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Our Story  作者: NeRix
水の章 第二部
84/481

第八十話 素直に【ニルス】

 気が付くと見覚えのある門が目の前にあった。

本当に一瞬、転移ってすごいな・・・。


 「わあ、本当に全部水晶・・・記憶にはあるけど実際見ると違うね」

ステラは子どもみたいにはしゃいでいる。

 「オレも初めて来たときは感動したよ。・・・ミランダもそうだったな。あの時はいつもと違って女の子って感じだった」

「ふーん・・・。まあそうだよね、ここはすごくいい・・・。あなたと来れてよかった」

「うん、オレもそう思うよ」

「えへへ・・・」

ステラは満面の笑みで返してくれた。


 彼女を想うと鼓動が高鳴る。胸を押さえるとぎゅっと締め付けられて苦しい・・・でも嫌な気持ちではないんだ。

 『不安になったら言いなさい。全部私が吹き飛ばしてあげる』

嬉しかったけど、毎日不安になる。・・・さすがに迷惑に思ったりしてないかな?

 嫌な夢がこんなに続いたのは初めてだ。

アリシアのことだけじゃない、他にもたくさんある。

 ジナスとの戦い、戦場、ルージュ、シロの覚悟、ミランダの傷痕・・・おかしくなってしまうかもしれない・・・。


 でも、毎晩ステラがいてくれて助かってはいる。君がいると安らぐんだ。

それでもアリシアの夢を見たり、色んなことに圧し潰されそうになってしまうのは、まだオレの心が弱いからなんだろう・・・。


 『次は勝つさ』

仲間がいるから戦える・・・父さんの家では本気でそう思った。

 あの時はとても強い気持ちがあったのに、毎晩アリシアの夢を見る度に薄れていく気がする。


 『お前は母親を心の底では信用していない。母親も、そんなお前を信用しているわけがないだろうな』

ジナス、お前の言ったことは半分正しい。正確には「信用できていない」だ。

 『ニルスと一緒に戦えれば楽しいだろうな。そうなってくれたら母さんは嬉しい』

夢を忘れられていたから・・・。


 「ニルス?」

気付くと目の前にステラの顔が迫っていた。

近い・・・ふんわりといい香りがする・・・。

 「考え事?それともまたなにか不安なこと?」

「・・・いや、大丈夫。行こう」

「シロ君、早く早く」

「待って・・・まだニルスとステラが・・・」

ニコルさんがシロを引っ張って急かしている。

とにかく、今はあの人を案内しよう。



 城の中に入った。

相変わらず綺麗な場所・・・。


 「メピルー!どこー!!」

シロは必死に叫んだ。

 「まだ?ねえまだ?」

ニコルさんが離してくれないからだろうな。



 「え、シロ・・・なんでここにいるの・・・。ずっと南にいたでしょ?」

メピルはすぐに顔を出してくれた。

約半年ぶりか・・・。


 「説明はあとで、虫たちはちゃんとお世話してくれてた?」

「え・・・もちろんしてる・・・けど・・・」

「は、早く案内してください!!」

「え・・・誰・・・」

メピルが一歩引いた。

困惑してる・・・あれじゃ訳がわからないだろうな。


 「ニルス、彼女は?」

ステラが指でつついてきた。

 「あの子はメピル、シロの分身だよ」

「分身・・・じゃあ女神が封じられたあとか。私の記憶にはない精霊ね」

「優しい子だよ。シロを大切に思っている」

メピルが間に入らなければ、シロと旅をすることはなかったかもしれない。

感謝している一人だ。


 

 「うわああああ!!本当にいっぱいいる!!三十?四十?うわああああ!!!」

ニコルさんは虫部屋の扉を開けた瞬間に叫び出した。

オレはもう見たくない、だから室内が視界に入らない場所に立っている。


 「シロ・・・どういうことなの?危ない人は嫌いよ・・・」

「危なくはない・・・かな。ほらニコルさん、まずメピルに挨拶して」

「え・・・あ・・・ごめんよ」

シロがニコルさんの足を凍らせて部屋の外に連れ出した。

この城でメピルと二人きりにして大丈夫なのかな?


 「・・・失礼しました。ボクはニコル・エネシィ、今は太陽蜘蛛の研究をしています。シロ君に話を聞いて連れてきてもらいました!」

「あ・・・私はメピル・・・」

「これからよろしくお願いします!」

「・・・」

迫られたメピルは固まってしまった。

どうしていいかわからない・・・そんな顔だ。

 「じゃあ・・・シロ君。この氷、もういいかな?」

「あ・・・うん」

「ふふ・・・」

ニコルさんは不気味に笑うと、また虫部屋に入っていった。


 「すごい・・・天然の水晶でここまで大きくなるのか・・・」「ああ!光り方も全然違う!」「力も・・・強いじゃないか!」「あ!!卵だ!!」

・・・なんか心配だ。オレも旅の話をする時、ああなってたりするのかな・・・。


 「は・・・シロ!あれは何!どうして人間を連れてきたの!!」

メピルが我に返り、シロの体を掴んで大きく揺さぶった。

こっちも騒がしくなりそうだ。

 「あ・・・あの・・・」

「まさか虫だけじゃなくてあの人の世話まで私にしろってことじゃないでしょうね!!」

「うう・・・えっと・・・」

優しいメピルがあそこまで怒るのか。

姉に叱られる弟・・・。


 「せっかく戻ってきたと思ったらあれがおみやげってことなの?面倒なことを私が全部やると思ったら大間違いよ!!」

「ああ・・・あの・・・」

シロは委縮してなにも返せずにいた。

・・・メピルが落ち着くまで待つしかないな。



 「・・・ニルスもいたのね。ごめんなさい取り乱したわ。それにミランダ・・・じゃない。・・・どなた?」

メピルがこっちに気付いてくれた。

シロに全部ぶつけて、なんとか保てるようになったみたいだ。


 「久しぶりだねメピル。ちゃんと話すから聞いて」

「・・・うん。教えてニルス」

「僕が記憶を渡すよ」

「やだ!お話してほしいの。そうだ・・・退屈だからお部屋を作ったりして遊んでたの。お城らしく会議室も作ったからそこで話そうよ」

メピルはかわいい笑顔で歩き出した。

 その方がいいな。一人きりでずっと不安だったろうし、会話もしたかったはずだ。



 「・・・それで、ここに来ることになったんだ」

メピルにこれまでの旅を説明した。

 ジナスと対峙したこと、女神に会ったこと、対抗策があったこと、次の殖の月に戦うこと、そしてニコルさんのこと・・・。


 「うーんと・・・ステラは精霊じゃないのよね?」

「そうね・・・身体はほぼ人間よ」

「そうなんだ・・・ふーん・・・」

メピルは落ち着かないって感じだ。

一気に話したから、なにから聞いていいかわからないんだろう。


 「やっぱり記憶も渡そうか?」

「大丈夫だよ。とりあえず、あの光る子の縦糸が必要なんでしょ?」

「うん、ニルスが十七歳になったからそのお祝いなんだ」

「私もお祝いしてあげたいから構わないよ。あの人と仲良くできるかはわからないけど・・・」

メピルは今回の件を承諾してくれた。

 さっきはかなり怒っていたけど、すぐに落ち着いてくれたな。

たぶんあれは、シロが戻ってきた嬉しさもあったんだろう。


 「ニルス、私も頑張って糸を集めるからね」

「ありがとうメピル」

「女神様と繋がりがあったのは驚いたけど、だからここに来てくれたのかもね」

「どうだろうね。なんにしても、みんなと出逢えた今と繋がっている。それだけでいいよ」

オレは偶然だと思っている。だって、なにかに操られるのは気に入らないから・・・。


 「そうだよね、それでシロも外に・・・あ、大事なことを忘れてた。シロ、ここに戻ったなら何か言うことあるんじゃない?」

「え・・・ただいま・・・メピル」

「おかえりシロ、ちょっと顔つきが逞しくなったみたい。強い子・・・ちゃんとなれたね」

「そう?でも、もっと強くなるよ」

二人のやり取りがとても羨ましい。

 『ただいま』

オレがそれを言える場所は・・・。

 

 『ルージュがいるからお前はもういらないんだ。帰ってきてほしいとも思っていない』

ジナスの人形からぶつけられた言葉。アリシアは本当にそう思っているんじゃないかって考えてしまう。

 ・・・自分の勝手な憶測。頭ではわかっているけど、それがオレからアリシアを遠ざけている。

信用できないのがオレの弱さ・・・。



 「ちょっと出てきてー」

虫部屋に戻ってニコルさんを呼んだ。

 メピルとこれから一緒に生活することになるから、もうちょっと仲良くさせないといけない。


 「あ・・・シロ君、この部屋はいいね。みんなかわいい・・・」

ニコルさんはすぐに部屋から出てきた。

この人も少しは落ち着いたみたいだ。



 「とってもいい子だから仲良くしてあげてね」

メピルの紹介が終わった。

 「もちろんだよ。ボクにできることは何でもするから」

今回はちゃんと聞いてるな・・・。


 「えっと・・・色々あの子たちの話も聞きたいな」

「あんまり籠ってたら教えてあげないからね」

「う・・・それは困るな・・・」

「他の虫たちのお世話もしてもらうからね」

上下は決まったみたいだ。

ていうか居候で逆らえるわけないか・・・。


 「それと、ここに食べ物はないの。まあ・・・木の実とかでよければ取ってくるけど・・・」

「申し訳ない・・・」

そういえば考えてなかったな。

 「それか探知の結界を張っておいて、行商さんが通りかかったら売ってもらえばいいんだよ」

「なるほど・・・シロは頭がいいわね」

いい考えかもしれないけど、ここに行商が来ることってあるかな?街道からけっこう離れてるし、あの番犬を見たら引き返す可能性もある。

・・・保存がききそうなものを少しだけ置いていってやるか。


 「あ・・・でもちょっと待って。行商って言っても、私は岩場から外へは行けないわ」

「ニコルさんに行ってもらえばいいよ」

「まあ・・・ボクも買い物くらいできるけど・・・」

「お金は?私持ってないよ・・・」

ニコルさんも無さそうだな。・・・一応、それも置いていくか。

 「でも心配ね・・・通りかかったってわかって外に出ても、その時には遠くに行っちゃってるかも。引き留めないといけないわ」

「食事は無いと困るな。・・・面倒だけど、街道近くで狼煙を上げよう。気付いた行商さんに頼んで、定期的に来てもらえるようにする。もちろんここの場所は伝えないで、毎回外に出るから」

「あなた交渉できるの?」

「たぶん・・・とりあえず外までの案内をお願いしたい」

まあ・・・それでなんとかなるか。


 「それと、虫たちは綺麗好きが多いんだ。それで・・・このお城に浴室はあるかな?毎日体を洗わないと」

「精霊がお風呂に入るわけないでしょ・・・って言いたいところだけど、ニルスとミランダのために作ったのがあるわ」

「お湯も・・・出るかな?」

「・・・出してあげるわよ」

石鹸も必要か・・・。

まあ、この感じなら仲良くやってくれそうだな。


 「これで安心だ。・・・じゃあ糸が集まったら、メピルさんからシロ君に伝えるって感じでいいのかな?」

「そうよ。まずは縦糸を集めないといけない。研究はいくらでもしていいけど、それが終わってからね」

「もちろん、最優先で集めるよ。さっき調べたけど、糸の質が全然違う。きっとすごいのができる」

太陽蜘蛛の糸で作った外套・・・けっこう楽しみだ。


 「じゃあ集まったらまた私が連れてきてあげる。ねえニルス、嬉しい?」

「うん、嬉しいよステラ」

「えへへ・・・」

ステラは照れくさそうに笑った。

この笑顔だけで心が暖かくなる。

 「あ・・・でも、糸が集まったとしても誰が作るの?」

「キビナに腕のいい職人がいるんだ。その人にお願いしたい」

「キビナね・・・シロ?」

「僕が場所を知ってる」

フラニーさんならきっといいものを作ってくれるはずだ。

それに、シロも行けばバニラも喜ぶな。



 「じゃあ、楽しみにしててね」

ニコルさんは虫部屋に戻っていった。

言われなくても楽しみだ。


 「ねえニルス」

扉が閉まると、シロがメピルと手を繋いでいた。

 「もうちょっとだけメピルと話してもいい?」

「少しだから・・・お願い」

今回の用事は済んだ。だから、もうミランダたちの所に戻ってもいいけど・・・。

 「いいよ、待ってるからゆっくり話しきて」

「ありがとう。じゃあ前に泊めた部屋にいて」

「ありがとうニルス」

二人はまだ一緒にいたいんだろう。

それはとても大切な時間、邪魔はできない。


 「じゃあ二人きりで待ってようか」

「あ・・・うん、案内するよ」

「お願いね」

ステラが手をオレの前に出した。

「繋いで」ってことらしい。


 「ふふ、あったかいね」

「・・・シロとミランダにも言われたことある」

「自分では違うと思ってるの?」

「そうじゃない・・・あの二人も、ステラも・・・オレよりあったかい」

大切にしたい人の手はそう感じるんだと思う。

 だから、たぶんルージュの手もそう感じるはずだ。

アリシアは・・・どうだったろう・・・。


 『母さんの手はあったかいね』

『そうか?ニルスの方があったかいぞ』

『そうかな?』

『そうだよ。だからしっかり繋いでいたくなるんだ』

昔はそうだった。今は・・・。



 「ねえニルス、私のことも愛してるって言ってほしいな」

部屋に入ってすぐ、ステラが抱きついてきた。

突然・・・なんだ・・・。


 「え・・・でも・・・」

「シロとミランダは言ってもらえたって聞いたけど?」

ああ、父さんの家での話か。・・・恥ずかしいこと喋ってくれたな。


 でも・・・伝えたい。


 「ステラを愛してるよ。君に比べたらオレはまだ子どもかもしれないけど・・・ミランダやシロと同じで大切な人だ」

「えへへ、これで私もニルスの仲間だね」

鼓動がまた高鳴った。

だけど今までと違って締め付けはなく、心地のいい揺れ・・・。

 なんとなくわかってきた。これは、もっと気持ちを伝えれば緩まる。

締め付けは「もっと幸福をよこせ」って、オレの心が出していた叫びのようなもの。

だからもっとたくさん・・・素直な気持ちを伝えたい。

 

 「ステラへの気持ちは、種類が違う気がするんだ」

「どう違うの?」

「ええと・・・また唇を重ねたい・・・」

言い終わってすぐ、自分から唇を付けていた。

欲求、衝動、本能・・・そういうものだと思う。

 「・・・」

抵抗は一切無かった。

初めから受け入れてくれるつもりだったんだろう。 


 重なった唇は少しずつ湿っていく。

少しだけ淫らな音、できればみんなには聞かせたくないもの・・・。



 「また・・・してね」

唇を離すと、ステラが笑った。

 そうしたい、ほんの短い時間でも不安を飛ばしてくれるおまじない。また心が欲しがった時に・・・。


 「じゃあ、私たちもお喋りして待ってようか」

「なんの話がいい?」

「じゃあ・・・ここに初めて来た時のこととか」

「いいよ」

ステラが知らない話、一緒にいた気分になれるように詳しく教えてあげよう。



 「ミランダがそんなに暴れたの?」

「うん、もう大騒ぎだった。本当に発狂したんだよ」

「たしかにさっき見たけど、ちょっと多すぎるからね・・・」

一晩泊めてもらえることになった所まで話した。

順を追ってだったから、この話もしないといけない・・・。


 「そうだよね・・・あの量はオレも無理だ。思い出すと・・・ほら、すぐ鳥肌が・・・」

涙で色付けてもいないのに、記憶に焼き付いて忘れられない光景だ。

たぶん、あの部屋に入れるのはニコルさんとシロとメピルだけかな。


 「あら、大きな傷痕。治癒隊ってあんまり優秀じゃないのね・・・」

新芽や花びら、力を込めるとすぐ壊れてしまうもの。ステラはそういうのを触るように右腕の傷痕を柔らかく撫でてくれた。

 そういえば、見せるのは初めてかもしれない。いつもは恥ずかしくて、着替えは陰でやってたからな・・・。


 「これは旅に出てからだね。ここに入る所から話したけど、その前に外の岩場でメピルの狼と戦ったんだ。それにやられて・・・ミランダが治してくれた」

「そうなんだ。・・・ミランダはかなり頑張ったみたいね」

「すごく嬉しかったんだ。だからこの傷痕は残っててもいい・・・」

いや、残しておきたい。ミランダが治してくれた・・・いつでも思い出せるように。


 「じゃあ残しておいた方がいいね。それ以外で気になるのがあったら綺麗にしてあげられるから教えてね」

「え・・・」

ステラが軽く放った一言に全身が反応した。

 「胸とか背中とか、ジナスにやられた傷痕が残ってるってミランダが言ってたから・・・」

・・・綺麗に?・・・残った痕を?


 「ステラ!」

「え、どうしたの?急に大声出されるとびっくりしちゃうよ」

「こういうの・・・消せるの・・・」

声が震えた。

いつか必ず・・・そう誓ったこと。


 『平気だよ・・・こんなの・・・』

『治ったら・・・みんなでロレッタに行こうね・・・』

ミランダ・・・ステラたちにはまだ抵抗があるのか、見せないようにしていた・・・。


 「やっぱり消したいの?」

「できるの?それを知りたい」

「できるわ。負担が大きすぎるから人間には教えてな・・・いけど・・・ちょっとニルス、泣いてるの?」

「ミランダの体・・・ジナスに付けられた傷痕が残っている。・・・オレが守れなかったから・・・治す方法を・・・必ず見つけるって約束した」

涙を堪えきれなかった。

この瞬間は鮮やかに色付いてくれそうだ。


 「戻ったら話してみるね」

ステラ・・・君は本当にオレの不安を吹き飛ばしてくれるんだね。

 だから・・・一緒にいたい。

ミランダ、シロ・・・二人と同じ、オレには君が必要だ。

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