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勇者の知恵の使い方  作者: 霜戸真広
剣聖と巨亀
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『勇者と巨亀』終幕

 『アルサイムの貯蔵庫』に物を収納する条件は、俺がそれをイメージして名前と共に『内に呑みこめ』というキーワードを呟くこと。

 イメージさえできていれば見えていなくても出来るはず。

 そのはずだが叫んだ声が掻き消えたにもかかわらず、本に収納できた兆候はない。

「くそっ、失敗――」

 最悪の結果を想像した瞬間、その感覚が本から伝わってきた。

 つまり、収納完了の手ごたえだ。

「よっしゃ……よっしゃああああああああああああ」

 一瞬よく分からなかったけど、これ倒せたんだよな。あの巨亀を、剣聖ですら殺しきれていなかったバケモノを。俺が倒したんだよな。

 そうだ、シズネ。シズネは大丈夫か。

「……わよっ!」

 振り返った俺に見えたのは、何故か慌てた様子のシズネ。すごい勢いでこっちに飛んでくる。

 近づくにつれて声が届くようになった。

「落ちてるわよっ!」

「ああ、落ちているって言ってたのか。え? 落ちてる」

 その瞬間浮かれていた俺の頭が冷めていくのが分かった。

 『アルサイムの貯蔵庫』の特性。収納した物の重量分だけその重量を増す。巨亀の魔石を収納する前からかなりの重量だったことを考えれば、今の本はかなりのモノだろう。

 そしてそれはシズネに射出された勢いを打消し、少し掛けられていた風精霊の加護すら無視して甲羅へと俺を引っ張った。

 これ、ぶつかったら間違いなく死ぬぞ。

 恐怖でぎゅっと目をつむる。

 ああ、よく考えれば今の人生それほど悪いもんじゃなかったな。元の世界では何にもなれない人間だったけど、こっちに来てからはそんな俺にもやれることがあった。

 アルトに出会えたおかげで俺はやるべきことが見つけられたし、シズネのおかげで勇者であるということを知れた。ティアのおかげ……ティアのせいでいい出会いがいっぱいだった。

 メリデューラさんは見知らぬ俺たちのことを優しく受け入れてくれたし、ルンカーさんのおかげで俺は強くなれた。ギルはその陽気さで俺を助けてくれたし、アグリエラが作った服はアルトによく似合ってて、あんときのアルトは本当に可愛かったな……。

 あれ?

 走馬灯って意外と長いもんなんだな。

 それじゃ……

「まだ死んでないわよ。てか、重い! 早く本をどうにかして」

「えっ! シズネ!」

 シズネがどうにか俺に追いついて支えてくれているようだ。ただ本の重さに耐えきれず、浮かすことも出来ないらしい。どうにか甲羅の上から外れることで落ちる距離を作って何とか地面に激突するのを防いでいた。

 って考えてる場合じゃねえ。

「戻れっ!」

 別に叫ぶ必要はないんだけど、慌ててたせいで叫んじまった。そしてその後はもう御馴染みの感覚。すっと頭の中に本が収まっ……でゅえええええええええ。

 一気に急上昇したかと思うと、一瞬で自由落下を始める。

「シ……シズ……シズネ!」

「急に、本を消さな、いでよ。出力とか、バランスが……崩、れて、上手く飛べ、ない、のよ」

 そして俺たち二人は盛大に空中を何回転もして飛びまわったかと思うと、地面に激突した。


「いててて、よく生き残れたな俺達」

 最後何か大きな力を感じたから、シズネを加護する智の精霊、リオ・何たらってのが助けてくれたんだろ。

 そういえば何で真っ暗なんだ?

 シズネの姿も見えないし。

「おい、どこだ。シズネ」

「ひゃっ! ちょっと変な所に息かけないでよ。それにさ、触ってる」

 ん? 意外と近くで声が聞こえる。それに何だか……手に触れた感触が……柔らかい?

 むにゅむにゅ。

「もう、いい加減揉むのをやめなさい」

 げふっ。

 腹部にいい一撃が入った。この痛みは杖だ。

「急に何するんだよ、シズネ。俺が何を……し、た」

 女の子座りしたシズネが鳴きそうな顔で蹲っている。

 トレードマークになっていたローブは大きく捲れ上がり、片手で胸の辺りを隠している。

 ふむ。何が起きたか冷静に考えてみよう。

 もみくちゃになって飛んでいた俺たち。いつしか俺はシズネのローブに頭を突っ込む形になって、さらに振り落とされないようにと掴みごたえがある所を握りしめたと。

 ああ、かの有名なラッキースケベっていう奴だな。うん。

「えーと、意外といい物を――」

 すぱっ。

「お持ちで……」

 胸を隠したのとは反対の手で杖を持ったシズネが風の刃を発生させた。左側の髪の毛が宙を舞う。

「そ、それが遺言でいいのね。カッター」

「ちょ、それはシャレにならない」

 痛みをこらえて俺は走った。シズネの杖からいくつもの風の刃が放たれる。

 あんなのに当たったら死ぬぞ。何で巨亀を殺してからの方が、死の危険を感じてるんだよ。

「おい、シズネ。あれは事故だろ。それにほら見てみろよ、巨亀が倒れていくぞ」

「事故……そうね。それなら私が偶然出した風の刃であんたの腕とかがとんでも事故よね」

 そ、それは……殺人だ!

 ゾクリとした。次に放たれる奴は避けられないと感覚的に分かった。

「カッ――」

 しかし、シズネの魔法は発動しなかった。

 何故なら地面が脈打つように揺れたから。

 それはまさしく巨亀が死んだ瞬間だった。魔法を使うためのコアを抜き取られ、体を支えるための魔法も使えなくなった故の死。

 それは伝説の終焉にふさわしい天変地異だった。

「この程度で逃がしはしないわよ。待ちなさい、サトル!」

 いい感じにまとまったんだから、お前も空気を読めよ!

「誰が待つか!」

 草原に何故かいた一座のみんなとアルトに再開するまで、俺とシズネの追いかけっこは続くのだった。


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