第六十五話 防寒【ミランダ】
火山を出てから十五日、シロの出してくれた馬車のおかげで予定よりも早くキビナに着きそうだ。
大陸はかなり広いけど、この速度で移動できるのはあたしたちくらいなんだろうな。
「今はこの辺だね・・・あと五日くらいかな」
「いやー馬車の旅っていいね。シロの特別製は全然揺れないし」
「ミランダ、そろそろ瞑想始めて」
「よーし、今日も集中するぞー」
世界を救うっていうのかな?そんな旅だけど、こうやって楽しんでいくのがいい。
暗いとうまくいかない気がするしね。
◆
空が夕焼け色に染まってきた。
今日はここまでだ。
「・・・なんか冷えてきたよね。ああ・・・あったかいスープが沁みる・・・」
さすがに馬車で食事は作れない、だから夜はしっかり休むことにした。
「たしかに・・・山に入るなら、防寒はしっかりしていかないと凍りつくな・・・」
炎の温かさが背中の寒さを余計に強くしている。
これ以上寒いのはちょっと辛いわね・・・。
「服屋のおじさんに脅されたじゃん?あたしちょっと恐いよ」
「笑いながらだったからそこまでじゃないと思うけど・・・」
昼間、近くにあった町に寄り道した。
目的は食料と暖かい服と外套・・・。
『キビナね・・・春だけど、舐めない方がいいぞ』
『そんなにですか・・・』
『とりあえずうちで用意できるのじゃ心許ないな。辿り着くまではなんとか凌いで、向こうの店で新しいのを買った方がいい』
たしかにニコニコしながら言われたけど、どんなもんなのか・・・。
「シロはいいよね。全然寒くないんでしょ?」
「うん、僕にそういうの無いから」
シロは口をすぼめてスープを飲んだ。
かわいいなこいつ・・・。
「実は裸でも問題ないってこと?」
「ないよ」
「じゃあなんで服着てんの?メピルも裸じゃなかった」
「女神様がこの恰好でいてねって作ってくれたからだよ。メピルは作った時にあの服も着てた」
そうなんだ・・・。
「本当は服そのものなんかいらないんだよ。見た目を変えることもできるから」
「・・・あたし?」
シロの着ている服が、あたしのとおんなじになった。
すごいな・・・。
「顔も背丈も変えられる・・・」
「オレ・・・」
シロの姿がニルスになった。
ほんとに背まで・・・精霊の力ってこういうのもできるのか・・・。
「これで人間に近付いて記憶を渡したりもしてもらってた」
「なるほど・・・」
世界が沈んだあとか。
「ちなみにオーゼは服じゃなくて、ああいう見た目にしてるだけ」
「あれは裸と一緒だ」
「オーゼもあの姿でいなさいって言われたんじゃないかな」
「女神も変態なんだな・・・」
その可能性はあるかもしれない。まあ、人間とは感覚が違うかもしれないけど・・・。
「僕もオーゼみたいにしてもいいんだけど、精霊封印の結界を使われると丸裸になっちゃうんだよ。そうなると痛みも寒さも感じるようになるから、一応この服を着て出たんだ」
「へー、そういや洗濯は?」
「二人が寝てる時に綺麗にしてる。僕は汗とかないから土埃を落とすくらいかな」
たしかにシロは無臭よね。
いいなあ・・・。
「色々教えてくれてありがとうシロ。あ・・・いい感じで焼けてきたぞ・・・」
ニルスが嬉しそうにお肉を見つめた。
あたしとシロで奪った楽しみ・・・。
『旅に出たら・・・ああいう肉を丸ごと串に刺して一気にかぶりつくのが夢だった。焚き火で・・・外で・・・楽しみにしてて・・・いつにしようか考えてたところだった・・・』
また同じことが無いように今日食べることにしたみたいだ。
「ほら、かぶりつきなよ」
「い、いいの?」
「あたしたちのは別で焼いてるし、それはあんたのだよ」
「・・・」
ニルスは本当に幸せそうにお肉をかじった。
もう怒ってないし、やり直せたからいいけど・・・この顔を奪ってしまってたのか・・・。
◆
「シロ、そろそろ寝るから暖かくして。熱すぎるのはダメよ」
食事を済ませて、日課の瞑想も終わった。
あとは明日のために休もう。
「大丈夫だよ。もうわかってきたから」
夜はシロがテントの中を春にしてくれる。そして抱いて寝ると朝まで冷えなくてとっても快適だ。
でも・・・そろそろ宿のベッドも恋しい。
キビナに着いてからになるかな。
「どうミランダ?」
「ん・・・いいじゃん」
「ニルスは寒くない?」
「まだお風呂の感じが残ってて充分暖かいからね。それにさっきまで剣を振ってたから熱いくらいかな。でも・・・もし冷えたら、二人にくっつく」
最初からくっつけばいいのに・・・。
とりあえずこれで眠れるわね。
「安心して眠れるっていいよね。一人で野宿の時は、木の上で寝たりしてたからさ」
でも、眠気が来るまではお喋りしたい。
「え・・・木の上って・・・」
ニルスが顔だけをこっちに向けた。
「なによ?」
「高いとこ平気じゃん・・・」
「そんな高いとこまで行かないよ。落ちても大丈夫なとこまで」
「え・・・あはは、それじゃ意味ない・・・いたっ・・・」
もう寝よ・・・。
明日でどのくらい進めるかな・・・。
◆
太陽が顔を出して、また馬車が走り出した。
「オレに夢をくれた運び屋さんから聞いたことあるんだけど、この辺は代金を高く取るんだって」
ニルスが窓から外を見つめた。
そりゃそうでしょ、こんな寒い所にわざわざ運ぶんだから高く取らないとやってられない。
「早く山が見たいな・・・」
ずいぶん楽しそうだけど、ニルスは寒くないのかしら?
うー・・・もう何枚も服を着こんでいるのに体の芯が冷える。
「シロ、もうちょっと暖かくして。これじゃ瞑想もできないよ」
言いながらシロを膝の上に乗せた。
このままじゃ集中できそうにない。
「・・・あえてこうしてたんだよ。そういうのを払うのが瞑想なんだから」
く・・・痛い所を。
わかった、やってやろうじゃん。
キビナに着いたらどのくらい力が付いてるのかな・・・。
◆
十九日目、春なのに白が増えてきた。
でも、目的地はもうすぐ・・・。
「二人とも見て、あれが霊峰キビナだ・・・」
ニルスが馬車の窓から顔を出した。
・・・あたしも見たい。
「キビナ山脈・・・一番高いのが霊峰キビナだね」
「わあ、なにあれ・・・あんなに大きいんだ・・・」
呼吸を忘れるくらい雄大な景色だった。
空が晴れているおかげでその姿が鮮明に見える。
ニルスから聞いた通りで、上の方は雪の帽子を被ってて、いくつもの高い山が連なっていた。
「はあ・・・言葉も出ないね・・・」
やっと息ができたけど、胸の高鳴りが止まない。
寒さも忘れて美しい山脈に見とれていた。
「・・・」
ニルスを見ると、目が潤んでいる。
これはたぶん、少年ニルスの目・・・。
「泣くほど感動してんの?」
「・・・涙で色付けて見たものはずっと残るんだよ」
ニルスがあたしに微笑んだ。
「ふーん・・・」
あたしの見ている景色がちょっとだけ滲んだ。
今のはずるい・・・。
◆
いよいよ明日キビナに着く。
そして寒さは今まで以上に厳しくなっていた。
「はい、瞑想終わり!シロ!」
「わかったよ・・・よく頑張ったね・・・」
馬車の中が夏になった。
ああ・・・生きてるって感じ・・・。
「キビナはかなり高いし広いね。意識を飛ばしながら登るけど、すぐには見つからないかも・・・」
シロが窓から山脈を見つめた。
三人で話し合って山に入ることにした。
シロの言った通り、大きすぎるからだ。
「平気さ、ワクワクしてる。麓の町に着いたら、まずは山に入るための準備が必要だな」
「シロがいるけど、山用の防寒着も絶対買った方がいいと思う。さすがに怪しまれるよ。たぶん山に入るのも止められるんじゃないかな?」
「あ・・・たしかにそうだな・・・。用意しようか」
道具なんかを買う時に、キビナに挑むって言うのは知られてしまうはずだ。
変に騒がれるかもしれないし、ちゃんと手順を踏まないとね。
また新しいのを買うのか・・・どんなのがいいかなー。
やっぱり、もこもこでふわふわなのがいいよね。
◆
町の姿が見えてきた。
街道も雪で埋もれてるけど、馬車の轍でなんとなくわかる。
「・・・この辺に季節ってものは無いのかしら。春なのに雪降ってるよ・・・」
人がいる場所だと水晶の馬車は目立つ、だから少し離れた所から歩くことにした。
「・・・夏しか止まないらしいよ」
「夏でも寒そう・・・」
降り続く雪・・・この辺りはまだ綺麗に見える程度だけど、山の上の方は分厚い雲の外套を着ている。
きのう見た美しい山脈は、見上げてもその顔は見えなくて、足元だけがあたしたちを迎えてくれた。
◆
「・・・宿も取れたし、色々揃えに行くか」
こんな場所・・・っていうのも失礼だけど宿があった。
市場とか商店通りもあって、雪が無ければ普通に住みやすそうな町だ。
「おばあちゃん、久しぶりのお客さんだって喜んでたね。これさっき洗濯物出す時にくれたんだよ」
シロがテーブルにお菓子を置いた。
「おやつ?」
「うん、ぼうやにはこれあげるって」
「あれー?子ども扱いは嫌なんじゃなかったっけ?」
「もう気にしないんだ。僕は大人だからね」
ふーん、もうこのことでからかわれても大丈夫になったのか。
たしかに成長はしてるわね。
◆
三人で外に出た。
まだお昼過ぎ、できれば今日で全部揃うのがいい。
「やっぱりみんなモコモコね」
「慣れてるんだろうね。それに積もった雪を何とかしないといけないから、動き回って熱いくらいなんじゃないかな」
町の人たちは忙しそうだけど、お喋りしながら楽しそうに雪かきをしている。
「あ、シロ見て。ああしないと雪の重さで家が潰れちゃうんだよ」
「だからか・・・みんなで遊んでるのかと思った」
上を見ると屋根の雪を降ろしている人たちもいた。
寒さに負けない活気のある場所、こういう雰囲気は好きだ。
◆
「修行者、冒険者、巡礼者、地理学者、精霊学者、測量士・・・みんなの味方フラニーの店。キビナに挑むならしっかりと準備を・・・だって」
シロが一軒の店の前で立ち止まって、あたしたちに手招きをした。
看板はすぐに雪が張り付いて、いちいち払わないと読み辛い。
「・・・けっこう山に入る人はいるんだな」
「ねえニルス、精霊学者って何してるの?」
シロはそれが気になったみたいだ。
「精霊に関することを研究してるんだよ。逸話の真偽とか、その力の源とか・・・シロが会ってあげれば喜ぶんじゃないかな」
「そうよね。あたしもだけど、精霊なんて実際に会うまでおとぎ話だと思ってたし」
「テーゼには精霊学のアカデミーもあるんだ。女の子に人気があるらしい」
ああ、夢見てそうな奴らね。
あれ・・・でも本当にいるからバカにはできないな・・・。
「まあ入ろうよ。ここで揃いそうだし」
「そうだな」
扉を開けると、来客を知らせる鈴が鳴った。
かなり高い音、外が吹雪いてても聞こえるようにかな。
◆
「あら珍しい・・・学者さん・・・には見えないわね」
少し待つと、奥から色っぽいお姉さんが出てきた。
厚着してんのになんかやらしい感じだ。
「旅人です。防寒着や道具・・・山に入るのに必要な物を売ってください」
「へえ、いい男・・・ようこそフラニーの店へって感じね。無いと話にならないような道具はその棚、まとめておいてあげるわ。ふふ、たしかにその服と靴じゃダメね。それで挑むって言うなら行かせられないわ。ていうか、町の人に怒鳴られちゃうよ」
おお、色々詳しそう。あたしたちにとっては心強い店主だ。
「お姉さんがフラニー?」
「そうよ、フラニー・ウィンターズっていうの。ボクのお名前は?」
「僕はシロ、そっちはミランダとニルスだよ」
「シロちゃんはかわいいわね。じゃあお姉ちゃんたちが選んでる間はここに座って見てるといいわ」
シロはあの姿で得よね・・・。みんなからかわいがってもらえてちょっと羨ましい。
「フラニーさん、山に魔物は出ますか?」
ニルスはそこまで緩んでない感じだ。
まだ引き締めなくてもいいと思うんだけどな。
「いいえ、聞いたことない。あなたたちは、なにをしに行くの?」
「輝石を・・・探しに行くんです」
「ふーん、旅人じゃなくて冒険者ね。何百年も見つけた人はいないけど・・・とりあえずは最初の山小屋を目指すといいわ、あとで教えてあげる」
フラニーは親切でとっても感じがいい。
きっと誰にでもそうなんだろうな。
「じゃあ、二人の寸法を測るわね。靴は合うものを選んでもらうけど、防寒着は三・・・いえ、四日間いただきます」
「え、あっちに並んでるのじゃダメなの?」
「あれは見本、寒さを防ぐなんてできないわ。でも見た目はあそこから選んでね」
四日か・・・シロのおかげで予定よりは早いけど、ニルスはどう思ってるんだろ?
あたしは「どうする?」って、目で合図してみた。
「・・・気持ちは嬉しいですが、早く山に入りたいんです。道具はここで揃えますけど、防寒は他で見ることにします」
ニルスははっきりと言ってくれた。
「ふふ・・・」
でもフラニーは余裕な顔だ。ていうかやっぱりやらしい・・・。
「どの店に行っても一緒よ。キビナに挑むって言えば必ずこうなる」
「・・・本当ですか?」
「山に挑む者へは全力で手助けを・・・そんなしきたりがここにはあるのよ。ふふ、まあ代金は取るけどね。それにこの町で私より技術がある人はいないわ」
「・・・お願いします」
まあそういうことなら待つしかないか・・・。
そうと決まったら気持ちを切り替えてこう。
◆
「ねえねえ二人ともー、これどうかな?すごくよさそう」
早速外套を選んで羽織ってみた。
どんな反応かなー・・・。
「うわ、魔女だ・・・」
な・・・。
「うん、赤毛の魔女」
二人の感想は、前向きには捉えられないものだった。
たしかに選んだ色は漆黒。雪で隠れないようにって考えたのと、蝶の飾りが気に入ったからだ。
あたしの中で、他の物を選ぶ気はもうなかったのに・・・。
「まだあの二人にはわからないみたいね。これを着たあなたはとても魅力的よ。似合ってるから心配しないで」
フラニーは、今のあたしが欲しい言葉をかけてくれた。
・・・自尊心が戻ってくる。
「そ、そうよね。あいつらが子どもなだけ・・・あたしこれにする」
あの二人がわかるようになるのはまだ先・・・。フラニーは大人だしわかってくれてるのが救いだ。
「たしかに見た目を気にしても仕方ないか。・・・オレも同じ色にしよう」
「ちなみに予算は?」
「いくらかかっても構いません。いいものを作ってください」
「任せてちょうだい。じゃあミランダから寸法を測りましょう」
フラニーが巻き尺を伸ばした。
今どんくらいなんだろ・・・ちょっと恥ずかしいな。
◆
「はい、腕を広げて」
首周り、肩幅、腕の長さ、胸周り、フラニーは丁寧に数字を書いていく。
「・・・いい体ね。胸もお尻もとんでもない武器よ」
「うん・・・」
余計な感想は反応しないようにしていた。
そんなの知ってるっての・・・。
「そういえばさ・・・こういう寒ーい地域の人って、けっこう毛深いって聞いたことあるんだけど」
ちょっとだけ仕返ししたくなった。
「ふーん・・・そうなんだ」
「フラニーもそうなの?剃り師は二日に一回とか?」
「・・・どうかしらね。ミランダは・・・どのくらい?」
この反応・・・正解か?
「あたしは必要無いんだ。でも故郷では五日に一回って人が多いかな」
「・・・体質?羨ましいわ」
「まあ、そんな感じ。あれ・・・手が止まってるよ」
「ああ・・・ごめんね」
これであんまりからかってこなくなると思う。
ありがとメピル・・・。
「普通の服もあるね」
「そうだな。・・・この帽子は子ども用だね。モコモコであったかそうだ」
あたしが採寸している間、シロとニルスは店の中を見て回っていた。
「ん・・・この手袋、すごくいいな」
「それは作業用とかね。山で着けるものじゃないわ」
フラニーがすぐに答えた。
あたしに集中してると思ったけど、ニルスのひとり言もしっかり聞いてる・・・。
「そうなんですね。戦いに使えそうだなって思いました。柔らかいのに、かなり強い・・・それに小さめかなって思ったけど、付けたらすぐ馴染みます」
「へえ、わかるんだ。それは雲鹿革よ。牧場があってね、キビナでお肉って言ったら雲鹿ね。柔らかくておいしいのに太りにくいのよ」
・・・よだれが出そう。今日の夜はそれに決まりだな。
「雲鹿革はマントみたいな外套にも使われるの」
「・・・知らなかったな。こんなにいい物ならもっと流通しててもおかしくないのに」
「剥いだ皮の加工は、キビナの冬くらい寒くないとできないの。もったいないけど、春から秋までの時期の皮は捨てられてしまう。流通させたくても数が少ないから無理ってことね」
仕入れるだけでもお金と時間がかかるってわけか。けっこう貴重なのね。
「雲鹿革はここでしか売ってないのよ。だからそれは心を込めて作ったものなの。あ・・・もちろんあなたたちのもそうするわ」
「心を・・・外套の後でいいです。革が余っていれば、山から戻るまでにいくつか作っておいていただきたい。できれば・・・四対」
「ずいぶん必要なのね・・・。まあ余ってるから作れるわ。でも、それなりの代金はもらうわよ?はっきり言うけど、あなたたちの外套よりも高い・・・」
「いくらかかっても構いません」
ニルスはその手袋がよっぽど気に入ったみたいだ。
この店選んで正解ってことよね。
「あと・・・小さい女の子が着けるような襟巻きと手袋も作ってくれませんか?こっちは雲鹿でなくていいです」
小さい女の子・・・妹のルージュにか。
「いいけど、模様はどうする?」
「模様・・・雪がいいです。赤地に真っ白い雪」
「わかった。私がかわいいのを作ってあげる」
「お願いします・・・」
ニルスは照れくさいのか、ほっぺたを赤くしながら頼んでいた。
なんだかんだ故郷に戻るってなると手ぶらじゃ嫌なんだろうな。あ、雲鹿の手袋をたくさん頼んだのはアリシア様の分か。
わだかまりを解きたい気持ちはやっぱりあるんだ。ニルスはなにかきっかけを作りたいんだろうな。
◆
「いい体ね・・・」
あたしの採寸が終わって、ニルスの番になった。
「・・・測るだけなのに、どうしてそんなに触るんですか?」
「そういうものなの」
「・・・そうですか」
「ふふふ・・・」
フラニーはニルスの体を妖しい手つきで触っている。
まあ、その気持ちはわかる・・・。
「でも四日間か・・・そしたらやっと山に入れるんだねー」
「シロちゃんも登るみたいな言い方ね」
「うん、僕も一緒だよ」
「え!!ちょっと冗談でしょ?こんな小さな子をキビナに登らせる気なの!」
フラニーがニルスに詰め寄った。
そうだった・・・シロのも準備しないといけない。
「あ・・・えっと、なんだろ・・・シロは寒さに強いので・・・」
ニルスが苦しい言い訳を始めた。
精霊だってことは、あんまり知られない方がいいけど・・・。最初っから「あの子も行く」って言っておけば変わったかな?
◆
「本当に大丈夫なのね?」
「うん、事情は言えないけど僕も一緒に行かなきゃいけないの」
「・・・」
シロも説得に入って、なんとかフラニーも傾いてきた。
面倒ね・・・もう話しちゃってもいい気がする。
◆
「ニルス、ミランダ・・・そりも用意しなさい。歩かせないで、あなたたちが引いてあげるの」
「・・・はい」
「シロちゃんの分もちゃんとこさえてあげるからね」
「・・・お願いします」
なんとか説明せずに作って貰えることになった。
「肌着も買っていってね。夏綿って言って、保温効果のある素材を使っているから」
「はい・・・」
でも、出来上がりは三日延びるらしい。
あの馬車でかなり早く移動できるから、それくらいなら大丈夫・・・だと思う。
◆
「はい、これを持って七日後に来てね」
フラニーは、綺麗な字で書いた引換券をニルスに渡した。
・・・七日間か、とりあえず結界の修行かな。
「キビナで一番の技術、楽しみにしてます」
「心配しないで、全部心を込めて作るわ。迷信かもしれないけど、ただ淡々と作るのは嫌なのよね。使う人もその方が嬉しいでしょ?」
「心・・・思いを・・・」
ニルスは引換券を見て固まった。
なんかあったのかな?
「・・・フラニーさん、オレの父は鍛冶と装飾品を作っていました」
「そうなんだ」
あたしは口を挟まずに聞くことにした。
急にお父さんの話を始めてどうしたんだろ。
「父は魂の魔法というものを使えたんです。でも今は・・・この世界にいる人間ではオレしか使えない」
急になんの話だろ・・・。あれ・・・魂の魔法って何だったっけ?
「魂の・・・聞いたことないわね。それがどうしたの?」
「作るものに、本当に思いを込めることができるんです。この魔法をあなたに教えたい」
あ・・・思い出した。ニルスの胎動の剣だ。
「あなたは間違った使い方はしないと思う・・・」
ニルスがフラニーの手を取って魂の魔法を授けた。
「え・・・なに、急に・・・」
突然のことにフラニーは頬を赤くしている。
「・・・わかりますか?」
「・・・ええ、わかる。私が使っていいの?」
「心を込めてくれると言っていたので」
「・・・素敵、こんな魔法あるんだ。・・・任せてちょうだい、必ず最高のものを作るわ」
フラニーはどう使うものかを聞かなくても理解しているみたいだ。
なにかを作る人にしかわからない気持ちがあるんだろうな。
◆
「フラニーはいい人だから何も言わなかったけど、魂の魔法はあんまり伝えない方がいいと思う。イナズマもニルスのお父さんにしか授けなかった」
店を出ると、シロは真面目な顔でニルスを見上げた。
・・・オトナシロだ。
「大丈夫だよシロ、父さんにも人は選べって教わった。フラニーさんだから渡したんだ。あの人は、悪い使い方はしない」
「うん、心配はしてないよ。ただ、誰でも使っていい力じゃないことは覚えておいてね。あれで込められるのは、いい思いだけじゃないから」
シロはいつもより低い声だ。
ああそうか、ニルスのお父さんみたいに愛を込める人だけじゃないよね。恨みなんかを込められたらそれは呪い・・・けっこう危ない魔法でもあるんだな。
「ねえ、そしたら作ってもらう外套は、ニルスの剣みたいにあたししか着れないようになるの?」
「フラニーさんがどういう思いを込めるかによる。でも、たぶん着る人を選ぶようにはしないと思うよ。オレの剣がそうなっているのは、精霊鉱だからだと思う。誰でも持っていいわけじゃないものだから」
ああたしかに・・・外套はそこまでしなくてもよさそうだ。
とりあえず七日間か、あとは待つだけ。
あたしはその間、自分の力を高めることにしよう。




