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異界渡りを手に入れた無職がスローライフをするために金稼ぎする物語  作者: パラレル・ゲーマー


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第140話

 神は、不在だった。

 そして神の不在の間に、人間は自らの手で神話の続きを紡ぎ、そして新たな怪物を育て上げていた。

 尾張国、那古野城。

 その城下町の一角に、この二年で新たに築かれた巨大な鍛冶工房は、もはやただの工房ではなかった。

 それは、一つの神殿だった。

 日夜、炉の炎は絶えることなく燃え盛り、鋼を打つ槌の音は、まるで荘厳な儀式の祝詞のように、途切れることなく響き渡っている。

 そこで生み出されているのは、ただの刀ではない。

 主君である織田信長が、自らその神の如き剛腕で槌を振い、賢者がもたらした魔石の力で鍛え上げ、そしてあの呪われし能面『般若』との対話で得たという、鉄の魂を宿した魔剣。

 その噂は、風に乗って、瞬く間に日ノ本中を駆け巡った。

『――尾張に魔剣あり。その刃は、いかなる鎧も紙のように切り裂き、その切っ先は人の魂さえも断つという』

 そのあまりにもおぞましく、そしてどこまでも魅力的な伝説は、日ノ本中の腕に覚えのある、しかし燻っていた者たちの心を、強く、強く惹きつけていた。

 浪人、山賊、あるいは主家を失った武士たち。彼らは、その魔剣と、そしてそれを生み出した若き魔王の元へと、まるで光に吸い寄せられる虫のように、次々と集い始めていた。

 織田家の力は、日に日に、そして確実に、人の理を超えた領域へと、その版図を広げていた。


 その全ての始まりの元凶である男は、もちろん、その壮大な茶番劇を最高の特等席で観測していた。

 日本の山奥、創の理想郷ユートピア

 その究極のホームシアターの巨大スクリーンに、那古野城の鍛冶工房のライブ映像が映し出されている。

「………………はー……」

 創は、リクライニングチェアに深く身を沈め、フード・レプリケーターが生成した完璧な塩加減のポップコーンを頬張りながら、深い、深いため息をついた。

「…………いやー、面白い。……面白いけどさあ……」

 彼は、独りごちた。

「……あいつ、俺が言ったこと、ちゃんと覚えてんのかなあ……。『最高の刀匠が打った刀を百振り』って言ったんだけどなあ。……まさか、全部自分で打つ気か? ……効率、悪すぎだろ……」

 彼の、元プロジェクトマネージャーとしての魂が、そのあまりにも非効率な、しかしどこまでも信長らしいやり方に、静かなツッコミを入れていた。

 だが、その瞳の奥には、隠しようのない純粋な好奇心の色が浮かんでいた。

(……まあ、いいか。……あいつが、この世界のルールの中で、どうやって俺の無理難題オーダーをクリアしてくるか。……それを見るのも、このゲームの醍醐味の一つだしな)

 彼は、まるで新作の映画でも見るかのように、その若き魔王のあまりにも人間臭い悪足掻きを楽しむことにした。

 そして彼は、決めた。

 そろそろ、その舞台に新たなスパイスを投下する時が来たと。

「…………よし。……久しぶりに顔でも出して、ちょっかいかけてやるか」


 ◇


 その日の昼下がり、那古野城のあの神聖なる鍛冶工房。

 信長は、上半身裸になり、その神の力によって鍛え上げられた鋼のような肉体から汗をほとばしらせながら、巨大な槌を振っていた。

 キン、コーン、という澄み切った、そしてどこまでも心地よい音が、工房全体に響き渡る。

 そのあまりにも神々しい、そしてどこまでもストイックな光景を、工房の入り口で、二人の女性が静かに見守っていた。

 一人は、帰蝶。

 もう一人は、彼女の侍女だった。

 帰蝶は、その夫の姿を、どこか誇らしげに、そしてどこか心配そうに見つめていた。

 彼女の、その未来を視る瞳には、この男がこれから歩むであろう、血塗られた、そしてどこまでも孤独な覇道が、朧げながらに映っていた。

 彼女が、その夫の過酷な運命にそっと胸を痛めていた、まさにその時だった。

 彼女の背後、何もないはずの空間から、一つのあまりにも場違いな、そしてどこまでも呑気な声がした。


「――うむ。……なかなか精が出るのう、小僧よ」


「…………っ!?」

 帰蝶は、弾かれたように振り返った。

 そこにいたのは、一匹の黒猫だった。

 夜の闇そのものを吸い込んだかのように、艶やかな毛並み。そして、人の心の奥底までも見透かすかのような、神秘的な翠色の瞳。

 そのあまりにも唐突な、しかし彼女の魂がずっと待ち望んでいた存在の登場。

 帰蝶の、その巫女としての魂が、警鐘を鳴らしていた。

 だが、それよりも早く、槌を振るうのをやめた信長が、その声に気づいていた。

 彼は、その汗まみれの顔に、最高の、そしてどこまでも無邪気な子供のような笑顔を浮かべて振り返った。


「――おお、賢者殿! ……良いところに来られた! ……ご覧あれ! これが、貴殿の宿題への、我が答えにございます!」


 彼は、鍛冶場の水槽に浸されていた完成したばかりの一振りの魔剣を、誇らしげに掲げてみせた。

 そのあまりにも美しい、そしてどこまでも禍々しい刃の輝き。

 賢者は、その刀を一瞥すると、満足げに喉を鳴らした。

「……ほう。……なかなか見事な出来栄えではないか。……ワシの想像以上に、面白いものを作りおったわい」

 そして賢者は、初めて帰蝶の方へと、その翠色の瞳を向けた。

「…………して、信長よ。……その隣におるのが、噂の美濃の蝮の娘か」

「はっ! ……賢者殿、ご紹介いたします! ……我が妻、帰蝶にございます! ……帰蝶、こちらがワシが常々話しておる、神仏の化身、賢者・猫殿にございまするぞ!」

 信長は、まるで自慢の宝物でも紹介するかのように、誇らしげに言った。

 帰蝶は、その場で深々と、そして完璧な礼をもってひざまずいた。

「…………お初にお目にかかりまする。……賢者様」

 彼女の声は、震えていた。

 だが、それは恐怖からではなかった。

 それは、自らの運命を、そしてこの世界の全ての理を、その掌の上で転がしている絶対的な存在を前にした時の、根源的な、そしてどうしようもない畏怖からくる震えだった。


 彼女が顔を上げた、その瞬間、彼女の、その未来を視る巫女の瞳と、賢者の、その悠久の時を観測してきた神の瞳が、初めて真っ直ぐに交差した。

 その瞬間、帰蝶のその魂が、悲鳴を上げた。

 彼女の、その巫女としての魂が、目の前の黒猫の、そのあまりにも矮小な器の奥に広がる、本当の「何か」を垣間見てしまったのだ。

 それは、もはや魂ではなかった。

 それは、宇宙だった。

 始まりもなく、終わりもない、無限の時と空間そのもの。

 彼女の脳裏を、光の奔流が焼き尽くす。

 一つの恒星が生まれ、そして燃え尽き、超新星爆発を起こして新たな星々の塵となる、そのあまりにも壮大な輪廻。

 一つの銀河が別の銀河と衝突し、その形を変え、そしてやがては巨大なブラックホールへと吸い込まれていく、そのあまりにも静かで、そしてどこまでも無慈悲な終焉。

 永劫回帰。

 光り続ける恒星。

 無限に存在するブラックホール。

 そのあまりにも巨大で、そしてどこまでも超越的な存在を前にして、斎藤帰蝶という名の矮小な、そしてどこまでも儚い人間の魂は、まるで嵐の前の木の葉のように、ただ震えることしかできなかった。

「…………あ……。……ああ……」

 彼女の口から、声にならない声が漏れた。

 全身から、血の気が引いていく。

 呼吸が、できない。

 このままでは、この神の圧倒的な存在感の前に、自らの魂が圧し潰されてしまう。

 彼女が、本気でそう思ったその時だった。


「――うむ」

 賢者の、その穏やかな声が、彼女を悪夢の淵から引き戻した。

「…………『クラス・シータ』の因果律改変能力者、かのう?」

 クラス・シータ。

 その、彼女が一度も聞いたことのない、しかしどこまでも的確な神の分類。

「…………その権能は、どうやら『予知能力』に、かなり偏っておると見えるな」

 そのあまりにも全てを見透かしたかのような、神の鑑定。

 帰蝶は、もはや言葉もなかった。

 賢者は、その恐怖におののく哀れな巫女に向かって、まるで出来の悪い生徒に世界の最初の真理を教える教師のように、静かに、そしてどこまでも優しく語り始めた。


「…………帰蝶とやら。……お主は、まだ何も分かっておらんようじゃな」

 彼の声は、静かだった。

「…………解釈を、広げるのじゃ」

「…………かいしゃく……?」

「うむ。……お主のその力は、ただ未来を『見る』だけの受動的なものではない。……よいか? ……予知できるということはな、即ち、お主がこれから見るもの、そして見えるもの、その全てが、既に、お主の『手のひらの上』にあるということを、まず察せよ」

 そのあまりにも傲慢な、そしてどこまでも絶対的な神の視点。

「…………で、ありますか……」

 帰蝶の、そのか細い声。

「そうじゃ」

 賢者は、頷いた。

「…………未来が見えるのなら、過去もまた見えるのが道理。……なぜなら、お主が立っておる『今』という一点から見れば、未来も過去も、等しく繋がっておる一本の川の流れに過ぎぬからじゃ。……そして、その川の全ての流れを、その手にしているのなら、どうなる?」

 賢者は、そこで一度言葉を切った。

 そして彼は、この世の全ての理を超越する究極の、そして最も危険な福音を、その巫女の魂へと直接叩き込んだ。


「――全てを手にしているのなら、神にも成れる」


 神。

 その一言。

 帰蝶の、その魂が大きく、そして確かに震えた。

「…………まあ」

 賢者は、いつものように、そのあまりにも壮大な物語をあっさりと、そして無慈悲に日常へと引き戻した。

「…………そこまで自己を肥大化させるのは、ちと難しいがな。……まあ、出来ぬことではない」


 そのあまりにも気まぐれな、そしてどこまでも悪魔的な神の天啓。

 帰蝶は、もはや何も言うことができなかった。

 彼女は、ただ目の前のこの神が、自分に何を与えようとしているのか、そのあまりにも巨大すぎる意味に、ただ打ち震えるだけだった。

 それは、呪いか。

 あるいは、祝福か。

 その答えを、まだ彼女は知らない。

 だが、彼女の物語は、今この瞬間、新たな、そしてより危険な領域へと、その第一歩を踏み出してしまった。

 そのあまりにも壮絶な、そしてどこまでも美しい魂の変容の瞬間を、信長は、その隣でただ静かに、そしてどこまでも楽しげに見守っていた。

 彼の魔王の如き貌には、一つの確信が浮かんでいた。

(……面白い。……面白いぞ、帰蝶。……お主は、ワシの最高の妻であると同時に、最高の『玩具』にもなりそうじゃな)

 神と、魔王と、そして巫女。

 三つの、あまりにも異質な魂が交差するこの戦国の世。

 その物語は、もはや誰にも、たとえそれを始めた神自身にさえも、その結末を予測することはできはしない。

 混沌の歯車は、今、確かに、そして大きく回り始めていた。



ついにストック切れました!…日本異世界開拓編か火星開拓編か今までの異世界振り返りとか治癒魔法普及編とか迷ってますが希望があれば下さい。

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― 新着の感想 ―
いつも楽しく読まさせていただいております。日本異世界開拓編が押しです。
日本異世界開拓編ですね。 一番面白いことになりそうだし。
日本異世界開拓編が凄く読みたいです!
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