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Our Story  作者: NeRix
水の章 第三部
95/481

第九十話 同じ思い【ルル】

 アリシアがいつもよりも早い時間にルージュを迎えに来た。

かなり急いで走ってきたのか顔が赤い。


 「今日は早いわね。何か用事でもあるの?」

「ニルスが・・・戻ってきたんだ。今夜はルルの店に仲間たちと行くと言っていた」

え・・・。

 「は?あたし聞いてないよ。いつ戻ってきたの?」

「二日前だと言っていた。・・・私も今日初めて知ったんだ」

旅立って二年と少し・・・なんとなく故郷を思ってもおかしくはない・・・のかな?


 「・・・まさか、あんたに会いに?」

「まだ事情は話せない・・・だが、また戦場に出るためだ」

アリシアは俯いた。

 あの子が自分から戦うために?旅をしている間に何があったんだろう・・・。

 「あんたも来るってこと?ルージュはどうするの?まだお昼寝してるけど・・・」

「ウォルターさんの家に預けていいと・・・そうしろと言われた」

なるほど、今はそれがいい。

 まだ母親とお兄ちゃんはまだどうにもなっていない。だから会わせてもルージュが戸惑う・・・そんな再会は絶対ダメだ。


 この感じだと、会ったけど仲直りはしていない。

でも・・・一応聞いておくか。


 「ニルスとはお話しできた?」

「・・・」

アリシアは答えなかった。

やっぱりか・・・親のあんたがそんなんでどうすんのよ。

 「いいわ、とりあえず少しは話せるようにあたしも動くから」

「すまない・・・」

まずはルージュを起こすか・・・。



 「・・・また・・・あえる?」

ルージュはあたしのベッドで気持ちよさそうに寝ていた。

起こすのがかわいそう・・・。


 「おにいちゃん・・・」

「え・・・」

「おかし・・・おいしいね・・・」

寝言か・・・。


 ニルス、ルージュはお兄ちゃんが欲しいんだって。

それも、あなたみたいな・・・。



 アリシアは、ルージュが起きると急いで家に向かった。


 あたしも早めに店に出ないといけない。たぶん・・・戦士がいっぱい来る。

きのう負けたからしばらく静かかなって思ってたけど、あの子が帰ったんならかなり集まるはずだ。


 ふふ、ニルスになにか作るのは久しぶりだな。味が落ちたなんて思われないようにしないと。

・・・でも、あの子が本当に好きなのは母親が作ったものなんだけどね。


 あ・・・参ったな。こんなことあると思わなかったから、仕入れを減らしてた。

・・・もう出て、頼んでから店に行こう。



 「急にどうしたんですか?」

「今日はお客さんがたくさん来てくれそうなの」

突然の注文だったけど、グレンは届けに来てくれた。

・・・なんか悪いな。


 「なんだか、今日のルルさんは嬉しそうですね」

「え・・・そうかな?」

「いつも以上に魅力的に見えます」

「・・・ありがとう」

まだ答えは待たせたままだ。


 想いを伝えられてから半年も経ってしまった。

それでもグレンは待ってくれている。

 『えっと・・・料理はおすすめでお願いします』

『お酒は飲む?』

『えーと・・・果実で割ったものを。前に作っていただいたのがおいしかったので』

『ありがとう。待ってて』

たまにお客さんとしても来てくれている。答えを急かしにとかじゃなくて、距離を縮めるために・・・。

どうしてもあたしがいい・・・その気持ちは本物なんだろう。


 「グレン君・・・まだ、あたしを待ってる?」

わかってるけど聞いてみた。

そろそろ、あたしも苦しい・・・。

 「・・・待っています」

「ごめんね・・・。あなたを弄んでいるとか、そういうのじゃないから・・・」

「わかっています。では・・・また」

「うん・・・急だったけど来てくれてありがとう。明日はいつも通りにお願いね」

期待を持たせるくらいはしてもよかったかもしれない。


 ただ・・・あの子が胸をよぎる。

アリシアとちゃんと話せてないってことは、まだ幸せじゃない可能性がある。そうだったら・・・なんとかしてからじゃないとダメだ・・・。



 「・・・早かったわね」

「ああ、まだ誰も・・・来ていないみたいだな」

下ごしらえが終わり、お店の子たちがすべてのテーブルを拭き終わった頃、母親は誰よりも先に現れた。

ニルスより後に来るのは恥ずかしかったみたいね。


 「ねえアリシア・・・本当に帰ってきてるの?」

とりあえず準備はしたけど、なんだか実感が無い。

 「ああ、さっき伝えた通りだ」

いるんなら、早くあたしの所に来てほしい・・・。

先にお母さんと会ったのは仕方ないけど・・・あ、ていうか・・・。


 「ねえ、朝はあんまり話せなかったみたいだけど、おかえりって言ってあげたの?」

顔を見れば、どうだったかはわかるけど・・・。

 「・・・言えなかった」

「なにしてるんだか・・・あの子の日記を見たでしょ?どうするかはもうわかってるんでしょ?」

あれにはニルスの気持ちが書いてある。どうしてほしいのかも全部だ。

 抱きしめて『母さんはニルスが戻ってきてくれて嬉しい』って、それだけでうまくいきそうなんだけどな・・・。



 「あ・・・アリシア様。よかった、来てくれたんですね」

カウンターの奥でグラスを磨いていると、赤毛の女の子が店に入ってきた。

後ろには若い女性、そして小さな男の子とおじいさんがいる。

 ・・・見ない顔だ。

じゃあ、あれがニルスの仲間・・・。


 「同じね・・・」

四人の中で一番目を引くのは落ち着いた雰囲気の女性。

アリシアと同じ髪色・・・あの家族以外で初めて見た。



 「訓練場の食堂はタダで使えるんだよ」

「けっこうおいしかったから、みんなで食べに行こうよ」

「・・・まるで料理店に行くような言い方じゃな」

「そんなにおいしいなら私も行ってみたい」

四人は奥にあるテーブルにつき、楽しそうにお喋りを始めた。

あの中にニルスがいるのはあんまり想像できないな。

・・・気になる。


 「あれがニルスの仲間たち?」

まずアリシアに聞いてみた。

朝に顔を合わせてるんだもんね。

 「そうらしい・・・」

らしいってなによ。さっきも話してたじゃない・・・。

 「なんか変な組み合わせね。小さい男の子におじいさん・・・でも女の子は二人ともかわいい。あの子の趣味なのかな?」

話しに行けばいいのに一人で座っちゃって・・・。


 「あっちの子の髪・・・あんたたちと一緒よね?」

「・・・気になるなら聞いてみたらいい」

母親のあんたが興味持たないでどうすんのよ。

まあいい・・・あたしが先に情報を仕入れてやるか。

 「ふーん・・・そうするわ」

あたしも話したいしね。


 ニルスは、アカデミーがあんまり好きじゃなかった。

友達も作らなかったみたいだから、あの子たちとどう接していたのかが気になるところだ。



 「いらっしゃい、ここの店主のルルよ。みんなニルスと仲良くしてくれてありがとうね。一人一人名前を教えてほしいわ」

「・・・」「・・・」「・・・」「・・・」

あたしが話しかけると、四人は笑顔で応えてくれた。

あれ?今のはアリシアが言わないといけないんじゃ・・・まあいいか。


 「あたしミランダって言います。ニルスからルルさんの話を聞いてて、お喋りしたいって思ってました。でも、今日はおいしい料理とお酒も楽しみでーす」

最初に答えてくれたのは明るい女の子だった。

 こんな子といたら、ニルスも少しは笑えるようになっているのかな。うーん・・・ムチムチしてていい体だ。

 「ミランダね。そういえばお酒を飲む子は他にいる?」

「少しいただきます。・・・私はステラといいます。昔のニルスのこと、教えてくださいね」

あの親子と同じ髪色の女性も名乗ってくれた。

 ステラか、ここまで綺麗な人間は初めて見たかも・・・。

髪の毛のことは、あとで聞いてみよう。


 「儂はヴィクター。・・・色々種類があるようじゃが、酒はニルス殿が来てからいただこう」

おじいさんがお酒の棚を見つめた。

 不思議な雰囲気・・・戦士に近いけど、それよりもずっと落ち着いてる。

なんでニルスと旅をしてるのかしら?


 「僕はシロ、ねえねえ甘いお酒はある?お菓子みたいなの」

かわいい男の子が上目遣いをしてくれた。

髪の毛はミルク色・・・これも珍しいな。

 「お酒は・・・あなたにはまだ早いわね」

「え・・・じゃあ、おいしいのがいいな」

「そしたら、苺ミルクを作ってあげる」

「それがいい」

本当にかわいい・・・。

あれ・・・でもなんでこんな子どもが一緒なんだろう?


 「ねえシロくん、歳はいくつなの?」

「え・・・憶えてないや。でも、ここにいる誰よりも年上だよ」

「本当に?一番年下に見えるけど」

「本当だもん」

・・・ちょっと変な子ね。

ここは大人に聞くのがいいか。

 「誰かの家族なの?」

「え・・・あー、シロは・・・」

ミランダは困り顔だ。

説明しづらい?あ・・・もしかして孤児とかだったかな・・・。


 「いえ、いいわごめんね。シロくん、今日はおいしいのいっぱい作ってあげる」

「わあ、ありがとう」

なにか事情があって一緒にいるのはたしかだ。

 ニルスは優しいから、一人ぼっちで泣いていたこの子を引き取ったのかもしれない。

・・・別の話に変えないとな。


 「ねえ、みんなから見てニルスはどんな子?仲間から見た姿を教えてほしいの」

あ・・・これもアリシアがしなきゃいけない話なんじゃ・・・。

まあ、あたしも母親みたいなもんだしいいかな。


 「なんか聞かれると難しいな・・・でも、一緒に旅してると楽しいんです。それと、あたしが初めての仲間なんですよ」

またミランダが一番初めに答えてくれた。

ニルスが女の子を・・・。

 「どんな出逢いだったの?」

「え・・・あたしが山でお腹減って困ってたらニルスが通りかかって・・・」

「あはは、おもしろい出逢いね。それで助けてもらったんだ?」

困ってる人がいたらそうするだろうな。


 「いやー・・・最初は色仕掛けでいこうと思ったんですけど、逆に警戒されて突き放されちゃって・・・」

ミランダはかわいくはにかんだ。

・・・そっか、たぶん経験ないから怪しんだのね。

 「でも最後は助けてくれました。そこで名前を聞いたらアリシア様の息子ってわかって・・・あたしずっと憧れてたから運命かもって思って強引に付いてきました」

「でも、今はニルスと一緒にいて楽しいんでしょ?」

「はい、あの時通ったのがニルスでよかったです」

アリシアに憧れててか、それならたしかに運命的ね。

・・・旅もおもしろそうだな。


 「僕はニルスのこと大好きだよ。強いし、色々何とかしてくれそうで頼りになるんだ。僕もニルスみたいになりたい」

シロが嬉しそうに話してくれた。

 ・・・ああ、アリシアに聞かせてやりたい。

この子との出逢いも聞きたいけど、もう少し仲良くなってからにするか。


 「ニルス殿はなんというか・・・まだ少年じゃな。しっかりしているように見えて危なっかしい」

ヴィクターさんは真面目に答えてくれた。

なるほど、本質は変わっていないみたいね。でもこの人は・・・。

 「ええと、ヴィクターさんはなぜニルスと旅を?」

「・・・まだ話せん。言える範囲じゃと、儂を負かしたからじゃ」

このおじいさんは負けたらついてくるの?・・・それだとニルスも大変ね。


 「私は・・・ニルスを愛しています。とても魅力的な人なので」

ステラは頬を染めて教えてくれた。

え・・・。

 「えっと・・・ニルスもあなたを?」

「はい、愛していると言ってくれました。・・・戦いが終わっても一緒だとも」

これは予想外だ。

 ステラの様子だけ見ると、二人は結構いい感じみたい。

アリシア、ニルスを取られちゃうかもよ・・・。


 「僕も言ってもらったよ」

「あたしもだけど・・・」

「儂はまだじゃな・・・」

あれ・・・みんなに言ってるの?わからなくなってきた。

本人が来たら聞いてみるか。



 「あ、おじさん待ってたよ。あたしたちの代金よろしくねー」

みんなの話を聞き終わったところで、ウォルターさんがアリシアを連れて横のテーブルに座った。

母親なんだから自分から来ないといけないのに・・・。


 「・・・たしかに約束したけどさ。会った初日だぞ?ちょっと悪いなーとか思わないか?」

「別に・・・」

「小娘かと思ったらとんでもねえ魔女だな。・・・好きなもん頼め」

「というわけでーす。ステラもおじいちゃんも遠慮しないでね」

ウォルターさんとミランダはもう仲良しみたいだ。


 「ルルちゃん、前金だ・・・」

ウォルターさんが囁き、あたしの手に銀貨を握らせてきた。

 「え・・・めずらし・・・」

そっと手を開くと、一緒に小さく折りたたまれた紙があった。


 『ミランダとシロは親子を仲直りさせたい』

なるほど・・・あとで呼び出すか。


 「ルル殿を注文したい」

銀貨と紙切れをしまって顔を上げると、ヴィクターさんがいやらしい目であたしを見ていた。

 「あはは、悪いですけどあたし年上は好みじゃないんですー」

「残念じゃ・・・なら、この店で一番高い酒をもらおうかの」

あ・・・仕事忘れてた。

 「任せてください、裏から持ってきます」

あたしは席を立って裏口へ向かった。

一番上等なお酒は、出ない日もあるからまだ倉庫だ。


 いい子たちだけど・・・ステラだけ気になるわね。

彼女はアリシアを冷めた目で何度か見て・・・いや、睨んでいた。

 色んな客を見てきたからなんとなくわかる。

彼女が今日ここで見せている顔はよそゆきのものだ。本当の自分は信頼している仲間たちの前だけでしか見せない。


 その内なにかありそうな気がする。

・・・あたしからはなるべく刺激しないようにしよう。



 「・・・ルルさん?」

倉庫から出ると聞き憶えのある声に呼ばれた。

薄暗くて姿はぼんやりだけど、わかるよ・・・。


 「ふふ、どうしてお店じゃなくて裏に来たのかしら?あら・・・背も伸びたわね」

「なんとなく・・・ルルさんと少し話したいなって思って」

「なら、この街に戻ってすぐに来ないといけないんじゃない?二日前って聞いたわよ」

「あはは・・・まあ・・・会いたかったんだけどさ・・・」

ニルスの声は旅立ちの時と同じだ。


 昔からそうだった。

この子は人によって声色が変わる。

 ニルスは苦手だったり関わりたくない人には無感情な冷たい声、それ以外には柔らかく暖かい声になる。

アリシアには強がって冷たい声だったけど・・・。

 『アリシア・・・ありがとう』

あの時だけは違ったっけ・・・。


 「あなたの仲間たちとお話ししたよ。みんなもう来てる」

「オレが最後か・・・旅で出逢ったんだ。大切な仲間だよ」

「ええ、いい子たちね。あなたからもみんなのことを聞きたいわ」

お酒はもう少しだけ待たせよう。あたしだって話したいんだから・・・。

でも「おかえり」だけは、母親に譲らないとな。


 「例えば・・・女の子のこととか。かわいい子を二人も連れてるのね」

「・・・なんか変なこと言ってた?」

「ステラって子はニルスを愛しているって言ってたわよ。どういうことなの?」

「あ・・・えっと・・・」

ニルスはちょっと困った感じだ。

でもこの子は・・・。

 「みんな好きだけど、ステラは・・・特別かな」

聞けば正直に教えてくれるのよね。

たぶんアリシアの質問でも・・・。


 「あたしみたいに抱きしめてくれたの?」

「ステラだけじゃない、みんなオレに寄り添ってくれるんだ」

んー・・・もっと聞きたいし、ルージュのことも話したいけどそろそろ戻らないと・・・。

でも、あと一つだけ・・・。


 「ねえニルス・・・戦場に出るって本当なの?」

これだけは今知りたい。

 この子はそれが嫌だったのに、そのために戻ってきたっていうのはどういうことなんだろう・・・。

 「うん・・・出る」

「・・・どうして?」

「・・・戦場を終わらせるんだ。本当は詳しく話したいけど、まず王に説明しないといけない。・・・ちょっと待っててほしい」

「・・・王?」

なんだ・・・どうなってるの?

この子は、旅で何をしてきたの?


 「・・・大丈夫、自分で決めたんだ」

「自分で・・・」

「守りたい人がたくさんいる。もちろんルルさんも・・・」

ニルスがあたしを抱きしめてくれた。

・・・暖かい。

 「だから・・・心配しないで」

「ニルス・・・」

嬉しい・・・嬉しいんだけど、アリシアには絶対してないよね・・・。

浮気してるみたいでちょっと罪悪感が湧くな・・・。


 あ・・・もしこれをグレンが見てたら傷付くのかな?

いや、息子が抱いてくれただけ・・・なにも変じゃない。


 「ルルさん、中に行こう?」

「そうね・・・ニルス、アリシアにただいまって言った?」

「・・・言ってない」

まあそうでしょうね。

 「ちゃんと言いなさいね」

「うん・・・」

「そして夜でも昼間でもいいからあたしにもお話ししに来るのよ?ずっとニルスの味方だからね」

「・・・そうするよ、ありがとうルルさん」

声が暗くなった。


 やっぱり、暖かい仲間がいても恋しいんだ。

まだ・・・本当に幸せってわけじゃないみたいね。

とりあえず戻るか・・・。



 「みんなー、ニルスが来たわよー!」

まだ少ないけど、酒場にいた人たちの視線があたしたちに向いた。

 アリシアだけ俯いてるけど・・・優しい目ばかりだ。この子を嫌っている人がいるなら見てみたい。


 「こっちよニルス」

ステラが笑顔で手招きをした。

ニルスがいるとああいう笑い方なのね・・・。

 「愛しい人が呼んでるよ」

「・・・恥ずかしいこと言わないでよ」

「早く行ってあげなさい」

ニルスの背中を押した。


 さっきアリシアが来てることは教えなかった。

ウォルターさんに隠れているけど、近付けばすぐにわかるはずだ。


 「久しぶりだなニルス・・・」

「元気だったか!!!」

イライザさんとバートンさんが声をかけた。

まあ・・・来てくれるよね。

 「元気でしたよ。誰に聞いたんですか?」

「みんな知ってる。たぶんほとんど来る」

「・・・そうですか」

ニルスは嬉しそうだ。

いい雰囲気なのに・・・。


 「・・・」

アリシアは複雑な顔で下を向いている。

 「・・・」

そんな母親に息子が気付いた。


 「・・・アリシアもいたのか」

「・・・」

まだ顔を上げない・・・早く「おかえり」って言いなさいよ。

 「・・・ルージュを夜一人で留守番させているのか?」

たぶんニルスは反応が見たくて聞いている。

あんな小さい子を一人で家に置いてくるはずないしね。


 「・・・」

アリシアは答えなかった。

バカ・・・。

 「・・・なんで黙っているんだ?ルージュは今一人なのか?」

「ルージュはうちに泊まっててエイミィが見ててくれてる。前々からセレシュと約束してたんだ。だからアリシアがここにいても別にいいだろ?」

ウォルターさんが助けてあげた。

だけど、今のはよくない。母親が説明しないといけなかったのに・・・。


 「そうでしたか。・・・オレとは口を聞きたくないんだな。顔も上げない・・・」

「まあまあ、アリシアは久しぶりで緊張してるんだよ」

「もう・・・いいです」

そう思われても仕方ないわね。

溝を自分から広げるなんて・・・。


 「みんな待たせてごめんね。前に話したセイラさんを連れてきたかったんだけど、仕事でいないみたいなんだ。明の月に戻るらしいから、その時に紹介するよ」

ニルスは仲間たちのテーブルに座った。

少し寂しげだけど明るく振舞っている。


 親子なのに「おかえり」も「ただいま」も無い。

二人ともあたしとの約束を破ろうって気ね。・・・そうはさせないわよ。

 

 「ニルス、せっかく戻ってきたのよ。アリシアにただいまは?」

息子から歩み寄らせることにしてみた。

本当はさっきみたいな言葉じゃなくて、これを言いたかったはずだ。


 「ただいま・・・アリシア」

「ほらアリシア。ニルスがただいまって、なんて言うんだっけ?」

「・・・」

アリシアの肩に手を置いてあげると、やっと顔を上げてくれた。

・・・早く言え。

 「あ、あの・・・おかえり、ニルス」

アリシアはまた少女みたいな顔だ。

けど、二人ともしっかり向き合ってやり取りができたから良しとしましょう。


 ニルスはすぐに振り返ってしまったけど、そのわずかな時間だけ口元を緩めて子どもの時みたいな顔をしていた。

ほらね、そんなに難しくないんだから。


 「ヴィクターさん、お酒を置いておきますね」

「すまんの・・・」

お尻を触られた。

 「次はありませんからね」

「・・・覚えておこう」

今回は許そう。


 さて・・・ニルスが喜ぶようなものをたくさん作らないとね。



 晩鐘が鳴った。

ここからどうなるか・・・。


 「あー、始めてる!!ニルス、待ってるって約束したでしょ!!」

ジーナさんの声が調理場まで聞こえてきた。

呼んでたのか・・・やっぱりもっと増えるわね。


 「ちょっとみんな来て」

あたしは給仕の子たちを一度集めた。

 ニルスの戻りを聞きつけた戦士たちが、店の中を賑やかにしてくれている。まるで戦場で勝った日みたいだ。


 「これからもっと来ると思う。いい?グラスが乾くことがあってはダメ、すぐに注ぎなさい。料理やつまみも今日はたくさん出ると思う。だから・・・お給金を増やすわ。たっぷり稼がせてもらいましょう」

しばらくは、あの子が来てれば売り上げが増えそうだ。



 店の中がどんどん騒がしくなっていく。

テーブルは全部埋まって、戦士たちの貸し切りになった。


 「おいニルス、こっち来い」

「待って、先に私が呼んでたんだけど」

ニルスはあっちこっちに連れていかれ、アリシアや仲間と話す暇もないみたいだ。

 仲間たちもいつの間にかばらけて、別々のテーブルで戦士たちと楽しそうに話をしている。

気になっていたステラも、初対面の戦士たちの席で愛想笑いをしていた。


 ああ・・・あたしもあっちがいいな・・・。



 夜も深くなってきた。

料理の注文も止まったし、そろそろ動くか・・・。



 「ごめんねミランダ、静かなところで話したかったの」

一番付き合いが長い子を外に連れ出した。

というか、この子がいい・・・。


 「あたしもそうですよ。いつルルさんと話せるかずっと機会を探してました」

この子からの話はあとにさせてもらおう。

まずはこっちの用件からだ。

 「今日はお酒も入ってるから大事なことだけ話すね」

「あたしニルスみたいに弱くないですよ。まだ全然平気」

・・・頼もしいわね。


 「・・・ニルスからアリシアとのこと聞いてる?」

ウォルターさんからの紙切れだけじゃわからないこと。

ちゃんと確かめたい。

 「・・・聞いてます。あたしは和解してほしいです」

ミランダが真面目な声を出した。

 ・・・本当に酔ってないのね。

なら話が早い。


 「あたしと同じね。・・・協力しない?」

「ふふ、よかった。そのつもりで来ました」

気も合いそうだ。

 「じゃあ明日、お昼に配達の子が来るからあたし一人で早めに出てるの。その頃に来て。まずはお互いの情報を交換しましょ」

「いいですね、早めに解決しましょう」

あたしたちは暗闇で握手をした。

・・・暖かい手、きっと大丈夫だ。


 昔はニルスの願いがあったから口出しできなかったけど、やっぱり外からの協力は必要だ。

あの親子は簡単なことも難しくするからね。

 事情を知っている戦士たちも、なにか頼めば協力してくれる。

二人が大切に想っているルージュのためにも、ニルスがテーゼにいる間にわだかまりを解く。


 アリシア、協力はするけど一番頑張らないといけないのはあんただからね。

ニルスはなにも変わってない。変わったって思ってるのは、不器用な母親だけだよ。

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