第七十二話 南へ【ニルス】
もうじき夏が来るっていうのに、キビナの雪は溶ける気配すらない。・・・これも未知の世界だったものだ。
今回はここまでだけど、次は頂上まで登りたいな。
いや・・・絶対にそうするんだ。
◆
雪山での生活にも慣れてきた。
シロとチルのおかげで、鍛錬の時以外は快適な環境だからなんだろう。
「ニルス、気にしないで何度も斬って」「シロ、もっとつらら出せるよね?本気見せてよ」
チルの厳しい修行は毎日続いている。
『もう寝る・・・おやすみ・・・』
ミランダは夕食を取るとすぐに休む。たまに体を洗うのを忘れるけど、それくらい疲れているんだろう。
『シロ』
『うん』
シロとチルは、ミランダが眠りについたのを確認すると二人掛けで安らぎの魔法をかけてあげている。
『おっし!やるぞー!起きろニルスー!!』
そのおかげで毎朝元気に目を覚ましてくれる。
『うう・・・』
『おら早く起きろ!!こっちばっか起きてても仕方ないでしょ!!!』
『やめて・・・触らないで・・・』
寝起きは辛いけど、楽しい毎日だ。
「ニルス、気にしないで全力で蹴って。ミランダが退屈そうだよ」「シロ、結界も貫けないの?」
いつの間にか、チルはオレたちのほうに厳しくなっていた。
ミランダの上達は早い、使い方の記憶を貰ったのがよかったみたいだ。一度も弱音は無い、それくらい強い思いなんだろう。
◆
夕方になって、真っ白な山脈が赤く色付き出した。
この時のキビナが一番好きかもしれない。これがあるから夕食もおいしく感じる。
「はい、チルの大好きなニンジンのスープだよ。ほら、今日もこんなにトロトロにできた」
「ふふん、ニルスはわかってるね」
孤児院の子たちから買ったニンジンは、チルのおかげで全部使い切れそうだ。
無理に食べさせてるわけじゃないし、何の問題も無い・・・。
「チルがおいしいって言ってくれるからいっぱい作ったんだ。いくらでもおかわりしていいからね」
「なんでニルスは食べないの?」
「オレは・・・三人がこれをおいしいって言ってる顔を見てるだけでいいんだ」
早く無くなってほしい・・・。
◆
「ねえねえ、ずっと気になってたんだけど、チルがキビナを覆ってる結界っていくつあるの?」
夕食のあと、ミランダは珍しく寝ないでいた。
起きてるならミルクを温めてあげよう。
「普段は探知と精霊封印の二つだけだよ。前にも言ったけど、雪崩の気配を探るのと・・・ジナスが入ってきづらくしてる」
「探知か・・・それってあたしもできる?」
「ミランダは守護の素質はあるけど、そっちはとっても弱いから鍛えてもムダだよ」
結界にも色々種類がある。防音、暗闇、重圧・・・オレにはどの素質もないらしい・・・。
「ねえチル、精霊封印ってどのくらいジナスに効くの?シロでいける?」
「どのくらいかはわからないけど・・・全部奪えないのは確実。チルとかシロと比べて力が大きすぎるから負けちゃうの」
「でも、弱らせることはできるんだよね?」
「・・・それでもすぐ破られると思う。あいつだけ特別大きな力を貰ってるから・・・」
チルは俯いてしまった。
言われてみればそうだ。チルでジナスの力を奪えるならこんなことにはなってない。
「あ・・・ごめんチル。でも・・・守護は上なんじゃない?」
「強度は同じのを作れるけど、範囲は全然違うもん・・・」
「・・・」
ミランダの励ましは逆効果だったみたいだ。
こういう時は・・・。
「大丈夫だよチル、ジナスはオレがどうにかする。そしたらチルが一番だね」
「ニルス・・・うん」
チルが抱きついてきた。
かわいいな・・・。
「でもね・・・ミランダもかなり強いのを作れるようになってる。シロのつららをあれだけ防げるなら対抗できるよ」
「・・・本当?」
「うん、大丈夫だよ」
「僕もそう思う。強い守護だよ」
シロもはっきり言ってくれた。
なら、間違いないんだろうな。
「けど・・・胎動の剣でやられるとかなりキツいよ?」
「でもすぐ塞げるようになってる。それに胎動の剣はニルスしか持ってないから大丈夫だよ」
「あ・・・そっか」
耐えられるようにはなってきたけど、相当心を削られるのは変わりないみたいだ。
でもチルの言った通り、ジナスはそれができないから大丈夫だろう。
◆
「耐久力はもう言うことない、持続力は体を鍛えて瞑想で伸ばせる。だから・・・チルが教えられるのはここまで」
チルから修行の終わりを告げられた。
「大きいのも作れるし・・・たぶん大丈夫。でも毎日鍛えること」
出逢って六十日目、あと二日で深の月、大量に買い込んでいた食料が尽きそうな時だった。
一度山を下りないといけないかなって思ってたけど、なんとかなったな。
また市場で買い込まないといけないか・・・。
「不意打ち仕掛けるわけだから、そんなに長い時間かかんないでしょ」
「そうだな、短期決戦なら問題ない。オレが早く決めればいいだけだ」
ジナスのいる所に移動したら、問答無用で斬りかかる。
できれば、動くのはオレだけで終わらせたい・・・。
「合格貰って嬉しいけど・・・また歩かないとダメか・・・」
「そうだな・・・もう昼過ぎだし、明日の朝に出発だね」
今から下山しても、日暮れまでに一つ下の山小屋には辿り着けない。
あと一晩、お世話に・・・。
「歩かなくていいよ。シロとチルで、二人を持って飛べばすぐだし」
チルがにっこりと笑った。
なるほど・・・たしかにそれができる。
「飛ぶ・・・」
「急ぐんでしょ?」
「うん・・・シロ・・・あたしを離したり怖がらせたりしたら許さないからね。足が付くすれすれを飛ぶのよ?」
「う・・・わかったよ」
そういやミランダは高いところがダメだったな。
でも今のを受けたってことは、歩かなくていい魅力が、とても大きな恐怖にちょっとだけ勝ったからなんだろう。
◆
「ニルス、チルが頂上まで連れてってあげようか?」
オレはチルに抱えてもらった。
姿は小さい女の子だから、軽々持ち上げられると自分が軽いんじゃないかって気がしてくる。
「それは次にするよ、自分で歩いて行きたいんだ。でも・・・その時はチルに案内をお願いしたいな」
「任せて、ニルスはチルを抱っこしながらね」
「それくらいするさ」
ああ、かわいいな。妹との触れ合いってこういうもの?
勝手にルージュと重ねてしまっていたけど、とても安らぐ時間だ。
「ねえ、今日はラッシュのとこ泊まんない?そろそろ鍋のお風呂じゃなくて温泉に浸かりたい」
下からミランダの声が聞こえた。
温泉か・・・いいかも。
「あ、チルも行きたい。ねえニルス、それでもいい?」
「うん、そうしよう」
チルの笑い声はここの空気と同じくらいに透き通り、オレの心に空いたルージュという穴に入り込んでくる。
いつか、ルージュとも会わせたいな。・・・あの子は今、どんな女の子になっているんだろう。
◆
「つーかやべーなその傷。昔の男にやられたのか?」
「もっとやべーのにやられたのよ」
みんなで温泉に入った。
「ていうかラッシュのもヤバいでしょ・・・前くらい隠してほしいんだけど」
「お前もだろうが・・・。女が男の前で大股開くんじゃねえよ」
来た時と違うのは、ミランダが傷痕を堂々と見せていること。
だからオレも湯浴みを着ないで入ることにした。
「馬かっての、デカすぎてなんか恐いんだけど・・・。そんなん持ってて小さい女の子とかヤバいでしょ。殺す気?」
「うるせーな・・・」
「ちょ・・・なに股広げてんのよ」
「お前、嫌がってないだろ・・・」
そう、ミランダは本気で嫌がってはいない。憎まれ口は、場を盛り上げるためってところだな。
でも・・・たしかに恐いくらいの大きさだ・・・。
「じゃあ僕もラッシュさんと同じくらいにしてみよ」
シロのそれが本当にそうなった。
なんてバカなことを・・・。
「ちょ・・・ダメダメ、体に合ってない。」
「え・・・じゃあ戻す」
「そうそう、あんたはちんまりしたままのほうがいいんだって」
なんか感覚が狂いそうだ。
普通の女の子って、こうじゃないよな?ミランダが特殊なんだよな?
「ニルス、ちょっとラッシュと並んで比べてみてよ」
「え・・・やだよ・・・」
「あんたもそれなりなんだからさ。大きさは絶対無理だけど美しさで勝負よ」
付き合ってられるか・・・。
「おいチル、変態女は放っといてこっち来い」
「うん。ラッシュ、早く新しい山小屋作ろうよ」
「もうそろそろ始める予定だ。また材木運ぶの頼むぞ」
「いいよ、お手伝い楽しみ」
・・・こういう会話がいい。
次に来るときは、今回よりも楽しい気持ちで登れそうだ。
◆
温泉から出て、ラッシュさんと一緒に男のなんでも焼きを食べた。
この山はいい・・・考えると憂鬱になるようなことを忘れさせてくれる・・・。
「一度だけやべー奴に会ったことあるんだ・・・」
ラッシュさんはチルが来たことで気分を良くしている。
お酒も進み、オレたちを寝かすことなく話し続けた。
「チルはその話何度も聞いた・・・」
「僕は聞きたいな。どんな人なの?」
「そいつとは、こっから南東のネルズって町の酒場で出逢ったんだ。大陸中の強そうな魔物を狩ってきたって言ってた。口だけじゃねーぞ、金鉱に入り込んだやべーモグラの群れを一人で片づけやがったんだ」
すごい人もいるんだな・・・。
「あたしの故郷じゃん・・・ラッシュはどうせ色町目当てで行ったんでしょ?一番子どもに見える女で・・・とか?」
「おい、チルの前でおかしなこと言うんじゃねえ」
「その人はまだ魔物狩りを続けているんですか?」
「わかんねえ、それきりだったからな。・・・デカい剣持っててよ。あいつの周りだけ空気が違った・・・今は何してんだろうな」
大陸中を旅しているなら、いつかは会えるかな?どんな旅をしてきたのか話を聞いてみたい。
「結局ヤバい奴かどうかわかんないじゃん。嘘つきー」
「・・・見たんだよ。モグラ一体ごとに金が出るってんで金鉱に行ったら、そいつがもう終わらせてたんだ。だから酒場まで行ってちょっと話したんだよ。すぐに町の女が来て、ちょっとしか話せなかったけどな・・・」
「え・・・いや、終わってたんなら見てないじゃん」
「ラッシュの嘘つきー」
ミランダも久しぶりのお酒で気分が良くなってるみたいだ。
この空気もいい、旅人の夜って感じだ。
◆
「地図あるか?」
ラッシュさんは、冒険者だった頃の話をたくさん聞かせてくれた。
自分の経験やちらっと聞いただけの噂話・・・。
「風穴は・・・たしかこの辺だったな」
そして、憶えている場所を地図に書きこんでもくれた。
「はっきりしねーのは、話だけでも覚えとくといい」
「はい、絶対に忘れません」
思い出の泉、深緑の風穴、戻らずの小島船・・・。
オレの鼓動が未知の世界に高鳴る。
早くそんな旅ができるようにしないとな。
◆
「じゃあな・・・早起きしろよ・・・」
たくさん話したラッシュさんは、一番最初に眠ってしまった。
こんな場所だし、久々で嬉しかったんだろうな。
「シロ、あたしも寝るからぬるめで・・・」
「え・・・待って・・・」
ミランダはシロを抱えてベッドに入り、すぐに寝息を響かせた。
オレもそろそろ寝よう・・・。
「ニルス・・・まだ起きてる?」
ベッドに入ると、チルが潜り込んできて耳元で囁いてきた。
「まだ起きてるよ」
「今日はとっても楽しかったの。ねえ、またみんなで夜遅くまでお喋りしようね」
「うん、またそうしよう・・・」
「約束ね。嬉しいな・・・しっかり休んでね」
チルの幸せそうな声を聞いたところで意識が途切れた。
◆
「じゃあ・・・また来ますので」
夜が明けて、ラッシュさんに別れと約束を告げた。
また会う・・・言葉で伝えれば、強い意志に変わる・・・。
「ああ、いつでも遊びに来い。・・・妹連れてきてもいいぞ」
ラッシュさんがちょっとだけ不気味に見えた。
この人にルージュを・・・。
「・・・考えておきます」
「考えてって・・・やめときなよ。ラッシュのアレ見たでしょ?」
ミランダがオレの胸を叩いた。
たしかに・・・そうなったらオレはラッシュさんを殺してしまうかもしれない・・・。
「手を出すわけねーだろ・・・。一緒に遊んだりするだけで幸せなんだよ」
本当にそうなら・・・まじめに考えておこう。
◆
「ああ、やっと町に戻ってこれた。・・・下の方はやっぱり暖かく感じるわね。・・・ていうかもう夏か」
目立つだろうから登山道の入り口で降ろしてもらった。
たしかに上と下では全然違う。
「チルもここまでだね・・・」
何日か晴れの日が続いたみたいで、今日は雪降ろしの男たちはいない。それでも人の気配を感じるからか、チルはモジモジしだした。
「ねえ、チルも一緒に町に行ってみない?」
シロはそんなチルを見て誘った。
「友達のバニラが僕たちを待ってるんだ。チルも仲良しになろうよ」
「ん・・・会うだけだよ」
「今まで頑張ってきたチルにおいしいお菓子も食べてもらいたいんだ」
「うん・・・チル、頑張った」
チルの口元は嬉しそうに曲がっていた。
しっかりと目に焼き付けておこう・・・。
◆
「シロ、あんたが先に入りな」
「うん」
フラニーさんの店まで歩いてきた。
シロは言われる前に扉に手をかけている。
「フラニー、バニラ。戻ったよ!」
シロが声を張ると、奥から子どもの足音が聞こえてきた。
アカデミーは休みの日だったみたいだ。
◆
「シー君、おかえりなさい。遭難したと思って心配してたんだよ。輝石は見つかったの?仲間の精霊には会えた?雪は冷たかったでしょ?あとは、あとは、えーと・・・」
バニラはシロを見つけると力強く抱きしめた。
戻ったら何を話そう?何を聞こう?そんな思いが強まって、全部一気に吐き出してるって感じだな。
「三人ともおかえり、ずいぶん長かったのね。あら・・・その子は?」
「・・・」
フラニーさんは娘を放ってオレとミランダに話しかけてきた。
「・・・」
チルはバニラの様子に驚いたのかオレの後ろに隠れている。
「もう、バニラ落ち着いて。ちゃんと話すよ」
「あ・・・うん、聞かせて」
シロの抵抗で、やっとバニラが離れた。
「まずは紹介するね。この子はチル、ずっとこのキビナを守ってくれてる精霊だよ」
「わあ、かわいい。わたしバニラって言うの」
「ん・・・チル・・・」
チルはオレの後ろから少しだけ顔を覗かせた。
恐がってるわけじゃなくて、照れてるだけみたいだ。「かわいい」って褒められたチルの口元がそう言ってるからな。
「ふーん、じゃあチーちゃんだね。シー君よりも小さいんだね」
「女神様が・・・小さく作った・・・」
「女神様?なんか素敵だね。ねえ、今日は一緒に遊ぼうよ。シー君も一緒ね」
すごい勢いだな・・・。
「・・・」
「・・・」
誘われたシロとチルは二人でオレを見てきた。
「いい?」そんな顔だ。
「オレはここで手袋と襟巻きを仕上げる。ミランダは?」
「あたし宿で休む・・・まだ寝足りないし。・・・山に行く前に泊まってたとこね」
「わかった。・・・三人にお小遣いを渡そう。バニラ、シロとチルが無駄遣いしそうだったら注意してあげてね」
明日にはキビナから旅立つ、だから今日を楽しい一日にしてほしい。
「それと、暗くなるまでには戻ってきてほしい。市場で食料を買わないといけない」
「あ・・・わかった」
「じゃあバニラ、二人をよろしくね。お父さんがいいって言えばだけど、今夜はそっちに泊めてもいいよ」
「はい、ニルスさんありがとうございます。・・・じゃあ行こう?」
バニラは二人の手を引いて店を出て行った。
「ごめんねニルス、バニラにまで・・・」
「いえ、シロにとてもよくしてもらったので。楽しんできてもらえればそれでいいんです」
「すぐに・・・出るのね?」
「明日の朝には・・・でも、また必ず会いに来ます。いつか・・・服も仕立ててほしい」
腕のいい職人の作るものは長持ちする。
フラニーさんは父さんと同じで情熱も持っている人だからそうしたい。
◆
「どう?暖かい赤に雪模様、注文通りでしょ?」
フラニーさんが完成間近の襟巻きと手袋を見せてくれた。
うん・・・思い描いていたものと一緒だ。
「・・・喜んでくれるでしょうか?」
「気持ちだけでも嬉しいと思うわ。そしてつければもっと・・・」
フラニーさんの手が、オレの手と重なった。
なんか・・・ちょっと怖いな。
「じゃあ・・・ここに針を通して」
耳に吐息が当たった。
「あの・・・なんか近くないですか?」
「・・・集中して」
「・・・はい」
切り替えよう・・・。
「ちゃんと魔法使ってる?」
「・・・使ってます」
ルージュへの想いや愛を強く込めた。
受け取ってくれるといいな・・・。
◆
「次はこっちね。お母さんに・・・でしょ?」
フラニーさんが雲鹿革の手袋も取り出した。
そう・・・半分はアリシアの分だ。
「そっちは・・・ついでです」
「ならついでに仕上げてちょうだい」
アリシアへは・・・別に・・・いいのに。
「手袋は使い分けてるの?」
「はい、一日ごとに交換して風通しのいいところで陰干しと教わりました」
「そうね。雷神とその息子が親子で使ってくれるなんて嬉しいわ」
話してないのに知ってる・・・シロか。
まあ、遠く離れたここの人に知られても別にいいや・・・。
「オレは、十三からあの人を母と呼ばなくなりました・・・」
「呼ばなくなっただけじゃない?」
「・・・どうなんでしょうね」
「見てるとそんな感じがするわ。雷神じゃなくて、お母さんへの思いを込めてあげなさい」
オレの手に、針の付いた手袋が渡された。
・・・向こうはどう思ってるんだろうな。
◆
「じゃあ、これで完成。これはあなたの・・・こっちは綺麗に包んであげるわ」
アリシアへの手袋もできあがった。
「はい、お世話になりました」
「・・・ニルス、必ず渡すのよ?きっと喜んでくれる」
フラニーさんは母親って感じの顔だ。
シロはどこまで話したのか・・・たぶんほとんどだろう。
そんなに心配なのかな?
オレは二人がいればそれでいいのに・・・。
◆
一晩明けて、オレたちは町の入り口まで出てきた。
また旅が始まる・・・。
「シー君・・・」
「大丈夫、僕の用事が終わったらまた来るよ。そしたら今度は僕のお城にも招待するね」
バニラは早起きして、オレたちを見送るために来てくれた。
ていうか・・・シロのためにかな。
「うちの旦那よ」
「初めまして、ノックス・ウィンターズです」
バニラのお父さんも仕事の前なのに付いてきたみたいだ。
雪降ろしをやってるだけあって、いい体をしている。
「シロ君、いつでもバニラに会いに来てくれていいからね」
「うん、おじさんもお仕事頑張ってね」
真面目そうな人・・・きっといい父親なんだろう。
「ニルスさんとミランダさんもバニラによくしていただいたようで・・・。ご挨拶できず申し訳ありませんでした」
「あたしたちにお礼はいいよ。ていうかシロはそっちに泊めてもらってたし」
「そうですね。一緒にいてあげていたのはシロです」
「それでも・・・ありがとうございます」
なんか照れる。でも、親ならこうして当然なのかな?
・・・父さんを思い出す。
もし生きていたら、ミランダとシロに「ありがとう」って言ってくれたのかな・・・。
「ちょっと奥様・・・いい旦那さんがいるのに、子どもが一人だけってどうなのよ?」
ミランダはいやらしい顔でフラニーさんに囁いた。
そんなの人の勝手だろ・・・。
「いいでしょ別に・・・」
「なんか事情あんの?せっかくすべすべの肌になったし・・・あ、そういや旦那は男の子も欲しいって言ってたんじゃなかったっけ?」
どうしてそこまで踏み込めるんだろう・・・。
「うちの人・・・最近疲れてるからって相手にしてくれないのよ。肌だって・・・最初は触ってくれたのにすぐ無くなってきちゃって・・・」
「フラニー!」
「あ・・・今の・・・なんでもないから。ほら、旅立ちが遅れちゃうわよ」
「まったく・・・」
夫婦は顔を赤らめている。娘もいるのにやめてやれよ・・・。
「ニルス、ミランダ。シロをお願いね」
チルがオレたち二人にだけそっと言った。
「チルの輝石・・・きっとミランダを守ってくれるから・・・」
「心配ないよ。・・・チル、あたしが次に来るときは修行じゃないからね」
「うん。ラッシュの所かバニラの所にいるから・・・忘れないでね」
オレの手は胸を押さえていた。
『忘れないで』
チルが言ったのは、オレがアリシアの手袋に込めた想いだったから・・・。
『ニルス・・・私の・・・母さんのこと・・・忘れないでくれ』
旅立ちの朝にあなたがかけてくれた言葉・・・。
◆
「シー君、約束のしるしね・・・」
「え・・・」
シロのほっぺにバニラの唇が付けられた。
しばらく会えないからかな・・・。
「・・・」「・・・」
フラニーさんとノックスさんは、微笑んでそれを見ていた。
認めてるのか。それなら、笑顔で行ける・・・。
「ではみなさん、また・・・必ず来ます」
オレたちは四人に手を振ってキビナに背を向けた。
後ろは振り返らない・・・迷わず先へ進もう。
次は南へ・・・不死の聖女を迎えに行く。
聖女・・・必ず一緒に来てもらいます。
キビナから吹く風も南へ向かっている。
オレの思いは、新しい旅路へ先に飛び立ったみたいだ。




