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Our Story  作者: NeRix
水の章 第三部
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第八十七話 信用【ニルス】

 訓練場も二年ぶりか・・・。

街と一緒で、なんにも変わりない。


 もうウォルターさんに会ってしまったし・・・ここでは髪の毛を隠す必要がなくなった。

あの人が来たら・・・どうせ知られるだろうからな。


 「ルージュとセレシュは仲良しなんだ。うちに泊まりに来たりもするんだぜ」

ウォルターさんは、以前と変わらない態度で接してくれている。

オレが安らぐようなこと、もっと言ってほしい。


 「なにをして遊んでいるんですか?」

「人形とか、絵を描いたり・・・普通の女の子だ」

「そうですか・・・」

「兄貴が欲しいっても言ってたらしいぞ」

直接聞いたよ・・・まだ、先だ。


 早過ぎるんじゃないかって時間に来たのは、この人は必ずいると思ったからだ。

戦士でオレのことを知っていて、なおかつ話しやすい。


 ていうか、アリシア以外はそうなんじゃないのかな・・・。



 「・・・なあニルス、俺も同席していいか?」

ウォルターさんが立ち止まった。

同席か・・・。


 「他言してほしくないこともあります。守れますか?」

「お前を知ってる奴は全員守れるよ」

今の言葉は信頼できる。

ルージュのことがあるから・・・。


 それに「戦場を終わらせる」っても話しちゃったから気になってるんだろうな。

大地をすべて取り戻し、戦いの必要が無くなる・・・人間の悲願だ。

この人もセレシュのために、そう思っている気がする。



 「ニルス・・・」「戻ったのか・・・デカくなったな」「ニルス君・・・あとで話そうね」

奥に進むと、知っている顔が増えてきた。

 早いな・・・きのう負けたからか。

そりゃ次の戦場に気合も入る。


 「お久しぶりです・・・」

オレは簡単な挨拶だけで済ませた。

まずは軍団長のところに急がなければならない。


 「お前、アリシアには何も言ってないんだよな?」

ウォルターさんが背中をさすってきた。

さっきも言っただろ・・・。

 「・・・はい」

「来たらあいつに必ず伝わっちまうな。・・・飛び込んでくるぞ」

「騒がしいのはやめてほしいですね・・・」

早く・・・心を冷やそう・・・。



 「べモンド、客が来た。開けていいか?」

ウォルターさんが扉を叩いた。

軍団長の部屋・・・入る時ってなんか緊張するんだよな・・・。


 「あとにしてって言われたらどうするの?」

「せっかく来たんじゃ、待つしかない」

「さすがにあたしたちじゃ口出しできないよね・・・」

「とりあえず入っちゃえばいいと思うけど」

後ろの四人がひそひそと話し出した。

ずっと黙っててくれたけど、さすがに声を出したくなったか。


 「・・・急ぎでないならあとにしてほしい。・・・事務処理が山積みだ」

中から疲れ切った声が聞こえた。

 戦死した者たちの名簿、次の戦場に出る者たちの選出・・・また敗北ってわけにはいかないし、大変なんだろうな。


 「あいつ、俺よりも先に来てたんだ。きのうからずっといたのかもしれない。けど、急ぎ・・・だよな?」

ウォルターさんが振り返った。

・・・自分で話そう。


 「べモンドさん、ニルスです。話を聞いてもらえませんか」

「ニルス?」

扉の向こうの声が少し上擦った。

たぶん大丈夫だ。


 「ニルス・クラインです。大事な話があります」

「・・・入ってきてくれ」

オレの名前は扉を開く魔法みたいだ。

父さんも開けてくれたからな・・・。



 「ニルス・・・久しぶりだな」

べモンドさんの顔はやつれていた。

さすがに疲れているのか、悲しそうな目をしている。


 「急に来て申し訳ありません」

「いや・・・構わない。しっかりと話すのは二年ぶりか。・・・知っているかもしれないが、きのうの戦場は負けたんだ。・・・戦死した五百人の名簿、次の千人の選出・・・一人でやるわけではないが大変だ。だが・・・お前の顔をまた見れて嬉しいよ。時間ができたら旅の話を聞かせてくれ」

「もう少し忙しくなるかもしれません。・・・みんな、入ってきて」

四人は一度待たせていた。

本当に話もできなそうなら改めようと思ったけど、まだ余裕はありそうだ。



 「失礼しまーす」

「わあ、大きな部屋。一人で使ってるの?」

「失礼いたします・・・」

ミランダ、シロ、ステラが入ってきた。


 「・・・」

べモンドさんは三人を怪訝な顔で見ている。

仕方ないか・・・。

 「時間を取らせてすまんのう」

「まさか・・・」

でも、ヴィクターさんが入ると顔色を変えて立ち上がった。

・・・なんだ?


 「聖女の騎士・・・」

「あ?あの爺さんが?」

「おそらく・・・」

べモンドさんは騎士の顔を知っていたらしい。

 「おお、お主か。儂に挑んでからしばらくじゃな。こんなところにおったか」

「なぜ・・・ここに・・・」

「それを話しに来たんじゃ。真剣に聞いてほしい」

「テーブルへ・・・」

挑んだことがあったのか。

でも随分前なんだろう。騎士が今よりもずっと強かった頃・・・。



 全員が座った。

応接用にしては大きなテーブル、大事な会議なんかにも使っているんだろう。


 「まず、みんなを紹介します」

「ああ・・・頼むよ」

ヴィクターさんのおかげで、真面目に話を聞いてくれる雰囲気になった。

・・・オレ一人で来ても信用してくれたのかな?


 「あたし・・・私はミランダ・スプリングです。ニルスの旅の仲間です」

隣にいたミランダが勝手に自己紹介を始めた。

・・・好きにすればいい。

 「・・・スプリング?」

「えと・・・なにか?」

「いや・・・続けてくれ」

べモンドさんはミランダの顔を見て一瞬目を丸くしていた。

まさか・・・こっちまで知り合いってことはないよな?


 「僕はシロ、精霊だよ」

「そうか・・・初めて会ったよ」

「僕もニルスの仲間なんだよ」

「一緒にいるからそうなんだろうな」

少しだけ空気がなごんだ。

でも信じてなさそう・・・。


 「儂は・・・」

「ヴィクター殿は知っている。・・・随分老けた」

「大きなお世話じゃ。最後になったが、この方は不死の聖女ステラ様じゃ」

「初めまして・・・」

ステラはケープを外した。

 「聖女・・・」

「バカな・・・」

べモンドさんとウォルターさんの表情が固まった。

 ここにいるはずのない存在、理解が追い付いていないんだろう。だから髪の毛にまで気を回せていない。


 「聖女の証もあります。王家の印はご存じですか?」

ステラは涼しい顔でそれを取り出した。

 「嘘だろ・・・」

「騎士もいるんだ・・・間違いない」

きっと、あれが正常な反応なんだろうな。


 「できれば、あなたたちのお名前も教えていただきたいです」

「あ・・・失礼いたしました。大地奪還軍軍団長、べモンド・アルマシガです」

「ウォルター・グリーンです・・・。大地奪還軍突撃隊所属・・・です」

「ありがとうございます。では・・・ニルスの話を聞いてあげてください」

ステラは言い終わると、オレを見て微笑んでくれた。

・・・ちょっと嬉しい。


 「・・・頭がおかしくなりそうだ。ニルス、お前はこの二年いったい何をしていた?半年前、なぜ戦場にいた?まだある・・・お前はヴィクター殿に勝ったのか?」

「聖女様の髪・・・お前と一緒だな・・・」

向こうも早く話を聞きたいみたいだ。

全部・・・教えないとな。



 オレは父さんの家から旅立ったあとのことを話した。

自分の感情は入れずに、ただ起こったことを・・・。

 

 「・・・お前だってすぐにわかったよ」

戦場に入り込んだところまで話し終わると、ウォルターさんが微笑んだ。

けっこう演技したんだけどな・・・。

 「ロイド・クリスマスは功労者になった。まあ・・・あれほどの戦果を上げたんだからな」

「ありがとうございます」

そうか、言った通りにしてくれたんだな。


 「シロ殿・・・疑っていたが、間違いなく精霊なのですね?」

べモンドさんがシロを見つめた。

 「そうだよ。それと気にしなくていいよ、僕はオトナだからね」

「戦っていたのは人形・・・。魔族なんていなかった・・・。受け入れるのに時間がかかりそうだ・・・」

「僕も同じのを作れるよ」

シロは戦場で見た人形を目の前で作って見せた。

これで疑念は一切無くなっただろう。


 「・・・シロ、うちの娘が精霊に会ってみたいって言ってる。なにもない時でいい、ちょっとだけ・・・来てほしい」

ウォルターさんは急に優しい声を出した。

セレシュか・・・。

 「会うくらいなら別にいいけど・・・」

「・・・頼むぜ」

「ウォルター、続きを聞こう」

約束は構わないけど、話が終わってからだ。

まだ始まったばかりだからな・・・。


 「戦士たちがテーゼに帰ったあと、戦場に下りたんです。調べていると・・・」

「待て・・・聞きつけたようだ」

「そうみたいだな」

遠くから足音が聞こえてきた。

 ・・・ああ、オレもわかったよ。

走っている。あと呼吸を五回くらいするうちに扉の前に来る・・・。


 「ニルス、なんの話?」

ミランダは気付いてないみたいだ。

 「雷神が来たんだよ」

「え・・・やば」

ミランダはこの部屋に入る前よりも身だしなみを整えだした。

そういえば、尊敬してるって言ってたな。



 「失礼する!」

扉が勢いよく開き、オレは顔を伏せた。

・・・なにを言われるんだろう。


 「ニルス・・・」

もう逃げられない。

 「戻って・・・きたのか・・・」

でも・・・なにも言えない。


 「ちょうどいいアリシア、お前も聞いていけ」

「・・・そのつもりです」

「かわってやる」

「・・・ありがとうございます」

アリシアはオレの正面に座った。

顔はなぜか上げられない。視界にあるのはアリシアの手・・・。


 「ニルス、私は・・・」

「アリシア、悪いがこちらの話が先だ。・・・ニルスはしばらくテーゼにいる。話す時間は取れるだろう」

「・・・はい」

「ニルス、続きを・・・」

べモンドさんに助けられた。

・・・感謝します。



 「作られた・・・」

アリシアがオレも聞いたことの無いような声を出した。

そりゃ驚くか・・・。

 「なるほどな、強いわけだ・・・老けないのもそういうことか」

「私は・・・人間ではなかった・・・」

少しだけ視線を上げると、珍しくうろたえた顔をしている。


 「・・・あなたは人間よ、ニルスを産めたんだから」

「ステラ・・・今は」

「・・・失礼しました」

ステラが冷たく吐き捨てるように言って、それをシロが抑えた。

・・・二人の間でなにかあったのかな?


 「ニルス、それで・・・」

「はい、女神は・・・」

まずはすべて話そう。



 戦場、境界、精霊、ジナス、女神、輝石、聖女・・・。

足りない部分はみんなも補ってくれて、今までのことを話し終わった。


 「・・・」

アリシアは何を考えているのか、オレの仲間をチラチラと見ている。

・・・好きにすればいい。


 「聖女まで出てきている。信じるしかないだろう。・・・だが教わってきた歴史がひっくり返る・・・慎重に動かなければならない・・・」

「お願いします。シロを助けてあげたいんです」

「心配するな。・・・お前の力になると言っただろ?」

べモンドさんはオレの味方でいてくれている。

よかった、この人が協力してくれるなら面倒なことはない。


 「・・・あとで王の所へ行ってくる。後日、ニルスたちも招集がかかるかもしれないが構わないか?」

「はい、必要ならそうします」

「ニルス・・・私は・・・いや、すべて済んでからにしよう」

べモンドさんが何かを言いかけてやめた。

なんとなくわかる・・・別にあなたへ思うところは無いんだけどな。


 「ジナスか。対抗策を揃えてきたのはわかったが・・・勝てんのか?」

ウォルターさんは、はっきりと言ってくれた。

勝てるかじゃない・・・。

 「次は・・・勝ちます」

「・・・一度負けてんだろ?女神がいて何とか助かった・・・それだけ聞くと心配だ」

「違います!その時ジナスはアリシア様を・・・」

「ミランダ!!」

・・・怒鳴ってしまった。あとで謝ろう。

 なぜ負けたのかと、オレが戦場に出なければいけない理由は説明しなかった。

話す必要が無いから・・・。


 「揉め事はこのあとにやってくれ。・・・私はニルスの言う通りにしよう。全員戦場に出るということでいいな?」

「はい、お願いします」

あと一度だけ・・・。

 「ダメだ!!」

アリシアが突然割って入ってきた。

・・・いちいち叫ぶなよ。


 「ニルスを戦場に出すことはできない。戦うのは私でもいいのだろう?」

オレの手は拳を作っていた。

また・・・勝手に決めるのか?

 「・・・どうしてオレを出せない?」

「それは・・・お前が・・・」

アリシアは言葉を止めた。


 オレが・・・。

暗い感情が足元から上がってくるのを感じた。

オレが・・・なんだよ?


 『臆病者は必要ない』

そういうことなのか?

 ・・・違うだろ?

ダメだ・・・感情が凍らない。溢れる・・・。


 「ああそうか・・・臆病者は必要ないんだったな・・・」

「ニルス!!」

ミランダの手がオレの頬を打った。

痛みは無い、優しさを感じたからだ。

 「バカ言わないでよ!アリシア様はそんなこと思ってない!そうですよね?」

「それは・・・」

アリシアは答えずに俯いた。

あなたは・・・オレをどう思っているんだ?


 『おかえりシロ、ちょっと顔つきが逞しくなったみたい』

顔を見ても、メピルとは違ってなにも言ってくれなかったな・・・。

「ただいま」を言える人、アリシアはそうじゃないってことなのか? 


 「・・・少し落ち着け。ニルス、出るんだな?」

「はい、アリシアが何を言おうと出ます」

「・・・アリシア、ニルスはこう言っている。構わないな?」

「・・・はい」

結局なんでかはわからないままか・・・。

・・・好きにすればいい。



 説明はすべて終わった。

早く、ここを出たいな・・・。


 「王との話が済めば全体にも伝える。それまで誰も他言するなよ」

「戦場が終わるかもしれないんだぜ?黙ってられるかな・・・」

「・・・抑えろ。・・・ニルス、なにか困ったことがあれば頼ってくれ」

べモンドさんが立ち上がり、オレの肩を叩いてくれた。

もう頼っている。信じてくれただけで充分だ。


 あとは、オレがジナスを倒す・・・。

でも、この状態でできるのかな?アリシアといると、目の前の色が無くなっていくような感覚になる・・・。


 『お前は母親を心の底では信用していない。母親も、そんなお前を信用しているわけがないだろうな』

まただ・・・。

 あいつの言葉がどうして浮かぶんだろう。

はあ・・・まだ時間はある・・・。

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