大抜擢
「俺は何故こんな恰好をしているんでしょうか」
「似合ってますよ、サトルさん」
ため息ついて今にも逃げ出したいような憂鬱な気持ちになっている俺と違って、アルトは元気いっぱいだ。
そりゃそうだ。今まで一杯練習してきたもんな。楽しみでしょうがないんだろう。
人見知りで、劇の練習も最初はおっかなびっくりだったのに、成長したな。アルト。お兄さん、ちょっとさびしい。
「もうすぐ劇が始まるよ。みんな準備は出来てるかい」
メリデューラさんが気合を入れるために、一座のみんなを集めていた。
そしてメリデューラさんが現実逃避している俺を見逃すはずもない。
「みんなも知っている通り、今日の主役はサトルだ。失敗は全員でカバーするよ」
「ははは、失敗を前提とするなら俺じゃなくてもいいだろうに……」
そんな俺の言葉をメリデューラさんが聞いてくれるはずもない。
自分の格好を見下ろしてみる。動きやすく、それでいて見栄えがいい様につくられた劇用の衣装。
ああ、何で俺が剣聖の役をやらなくちゃいけないんだ!
その理由は今朝のことである。
「怪我をしたってどういうことだい、ギル」
朝飯で一座全員が集まったところで、ギルが申し訳なさそうに座長の前に土下座していた。
何だなんだと、俺含め野次馬が集まってくる。
「いや、昨日夜に地震がありましたでしょう。その揺れでベッドから落ちまして……」
あはははは、とギルは笑っているが、メリデューラさんの目が怖い。野次馬は一瞬で逃げ去る。
俺も逃げようと、振り返った時、
「サトル、ちょっとここに残りな」
「……はい」
逃亡失敗。他の面々は少し遠いところから面白そうにしてやがる。恨んでやる。
「まず、ギル。確か私たちの泊まった宿は雑魚寝だったと思うんだが、サトル間違ってるかい」
「いえ、合ってます」
こ、怖い。何故か俺まで悪いことしたみたいじゃないか。
後で絶対にギルになんか奢らせてやる。
「それならどうやってベッドから落ちることが出来たのか、説明してもらおうか、ギル」
流石のギルもここで言いわけを言うほど馬鹿ではなく、正直に話した。
まあ、思った通り女の子と楽しめる店に行ってそのままお持ち帰り。彼女の家のベッドでお休みだったということらしい。
「自業自得だな」
「そりゃねえよ、サトル。お前にはアルトの嬢ちゃんがいるかもしれないが、俺には誰もいないんだぜ。こんな時ぐらい羽目を外したって良いだろ」
「なっ、別に俺はアルトのことをそんな。っていうか、俺達はそんな関係じゃ……」
「はあ? まだ何もしてねえの。男としてどうかと思うぞ」
と、ついギルの話にのっかて、ギャーギャー騒いでしまった。そっと横を向くと、怖い怖い般若様が……。
ゴツン。
「「いでっ!」」
メリデューラさんがいつもくわえているキセルによる一閃。
なんつう痛さだ。本当にキセルかよ。
ギルと二人して頭を抱えた。
「状況分かってるか、お前ら」
「「は……はい」」
震える声がかぶさった。
「まず、ギル。本番前日まで夜遊びとは感心しないが、それはまあいい。個人の問題だ。だけど」
キセルでくいっと顎の下から顔を上げさせられるギル。まるで蛇に睨まれた蛙のようだ。特に汗がだらだら垂れている所なんか、蛙そっくり。
「一座のみんなに迷惑をかけることはするな。少しの間はただ働きだ。いいね」
そう言ってメリデューラさんはキセルを下ろした。
「そんな~」
というギルの声は、もう一度鳴ったゴツンという音で止められた。
「それで怪我ってのはどんなもんなんだい。舞台に立てないほどかい」
「ええ、右手を捻っちまったようで」
うわっ、痛そ。
差し出されたギルの右手首が赤く腫れ上がっていた。
「これじゃ剣が持てないね」
「ええ、剣舞なんかは出来そうにありません」
今回の劇で剣を振れなかったら何もできない。
代役を誰か選ぶんだろ。やっぱり強いし何でもできるし、副座長のルンカーさんだろうか。
「よし、サトル。お前がやんな」
「はい?」
俺の予想は外れて、何故か俺が主役に大抜擢されたのだ。
回想終了。
思い出したら頭がジンジンしてきた。本当にあのキセルは何製なんだろう。
「サトル、頼んだからね」
「……何で俺なんですか、メリデューラさん」
「あら、あの子を取られたくなかったならちょうどいいだろ。それに控えにしとくって言ってあったろ」
確かに、ギルに嫉妬してそんな風になった時もあったけど、もう忘れたい過去。若干黒歴史だ。
「でも……他にもルンカーさんとかいるじゃないですか。わざわざ俺じゃなくてもいいでしょ」
「ルンカーは駄目。大根役者だからね。それにギルとは体格が違うから、服を用意できないよ」
体格だけなら他の人にと食い下がろうとしたけど、
「それだけじゃない。アルトと練習してたあんたならセリフも大丈夫だし」
そりゃもう。二人の時間を作るのに精いっぱいでしたから。
「ずっとアルトの練習を見てたあんたなら、立ち位置も見て覚えているだろう」
……そりゃ、アルトが練習してりゃ目が行くのはしょうがない。
「最後に練習ほとんどなし、ぶっつけで剣舞できるのも」
そこで一度言葉を切って、俺の顔を覗き込む。
やばい、メリデューラさんのはちきれそうな胸が……近くに……。
「あんんただけだからね」
そう言って離れてしまった。……残念。
でもまあ、確かに俺しかできなさそうだというのも理解した。
「ああもう、分かりましたよ。失敗しても知らないですからね」
と言った俺に、メリデューラさんは妖艶な笑みを見せながら言い切った。
「お祭りだからね。失敗するならお客さんを盛大に笑わせてきな」
そこまで言われたら、覚悟を決めるしかない。
舞台端で出番を待つアルトの下に俺は向かった。




