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Our Story  作者: NeRix
水の章 第二部
71/481

第六十七話 結界【ミランダ】

 寒いのを除けば、キビナはいいところだ。

まず食べ物がおいしい、雲鹿のお肉は大好きになった。


 なんにも無ければ、酒場に行って地酒を楽しみたいけど・・・次に来た時にしよう。

重荷・・・全部無くなったらね。



 シロの戻りが遅いからあたしとニルスだけでお昼を食べることにした。

宿は食堂もやっていて、おばあちゃんが作ってくれる。


 「おかみさん、これはなんていう料理ですか?シチューみたいですね」

ニルスが出されたお皿を不思議そうな顔で見つめた。

 「シチューですよ。奥さんの好きな曇鹿肉もたっぷり入ってます」

「・・・奥さんじゃなくて仲間だよ」

夫婦だと思われてたのか・・・。


 「シチューですか・・・白いのは初めて食べます」

「ていうか前に言ったことあるじゃん。シチューは白なんだよ」

「ああ・・・そういや驚いてたね」

「あら、旦那さんは南部で奥さんは北部で育ったのね」

おばあちゃんは理由を知ってるって感じで微笑んだ。

あたしみたいな赤毛は北部に多いからわかるけど、ニルスのはなんで?


 「そうですけど・・・どうしてわかるんですか?」

「シチューの色ですよ。北部は白、南部は茶色。大体の家はそうなのよ」

そういうことか、たしかにニルスのシチューは茶色かったな。

おいしかったからこの疑問は完全に忘れてた・・・。


 「とってもおいしいです。作り方を教えていただけませんか?」

「いいですよ。あとで書いてあげますね」

「ありがとうございます」

作り方はあたしも知ってるんだけどな。・・・自信ないから言わないどこ。


 「ていうか・・・あんた地理得意っぽいけど知らなかったんだね」

「地名とか歴史とか特産品とか風土なんかは勉強したけど、料理まではさすがにね・・・」

「ふーん・・・じゃあ食べながら覚えてこうよ」

「うん、そうだね」

こういうのがいい。


 ・・・ていうか、シロはどこ行ってんだろ?

あたしの瞑想終わるまでに戻るって言ってたのに・・・。



 「・・・町の外に行ってようか。間に合わなくて、そっちに直接行ったのかもしれない」

ニルスが剣を背負った。

腰だと雪に取られるみたいだ。


 「精霊の王が約束破っていいのかしらね」

シロは宿に戻ってこなかった。

遊び歩いてんのかな?

 「メピルも言ってたけどシロは幼い、あんまり責めないであげてね」

「大丈夫、からかうだけよ」

幼い・・・だから反応がかわいい。

 正直、見た目と一緒で年下に見ているところはある。

まあ、真面目な時は切り替えるけど・・・。



 雪原の中、とりあえず二人で修業を始めることにした。

晴れてるけど・・・寒い。でもこの中で鍛えれば、かなり強くなれる・・・気がする。


 「じゃあやってみるね」

「うん、やばかったらすぐ言うから」

まずはきのうまでの瞑想でどのくらい結界が強まったのかを確かめることにした。

そのために魔法とか武器を打ち込んでもらって、どのくらい耐えられるのか実験だ。

 

 「おおー、全然違う。成長してるって感じがするねー」

結界を出した。

もうぼやけた感じじゃない、しっかりと形にはなってる。

 「やるじゃん」

「ふふーん。あたしを甘く見ないでよね」

褒められると嬉しい、それが自信に繋がる。

 

 「じゃあ、軽めで行くね」

「来いニルス!」

胎動の剣が抜かれた。

いや・・・待て。

 「ダメダメダメダメ!」

「え・・・なに?」

「その剣じゃ結界意味ないじゃん」

「斬りたいって強く思わないとダメなんだ。だから今は普通・・・ではないけどただの剣に近いよ」

そうなんだ・・・。


 「よし、改めて・・・来い!」

「いくよ」

ニルスが踏み込んだ。

うわ・・・速すぎる・・・。


 「おお、すごい」

あたしの守護が胎動の剣を弾いてくれた。

たぶん本気じゃないけど、それなりの力って感じだ。

 「も、もっといけるかも」

「じゃあ、連続で」

ニルスの剣が見えなくなった。

二、三、四・・・やば、もう辛い。


 「ニルス・・・もう無理・・・」

「わかった」

守護の結界を解いた。

 ニルスで言う「軽め」で五回か・・・。

本気だと一撃で持ってかれるだろうから、もっと集中続かないと役に立たないな・・・。

 

 「まだまだ・・・道は遠いわね」

「でも、ひと月も経ってないのにかなり厚く張れるようになってる。一緒に頑張ろう」

「ニルス・・・うん、全部うまくいく」

「それを目指そう」

こうやって支えてくれるから頑張れる。

ほんの少しずつでも、きのうより前に進めるんだ。


 「一日中張れるくらいになりたいな・・・」

「やっぱりシロの言ってたみたいに集中力と精神力だね。あ・・・そしたら、瞑想だけじゃなくて実戦を想定してやってみたらどうかな?」

「どうするの?」

「こうする・・・」

ニルスが睨みつけてきた。

 う・・・辛い、全身震える。

まるでジナスが近くにいた時みたいな重圧だ。


 「これ・・・殺気ってやつ?」

「そう、これを跳ね返すくらいの精神力が付けばどこでだって集中できるようになるよ」

「・・・あんたもされたわけね」

「これは自分で頼んだんだ。魔物とか獣の殺気に耐えられるようにね。まあ・・・オレも最初は辛かったよ・・・」

雷神の殺気で鍛えたのか。だからジナスが出てきたときも平気だったわけね。


 「やる。お願い」

一緒に戦うって決めたし、この訓練はしておいた方がよさそうだ。

動けなくてなにもできないのはもう嫌だからね・・・。

 「任せて、まずは震えないようにしないとだね」

言ってくれるわね。・・・でもその通り、これじゃ結界を張っても無駄そうだ。

 「瞑想と同時にやろう。寒さと殺気の中で集中を切らさずにできるようになれば、かなり強くなれるよ」

「うん、早くそうなりたい」

戦場に出るまでには最強の結界を張れるようになる・・・これが目標だ。

 「とりあえず、夜の瞑想からやっていくね。今は・・・攻撃に慣れよう」

「お願いします!!」

そこまでは、ニルスとシロに導いてもらう。



 「うわ・・・かなりくる・・・」

「やっぱりそうか」

試しに結界を斬ってもらった。

なんだこれ・・・受け止めるのと全然違う・・・。


 「ごめ・・・立てない・・・」

「大丈夫?」

ニルスはすぐに支えてくれた。

気が遠くなりそうだ・・・。


 「休もうか」

「うん・・・ちょっとこれキツい。心がかなりやられる・・・」

「・・・修行だね」

「うん・・・」

まさか抱っこされることになるとは・・・。

まあ悪くないけど。


 「膝枕・・・」

「いいよ。空が綺麗だからゆっくり見てるといい」

頭以外は雪の上だけど、熱くなってるから逆に気持ちいい・・・。



 「ごめん二人とも、遅くなっちゃった」

休んでるところにシロが駆けこんで来た。

そろそろ起き上がるか・・・。


 「大丈夫だよシロ、魔法だから任せてたけどオレも協力できるみたいだ・・・その子は?」

「えっと・・・」

シロは知らない女の子と手を繋いでいた。

 町の子かな?・・・ふーん、遅れたのはそういうことね。・・・かわいいな、ちょっとからかいたくなってくる。


 「シロ、誰なの?紹介してよ」

「この子は・・・バニラって言うんだ。フラニーの娘だよ」

「あの・・・バニラ・ウィンターズです。シー君とは今日会ったばかりだけど、一緒にいたくて付いてきました。それと・・・遅くなったのはわたしのせいなんです。・・・ごめんなさい」

「気にしてないよ。よろしくねバニラ。オレはニルス、こっちはミランダ」

シー君か・・・ふふ、これはおもしろそうだ。


 「今は何してたの?」

「休憩中だったのよ・・・シー君」

「な・・・」

シロが目を見開いた。

ダメだ、笑ってしまう。

 「瞑想はオレも協力することにした。技術の方はシー君に任せるよ」

「あ・・・」

やめろニルス・・・。こらえきれなくなる・・・。


 「と、とにかく、結界の基礎からね!張るだけじゃダメ、弾くと受け流す。これをすぐに判断してできるようにしないといけない」

「シー君は師匠なんだね。かっこいいなあ」

「バニラ、黙って見てるって約束したでしょ。できないなら帰ってもらうよ」

「・・・ごめんね、静かにするから」

集中できるかな?

早く手を繋ぐのをやめてほしい。


 「とりあえずこれに座ってて」

「あ・・・ありがとうシー君」

シロはバニラのためにふかふかの椅子を作ってあげた。

あれを見せるってことは、自分が精霊だって教えたのか・・・。

 「シロ、あんた自分のこと話したの?」

「うん・・・フラニーにも教えた」

「大丈夫ですよ。わたしもお母さんも口は堅いです」

「なら・・・いいけど」

シロがそうしてもいいって決めたなら構わないか。

あ・・・修行しないと。



 「ねえシロ、弾くと受け流すってなんで使い分けるの?」

真面目な気持ちに切り替えた。

とりあえずわからないことはどんどん聞いていく。


 「相手の隙を最大限に出せるからだよ。ニルスはわかるよね?」

「大きな攻撃を正面から受けるバカはいない、躱すか受け流す」

なるほど、力を温存できるってわけか。たしかに強い攻撃を何度も受けたら結界を張るあたしの消耗が早まりそうだ。

 その問題を解決するには魔法の力をもっと底上げするか、シロの言ったように使い分けるかってことね。

 あたしに合ってるのは・・・底上げだな。

練習はするけど、どんな攻撃でも揺るがないのを張れればいいわけだしね。

 

 「シー君、わたしちょっとだけおうちに戻ってくるね」

「え・・・うん」

「戻るから待っててね」

バニラが立ち上がって町の方へ走り出した。

頼まれてたおつかいでも思い出したのかな?



 「躱せるなら張らなくていい」「全体を覆えてるけど足元は薄い、もっと集中して」

バニラを見送った後も練習を続けた。

苦しいけど心地いい疲れ方だ。今日の夕食はきっとおいしいだろうな・・・。


 「動きながらできるようになってほしい。最終的には戦うニルスに結界がずっと張ってある状態ね」

「簡単に言うわね・・・」

「厳しく聞こえるかもしれないけど、僕がやってって言ったことができないなら戦いには連れていけない」

シロが口元をぎゅっと結んだ。

・・・わかってるよ。

 「一緒に行くって決めた。だから絶対できるようになるよ」

「・・・うん」

「・・・」

シロとニルスはあたしを戦わせたくない。・・・そんなの見てればわかるよ。

 でも除け者は絶対に嫌だ。どこまでだって一緒に行く、そのために出された課題は全部できるようになってみせる。


 「シロはあたしに言うことはもちろんできるんだよね?」

「うん、できる」

「見たい、どこまでやれればいいのか」

「わかった」

シロがニルスに守護を張った。

当然だけどあたしのより強そう・・・。


 「ニルス、動いていいよ」

「ああ・・・お・・・結界がついてくる・・・」

ニルスが動くと守護も動く。

 さすが精霊・・・かなり高度よね。

透明なグラスをかぶせてる・・・そんな感じだ。


 「ニルス、そいつを斬って」 

いつの間にか氷の兵隊ができていた。

 「結界の中だ・・・」

「すぐに塞ぐ、結界ごとでいい。・・・ミランダ、これが最終目標」

ニルスが胎動の剣を振り下ろした。

結界ごと人形が切り裂かれて消える。


 「・・・で、すぐにあれを塞ぐ。ニルスに守りは考えさせないでほしい」

「うん、あたしが守るから安心してよ。ていうか・・・結界斬られて平気なの?」

「心に重たいのがくるけど・・・耐えられるよ。勝たなきゃいけないから・・・」

「そうだね・・・必ずそこまで行く」

遠く、遠く、遠く・・・それくらい険しい道だ。

 でも、あたしはそれよりもずっと先を目指そう。

守るのはニルスだけじゃない、シロも攻撃に集中できるように・・・。



 「シロ、ミランダの結界が弱くなってる。少し休もう」

「うん、頑張ったねミランダ」

シロが浮き上がって、頭を撫でてくれた。

ようやくひと休み・・・じゃあ、あの子のことをシロに聞いてみよう。


 「ねえシー君、あの子はなんなの?」

修行とそうでない時は切り替える。それで心も休まるしね。

 「やめてよ・・・なんでもないよ」

「とっても気に入られてるみたいね。ニルス様にはどう見えますか?」

「少なくともバニラは、シロのことが好きなんじゃないかな。もっと仲良くしてあげればいいよ」

そうよね、小さい子のこういうのって見てるとなんだか安らぐ。


 「・・・二人ともうるさいな」

「フラニーのとこにいたの?」

「教えてほしいな」

「もう・・・」

シロはなんだか照れてるみたい。それでも全部聞くけどね。



 「ただ放っておけなかっただけだよ」

シロはどんな出逢いだったのかを話してくれた。

 「ニルスたちもそうするでしょ?」

バニラは大好きだった猫が死んでしまって泣いていた。それをシロが見かけて慰めたらしい。

この子の優しさに惹かれたって感じかな。

 

 「明日からも遊んできたら?あたしお昼までは瞑想だし」

「・・・別にいいよ。輝石を貰ったらこの町からは出て行くし、そんなに仲良くしても仕方ないでしょ・・・」

シロはあたしたちから目線を逸らした。

 本気でそう思っているわけじゃないっていうのはすぐにわかる。たしかに今回は、輝石が手に入ったら次の目的地へ行かなければならない。だけど、友達を作ったり恋みたいなことがダメって話でもないんだけどな。


 「シロはバニラのこと嫌いなの?」

「嫌いなわけないじゃん。そういう聞き方・・・あんまり好きじゃない」

少し怒らせちゃったけど、素直な気持ちが聞けた。

 仲良くはしたいけど、別れる時のことを考えてるんだろうな。

この町を出る時にバニラにかける言葉は「さよなら」だって勝手に思い込んでる。

・・・そうじゃないって教えてあげないといけないわね。


 「シロ、旅をしながらたくさんの友達を作るのは悪いことじゃない。だから、今日出逢ったバニラを大切にしてあげた方がいいよ」

あたしが言おうとする前に、ニルスが口を開いた。

く・・・まあいい任せるか。

 「大切に?」

「離れても二度と会えないわけじゃないだろ?オレたちは旅人だ、会いたければまた来よう」

そういうこと、なにも心配はない。

 だから出発の時は「また来るよ」って言って旅立つ。

あたしとニルスも、ロレッタでロゼにそうしてきた。


 「バニラは、シロがまた旅立つのを知ってても一緒にいたいって言ったんだろ?だから、冷たくしてはダメだよ」

「そうそう、シロの邪魔をしたいわけじゃないんだから」

「・・・うん、そうする。明日もお昼まで遊んでくる・・・」

ちゃんと素直に言えたわね。

 あたしもロゼに会いたくなってきたな・・・。

また一緒にお酒飲んで・・・シロも紹介しないと。



 「はあ・・・はあ・・・」

バニラが息を切らしながら戻ってきた。

 「お待たせシー君」

手には大きめの籠を持っている。


 「そんなに走らなくていいのに・・・。待っててって言われたんだからいなくならないよ」

「え・・・えへへ、急がないと無くなっちゃうからさ」

「それのこと?」

「うん。朝シー君と行ったパン屋さんは、お昼過ぎにはお菓子も作るんだよ。みんなで一緒に食べたいなって思って・・・」

バニラが開けた籠には、色とりどりの果物が乗せられたパイがひと切れずつ分けられて並んでいた。

・・・わざわざ買ってきてくれたのか。


 「バニラ、いくらしたの?オレが出すよ」

ニルスが財布を取り出した。

あたしとニルスの分もあるみたいだし、たしかに安くはなさそうだ。

 「いえ、いいんです。朝シー君にパンを買ってもらって一緒に食べて・・・とっても嬉しかったからそのお礼です」

「でも・・・」

ニルスは財布を広げたまま固まった。

・・・ここはバニラの顔を立ててあげよう。

 「たぶんバニラは受け取らない。渡すんならあとでフラニーにしたら?」

「・・・」

耳元でそっと伝えると、ニルスは財布をしまってくれた。

これが一番いい。


 「ありがとうバニラ。じゃあみんなで食べようか」

「はい、シー君も一緒に食べよう」

「あ、うん。・・・みんなの椅子も出すよ」

「シー君はわたしと一緒の椅子ね」

バニラはいつの間にかシロにぴったりとくっついている。なかなか積極的な女の子だ。


 「ねえバニラ、明日もお昼まで時間があるからまた遊ぼう」

シロは早速バニラを誘った。

 「本当?嬉しい」

「えっとね・・・雲鹿の牧場行ってみたい」

「いいよ。ふふ、明日とあさってもアカデミーはお休みなんだ」

朝のことで完全に落としてるだろうから、どこにでもついてくるんだろうな。

・・・さすがに山には連れてけないけどね。



 「わあ、おいしい。いいな・・・これ好きだな・・・」

ニルスは白葡萄の乗ったパイを一口食べて幸せそうに笑った。

・・・たしかにおいしい。


 「ニルスは甘いお菓子が好きなんだよ」

「そうなんですね。他にも種類があるんですよ」

「へー・・・シロ、明日またお小遣いを渡すよ。遊んでくる時においしそうなのを買ってきてくれ」

「うん、頑張って選んでくるね」

あたしも楽しみにしてよ。


 「あのー、ニルスさんとミランダさんはどこの生まれですか?」

バニラはあたしたちにも話しかけてくれた。

たぶん、お喋りが好きな子なんだろうな。


 「オレはテーゼだよ」

「えーすごーい、とっても大きな街なんですよね?わたしも王城とか戦士の訓練場を見てみたいです」

「そう、大きな街だ。王城や訓練場は観光に来る人も多いんだよ」

「わたし、雷神の隠し子のアリシア様にも会ってみたいです。あ・・・でも握手するにはそれなりに強くないといけないんですよね?お話しするには、戦って一撃入れないとダメだって噂です」

「あはは、そんなことはないよ。話しかければ答えてくれる。握手も断ったことはなかったな」

そういやあたしも男みたいな人を想像してたな・・・。

話だけで見たことない人はみんなそうだよね。


 「ありがとうございます。じゃあミランダさんはどこですか?」

「そういえば北部ってしか聞いてなかったな」

ニルスも乗っかってきた。

そういやそれしか話してなかったか。


 「ああ、場所は教えてなかったっけ。あたしはネルズっていう町だよ」

表向きは金鉱の町って呼ばれてるけど、夜はきらびやかな色町に変わる。

昼間は男の方が多いけど、夜になれば女が出てきて半々くらいになる変わったところだ。

 「ネルズ・・・ああ、習いました。金が採れるんですよね。ここから南東だったかな・・・」

「その通りよ。まあみんながみんなうまくいくわけじゃないけど・・・夢を掘りに来てる」

「金鉱か・・・なんとなく記憶にある。あれ・・・でも色町って言ってなか・・・いてっ」

ニルスの背中を叩いた。

子どもの前でそういう話はしないでほしいわね。


 「わたしも行ってみたいです。ちょっと掘ってみたりとか」

「うーん・・・おすすめはしないわね。荒っぽいのが多いし、治安の悪い通りもあるんだ。・・・バニラみたいな子だと、襲われたり攫われたりして酷いことされるかもよ」

「えー、恐いです・・・」

「そしたらルージュにも行かせられないな。・・・ミランダは大丈夫だったの?」

そういう所で育ったから、子どもの頃から変な男に捕まりそうになったことはあった。

 

 『服つかまれて・・・恐かった・・・』

『もう恐くないから泣くんじゃないよ・・・』

ああ、泣きながらなんとか逃げたんだっけ・・・。

 『明日からは大丈夫だ』

帰ってメルダに話したら、出かける時とかアカデミーの送り迎えに娼館のお姉さんを付けてくれるようになった。

・・・みんな優しかったな。


 「昔のあたしを心配してくれてありがと。でも、今ここにいるんだから平気だったってことだよね」

「ああ・・・言われてみればそうだな」

「そうだ、そういう所に行くときはシー君に守ってもらお」

バニラは嬉しそうな顔でシロに寄りかかった。

 「え・・・僕?」

「うん、シー君と一緒なら安心できるもん」

「わかった、僕が守ってあげる」

「えへへ・・・」

ああ、いいな。見てるだけで微笑ましい。



 「バニラ、キビナへの登山道はこの町の奥にあるって聞いたけど、今から案内してくれないかな?」

休憩後の修行も終わった帰り道、ニルスがバニラに案内を頼んだ。

 「はい、いいですよ。シー君はわたしと一緒ね」

登山道までの行き方はきのうフラニーから教えてもらったけど、バニラのためにそうしたんだろうな。


 「じゃあ行ってみようよ。あ、そうだ。ねえバニラ、フラニーって剃り師通ってるよね?」

せっかくいるから真実を聞いてみよう。

 「はい、二日に一回ですね。きのう行ってたんで、明日も行くはずです」

「けっこう毛深いの?」

「どうですかね・・・剃り師さんに通ってるんで、すべすべのお母さんしか知らないです・・・」

「あ、そっか・・・」

あれ・・・待てよ。外套に七日もかかるのって、それもあるんじゃ・・・。


 「ねえシロ、今日はバニラのうちに泊めてもらったら?」

少しでも早まるならそうした方がいい。

 「え・・・」

「え・・・いいんですか?」

バニラはそうしてほしいみたいだし・・・。


 「シロ、フラニーのムダ毛・・・もう生えないようにしてあげて。メピルにできたんだからあんたもできるでしょ?」

あたしは小声でシロに頼んだ。

 「え・・・なにそれ・・・」

「あたしやってもらったんだ」

「そうだったの?でも・・・よくないよ。剃り師さんってお仕事でしょ?僕が奪うことになる」

シロは乗り気じゃないみたい。

 たしかにお客さんを一人失うことにはなるけど、剃り師はそこまで気にしない。自分でできる人もいるけど、ほとんどの女は通ってる。だから一人くらいじゃ全然痛くないはずだ。


 「大丈夫だよ。やってあげて」

「あのね・・・必要だから生えてるんだよ。そのままにしておけばいいと思う」

「フラニーはいらないから剃り師に通ってる。で・・・そのせいで防寒着の完成に七日もかかるんだよ。今回は事情があるから、一日でも早い方がいいでしょ?」

「・・・フラニーに聞いてからにする」

やってくれるっぽい。

フラニーは絶対喜んでくれるはずだ。


 「どうしたんですか?」

「なんでもないよ。シロに行ってきなって言っただけ」

「シー君・・・いいの?」

「うん、迷惑じゃなければだけど・・・」

その逆だ、歓迎されるに決まってる。

 「わたしからお願いするから大丈夫だよ」

「フラニーもお父さんも怒らない?」

「怒らないよ。ねえねえ、お父さんにも精霊さんだって教えていい?仲間外れはかわいそうだし・・・」

「仲間外れ・・・うん、秘密にしてもらえるなら・・・」

旦那も奥さんの出費が減ったら喜ぶよね。

二日に一回なら、定期の契約で割引されても月五万くらいかかってるはずだし・・・。



 「町の中と違って雪が積もったままだな・・・」

登山道の入り口は、看板が無ければ通り過ぎてしまいそうな場所にあった。

ここを・・・行くのか。


 「年に数えるくらいしか挑む人が来ないからこうなってるんです。山小屋に住んでるおじさんも月に一度くらいしか下りてこないですし」

「ひえー・・・・踏み鳴らしていくしかないってことね。思ったよりずっと大変そう」

キビナの雪には誰も手を触れないのか。自分たちの身の周りだけで手いっぱいだろうし仕方ないのかな・・・。


 「そんなに心配いらないよ。・・・案内は頼むよシロ」

「うん、上から教えるよ」

「わあ飛んでるー。いいなあ」

シロは飛び上がって登山道へ入った。

 本当はあの子だけが行けば早いけど、あたしもニルスもそれは言わなかった。

全部一緒にやっていきたい・・・それは言葉にしなくても通じ合ってるんだ。



 「あれ・・・うわ!!」

シロが少し進んだところで急に落ちた。

どうしたんだろ?

 「シー君!・・・大丈夫?」

すぐにバニラが雪をものともしないで近付いて、埋もれたシロを起こしてあげている。


 「どうしたシロ、なにかぶつかった?」

「・・・チルが山全体に精霊封印の結界を張ってる。力が使えない・・・寒い」

「結界・・・とりあえず戻ろう。バニラ、抱っこするね」

ニルスは、シロとバニラを抱えて登山道を下りてきた。

これけっこうまずいよね・・・。


 

 「・・・」

シロはずっと腕を組んで困り顔だ。

 「シー君、もう大丈夫なの?」

バニラはそんなシロに付いた雪を払ってあげている。

答える余裕もないのか・・・。


 「ジナスのではないんだよね?」

とりあえず話を進めなきゃいけない。

 「うん・・・これはチルのだよ。精霊封印は・・・女神様、ジナス、そしてチルしか使えないんだ。これから僕も教えてもらうけど・・・」

「シロは山に入れないってことなの?」

「ううん、入れるよ。これはジナスに使われたのと同じで精霊の力を封じるもの・・・魔法もほとんどが使えなくなる。あ・・・だからイナズマは苦労したって言ってたのか・・・」

つまり、治癒くらいしか使えなくなるってことになるのか。

イナズマ・・・先に言っときなさいよ・・・。


 「ジナスが入ってきた時の時間稼ぎだと思う。参ったな・・・僕も歩かないとダメか。・・・ごめんね、案内はできそうにない」

「気にしなくていい」

ニルスも険しい顔になっていた。

 「・・・シロの外套も作ってもらってて正解だったな。・・・そりも買ったし」

本当にそうだ。フラニーの気遣いが無ければ、山に入るのが何日か遅れていたかもしれない。


 「シー君、ジナスとかチルって誰?」

「どっちも精霊だよ・・・。僕たちはここにいるチルに会いに来たんだ」

「精霊・・・近くにもいたんだ。あ・・・山小屋に住んでいるおじさんから聞いたことある。子どもだからからかわれてるのかと思ってた」

この上に住んでるって人か・・・。

 ああ、そういやフラニーも『まずは山小屋を目指せ』って言ってたな。そのおじさんならチルの居場所を知っているかもしれない。

まずはそこに辿り着かないとってことか。


 「意識が飛ばせない。だから、本当に歩き回らないといけないかも・・・周りの空気も暖められなくなるから・・・厳しい道のりになる」

「気にしなくていいよ。前の晩はしっかり休んで備えないとな」

「・・・うん、僕頑張るね」

「無理はするなよ。・・・本当に高い山だ」

ニルスはキビナを見上げた。


 「この山脈全部を結界で・・・」

「チルも精霊だし、そんなに難しくない。それに、結界は僕よりも扱いが得意だ。・・・守護もね」

シロもニルスと同じように見上げた。


 もし時間があれば、チルにも教えてもらうことにしよう。

重い荷物・・・軽く感じられるようになるために・・・。

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