第八十七話 信用【ニルス】
訓練場も二年ぶりか・・・。
街と一緒で、なんにも変わりない。
もうウォルターさんに会ってしまったし・・・ここでは髪の毛を隠す必要がなくなった。
あの人が来たら・・・どうせ知られるだろうからな。
「ルージュとセレシュは仲良しなんだ。うちに泊まりに来たりもするんだぜ」
ウォルターさんは、以前と変わらない態度で接してくれている。
オレが安らぐようなこと、もっと言ってほしい。
「なにをして遊んでいるんですか?」
「人形とか、絵を描いたり・・・普通の女の子だ」
「そうですか・・・」
「兄貴が欲しいっても言ってたらしいぞ」
直接聞いたよ・・・まだ、先だ。
早過ぎるんじゃないかって時間に来たのは、この人は必ずいると思ったからだ。
戦士でオレのことを知っていて、なおかつ話しやすい。
ていうか、アリシア以外はそうなんじゃないのかな・・・。
◆
「・・・なあニルス、俺も同席していいか?」
ウォルターさんが立ち止まった。
同席か・・・。
「他言してほしくないこともあります。守れますか?」
「お前を知ってる奴は全員守れるよ」
今の言葉は信頼できる。
ルージュのことがあるから・・・。
それに「戦場を終わらせる」っても話しちゃったから気になってるんだろうな。
大地をすべて取り戻し、戦いの必要が無くなる・・・人間の悲願だ。
この人もセレシュのために、そう思っている気がする。
◆
「ニルス・・・」「戻ったのか・・・デカくなったな」「ニルス君・・・あとで話そうね」
奥に進むと、知っている顔が増えてきた。
早いな・・・きのう負けたからか。
そりゃ次の戦場に気合も入る。
「お久しぶりです・・・」
オレは簡単な挨拶だけで済ませた。
まずは軍団長のところに急がなければならない。
「お前、アリシアには何も言ってないんだよな?」
ウォルターさんが背中をさすってきた。
さっきも言っただろ・・・。
「・・・はい」
「来たらあいつに必ず伝わっちまうな。・・・飛び込んでくるぞ」
「騒がしいのはやめてほしいですね・・・」
早く・・・心を冷やそう・・・。
◆
「べモンド、客が来た。開けていいか?」
ウォルターさんが扉を叩いた。
軍団長の部屋・・・入る時ってなんか緊張するんだよな・・・。
「あとにしてって言われたらどうするの?」
「せっかく来たんじゃ、待つしかない」
「さすがにあたしたちじゃ口出しできないよね・・・」
「とりあえず入っちゃえばいいと思うけど」
後ろの四人がひそひそと話し出した。
ずっと黙っててくれたけど、さすがに声を出したくなったか。
「・・・急ぎでないならあとにしてほしい。・・・事務処理が山積みだ」
中から疲れ切った声が聞こえた。
戦死した者たちの名簿、次の戦場に出る者たちの選出・・・また敗北ってわけにはいかないし、大変なんだろうな。
「あいつ、俺よりも先に来てたんだ。きのうからずっといたのかもしれない。けど、急ぎ・・・だよな?」
ウォルターさんが振り返った。
・・・自分で話そう。
「べモンドさん、ニルスです。話を聞いてもらえませんか」
「ニルス?」
扉の向こうの声が少し上擦った。
たぶん大丈夫だ。
「ニルス・クラインです。大事な話があります」
「・・・入ってきてくれ」
オレの名前は扉を開く魔法みたいだ。
父さんも開けてくれたからな・・・。
◆
「ニルス・・・久しぶりだな」
べモンドさんの顔はやつれていた。
さすがに疲れているのか、悲しそうな目をしている。
「急に来て申し訳ありません」
「いや・・・構わない。しっかりと話すのは二年ぶりか。・・・知っているかもしれないが、きのうの戦場は負けたんだ。・・・戦死した五百人の名簿、次の千人の選出・・・一人でやるわけではないが大変だ。だが・・・お前の顔をまた見れて嬉しいよ。時間ができたら旅の話を聞かせてくれ」
「もう少し忙しくなるかもしれません。・・・みんな、入ってきて」
四人は一度待たせていた。
本当に話もできなそうなら改めようと思ったけど、まだ余裕はありそうだ。
◆
「失礼しまーす」
「わあ、大きな部屋。一人で使ってるの?」
「失礼いたします・・・」
ミランダ、シロ、ステラが入ってきた。
「・・・」
べモンドさんは三人を怪訝な顔で見ている。
仕方ないか・・・。
「時間を取らせてすまんのう」
「まさか・・・」
でも、ヴィクターさんが入ると顔色を変えて立ち上がった。
・・・なんだ?
「聖女の騎士・・・」
「あ?あの爺さんが?」
「おそらく・・・」
べモンドさんは騎士の顔を知っていたらしい。
「おお、お主か。儂に挑んでからしばらくじゃな。こんなところにおったか」
「なぜ・・・ここに・・・」
「それを話しに来たんじゃ。真剣に聞いてほしい」
「テーブルへ・・・」
挑んだことがあったのか。
でも随分前なんだろう。騎士が今よりもずっと強かった頃・・・。
◆
全員が座った。
応接用にしては大きなテーブル、大事な会議なんかにも使っているんだろう。
「まず、みんなを紹介します」
「ああ・・・頼むよ」
ヴィクターさんのおかげで、真面目に話を聞いてくれる雰囲気になった。
・・・オレ一人で来ても信用してくれたのかな?
「あたし・・・私はミランダ・スプリングです。ニルスの旅の仲間です」
隣にいたミランダが勝手に自己紹介を始めた。
・・・好きにすればいい。
「・・・スプリング?」
「えと・・・なにか?」
「いや・・・続けてくれ」
べモンドさんはミランダの顔を見て一瞬目を丸くしていた。
まさか・・・こっちまで知り合いってことはないよな?
「僕はシロ、精霊だよ」
「そうか・・・初めて会ったよ」
「僕もニルスの仲間なんだよ」
「一緒にいるからそうなんだろうな」
少しだけ空気がなごんだ。
でも信じてなさそう・・・。
「儂は・・・」
「ヴィクター殿は知っている。・・・随分老けた」
「大きなお世話じゃ。最後になったが、この方は不死の聖女ステラ様じゃ」
「初めまして・・・」
ステラはケープを外した。
「聖女・・・」
「バカな・・・」
べモンドさんとウォルターさんの表情が固まった。
ここにいるはずのない存在、理解が追い付いていないんだろう。だから髪の毛にまで気を回せていない。
「聖女の証もあります。王家の印はご存じですか?」
ステラは涼しい顔でそれを取り出した。
「嘘だろ・・・」
「騎士もいるんだ・・・間違いない」
きっと、あれが正常な反応なんだろうな。
「できれば、あなたたちのお名前も教えていただきたいです」
「あ・・・失礼いたしました。大地奪還軍軍団長、べモンド・アルマシガです」
「ウォルター・グリーンです・・・。大地奪還軍突撃隊所属・・・です」
「ありがとうございます。では・・・ニルスの話を聞いてあげてください」
ステラは言い終わると、オレを見て微笑んでくれた。
・・・ちょっと嬉しい。
「・・・頭がおかしくなりそうだ。ニルス、お前はこの二年いったい何をしていた?半年前、なぜ戦場にいた?まだある・・・お前はヴィクター殿に勝ったのか?」
「聖女様の髪・・・お前と一緒だな・・・」
向こうも早く話を聞きたいみたいだ。
全部・・・教えないとな。
◆
オレは父さんの家から旅立ったあとのことを話した。
自分の感情は入れずに、ただ起こったことを・・・。
「・・・お前だってすぐにわかったよ」
戦場に入り込んだところまで話し終わると、ウォルターさんが微笑んだ。
けっこう演技したんだけどな・・・。
「ロイド・クリスマスは功労者になった。まあ・・・あれほどの戦果を上げたんだからな」
「ありがとうございます」
そうか、言った通りにしてくれたんだな。
「シロ殿・・・疑っていたが、間違いなく精霊なのですね?」
べモンドさんがシロを見つめた。
「そうだよ。それと気にしなくていいよ、僕はオトナだからね」
「戦っていたのは人形・・・。魔族なんていなかった・・・。受け入れるのに時間がかかりそうだ・・・」
「僕も同じのを作れるよ」
シロは戦場で見た人形を目の前で作って見せた。
これで疑念は一切無くなっただろう。
「・・・シロ、うちの娘が精霊に会ってみたいって言ってる。なにもない時でいい、ちょっとだけ・・・来てほしい」
ウォルターさんは急に優しい声を出した。
セレシュか・・・。
「会うくらいなら別にいいけど・・・」
「・・・頼むぜ」
「ウォルター、続きを聞こう」
約束は構わないけど、話が終わってからだ。
まだ始まったばかりだからな・・・。
「戦士たちがテーゼに帰ったあと、戦場に下りたんです。調べていると・・・」
「待て・・・聞きつけたようだ」
「そうみたいだな」
遠くから足音が聞こえてきた。
・・・ああ、オレもわかったよ。
走っている。あと呼吸を五回くらいするうちに扉の前に来る・・・。
「ニルス、なんの話?」
ミランダは気付いてないみたいだ。
「雷神が来たんだよ」
「え・・・やば」
ミランダはこの部屋に入る前よりも身だしなみを整えだした。
そういえば、尊敬してるって言ってたな。
◆
「失礼する!」
扉が勢いよく開き、オレは顔を伏せた。
・・・なにを言われるんだろう。
「ニルス・・・」
もう逃げられない。
「戻って・・・きたのか・・・」
でも・・・なにも言えない。
「ちょうどいいアリシア、お前も聞いていけ」
「・・・そのつもりです」
「かわってやる」
「・・・ありがとうございます」
アリシアはオレの正面に座った。
顔はなぜか上げられない。視界にあるのはアリシアの手・・・。
「ニルス、私は・・・」
「アリシア、悪いがこちらの話が先だ。・・・ニルスはしばらくテーゼにいる。話す時間は取れるだろう」
「・・・はい」
「ニルス、続きを・・・」
べモンドさんに助けられた。
・・・感謝します。
◆
「作られた・・・」
アリシアがオレも聞いたことの無いような声を出した。
そりゃ驚くか・・・。
「なるほどな、強いわけだ・・・老けないのもそういうことか」
「私は・・・人間ではなかった・・・」
少しだけ視線を上げると、珍しくうろたえた顔をしている。
「・・・あなたは人間よ、ニルスを産めたんだから」
「ステラ・・・今は」
「・・・失礼しました」
ステラが冷たく吐き捨てるように言って、それをシロが抑えた。
・・・二人の間でなにかあったのかな?
「ニルス、それで・・・」
「はい、女神は・・・」
まずはすべて話そう。
◆
戦場、境界、精霊、ジナス、女神、輝石、聖女・・・。
足りない部分はみんなも補ってくれて、今までのことを話し終わった。
「・・・」
アリシアは何を考えているのか、オレの仲間をチラチラと見ている。
・・・好きにすればいい。
「聖女まで出てきている。信じるしかないだろう。・・・だが教わってきた歴史がひっくり返る・・・慎重に動かなければならない・・・」
「お願いします。シロを助けてあげたいんです」
「心配するな。・・・お前の力になると言っただろ?」
べモンドさんはオレの味方でいてくれている。
よかった、この人が協力してくれるなら面倒なことはない。
「・・・あとで王の所へ行ってくる。後日、ニルスたちも招集がかかるかもしれないが構わないか?」
「はい、必要ならそうします」
「ニルス・・・私は・・・いや、すべて済んでからにしよう」
べモンドさんが何かを言いかけてやめた。
なんとなくわかる・・・別にあなたへ思うところは無いんだけどな。
「ジナスか。対抗策を揃えてきたのはわかったが・・・勝てんのか?」
ウォルターさんは、はっきりと言ってくれた。
勝てるかじゃない・・・。
「次は・・・勝ちます」
「・・・一度負けてんだろ?女神がいて何とか助かった・・・それだけ聞くと心配だ」
「違います!その時ジナスはアリシア様を・・・」
「ミランダ!!」
・・・怒鳴ってしまった。あとで謝ろう。
なぜ負けたのかと、オレが戦場に出なければいけない理由は説明しなかった。
話す必要が無いから・・・。
「揉め事はこのあとにやってくれ。・・・私はニルスの言う通りにしよう。全員戦場に出るということでいいな?」
「はい、お願いします」
あと一度だけ・・・。
「ダメだ!!」
アリシアが突然割って入ってきた。
・・・いちいち叫ぶなよ。
「ニルスを戦場に出すことはできない。戦うのは私でもいいのだろう?」
オレの手は拳を作っていた。
また・・・勝手に決めるのか?
「・・・どうしてオレを出せない?」
「それは・・・お前が・・・」
アリシアは言葉を止めた。
オレが・・・。
暗い感情が足元から上がってくるのを感じた。
オレが・・・なんだよ?
『臆病者は必要ない』
そういうことなのか?
・・・違うだろ?
ダメだ・・・感情が凍らない。溢れる・・・。
「ああそうか・・・臆病者は必要ないんだったな・・・」
「ニルス!!」
ミランダの手がオレの頬を打った。
痛みは無い、優しさを感じたからだ。
「バカ言わないでよ!アリシア様はそんなこと思ってない!そうですよね?」
「それは・・・」
アリシアは答えずに俯いた。
あなたは・・・オレをどう思っているんだ?
『おかえりシロ、ちょっと顔つきが逞しくなったみたい』
顔を見ても、メピルとは違ってなにも言ってくれなかったな・・・。
「ただいま」を言える人、アリシアはそうじゃないってことなのか?
「・・・少し落ち着け。ニルス、出るんだな?」
「はい、アリシアが何を言おうと出ます」
「・・・アリシア、ニルスはこう言っている。構わないな?」
「・・・はい」
結局なんでかはわからないままか・・・。
・・・好きにすればいい。
◆
説明はすべて終わった。
早く、ここを出たいな・・・。
「王との話が済めば全体にも伝える。それまで誰も他言するなよ」
「戦場が終わるかもしれないんだぜ?黙ってられるかな・・・」
「・・・抑えろ。・・・ニルス、なにか困ったことがあれば頼ってくれ」
べモンドさんが立ち上がり、オレの肩を叩いてくれた。
もう頼っている。信じてくれただけで充分だ。
あとは、オレがジナスを倒す・・・。
でも、この状態でできるのかな?アリシアといると、目の前の色が無くなっていくような感覚になる・・・。
『お前は母親を心の底では信用していない。母親も、そんなお前を信用しているわけがないだろうな』
まただ・・・。
あいつの言葉がどうして浮かぶんだろう。
はあ・・・まだ時間はある・・・。




