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Our Story  作者: NeRix
水の章 第二部
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第六十九話 魔女【ニルス】

 本当は、一緒に温泉入りたかったな・・・。

でも、そうしたらミランダの傷痕が目に入ってしまう。

 火山の時から着替えも隠すようになってるし、オレに見せないようにしてるのは間違いない。

傷付けたくない・・・だから行かない方がいいと思った。

 

 この感じ、よくないよな・・・。

触れないように・・・本当にそれでいいのかな?



 「兄ちゃん、覗きに行かないのか?」

オレの頭に手が置かれた。

ラッシュさんは大きいな・・・べモンドさん以上は初めて見るかも。


 「覗くなんて・・・そんな気ないですよ」

「仙人かお前は?」

「・・・たぶん、ミランダはオレに見られたくないと思っているので」

傷痕を見たら、オレの顔は変わってしまう。

見られたくない・・・これは本当だろうけど、オレも見たくないんだろうな。


 「若い女と旅してるのにもったいねえな」

「女・・・そうですか?」

「いいツラしてんのに、デカいだけでまだガキだな」

「そうですね、まだ・・・未熟です」

かける言葉も見つからない。

 「気にしてない」っては言ってたけど・・・それとは逆の行動が、いつもオレの胸に刺さる。

 ミランダなりの優しさなんだろうけど、気にしてるのが真っ直ぐに伝わってくるんだよな・・・。

 

 「ラッシュさんは何年くらい冒険者をしていたんですか?」

話を変えさせてもらった。

元々聞きたかったことでもある。

 「十五から二十五までの十年だな」

「今何歳ですか?」

「四十二だ・・・そんなに俺の話が聞きたいなら、あとで一緒に風呂行ってからだな」

「色々教えてほしいです」

ミランダの傷痕を消せるようなものがあるのか。冒険者だったラッシュさんならなにか知っているかもしれないと思った。

あれが無くなれば、悲しい顔もしなくなる・・・。


 「気持ちよかったねー」

「うん、人間の体は不便だけどお風呂はいいと思った」

外から、戻ってくる二人の声が聞こえてきた。

長風呂だったし、きっと楽しかったんだろう。



 「ねえニルス、ちょっと聞いて。精霊の体ってどうなってるのか不思議だったんだけどね・・・ちゃんと男の子だった。触ると反応するし」

「女神様がそう作ったんだよ」

「精霊の力戻ったら、そこから水出してみてよ」

戻ってきたミランダはいつもの感じだった。

でも・・・。

 『平気だよ・・・こんなの・・・』

あの時の顔も浮かぶ。

 ・・・絶対に忘れない。

守れなかったオレがなんとかしなければいけない。



 ラッシュさんと二人で温泉に入った。

寒さのせいで湯気が濃い、ロレッタを思い出す・・・。


 「歩いてきてわかっただろうけど、この山は厳しい環境だ」

「はい、そう思います。ラッシュさんは強いですね」

「どうだろうな・・・。けど、遭難者や死者はわりと少ないんだ。なんでかわかるか?」

ラッシュさんは湯に浸かり、お酒を飲みながら話している。

ほろ酔いなのか、気分が良さそうだ。


 「ここまで来た限りだと、雪は多いですが道はなだらかでした。それに旗もあるから・・・ですか?」

「あの旗は俺が用意してやったんだ。なだらかな道になるようにな。そんでしっかり歩けば、その日の内に辿り着ける場所に山小屋を作ってる。自分たちを追い込みたいなら外れてもいいぞ」

「いや、旗を追います。じゃあそれを用意したラッシュさんのおかげで、死者や遭難者が少ない?」

「それも違う。そんな自慢話したいわけじゃねえんだよ」

なんか叱られた・・・。

たしかに、歩きやすい道ってだけじゃ説明がつかないな。


 「チルが・・・助けてくれるんだ」

ラッシュさんがお酒を飲み干した。


 「・・・冒険者の俺もそうだったんだ。迷い、困り果ててた俺の肩が突然叩かれた。・・・最初は驚いたよ、ちびっこい女の子が急に現れたんだからな」

「たしかに驚きそうですね・・・。でも、いい話だと思います」

チルは、シロと同じで優しい精霊なんだろう。

 「ああ、連れてってあげるから大丈夫・・・そう言って俺を抱えて飛んだんだ。わざわざ町まで運んでくれた」

信頼できる強さを持つ人間を待っていたけど、そうでない者も放ってはおけなかったんだな。


 「もう一度会ってちゃんと礼を言いたいと思ってな。町から材料を少しずつ運んで、温泉の湧いてるここにあの山小屋を建てた。いつの間にか冒険はどうでもよくなってたんだ。まあ・・・チルは完成前に自分から顔を出したけどな」

「キビナに挑む者の手助けを始めたのは、それがきっかけだったんですね」

「・・・そうだな。そして輝石の話を教えてくれたんだ。チルが自分で持ってるとは思わなかった。そりゃ誰も見つけられねえよ」

楽しそうに話す顔を見ていると父さんを思い出す。

オレの知らない昔のことを話す時、同じような顔をしていた。


 本当に気分がよさそうだし、そろそろ聞いてみよう。


 「ラッシュさん、どんな傷痕でも消せる薬って聞いたことありますか?」

「ああ?・・・たしかに兄ちゃんの体には傷があるな。・・・悪いけど聞いたことない。化粧みたいので目立たなくすることはできるんじゃないか?」

「そうですか・・・」

残念だけど諦めはしない。

 オレが・・・オレが見つければいいだけだ。

ミランダ・・・必ず治すからな。

 

 「そろそろ出ようぜ。・・・ああそうだ、チルに会って気付いたことがある」

ラッシュさんが立ち上がると、大きな波が生まれた。

 「なんですか?」

「俺は小さい女の子が好きだってことだ」

「・・・まあ、好きにしてください」

いい人だけど、危ないところもあるみたいだ。

それに、ミランダに言ったことは本当に冗談だったのか・・・。



 「ラッシュ様特製のなんでも焼きだ。肉も野菜もどんどん鉄板に乗せて、焼けたらただ食う。これが男だな」

ラッシュさんは夕食も用意してくれた。

男・・・たしかにそうだな。


 「もっとおしゃれな料理出してよ」

「食いながら言いやがって・・・」

「まずいとは言ってないでしょ。あ・・・そのキノコあたしの!」

「まだあるから焼け。それと、食ったらすぐに休めよ」

ただ焼いただけなのにおいしい。

きっとみんなと一緒だからだ。



 太陽が顔を出すと同時に目が覚めた。

疲労も残ってない・・・元気に歩き出せそうだ。


 「おい、まだ寝てんのか!今日中に次の山小屋行けなくなるぞ!」

ラッシュさんが起こしにきてくれた。

 「うわ・・・朝・・・」

「うるさい・・・」

「朝食はもうできてる。早く食え」

いい朝だ・・・。



 支度を整えて外に出た。

ここまで来ると時の鐘は聞こえないんだな・・・。


 「ボウズ、頑張れよ」

ラッシュさんがシロの頭を撫でた。

 「うん、ありがとう」

「山小屋の中は冷え切ってる。着いたらまず一番に火を焚け、薪はチルが運んでくれてるはずだ」

今日で次の山小屋に行って、明日にはチルに会える。

そして、輝石も四つ揃う・・・。


 「もしチルがこっちに来たらお前らのこと伝えといてやるよ。まあどっちにしろ、あと二日以内には会える」

「お願いします。じゃあ、ありがとうございました」

「また来るから鉄板用意しといてよね。そん時は一緒にお酒飲も」

「ああ、待ってるよ」

今日も晴れ、いい出発だ。



 ひたすら白の世界を歩き続けた。


 雪山の風景は本当に綺麗だ。

まっさらな所に足跡を付けるのは、なんとも言えない興奮がある。

振り返るとそれが続いていて、自分がどれくらい歩いたのかがわかるのもいいところだ。


 「眠るって変な感じだね。・・・意識が途切れるって初めてだったよ」

シロはきのうよりもお喋りになっている。温泉の力なのかな?

 「疲れも無くなったんだよ」

「シロも睡眠を取らないと体力が回復しなくなってるんだな。そういえば、ちゃんと休まないと死んじゃったりもあるの?」

「この状態は、あくまで命と同じ感じにするってだけなんだ。動けなくはなるだろうけど、本当の人間になったわけじゃないから死は無い」

なんか難しい話だ・・・。


 「じゃあ本当に凍えて動けなくっても、シロはそのままってこと?」

「うん、でもチルが結界を解くまではずっと寒いまま・・・苦しみ続けることになると思う」

「なんか恐い話ね・・・」

たしかにそうだ。余計寒くなりそうだし、明るい感じに戻そう。


 「始めての眠りはどうだった?」

「うーん、もし起きれなかったら・・・って思うと怖い」

シロの声が小さくなった。

 起きれなかったらか・・・考えたことも無かったな。一度も眠ったことがないとそう思うのか。


 「あはは、平気だよシロ。目覚めなかったら、あたしがたたき起こしてあげるから」

「う・・・それはもっと怖い・・・」

「あはは、たしかにミランダにたたき起こされるのは勘弁してほしいな」

「あら・・・きもちよーく起こしてあげることもできるのよ」

ミランダのおかげで雰囲気が明るくなった。

 こうやって三人で笑いながら歩くと、旅をしてるって感じがする。

なにも無ければ、もっと楽しい気持ちだったんだろうな。


 「でもいい天気でよかったよねー。雪降ってたら、何日も山小屋から動けないこともあるってフラニーが言ってたから心配してたんだ」

「ラッシュさんの見立てだと、あと二、三日は荒れることはないはずだって」

「さすが山男ね。ていうかニルスも匂いで天気わかるんじゃないの?」

「ここは無理・・・寒すぎて感じないんだ」

これが自然の厳しさ・・・。

でも・・・美しくもある。



 「うう・・・ニルス、早く火をつけて・・・寒くて耐えられないよ・・・」

「・・・急かしても一緒だよ」

山小屋には、夕方前に辿り着くことができた。


 「はあーー、溜め息じゃダメだ・・・。早く体を温めないと・・・」

シロはきのうより気合いが入っていて、一度もそりに乗ることはなくここまで歩き切った。

 「うう・・・寒いよニルス・・・」

「大丈夫だよシロ。すぐに火が大きくなる」

「うん・・・」

だけどもう限界みたいだ。

『死は無い』って言ってたけど、さすがに可哀そうだな。 



 「ニルス、もっとくべるね。シロの震えが止まらない」

ミランダが薪を運んできて、炎を大きくしてくれた。

小屋の中は暖まってきたけど、シロはまだ辛いみたいだ。

 

 「シロ、もうすぐ温かいスープができるよ」

「うん・・・いい匂い。ごめんなさい、なんにも手伝えなくて・・・」

「オレもミランダも君を悪く思ってなんかない。ほら、味見頼むよ」

「・・・」

シロはずっと申し訳なさそうな顔だ。

 精霊の力が使えないことでオレたちに負担をかけているとか考えてるんだろうな。


 「ん・・・おいしい」

「ニルス、あたしも」

「はい、雪山用の味付けだよ」

「・・・本当だ。なんかいつもよりおいしい」

二人とも疲れてるだろうから味も濃いめに作った。

ちゃんと勉強したんだから・・・。



 「・・・おいしかった」

「眠そうだね」

「うん・・・温まったからね。明日のためにもう休むよ・・・」

食事が終わり、シロが早々に眠りについた。

あるのは炎の明かりだけ、暖かいからぐっすり眠れるはずだ。


 「あたし瞑想するね」

ミランダは目を閉じた。

 「オレも一緒にやるよ。疲れが取れないと思うから殺気は出さない」

「ありがとニルス・・・」

できるだけ寄り添うようにしたかった。

それしかできない・・・。



 「・・・ニルス、あたしもう気にするのやめようと思うんだ」

ずっと集中していたミランダが優しい声を出した。

話したい・・・。

 「・・・なにを?」

閉じていた目が自然と開いていく。

 「もっと近くに来て・・・」

ミランダは、穏やかな顔をしながらオレを見つめてくれていた。

そうしたい・・・。



 「この傷のこと・・・」

ミランダは服を捲り、傷痕を指でなぞった。

たぶん、オレはまた悲しそうな顔になってる・・・。


 「実はさ・・・ニルスにはあんまり見せないようにって・・・ずっとしてたんだ」

「・・・気付いてたよ」

「え・・・そうなの?」

気付かれてないと思ってたのか・・・。

 「ごめん嘘・・・気付いてるのは知ってた。でもさ、なんか仲間同士でそういうのって変だなって・・・」

「オレも・・・ミランダが隠すようにしてる時は辛かった。でも、なんて言っていいかわからなかったんだ・・・」

「・・・きのうさ、この子と温泉入った時に思ったんだよね」

ミランダは寝息を立てているシロの頭を撫でた。

炎に照らされた寝顔は、今のミランダと同じくらい穏やかだ。


 「シロは精霊だけど・・・このくらいの子って、もう人前で裸になるの恥ずかしがるよね。でもシロはなにか変?みたいにしてるの」

「まあ精霊だから、そういう恥ずかしさはないんだろうな」

「ニルスって、何度もあたしの裸見てるじゃん?だから、この傷があるからって今さら隠してもしょうがないよね」

オレも何度も見られてる。

・・・思い返すと恥ずかしくなってきた。


 「仲間だからさ、変に気を遣ったり遣わせたりはしたくないんだ。・・・だからこれからは本当に気にしない、ニルスもそうしてほしい」

ミランダは優しく笑いながら傷痕をしまった。


 仲間だから・・・。

ならオレも勝手に思ってるだけをやめよう。


 「ミランダ、オレは君の傷痕を消してあげたい。何年かかっても必ずそうする」

言いながらミランダの肩を抱き寄せた。

 「・・・」

「旅をしながら必ず探し出す。・・・約束する」

「なによ・・・年下のくせに・・・気にしなくていいって言ったのは本当だよ・・・。だって、助けてくれた・・・あんたの責任じゃない」

ミランダがオレに抱きついて、胸に顔を埋めた。


 「守るって何度も言っただろ?・・・悲しみからも守りたいんだ」

「もっと早くそういうこと言ってくれれば・・・こんなに悩むことなかったのに・・・」

「ごめん・・・オレも変に悩むのはもうしない。思ってるだけじゃなくてちゃんと伝えていくよ」

「うん・・・治ったら・・・みんなでロレッタに行こうね・・・」

オレが一人で考えていたことは、ミランダがずっと言ってほしかったことだった。


 仲間だから・・・そのことをミランダは誰よりも大切にしていた。

何気ないことも、大事なことも、話して伝えることで心の距離が近付く。

それが今みたいに信頼を築いていくんだけど・・・なかなか難しい。


 難しくて・・・だからオレは、アリシアにできなかった。

この二人とあの人との違いは何だったんだろう。

それを昔の自分がわかっていればどうなっていたんだろう・・・。



 「あれ・・・二人とも・・・まだ起きてる・・・ミランダ、泣いてるの?」

ミランダの泣き声で、シロが目を覚ましてしまった。


 「そう・・・泣いてるの・・・ニルスが、あたしが聞きたかったことを言ってくれたんだ」

「そうなんだ、よかったねミランダ」

ああ・・・オレはまだまだだ。

 シロに対して「心配ないよ」で済まそうとしてしまった。

ミランダは、本当にもうなにも隠す気はない。オレもそうなれるようにしていこう。


 「でも・・・早く寝ないと明日辛いよ?」

「うん、一緒に寝よう」

たしかにもう遅い。

オレも眠くなってきた。



 「うー・・・寒い。ニルス、もっと薪」

ミランダは横になると、いつもの調子に戻っていた。

 「わかった・・・待って」

きのうの夜みたいに悲しい顔は浮かんでこない。・・・心が近付いたからかな。


 「・・・そうだ、今日はあんたたち二人であたしを挟んで寝なさい。いつも抱いて寝てあげた恩を今返して」

・・・いつもの調子以上だな。

毎日そうしてるみたいに言ってるけど、そんなに何度もは無いぞ・・・。


 「真ん中は僕がいい・・・」

「オレも真ん中がいいな・・・」

「はあ?今日だけは譲れない、二人の熱をあたしによこすのよ」

思っていること・・・こういう時も言わせてもらおう。


 「魔女・・・」

「・・・魔女」

「・・・」

仲間思いの魔女はオレとシロのほっぺたをつねり、一番温かい場所を勝ち取った。

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