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Our Story  作者: NeRix
水の章 第三部
88/481

第八十三話 空き家【シロ】

 僕たちは焼き立てのパンの匂いに釣られて一軒のお店に入った。


 さっきまで小さかった街のざわめきが、少しずつ大きくなっていく。

みんなお仕事や用事のために動き出したんだろう。


 僕たちは食べ終わったら・・・なにをするんだろ?



 「ねえニルス、あたしたち半年はここにいるんだよね?」

ミランダがジャムをたっぷりパンに付けた。

僕もあれやろ・・・。


 「で、聞きたいんだけど、あんたまさか宿を取る気じゃないでしょーね」

「え・・・そのつもりだけど」

「バカじゃないの・・・半年よ?五人でいくらになると思ってんのよ」

「お金はそんなに心配しなくても・・・」

ニルスは報奨金とか戦士の報酬でたくさん持ってるから「なんともないよ」って顔だ。

ミランダは何が気に食わないんだろう・・・。

 「安い宿で一人一泊八千エールとしても、半年で七百二十万!」

「なんだ、それくらいなら・・・」

「バカ!没収!」

「あ・・・オレの・・・」

ニルスのパンがミランダにかじられた。


 「世話になる儂が口出しするのもどうかと思うが・・・大金じゃな」

「私も石鹸の売り上げでちょっとは持ってるよ・・・あ・・・私のパン・・・」

今度はステラのがミランダの口に入った。


 「こういうことは話し合おうって決めたよね?」

「他に方法があるの?まさか・・・ダメだ、アリシアの家は絶対に許さん!それならオレは野宿でもいい!」

「勘違いしてんじゃないわよ!」

「戦士の宿舎も嫌だぞ!せめて休む時くらいは色々忘れたい!」

他のお客さんたちが僕たちを見てきた。

目立たない方がいいんじゃないのかな・・・。


 「二人とも落ち着け。たしかに宿代は半年もいればそれくらいはかかるが、七百万は高い気もする。で、ミランダ殿の意見は?」

おじいちゃんが止めてくれた。

 「空き家を借りればいいのよ。ひと月十万って考えても六十万、十二分の一に減らせるわ。まあ、家具が必要なら買わないといけないけど、それでも安く済むはずよ」

空き家か・・・みんなで・・・楽しそう・・・。


 「僕はミランダに賛成」

「儂もそれなら気が楽じゃな」

「私もそうしたい。部屋はニルスと一緒だともっといいな。あと新しい香りを作る研究室もほしい」

みんなミランダの意見に前向きだ。

ニルスはどうだろう?

 「場所による・・・アリシアの家からある程度離れたところならいいよ。たしかに、ここで使うより旅で使いたいからな」

「決まりね。よし、早速探しに行きましょ」

ミランダが立ち上がった。

ニルスとステラはパンを半分も食べられなかったけど大丈夫かな?


 

 「・・・こちらでいかがでしょうか」

探していた家はすぐに見つかった。

さすが大きな街だな・・・。


 僕たちは訓練場のある東区で「お住まい探します」って書いてあるお店に入った。

 『空き家、半年、五人、広くて大きいとこ、訓練場に近い、十万以内・・・今日から!』

ミランダは入るなり条件を伝えてお店の人を急かし、早速案内してもらった。

ちょっとムッとしてるけど、お仕事はちゃんとしてくれるんだな。


 「わあ、ステラのお屋敷みたい。僕ここがいいな」

「そうでもないわ。私の屋敷の方がもっと大きい」

連れてこられたのは、ちょっと古いけど広い庭付きで二階建ての大きな家だった。

 東区の外れで周りに家は数軒、それでも距離があるからぽつんと寂しそうな感じだ。


 「・・・築二十年です。一階に部屋は八つ。その他に広めの談話室、そのすぐ横に使用人の待機部屋、大勢で食事のできる食堂、パン焼き窯もある炊事場、五人同時に入れる浴室、物置部屋もあります」

むー・・・。

 「ご覧いただいているようにお庭も広いです。貯水槽も大きいでしょう?そして・・・二階はお部屋のみ、同じ間取りで十あります。人数を考えると大きすぎるとは思いますが・・・」

・・・いいと思う。

 門は壊れて開きっぱなしだけど、塀はけっこう高い。

なによりも、お部屋がたくさんあるのがいい。僕のは三つくらいもらえるんだろうな。


 「ふーん・・・なるほどね・・・」

ニルスはずっとニヤニヤしている。

嬉しそう・・・。

 「・・・ニルス、なんか知ってんの?」

「別に・・・ここで問題ないと思うよ」

場所は訓練場にも近いしよさそうだけど、ミランダは不満げな顔だ。

住んじゃえば気に入るんじゃないかな。


 「ここ・・・十万で間違いないの?」

「間違いござ・・・なにを・・・」

「正直に答えなよ?」

ミランダが短剣を取り出し、案内人さんの胸倉をつかんだ。

何してるんだ・・・。

 「安すぎる・・・。なんかあんでしょ、客を舐めてんの?」

「・・・条件に合うのはここだけです。そして、まだお金はいただいていない・・・客ではありません」

この人も負けてない。たしかに僕たちが決めなければ客じゃないしな。

 「わたくしどもは穏便に済ませたい。あなたの仰る条件はここだけ・・・そして他はありません。気に入らなければお引き取りください」

強気だな・・・。「別に断ってもらってもけっこう」って話し方だ。

やっぱり、ミランダの態度に気を悪くしてたのか・・・。


 「く・・・中を見てから決める」

「どうぞ、わたくしはここで待っています・・・鍵束と間取り図です」

「あんたはなんで一緒に来ないの?」

「・・・気分ですね。それと、仲の良さそうなみなさんの邪魔はしたくありませんので」

なにかあるんだろうけど、たぶん教えてはくれないな。

まあ、見ていいなら調べさせてもらおう。



 入口の鍵を開けて中に入った。

広い玄関、目の前には談話室への扉がある。左右に分かれる廊下、間取りは左右対称に作ってあるみたいだ。


 「んー、なんか嫌な感じしたんだけど・・・埃っぽいだけで普通ね。ニルス、あんたなんか知ってるでしょ?今話さないと、ほんとに窒息するまで顔の上に座るからね」

「ミランダ殿・・・儂にやってくれんか」

「おじいちゃん、あたし真面目な時にふざける奴嫌いなんだよね。ニルス!」

「わかったよ・・・」

もうここでいいと思うんだけどな・・・。


 「昔ここで殺しがあったんだ。使用人も含めた一家全員の首が無かったんだって。人肉愛好家に渡ったって噂もあって、昔から街に住んでいる人ならみんな知ってる。気味が悪くて・・・ふふ、誰も住まないし近付かない」

ニルスは笑顔で教えてくれた。

なんだ、それくらいなら問題なさそうだ。


 「やだ・・・あたしやだ」

「見て、本当に広い談話室よ。食堂も言ってた通り大きい。・・・あ、ここが使用人の待機部屋ね、研究室にしよ。でも・・・掃除からしないとダメね。シロもいるし、今日でどうにかなると思う」

ステラは勝手に扉を開けてはしゃいでいる。

だよね、もう住んじゃおう。

 「儂は庭をどうにかしたい、ステラ様がお茶を飲めるようにしましょう」

「じゃあ庭師さんに任せるわ。お花の香りでいっぱいにしてちょうだい」

「かしこまりました」

まずは綺麗にしないといけないよね。部屋の空気も浄化しないとな。


 「みんなで無視してんじゃないわよ!化けて出てきたらどうすんのよ!」

「そうねえ、別に出てきても構わないけど・・・シロ、どうなの?」

ステラが僕を見てきた。

 「なにも無いと思うよ」

「部屋・・・全部見てきて。ほら、すぐに行く!」

「シロ、オレも行く。本当に化けて出るのか知りたい」

「うん、行こう」

僕とニルスは三人を残して部屋を周ることにした。

ミランダもあんなに恐がることないのにな。


 「いたらどうするの?」

「流す・・・本来の理だからね。たしかに殺された命は、身体が無くなっても残りの魂、心、記憶が残ることがあるんだ。死を受け入れる間もなく終わるとそうなりやすい」

だから女神様は、戦士の命が迷わないように流していた。

今の所気配はないから大丈夫だと思うけどね。



 まずは東側から見ていくことにした。

向かって正面、廊下の突き当たりに扉が二つ見える。

 右手には広めの部屋、間取り図では・・・応接室か。

左手には使用人待機部屋の扉がある。ここは廊下からも入れるんだな。


 「・・・掃除道具がそのまま残ってる」

応接室のすぐ隣には物置があった。

箒なんかはいったい何年前のだろう・・・。


 「見えてた扉は二つだったけど、部屋は三つあるんだな」

「うん、間取り図でもそうなってる」

「奥まったとこの角部屋ってなんかいいな。・・・どの部屋も埃っぽい、ついでに窓を開けていこう」

ニルスはずっと笑顔だ。

 

 でも、この家は笑っていない感じがする。

誰も住まなくなってどのくらい経ったんだろう。開けた部屋は全部哀しい空気で満ちていて、早く浄化してあげないとダメそうだ。



 「あはは・・・脱衣所も広いな」

東側の一番奥には浴室があった。

使用人待機部屋の隣だけど、ここは繋がってないみたい。 


 「うわ、浴室が真っ黒だ・・・」

「大丈夫、僕が綺麗にするよ。みんなで入ろうね」

「脱衣所は湿気が溜まりやすい、虫が出るとミランダが騒ぐから気を付けようか・・・」

あ、話を逸らされた。でも結局ミランダに洗ってもらうんだから言わなくても一緒か。


 よし、東側は問題なし。

次は西と二階だ。


 

 談話室前に戻ってきた。

見た感じは東側と一緒だけど、部屋の数が違う。

 向かって右手側には食堂への扉、ここも談話室と繋がっている。

左手側には応接室と同じ大きさの部屋がある。


 「間取りは左右対称だけど、さすがに西側にまで浴室はないか」

「そうだね、こっちはただの部屋だ」

たしかにいっぱいお風呂があっても仕方ないよね。

 「それにあっち側は三部屋並んでたのに、こっちは二部屋だ。その分向こうよりは少し広めだな」

「とりあえず・・・なにもいない」

「じゃあ・・・あとは二階だな。・・・向こうだと物置だったとこが階段みたいだよ」

「うん、行ってみよう」

早くミランダを安心させてあげないとな。



 二階にあるのはお部屋だけ、なんだか宿って雰囲気だ。

階段を上がって右を見ると長い廊下があって、左右に部屋が四つずつ。振り返ると同じように向かい合って一つずつ扉がある。

全部同じ大きさで十、間取り図の通りだ。


 「昔さ、十五になったらルージュを連れてこの家に引っ越そうと思ってたんだ。・・・旅にも出れなそうだったから」

ニルスが一つ目の扉を開けながら笑った。

 「なんでこの家なの?」

「誰も近寄らなさそうだから・・・静かに暮らしたいって思ってたんだ」

だからこの家を見てニヤニヤしてたのか。

 元々目を付けていたけど、旅立てることになって誰も住むことはなくなった。そしてニルスがいない間も入る人はいなかったって感じかな。



 「シロ・・・」

階段を背に左から数えて二つ目の部屋、ニルスがベッドの脇を指さした。

 「そうだね・・・死者だ」

人の首から上がそこに転がっていた。

 なんだ・・・いるんだ。でも気配が弱すぎる・・・もうほとんど残っていない。


 「こっちに気付いてるの?よくないものなら胎動の剣で・・・」

「僕がやるからいいよ」

その首はまだ小さい、たぶん子どもだったんだろう。


 「だれ・・・ここはボクの部屋だよ・・・ボク?・・・ボクは・・・だれ?」

近付くと首がゴロンと転がって僕の顔を見てきた。

 「シロ!」

「平気」

記憶はほとんど流れてしまっている。何があったかは水から探せばいいけど、もう死者だから意味が無い。

放っておいても問題ないけど、ミランダが嫌がるだろうから・・・。


 「ああ・・・みんなで出かけるんだ。・・・どこに行くんだっけ・・・でも・・・おうちにはだれもいない・・・さみしいな」

迷ったのはこの子だけか。・・・大人たちは、なんとなくわかっていたんだろう。


 「君はもう眠らないといけない。でも大丈夫だよ、君の命はまた流れる」

僕は首だけの男の子に触れた。

 死者の言葉に惑わされてはいけない。だけど、せめて愛する暖かさを贈ろう。


 「ながれる・・・ながれる・・・」

「眠ろうか、眠ろうか・・・星とまた流れるまで。暗い、暗い世界が・・・光り白くなるまで。眠ろうか、眠ろうか・・・命がまた、君の名を呼ぶまで・・・」

「・・・暖かい・・・ありがとう」

男の子は心配事がなくなった穏やかな顔で消えていった。

ここ・・・僕の部屋にしよう。


 「もう大丈夫だよ」

振り返ってニルスに伝えた。

 「シロ、今のは・・・」

「女神様から教わったんだ。迷った命はこうやって流す」

「そうか・・・少し話してみてもよかったんだけどな・・・」

「ううん、必要ないよ」

生者が死者にできることはなにも無い、なにをしてもそれはまやかし。今のやり方しかない・・・。


 「あの子だけだったと思うけど、一応他の部屋も見ようか」

「うん、そうしよう」

なんだか哀しい空気も払えた気がする。

 ・・・あの子が原因だったんだろうな。

また巡る・・・新しい命になったら出逢えることを祈ろう。



 「どうだったの?なんかいたの?」

戻るとミランダが詰め寄ってきた。

 「大丈夫、なにもいないよ。僕が見たんだから間違いない」

他の部屋にはなにも無かった。

あの子だけだったみたいだ。


 「・・・本当?」

「うん、嘘だったらミランダに僕のお城をあげるよ」

それくらい自信を持って言える。

だから・・・もうここに住まなきゃね。



 「半年借りるわ。お金はいつまでに払えばいいの?」

ミランダは外に出た途端に強気になった。

なにも無いってわかったからかな。


 「・・・本当ですか?・・・この家でいいんですね?」

案内人さんは、さっきと違って弱気になっている。

どうせ断られるって思ってたみたいだ。


 「何があろうと、苦情は受け付けませんからね」

「門を直したり、庭をいじってもよろしいかのう」

「ご自由にして構いません。それと水の汲み上げ器はおそらく壊れています。お直しなどは借り主側でやっていただくので十万なのです」

「そうか・・・それも儂がやってみよう。配管も確認せんとな」

安いのは他にも色々理由があったのか・・・。


 「そして半年分は前金でいただきます」

「わかりました。引出手形です」

ニルスは小さい本みたいなのに数字を書いて渡した。

あれでもお金を払ったことになるらしい。


 「六十万・・・たしかに。・・・ではこちらに署名をお願いします。失礼ですが、税は納めていらっしゃいますか?遅くなりましたが、居住権が無い方にはお貸しできません」

「居住権?」

僕はニルスを見た。

 「税を払わないと街に住む権利・・・居住権が貰えないんだ」

「え・・・じゃあ僕も?」

「子ども・・・いや、精霊は大丈夫だよ」

なにを言いかけたのかはわかる。

まあ・・・いいけど。


 「税額は何種類かあって、納める金額によって待遇が変わるんだ。一番低いのが、居住権だけで年間六十万エール。そして・・・これが証明になる」

ニルスは手の平くらいの白くて厚い紙を取り出した。

・・・払ってたのか。


 「拝見させていただきます。・・・クライン?もしや・・・」

「・・・なにか?」

「あの・・・雷神の親族の方で・・・その髪の毛も・・・」

「口外しないでいただきたいです。まあ、客の情報を外で言いふらすことは無いと思いますが・・・」

ニルスが殺気を放った。

そういえば、アリシアは有名人なんだったな。

 「と、当然です」

「それで、確認は済みましたか?」

「はい・・・問題ありません。では、あなたのお名前で・・・」

「ちょっと待って、あたしの名前で借りたい」

ミランダが割り込んできた。

たぶん、今の雰囲気はよくないって思ったんだろう。


 「・・・はい、確認して」

ていうか、ミランダも税を払ってたのか。・・・けっこうしっかりしてるんだな。

あれ?でも・・・。

 「ミランダのは色が違うね」

「白銀証明・・・」

案内人さんの顔色が変わった。

ニルスに睨まれた時よりも白くなってる気がする。


 「ゆ、有産階級の方だったのですか・・・」

「あたしは違う。でも親はそんな感じ」

「・・・失礼いたしました。では、お客様のお名前でご署名いただきます」

「やっとお客様って思ってくれたんだね。・・・はい」

ミランダは笑顔で名前を書いた。

よくわかんないけど、ニルスのことはごまかせたっぽい。

 「これで家主はあたしね。この家の女王様よ」

もしかして、最初からそのつもりだったのかな?


 「では・・・今後ともごひいきに。期間を伸ばしたい場合はご相談ください」

「ありがとね」

「こちらこそ助かりました。・・・失礼いたします」

案内人さんは安心した顔で帰っていった。

ずっと空き家だったみたいだし、いいことした気分だ。


 「ねえヴィクター、私の聖女証明も使えたの?」

「騒ぎになると思われますので、滅多なことでは出さないようにしてください」

「・・・わかった」

聖女証明なんてものもあるみたいだ。

たしかに見せびらかすようなことはしない方がよさそう・・・。


 「それにしても、二人ともしっかり税を払っていたんじゃな」

「納税証明は自分自身の証にもなるので・・・とりあえず十年分で納めていました」

ふーん、そういう使い方もできるのか。

 「あたしは親が払ってくれてたんだ。どこで調べたかわかんないけど、十五の時に住んでた場所に届いたの。・・・十年分、一括で出してくれたっぽい」

「・・・ミランダ殿の親は何者じゃ?」

「高級娼館の女主人。あ・・・安い方もやってる。春風と秋風って店、大陸中にあるね。もちろんテーゼにも」

「なるほど・・・たしかに金は持っていそうじゃな」

おじいちゃんはちょっとだけいやらしい顔をした。

高級ってくらいだから、いっぱいお金が稼げるんだろうな。


 「白銀証明は、いわゆる庶民が納められる税の最高額だぞ・・・。たしか年間八百万、娼館でそんなに稼げるの?」

「うちはそうみたいだよ」

「たしか医者代もタダになるって話だ」

「うん、病気になったことないけどね。正直、これ使うのって住む場所決める時くらいだから、ニルスとおんなじ白で間に合うんだよねー」

つまり、ミランダのお母さんは娘をとっても大切に思ってるってことだよね。

拾われたって言ってたけど、いい人に巡り逢えたんだな。


 「そういえば、騎士も税は払ってんの?」

「一度も納めたことないのう。ただ、騎士の証明は発行されておる。それに居住権も含まれているんじゃ」

「なるほど・・・出さなかったのはステラと同じね」

「そうじゃな。儂とステラ様の証明は世界に一つずつしかない、無闇に出せん」

今回はニルスとミランダが持ってたから助かったってことか。

・・・そろそろ中に入りたいな。



 「古いけど家具は揃ってるから、掃除をしてみてダメそうなのだけ買ってくることにしましょ」

みんなで家に入った。

今日から半年間、僕たちの帰る場所になる・・・。


 「この棚、血の跡があるわ・・・。でも使えそう、シロならこれくらいは落とせるはず。・・・いいミランダ?」

「・・・綺麗になるならいいよ」

「炊事場でも殺しがあったようじゃな・・・ずいぶん抵抗した跡がある」

「不気味なこと言わないでよ!!」

みんな楽しそうだ。

戦うために来たけど、いつでも安らげるところはあった方がいいよね。


 「食器もいっぱいあるわね。洗えば全然大丈夫そう」

「僕は野宿の時に使ってるのでもいいよ。自分のだってすぐわかるし」

「あれは旅の時に使うようにしましょ」

じゃあ、僕の猫食器はしばらく見れなくなるのか。

 「あたしもその方がいいな。子豚食器気に入ってるし」

「私もあの羊の絵は好きよ。ニルスの狸もかわいいよね」

「儂も狐に愛着が湧いてきた」

みんな自分の食器が好きみたいだ。

たしかに旅で使いたいかも・・・。


 「シロ殿、水は緊急じゃ。直るまでは必要な分を出してほしい。儂で無理なら修理屋を使わねばならん」

「わかった。じゃあまず貯水槽を洗ってそこに入れるね」

たしかに水は大事だな。

僕とステラ以外はお腹を壊しちゃうかもしれない。


 「みんな、ちょっと悪いんだけど・・・少し出かけてきたいんだ」

緩い雰囲気の中、ニルスが窓からの風を浴びながら言った。

 「引出手形を置いていくから、必要なものがあれば買っていいよ」

暗い感じじゃない。どこか行きたいとこがあるのかな?


 「え・・・お掃除は?どこ行くのよ?」

「なんていうか・・・ちょっと一人で歩きたいなって・・・」

「・・・わかった。綺麗にしとくから夜までには帰ってきてね」

「ありがとうミランダ。・・・行ってくるね」

ニルスは薄く笑うと家を出て行った。


 「ミランダ、許してあげてね。ニルスの分も私がお掃除がんばるから」

ステラが腕を捲った。

うーん、別にミランダは・・・。

 「怒ってないよ。ステラには悪いけど、この中ではあたしが一番付き合い長いからね」

だよね。

 「ありがとう。さあ、夜までに綺麗にしましょー」

「シロ殿、屋根に穴が空いていないか見てきてほしい」

「虫の巣とかもないか見てきて」

「うん、わかった」

ニルスはたぶん大丈夫だとは思うけど、帰りが遅かったら迎えに行ってあげよう。



 「ニルスはあっちの方にいるみたいだよ。一人で大丈夫かな?」

「久しぶりの故郷、街並みを眺めたい・・・そういうことじゃろ。それに戦場の前日じゃ、知り合いと顔を合わせる可能性も低い」

僕とおじいちゃんは、買い出しのために外へ出てきた。

とりあえず今日はお掃除で忙しいからすぐに食べられるものが必要だ。


 「そうか、色々考えて出たんだね」

「儂らはニルス殿が帰った時に顔が緩むようにしてやればいいんじゃ。ミランダ殿とステラ様はそうしようと頑張っているじゃろ?」

ミランダとステラは、二人で家の中を磨いている。

風と水の魔法でピカピカにするって張り切ってたな。


 あれ・・・二人?


 「ねえおじいちゃん、ステラを残してきてよかったの?」

「あそこに聖女がいると知っている者はいない。万が一があってもステラ様は転移の力もあるからの、心配はないじゃろ」

おじいちゃんは余裕な顔をしていた。

 言われてみればそうだ。ステラが今テーゼにいることを知っているのは僕たちしかいない。ジナスはステラに触れたことはないから場所を探られることもないな。



 「シロ殿、あれが訓練場らしい。近くまで行ってみよう」

お買い物の前に寄り道をすることになった。


 戦士たちは前日でも鍛錬をしている。

ケガをしても治癒隊の人たちがいるからなんの心配もないんだろう。



 「あそこを曲がると訓練場だね。おじいちゃん、早く行こうよ」

「逃げはせんよ。前を見なさい」

「平気だよ・・・わっ」

誰かにぶつかってしまった。

痛くはないけど・・・相手は大丈夫かな?


 「すまない、急いでいたんだ。・・・立てるか?」

「うん、ごめんなさ・・・あ・・・」

顔を上げると、ニルスと同じ髪の毛の女の人がいた。

腰には胎動の剣と似た剣・・・。


 「どうした?どこかケガをしたのか?」

「あ・・・大丈夫」

アリシアだ・・・ニルスのお母さんとぶつかったのか。

あれ・・・なんで今ここにいるんだ?


 「孫がぶつかってすまなかった。楽しいと周りが見えなくなるんじゃ、許してくだされ」

おじいちゃんが謝ってくれた。

恥ずかしいな・・・やっぱり子ども扱いされるのはちょっとやだ。


 「いえ・・・私もよく前を見ていなかった。それに大切な孫を転ばせてしまった」

「気にすることはない、男の子は転んで強くなるんじゃ」

「男の子・・・」

アリシアは目を閉じた。

なにを考えているんだろう?

 「おや・・・急いでいたのではなかったかな?」

「あ、ああ・・・そうだな。失礼する」

アリシアはまた駆け出し、一直線に訓練場の中へ消えていった。

 

 「あれが雷神・・・かなりの使い手じゃな」

「どのくらい強いかわかるんだね」

「強者はなんとなくわかる。ニルス殿と同じくらいか・・・。いい女じゃ、敵にはしたくない」

おじいちゃんは楽しそうな顔で笑った。

でも、戦ってはみたいって感じかな。

 

 「さあ、お使いをしっかりできなければミランダ殿に何を言われるかわからん」

「うん、おいしいのをたくさん買おうね」

「酒もな・・・おお、追い風じゃ。急げと言っておる」

歩き出すと強い風が吹き、僕たちを追い越して街を颯爽と走っていった。


 風は心・・・誰のものかはわからないけど、それを運んできたのかもしれない。

水の章はこれで半分となります。


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