、同時に脅威(Threat)もまた、同じくらいに巨大だった。

 第一に、この世界があのゲームと「全く同じ」であるという保証は、どこにもない。安易な知識の適用は、思わぬ落とし穴に嵌り、命取りになる可能性がある。

 第二に、そして何よりも、この世界の住人たちは、ゲームのキャラクター(NPC)などではない。彼らは、このドラゴンが空を飛び、ダンジョンが口を開ける過酷な環境で、日々命を懸けて生き抜いてきた本物の「プレイヤー」なのだ。

 それに比べて、俺はどうだ。

 確かに、魔法という規格外の力は持っている。

 だが、この世界の法則に関する限り、俺はただ知識だけを頭に詰め込んだ、レベル1の素人ニュービーに過ぎないのだ。


「…………なるほどな」

 創は、エールを飲み干し、静かに呟いた。

「……ここはダンジョンがあって、スキルツリーもスキルジェムもある……。まさに、ゲームみたいな世界なのか……」

 その認識は、彼に新たな、そして極めて魅力的な選択肢を提示していた。


 彼は、この世界のポテンシャルについて、思考を巡らせ始めた。

 この世界を、今後の自分のスローライフ計画にどう組み込むべきか。

(……ここに家をもつのも、アリだな……)

 その考えは、ごく自然に彼の頭に浮かび上がってきた。

(……何よりも、飯が美味いし……)

 彼にとって、それは何物にも代えがたい、最重要項目の一つだった。

 だが、メリットはそれだけではない。

 この世界は、彼の計画にとって理想的な「拠点」となり得る、いくつもの魅力的な要素を持っていた。


 第一に、経済活動の活発さ。

 ポーション産業も、商業も、そしてこの冒険者経済も、活気に満ち溢れている。生活に、不自由することはないだろう。

 第二に、圧倒的な情報アドバンテージ。

 先ほど分析した通り、ゲームの知識を上手く活用すれば、この世界での資産形成と安全確保は、他のどの世界よりも遥かに効率的に行える可能性がある。

 そして第三に、自己強化の可能性。

 この世界のスキルツリーやスキルジェムのシステム。

 これを自分自身にも適用することができれば、魔法とはまた全く異なる系統の「力」を、新たに手に入れられるかもしれない。

 それは、彼の「絶対的な安全」を、さらに盤石なものにするだろう。


 もちろん、デメリットもある。

 この世界は、本質的に危険だ。ダンジョン、モンスター、ドラゴン。スローライフという言葉とは、最も相性の悪い要素で満ち溢れている。

 だが。

(……まあ、いきなり永住を決める必要はないか)

 創は、結論を出した。

(SF世界アークチュリアが最高の『別荘』であり、『研究・保養施設』であるならば……。このゲームみたいな世界は、最高の『トレーニングジム』であり、そして新たなビジネスチャンスに満ちた『第二の仕事場』として、活用できるかもしれない)

 そうだ。

 危険なダンジョンに、自ら潜る必要はない。

 ゲームの知識を活かし、安全な場所で安く買い叩かれているが、将来価値が暴騰するであろうスキルジェムやアイテムに「投資」する。

 あるいは、最強のビルドの情報を、冒険者ギルドのような場所に高値で売りつける。

 やりようは、いくらでもあるはずだ。


 創の心は、決まった。

 この世界を、本格的に調査、そして「攻略」する価値は十二分にある。

 彼は、会計を済ませるため、亭主を呼んだ。

 そして、勘定を払いながら、さりげなく最後の情報を引き出す。

「ご主人。この街に、冒険者たちが仕事を受けたり情報を交換したりするような場所はあるのかい?」

「ああ? そりゃああんた、ギルドのことだろう」

 亭主は、当たり前だといった顔で、顎で広場の方角をしゃくってみせた。

「中央広場の市庁舎の隣だ。一番騒々しくて、一番血の気の多い連中が集まってる建物だから、行けばすぐに分かるさ」


「そうかい。ありがとう」

 創は、満足げに頷くと、酒場を後にした。

 外は、すっかり夜の帳が下り、街灯代わりに魔石を使ったであろう淡い光を放つランプが、石畳を照らしていた。

 彼の究極のスローライフ計画は、またしても思いもよらない方向へと、その舵を切り始めていた。

 だが、彼の心に不安はなかった。

 そこにあるのは、新たな、そしてあまりにも面白そうな「プロジェクト」を前にした、プロジェクトマネージャーとしてのあの懐かしい、燃えるような興奮だけだった。

 彼は、亭主に教えられた冒険者ギルドの方角を見据え、夜の闇の中へと確かな足取りで歩き出していくのだった。

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