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Our Story  作者: NeRix
水の章 第三部
89/481

第八十四話 風は【ニルス】

 強い風が吹いた。

・・・父さんの家を一人で出た日と同じ匂い。


 あの日に、風に乗せた思いが戻ってきたような気持ちだ。

でもまだ・・・ルージュには届けないでくれないか・・・。


 あの子はルルさんの所かな?

 『大地をすべて取り戻せば終わる。お前とも約束した・・・』

『それ・・・もういい。オレがなんとかするから・・・』

止めたけど・・・どうせアリシアは訓練場にいる。だからルージュは、オレの時と同じように預かってもらっているんだろう。


 『・・・風がアリシアに吹いていたらどうする?』

『その時は・・・風に逆らうと思う』

父さん・・・オレはアリシアに吹く風を追いかけてここに来たのか、それとも逆らえずに戻ってきてしまったのか。・・・どっちなんだろう。


 

 少しだけ街を歩いてみたくなった。

本当はみんなで住む家の掃除をしないといけない。でも、窓から吹き込んできた風を浴びたら抑えきれなかった。


 「・・・あんまり変わってないな」

二年・・・そんなに変わるはずがない。あの頃と同じ街並み、アリシアとよく走ったな・・・。

 「ノウサギ通り・・・」

ここを曲がると育った家に続く道・・・誰もいないだろうし、少し見ていってもいいかもしれない・・・。


 「きゃっ」

道の先から突然女の子が飛び出してきて、オレの脚にぶつかった。

赤のケープ・・・あの子に似合う色だったな。


 「うう・・・」

女の子は跳ね返されて尻もちをついている。

 これ・・・オレが転ばせたって見られるのかな?でも・・・この子も悪い。

日除けのためか、ケープの帽子を深く被りすぎだ。これじゃ前が見えないから誰かにぶつかってもしょうがない。


 でも・・・こういう時は大人が悪いよな。


 「大丈夫?ほら、掴まって・・・」

「・・・」

女の子が手を取ってくれた。

暖かい・・・。

 「ケガはしてない?」

「・・・はい、ごめんなさい」

女の子は、立ち上がると少しだけ頭を上げた。

帽子のせいでこっちから顔は見えないな。


 「あ・・・」

「どうしたの?道を曲がるときは走っちゃダメだよ」

「・・・」

・・・見られてる?なにか答えてくれないかな。

 「えっと・・・もう平気?」

「あ・・・ぶつかってごめんなさい」

「あ・・・」

その子は深く頭を下げると裏町の方へ駆けていった。

 そういえば急いでた感じだったな。

・・・礼儀はしっかりと教わっている。親の育て方がいいんだろう。



 「なんか・・・気になるな」

ケープの子が去ったあと、オレはその場を動けずにいた。

 あの子が向かったのは裏町だ。子どもが一人で行くような場所じゃない。

昼間でも酔っぱらいや男を誘う女、それに荒っぽい奴らも多い・・・。


 「・・・少し、様子を見るだけだ」

もっと大きい子ならこんなに心配しなかったと思う。

でもさすがに小さい、ただ知り合いの所に行くだけとかならそれでいいんだけど・・・。

 

 『俺は小さい女の子が好きだってことだ』

オレはラッシュさんと一緒なのかな?・・・いや違う、あんな子どもが裏町に行ったことが気になっただけ・・・。

 それにオレはステラのことが好きだ。チルやあの子に持った感情は、そういうのとは違う。



 裏町に入った。

こっちはセイラさんのいる下町と違ってあんまり綺麗じゃない。

・・・あの子はどこまで行ったんだろう。


 

 あ・・・いた。

何度か道を曲がると、女の子を見つけた。


 「お嬢ちゃんかわいいね。どこに行くの?」

女の子は、道端にある椅子に座っていた男に話しかけられていた。


 「あの・・・お花屋さんに行きたかったんだけど・・・」

やっぱり道を間違えてたのか・・・。

 「・・・なあんだ。おじさんはお花屋さんなんだよ」

「本当?」

「ああ本当だ。お嬢ちゃんはかわいいからタダでお花をあげる」

ねばつくような話し方・・・親切な奴には見えないな。


 「お店に連れてってあげるから付いてきて」

「あの・・・遠くない?」

「すぐ近くだよ。帰りは通りまで送ってあげるからさ」

「よかった・・・おじさんありがとう」

ケープの子は男に手を引かれて、裏町の奥へ入っていった。

付いてくのかよ・・・。

 裏町のこんな所に花屋なんかあるか?

・・・確かめよう。怪しい男だけど、実はいい奴なのかもしれない。


 「本当にタダでお花をくれるの?」

「もちろんだよ。そのかわり・・・ちょっとだけおじさんの言うことを聞いてね」

「やったあ、帰りにお菓子買ってこう」

オレがあのくらいの時はどうだったかな?

あんなふうに疑いもせず付いて行っただろうか・・・。



 おそらく誰も住んでいない空き家、二人はそこに入った。

確定だな、花屋なわけない・・・乗り込むか。


 「え・・・なんでこんな家に・・・」

二人が入った扉には鍵がかけられていた。

たしかに戸締まりは大事だけどさ・・・。


 「あれ・・・お花ないよ。きゃっ・・・おじさん?」

中から女の子の震えた声が聞こえた。

悪い想像の通りになっているみたいだ。

 「ここはね・・・大声を出しても誰も来ないんだ。・・・ねえ、少しでいいから服を脱いで見せてくれないかな」

「や・・・やだ」

「おじさんは君に酷いことしたくないんだけど・・・切られると痛いんだよ?」

中でのやり取りが手に取るようにわかる。

早く行かないと・・・。

 「やだ・・・もうお花はいいから帰る!」

今行くから刺激するなよ・・・。


 「放して!帰る!」

く・・・まずい・・・鍵・・・いや、窓から入るか。

 「ちゃんとあとでお花は買ってあげるよ。だからちょっと触らせてくれるだけでいいんだ」

「やだ・・・なんか恐いもん・・・誰か助けて!」

待て・・・なんでオレは真面目に開けようとしてるんだ?



 「最初からこうすればよかった」

目の前の扉をおもいきり蹴り破った。


 「・・・あ?なんだお前」

部屋の中はまだ事が起こる前だった。

 「花屋なんだろ?買いに来たんだ」

「・・・ここは俺の家だ、出て行け」

男は女の子のケープをはぎ取ろうと手をかけていたところだ。


 「誰・・・あ・・・さっきの・・・た・・・助けて」

「お嬢ちゃんは静かにしててね?」

「ひ・・・」

「いい子だね・・・」

男が刃物を大袈裟に振って見せた。

熱くなりそうだけど・・・なるべく冷静に・・・。


 「怯えてるぞ・・・そんな小さい子に何をするつもりだ?」

「お前に関係ないな。あ・・・待て!」

女の子は隙を見て走り、転がるようにオレの背中に周った。

・・・いい判断だ。


 「こわいよ・・・」

「もう大丈夫だよ」

震えてる・・・早く安心させないと。

 「お嬢ちゃん、そいつは知らない人だろ?それに剣を持ってる。きっと危ない人だよ」

男は急に優しい声を出した。

お前も刃物を持ってるじゃないか・・・。

 「・・・おじさんはこわい」

「さっきはふざけただけだよ。疲れたからここでひと休みしようと思っただけ・・・どっちを信じるんだい?」

この状況で信じる奴がいるわけないだろ・・・。


 「帰りたいよ・・・お母さんごめんなさい・・・」

女の子はオレの脚に顔を埋めた。

泣くなよ・・・すぐ帰れる。

 「諦めろ、何を言ってもこの子はお前に付いていかない」

「そんなことないよねお嬢ちゃん。お花は奥にちゃんとあるんだ」

まだやるのか・・・諦めてもらうには・・・。

 「言ってなかったけど、この子はオレの妹なんだ。普通は家族を信じる」

「・・・」

女の子はオレの脚をより強く掴んだ。


 「待ち合わせしてたんだ。勝手に連れて行くなよ」

「・・・お嬢ちゃん本当?そうなら・・・はっきり言ってほしいな」

オレのもでまかせだけど帰りたいなら合わせてくれよ・・・。

 「おじさんは・・・悪い人・・・わたしのお兄ちゃんは世界で一番強いから・・・早くどこかに行って・・・」

よし、いい子だ。必ず助けるよ。


 「あーあ・・・ムカつくなあ・・・」

男の顔が豹変し、短剣をオレに向けて斬り掛かってきた。

もう取り繕う気はなさそうだ。

 

 「ちっ・・・」

軽く躱すと男は勢い余ってよろけた。

・・・遅すぎる。

 「花屋はもうやめたのか?」

「客は選ぶんだよ!」

また斬りかかってきた。

何度やっても当たってやらないけど、狭いしこの子がいるとやりにくいな。


 「きゃ・・・」

「外に出るだけだよ」

オレは女の子を抱いて、壊れた窓から飛び出した。


 「ごめんね、恐いだろうけど服を放して。君のことは必ず守るし、ちゃんとおうちまで連れてってあげる」

「うん・・・」

女の子の手から力が抜けた。

 「いい子だ。オレの背中だけ見てて」

・・・そろそろ出てくるかな。



 「いたいた・・・逃げなかったんだな」

男は剣を持って出てきた。

あれじゃ余計当たらないな。それにまだ強気なのか・・・。


 「妹が恐がってるから喚かないでほしい」

「あんまり調子に乗るなよ?」

「そんなつもりないんだけど・・・」

なんか頭が冷えてきた。

遠慮しなくていいし絶対に勝てるからな。


 あれ、ちょっと待て・・・ここで騒ぎ起こすのってまずくないか?

冷静になると、別な心配が思い浮かんだ。

 見回りの衛兵とかが来て、オレのことを聞かれたら素性がバレる。そしたら、アリシアの耳にも入る可能性がある・・・。


 「子どもに血は見せたくない、今の内に消えろ」

オレは剣を抜き、男へ切っ先を向けた。

 戦っちゃダメだ、脅して消えてもらうことにしよう。たぶん殺気だけで何とかなる。戦士でもなければだけど・・・。

 「・・・」

男の勢いがなくなったのがわかった。

 覚悟のあるミランダでも慣れるまで時間がかかったから、こいつが震え出すのも無理はない。


 「それと、この子にまた同じことをしたら・・・」

「・・・」

男は剣をしまってくれた。

予想通りだったな。

 「・・・悪かったよ」

男は背を向けてとぼとぼと家に入っていった。

本当に自分の家だったのか・・・あ、そしたら・・・。

 「あの・・・扉を壊してしまって・・・」

「だから・・・なんだよ・・・」

「修理代・・・」

「やめてくれよ・・・ずっと裏で生きてきたからわかる。お前は関わっちゃダメな奴だ・・・」

・・・失礼な奴。でもこれで騒ぎにならずに済んだ。

少し街並みを見て戻ろうと思ってただけだからな。


 あとは・・・。



 「もう大丈夫だよ。・・・どうして裏町に入ったの?」

「道・・・まちがえたみたいで・・・どこに行ったらいいか・・・わかんなくて・・・」

女の子はオレにしがみついて大声で泣き出した。

騒がないでくれよ・・・。


 「こわかったよ・・・お兄ちゃんが来なかったら・・・わたしころされてた・・・」

言うことを聞いてれば殺されはしなかっただろうけど、帰してもらえたかは怪しいな・・・。


 「お花がほしかっただけなのに・・・」

そうだったな。・・・仕方ない、早く静かになってもらおう。

 「オレがお花屋に連れていってあげる。でも、泣き止まないといつまでもここにいることになるよ?」

「・・・」

少し心配だな。

 涙で色付けて見たものはずっと残る。・・・たぶん嫌な思い出もそうなんだろう。



 やっと女の子が泣き止み、裏町から出てきた。

まずは、同じことが無いようにしないといけない。


 「裏町へ続く道には、必ず赤い柱がある。君みたいな子どもは入っちゃダメ。大通りに出たいなら青い柱、忘れないようにね?」

「はい・・・ごめんなさい」

「一人で買い物はえらいけど、もう少し大きくなってからの方がいいよ」

「・・・はい」

女の子は素直にオレの話を聞いてくれた。

理不尽に叱られてるわけじゃないってことはわかるみたいだ。


 「そうだ・・・お父さんとお母さんは仕事?」

「お父さんは死んじゃっていない・・・お母さんは夕方まで帰らないの」

オレと同じか、でもこの子と同い年くらいの時は「一人で街に行ってはダメだ」ってアリシアは教えてくれたな。


 「仕事だとしても、子どもが勝手に出れるようにしたお母さんも悪いな。君を送ったら、お母さんが帰るまで一緒に待たせてもらう。少し話をするね」

「・・・お母さんのこと悪く言わないでほしい。今日だって、絶対出かけちゃダメだって何回も言われた・・・」

ちゃんとしてるじゃないか・・・。

 「じゃあなんで君は外に出たの?」

「お花・・・お母さんに渡して喜んでほしかったの・・・」

・・・そう思われてるなら悪い親ってわけじゃないな。

娘をちゃんと愛してあげているんだろう。


 「わかった。言いつけるのはやめる」

「ありがとう・・・」

「でも、これからはお母さんに言われたことはちゃんと守らないとダメだよ?」

「・・・はい」

まだ子どもだし、これくらいでいいか。


 「ごめんね、お説教はもう終わり」

「じゃあ・・・お花屋さん?」

「そうだね。君・・・君って呼ぶのも変だね。お名前を教えて」

「知らない人には教えちゃダメって言われてる。でも・・・嘘の名前だったら教えてあげる」

女の子の声が明るくなった。

そういうことは言わなきゃいいのに・・・。


 「わかった。じゃあ嘘の名前を教えて」

「えーとね・・・らー・・・」

「らー?」

「待って・・・違う」

今から考えるのか・・・。

 「れー」

「れー?」

「る・・・ルーン」

決まったみたいだ。

 「じゃあルーンて呼ぶよ」

「いいよ。わたしはお兄ちゃんて呼ぶね」

その方が動きやすいか。それに、ちょっと・・・嬉しい。


 「大通りにあるお花屋さんに行きたいの」

「中央区か・・・」

行くつもりが無かったところだ。

 今日は戦士と出くわす可能性は低いけど、オレの顔を知っている人はそれ以外にもいる。

 『あの・・・雷神の親族の方で・・・その髪の毛も・・・』

あ・・・顔だけじゃなくて、髪の毛も目立つな・・・。


 「ねえルーン、お花屋さんに行く前にオレの買い物に付き合ってもらっていい?」

「うん、いいよ」

隠すものが必要だ。



 「お兄ちゃんは水色が似合うと思うよ」

「明るい色は目立つんだ。だから暗めの方がいい」

二人で服屋に入った。

 「・・・じゃあ黄色」

「黄色は暗くないだろ・・・」

大通りに出るなら、ルーンみたいな帽子付きのケープが必要だ。

これから涼しくなってくるからちょうど良かったのかもしれない。


 「じゃあこれは?」

「花柄・・・待て、帽子も付いてないじゃないか」

「でもかわいいよ」

「話聞いてた?」

ルーンは次々にケープを持ってくる。

あとで、棚に戻さないと怒られそうだ。


 「じゃあ、次はこれ」

「あ・・・わかってるじゃん。わざとやってたな?」

「えへへ・・・」

渡されたのは暗い紺色だった。

これに決めよう。

 

 「すみません、これをください」

「え・・・本当にいいの?街でよく見る色だから目立たないよ?」

「みんなと一緒でいいんだよ」

その方が紛れるからな。



 「見て、おんなじ色の人がいるよ・・・。あ・・・あっちにも」

服屋を出た。

これで大通りに出られるな。

 「わたしとお揃いの赤にすればよかったのに」

「大人は落ち着いた色が好きなんだよ」

お喋りな子・・・。


 「お兄ちゃん何歳?」

「先月十七歳になったよ」

「オトナだね。わたしは今月五歳になったんだよ」

風の月生まれ、歳もルージュと一緒か・・・。

 「もうお姉さんなんだからね」

「お姉さんは道に迷わないよ。柱の意味も知らなかっただろ?」

「ほ、ほんとは知ってたもん」

ルーンは立ち止まった。

ふふ、からかうとムキになるんだな。


 「じゃあここから道案内をお願いしていい?」

「大通りまではお兄ちゃんね」

「自信無いんだ?」

「・・・早く行こ」

ルーンは恥ずかしそうにオレの手を引いた。

まあ・・・悪くない気分だ。



 入ったのは、本屋と靴屋に挟まれた小さな花屋だった。

大通りに店を出してるだけあって、外には人目を引く鮮やかな花が綺麗に並べられている。


 「わあ、みんな綺麗。どれがいいかな?」

「決めてこなかったの?」

「うん、見てからにしようと思ったの。ねえ、お兄ちゃんがお母さんに贈るならどれ?」

「え・・・」

体が固まった。

母親に・・・オレには決められそうもない。


 「ごめん・・・自信無いんだ。・・・すみません、親に花を贈りたいんです。この子が持つから、あまりかさばらないものがいいんですけど・・・」

ルーンに謝って、店員に声をかけた。

きっといいのを教えてくれるはずだ。

 「わかりました。一緒に決めましょう」

対応してくれたのは、女の子に人気のありそうな男だった。

さっきの奴と違って感じがいい、これが本当の花屋だな。


 「ルーン、お店のお兄さんの方が詳しいよ」

「えっと・・・お母さんにお花をあげたいの」

「何かの記念かな?もしかして誕生日とか?」

「ええとね、耳を貸して・・・」

ルーンは店員の耳元に近付いて、誰にも聞こえないように何かを伝えている。

恥ずかしいのかな?



 「これがいいと思うよ」

「わあ、かわいいお花」

注文を聞いた店員が小さな桶を持ってきた。

そこには、赤いつぼみを付けた花が二本入っている。


 「夕凪の花っていうんだよ」

「ゆうなぎ?」

「難しかったかな?あとでお兄ちゃんに聞いてみるといいよ」

「うん」

夕凪か・・・いい名前だな。


 「これは枯れた土地でも咲くとっても強い花なんだ。花瓶に移して、お水を毎日ちゃんと変えれば長持ちもする」

「あと二つだけ?」

「明日入るけど、今日は残り二つだね。一輪だけで買ってお嬢ちゃんみたいに贈る人が多いんだ。種も取れるはずだから、庭に埋めてみるといいよ」

そんなに大きくない、これならこの子でも持っていけるな。

 「じゃあ・・・二つほしい」

「お母さんに贈るなら一つでいいんじゃない?」

「だって・・・残ったお花が一人ぼっちになっちゃう。かわいそうだよ」

「ふふ、お嬢ちゃんは優しいね」

本当にそうだな。きっと大人になっても、周りの人に同じことができるようになる。


 「三百エールで足りる?」

「あ・・・一輪で三百エールなんだ」

「ん・・・そっかあ・・・」

ルーンは俯いてしょげてしまった。

・・・世話が焼けるな。



 花屋から出た。

これで用事は終わりだな。


 「ありがとうお兄ちゃん」

ルーンの下げた鞄から、包まれた花が仲良くちょこんと顔を出している。

 「ルーンは優しい子だから特別だよ」

買った花は二本、あそこでオレが黙ってるのも変だったからだ。


 「わたしが・・・特別?」

「うん、それにお礼はいらない。そのかわり、君が大人になって同じような子がいたら・・・同じことをしてあげるんだよ」

「わかった、そうする」

ルージュもそんな子になっていたらいいな。

・・・ごめんね。


 「じゃあ、家まで送ってあげるよ。帰り道はわかるよね?」

「・・・うん」

ルーンはオレの手をぎゅっと握ってくれた。

 もう目的のものは手に入れたわけだし、早く帰してあげよう。

親が戻る前までなら大丈夫だろうけど、最悪オレが誘拐犯に間違われるかもしれないからな。



 「あの・・・待って」

「なに?」

「えっと・・・」

歩き出したところでルーンが立ち止まり、もじもじしだした。


 「お城を・・・見に行きたいの・・・」

「お城・・・お母さんとの方がいいと思うよ」

「・・・お兄ちゃんと行きたい」

ルーンは泣きそうな声を出した。

 ・・・いい脅しだ。もうすぐ昼・・・王城を見に行っても夕方までには余裕で帰せる。

少し遅くなっても、この子を抱いてオレが走れば問題ないか。


 「いいよ、一緒に行こう」

「ありがとうお兄ちゃん」

ルーンは嬉しそうな声で笑った。

みんなには、帰ったら謝ろう・・・。


 「道はわかる?」

「・・・お兄ちゃんは?」

「何度か行ったことあるから知ってるよ」

「じゃあ・・・ほんとに知ってるかわたしが確かめてあげる」

知らないんだな・・・。強がってる姿はかわいらしいけど、将来損をするかもしれない。

 「じゃあ、もし間違ってたら教えてね」

「う・・・まかせて・・・でも、ほんとに困った時じゃないとダメだよ?」

「・・・ルーン、わからないのは恥ずかしい事じゃないよ。素直に言ってみて」

「・・・どう行くのかわかんない。あ・・・」

ケープの上から頭を撫でてあげた。

ちゃんと言えたからな。

 

 「なんで撫でてくれたの?」

「正直に言えるいい子だから」

「えへへ・・・」

どんな顔で笑ってるんだろう。

声でなんとなく気分はわかるけど、見たいな・・・。

 「もうそれをかぶらなくていいんじゃないの?また誰かにぶつかったりするかもよ」

「ダメ、知ってる人に見られたらお母さんにばれちゃう」

ルーンは帽子を目元まで引っ張った。

なるほど、顔を見れば誰かわかるってことか。知り合いが多いんだな。

・・・今のオレと同じだ。


 「お兄ちゃんは?」

「オレもルーンと一緒だよ」

「知ってる人がいたら怒られちゃうの?」

「・・・まあね」

残念だけど「ルーンだけ顔を出して」っては言えないな。

 


 城に向かい始めると時の鐘が鳴った。

他の街、宿場、色々立ち寄ったけどテーゼのが一番大きいな。


 「あ・・・お昼の鐘だ。・・・お腹減ったな」

ルーンがお腹を抑えてぽつんと言った。

 『バカ!没収!』

そういえば、オレも朝ちゃんと食べられなかったな・・・。

王城近くはなにもないし、この辺で取るか。


 「ルーン、お城に行く前になにか食べていこうか」

「・・・いいの?」

「オレもお腹が減ったんだ。朝、仲間にパンを食べられちゃってさ・・・お肉とお魚どっちがいい?」

「お魚が食べたい」

ルージュと歩いているって思えばなんだか安らぐ。

あの子としたかったことなのに別な子と・・・なんか罪悪感が湧くな。



 魚料理の店に入った。

おいしかったら、今度みんなを連れて来てあげよう・・・。


 「お兄ちゃんはお仕事してないの?」

ルーンは食べるのが遅い。

 「食べてから話せばいいだろ・・・オレは旅人なんだ」

「そうなんだ・・・」

話すのに夢中で手がすぐに止まる。

礼儀は教わってるみたいだけど、こういうところはまだまだなんだな。


 「ここには旅で来たの?」

「・・・来なくてはいけなかったんだよ」

小さい子の前で戦いの話はしたくない。だから「もう聞くな」って感じで答えた。

 「なんで?」

子どもだからな・・・。

 「ルーンを助けるためだよ」

「あ・・・えへへ」

「ほら、お喋りよりも食べて」

これでごまかせたかな。


 「ねえお兄ちゃん・・・お魚半分あげる・・・」

「・・・多かったの?」

「ごめんなさい、こんなにいっぱい食べられないよ」

「まだ小さいから仕方ないよ・・・ほら、口元が汚れてるから拭くね」

「うん」

ルーンは唇を出してくれたけど、ちゃんと帽子も押さえていた。

知り合いに見つかったら本当にやばいんだろうな・・・。



 王城前の橋に着いた。

そういえば・・・願いはまだ保留のままだったな。


 「わあ、すごーい」

「あんまりはしゃぐと川に落ちるよ」

「だって、あんなに大きいんだよ」

ルーンがお城の門を見て楽しそうな声を出した。

 街の住人や観光客は、この橋まで自由に入れるようになっている。

たぶん、オレは名乗って「願いを言いに来た」って伝えれば入れてくれるだろうな。


 「ルーン、あれが番兵さんだ。悪いことすると追い出されるんだよ」

「こわそう・・・」

橋を渡った先の門の前には番兵がいて、招待された者や許可をもらった者しか通してもらえない。

たまに夜会を開いているそうだけど、その時も一人一人確認するのかな?


 「あ・・・ねえお兄ちゃん。見えなくなっちゃった」

昼過ぎで観光客が多い、そのせいでルーンがつまらなそうな声を出した。

精一杯背伸びをしているけど無理があるか。

 「大丈夫だよ。・・・ほーら」

「わあ、たかーい」

「ルーン、脚を閉じて。スカートはちゃんと押さえないとダメだよ・・・。飽きるまで持っててあげるから、疲れたら言ってね」

ルーンを持ち上げて誰よりも背を高くしてあげた。

この子にお父さんはいない。だからこんなことは初めてだったのかもな。

 

 「やっぱり背の高いお兄ちゃんがいるといいね」

喜んでいる姿は、とても愛おしく思えた。

・・・あとでおやつも買ってあげよう。



 王城から離れて、ルーンとぶつかったところまで戻ってきた。


 「わたしね、ずっとお兄ちゃんがほしいって思ってたんだ。あ・・・こっちだよ」

帰り道は憶えているみたいで、今度は自信満々でオレを案内してくれている。

 「だから・・・今日お兄ちゃんと歩けて楽しかったの・・・。さっき食べたお菓子はとってもおいしかった。歩きながらだと、いつもは叱られるんだよ」

ルーンがオレの腕をぎゅっと抱いてきた。

・・・オレも楽しかったな。


 「お兄ちゃんはいい人だから嘘つきたくない。だから、おうちに着いたらわたしの本当の名前を教えてあげるね」

「ルーンのままでもいいんだけど・・・。あとどれくらいで着くの?」

「もうちょっと」

「そう・・・」

ルーンの名前よりも、今歩いている道が心配になってきた。

 アリシアの家の方向だ。・・・もうすぐ夕方、ルーンを送ったあとに出くわしたりしないよな・・・。



 「あとはまっすぐ行くの。周りになにも無くて驚いた?」

「・・・まあね」

何度も歩いた道に入ると、一歩ごとに鼓動が大きくなっていった。


 もうすぐあの家だ・・・。

近くに他の家は無い。雷神の土地には、いまだに誰も引っ越してこないらしい・・・。

大通りから遠いせいもあるけど、きっと今も毎日叫んでるんだろう・・・。


 とりあえず、ここを早く通り過ぎたい・・・ルーンの家はもっと奥の方なのかな?

 ・・・変わらない風景、気を抜くとそのまま自然に家に入ってしまいそうだ。この変な気持ちは懐かしさなのかな・・・。



 ・・・もっと早く歩こう。

その家が目の前まで来た時、オレはルージュの手を引いた。

まだ・・・ダメだ。


 「待って待って。わたしの家はここだよ」

「え・・・あ・・・」

振り返ると、ルーンがケープの帽子を脱いでいた。


 「えへへ、お兄ちゃんとおんなじ髪の毛だよ」

プラチナの髪が風に揺れている・・・。

 「・・・それにその剣もね、うちにある二つと似てるんだ」

二つ・・・聖戦と栄光・・・。

 「あとね・・・お兄ちゃんの目のとこ、お母さんと似てるんだ・・・だから信じたんだよ」

・・・鼓動がさっきまでよりもずっと早い。


 「涼しい・・・わたしね、ルージュ・クラインっていうんだ。教えたことはナイショね。お母さんにばれたら叱られちゃう」

嘘の名前・・・ルーン?ルー・・・。

 「ルージュ・・・君のお母さんて・・・」

「あ、もしかしてわかった?アリシアっていうんだよ。みんなからはらいじんって呼ばれてるの」

そうか・・・ルージュ・・・君だったんだね。

なら、この子が気になって当然だ。それに・・・こんなに話せるようになったんだな。


 「このお花は風で飛んできたって言うから、お兄ちゃんはわたしが怒られる心配しなくていいからね」

ルージュは夕凪の花を取り出した。

一緒に買った母親への贈り物は、夕焼けでより赤く色付いている。

 「ルージュ・・・お母さんのことは好き?」

「うん大好き、たまに叱られるけど優しいの。朝と夜にね、ぎゅっとして愛してるよって言ってくれるんだ」

「そう・・・よかったね」

約束はちゃんと守ってくれている。だからこの子の笑顔はこんなに暖かいんだろう。


 本当は、今この子に自分のことを話してしまいたい。

ずっとお兄ちゃんがほしかったって言っていた。オレがそうだと知ったらきっと喜んでくれる・・・。


 「もうすぐ夕方の鐘が鳴る。・・・お母さんが戻る前に家に入った方がいいよ」

だけど、まだ自分のことを話すわけにはいかない。

 アリシアとのことがなにも片付いていない状態ではダメだ。仲が良くないなんて・・・この子には知られたくない・・・。


 「うん・・・もう帰る。・・・ねえお兄ちゃん、また会える?」

ルージュが寂しそうな声を出した。

会いたい・・・会えるようにしたいよ・・・。

 「・・・どうかな、旅人は風任せだ。君に吹いたら・・・かな」

「旅ってそんなに楽しいの?」

「色んな出逢いがある・・・だから、とても楽しいよ」

「そっかあ・・・」

ルージュは余計寂しそうに俯いた。

ごめんね、まだ兄さんは臆病なままなんだ・・・。


 「んー・・・あ・・・そうだ」

ルージュはなにかを思いついたような顔で笑った。

 「これ・・・お兄ちゃんに一つあげる」

そして、二本ある花の一つをオレの手に持たせてくれた。


 「花が・・・一人ぼっちになるだろ?」

「お兄ちゃんは優しいからお花も喜ぶと思う。それにお兄ちゃんにもおまじないをかけてあげたいの」

「どんなおまじない?」

「ナイショ・・・」

ルージュは指を唇に当てた。

 ・・・貰っておくか。

それと・・・今伝えられる想いは渡しておこう。


 「ルージュ、オレも一日だけ君のお兄ちゃんができて嬉しかったよ。・・・ありがとう」

「ずっとが・・・よかったな」

ルージュの目が細くなった。

離れてしまうのがとても切ないんだろう。


 まだ少しだけ時間はある・・・。

オレは寂しそうなルージュを優しく抱きしめた。

 「ルージュ、兄さんを許してね。でも、君の幸せをずっと祈っているよ・・・」

「あ・・・」

最後にかけた言葉、なにも考えずに口から出た想いはあの日と変わっていない。

このまま・・・もう少しだけ・・・。



 「あれ・・・なんで・・・」

離れるとルージュの目からいくつも雫が流れていた。

 「悲しくないのに・・・変だね・・・なんかこの辺がふわふわして・・・なんだろう・・・お兄ちゃん・・・」

まさかな・・・話はまだできなかった。だから憶えているはずはないんだけど・・・。

 

 「・・・ねえお兄ちゃん。・・・わたしが大人になったら一緒に旅に連れていってほしいな」

「そうだな・・・いい子にしてたらね」

「やった、風が吹かなくても来てくれるんだね。じゃあ・・・またねお兄ちゃん」

「うん・・・またねルージュ」

涙目のルージュは笑って手を振ってくれた。


 涙で色付けて見たものはずっと残る。

それがあったからってわけじゃないけど、オレはケープの帽子を脱がないままだった。突然のことだったからな・・・。

 でもオレは、あの子の顔をずっと残すことができた。

・・・ずるいよな。


 風はアリシアじゃなくて、ルージュに吹いていたみたいだ。

・・・なら、戻ってきてよかった。

 すべてが終わったら会いに来るよ。

その時は、また一緒に遊びに行こうか。

どうでもいい話 9


没にしましたが、馬車で家まで送るというパターンも考えていました。

ルージュが御者に「雷神の家まで」と伝えてニルスが気付き、雷神の土地に入ったところで走る馬車から飛び出して逃げるという展開でした。

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