第六十四話 残されたもの【アリシア】
ケルト・・・あなたがいなくなったなんて信じたくない。
でも、ニルスが持っていた胎動の剣は・・・。
『もう一度あなたに会いたいと言っていた。ルージュも抱いてみたかったって・・・』
私も会いたいよ・・・。
あの家に行くまでは・・・期待していてもいいのかな・・・。
◆
ルージュをルルに預けて、一度家に戻ってきた。
荷物はまとめてある。あとは・・・。
「アリシア様!」
私を呼ぶ大声が響いた。
外で待っていてよかったみたいだ。
「ああ・・・ロイド・・・」
ニルスに助けられ、功労者となった男・・・。
話を聞くために待っていた。
「お待たせしてしまったようで・・・」
隣には妻、そしてルージュくらいの娘の手を引いて私の元へ駆けてきた。
◆
「これから故郷のゴーシュへ帰ります。・・・ずっとお会いできず申し訳ありませんでした」
ロイドは妻と娘よりも一歩前に出た。
うっかりと口を滑らせないように、王との謁見以外は宿にこもっていたようだが・・・。
『今は何も言えませんが・・・アリシア様にだけはお話したいと思います・・・。三日後、朝早くに伺いますので・・・』
私にだけは告げたいと来てくれた。
早く・・・あの子の話を聞きたい・・・。
「まずは・・・改めてお礼を・・・」
「私はなにもしていない。ロイドを助けたのは・・・ニルスだろう?」
「・・・はい、ニルス様にも感謝しています。とても強く優しい方でした」
「そうか・・・」
ニルスが褒められて嬉しい。もしあの子とのわだかまりが無ければ「自慢の息子だから」と言えただろうな。
「本当に感謝しています。それに・・・アリシア様は戦いだけではなく子育ても達者で羨ましいです」
ロイドの妻が私に頭を下げた。
今の言葉に一切の悪気は感じない。ただ自分の胸が痛むだけ・・・。
「子育て・・・私はあの子に・・・」
「ニルス様の優しさはきっとアリシア様譲りだと、主人が何度も話してくれました。誰かに手を差し伸べる優しさ、私たちもこの子に教えていきます」
「あ・・・ああ」
私はあの子に優しさを教えられていたのだろうか?
・・・元々優しい子だったようにも思える。
「事情を知らないロイドたちからすれば、育てた私はさぞ素晴らしい母親に見えるんだろうな。・・・だが私はそんなにできた親ではない。ひどい扱いをしてきたんだ。・・・良く思われていないのかもしれない」
「・・・謙虚ですね」
ロイドは一度娘を見てから優しく笑った。
「・・・本当だよ」
「そうは見えませんでしたよ。ニルス様は、母親を助けないといけない・・・そう言っていました。アリシア様を大切に思っています」
「え・・・」
胸が高鳴った。
あの子が・・・私を・・・。
『愛しているよ』『帰ってきてくれ』『行かないで』
なぜ、ちゃんと伝えられなかったんだろう。
どうして、あの子を信じてあげられなかったんだろう・・・。
「・・・大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。そうだ・・・どうしてニルスは戦場にいたんだ?入れ替わったと聞いたが・・・」
「あ・・・それは私にもわからないのです」
隠している感じは無い。だから何も聞いていないのだろう。
「あ・・・すみません、そろそろ運び屋に行かなければなりません。・・・アリシア様、娘とまた握手をしていただけませんか?」
時の鐘が鳴り、ロイドが申し訳なさそうに笑った。
「ああ・・・構わないよ」
私は膝を下ろし、まだ小さいロイドの娘に合わせた。
「名前を教えてくれないか?」
「・・・ベリンダ」
「ありがとう。・・・お父さんとお母さんにはなんでも話すんだよ」
「うん」
かけた言葉がそのまま自分に突き刺さる。
自己嫌悪は、あの子が旅立ってから何度もあった。
そのたびにルージュを抱きしめて誤魔化し、なんとか保っていたがこの間の戦場からより強くなっていく・・・。
「ゴーシュで料理店を出そうと思っています。きっと大きな店にしますので、立ち寄った時は訪ねてください」
奥さんが一歩前に出た。
料理か・・・。
「王城の料理人にも負けないものを作ってくれ」
「そのつもりです。きのうの宴で出たもの・・・すべて超えてみせます」
「きっとできるさ」
「では・・・ありがとうございました」
家族は、幸福な未来を瞳に映しながら去っていった。
ニルスが助けたから・・・か。
『大切な仲間もできたんだ。詳しく話す気は無いけど、ここには・・・その仲間のために来た』
そういえば、これも聞いておけばよかったな・・・。
大切な・・・。
仕方ない・・・セイラの所に行こう・・・。
◆
「来たか・・・セイラに急ぎの仕事が入ったんだ。かわりに俺が送るよ」
運び屋に顔を出すと、テッドさんが待っていてくれた。
そうなのか・・・。
「わかりました・・・」
「・・・暗いな。やっぱり俺とじゃ嫌か?」
「・・・そんなことはありません」
「まあわかるよ・・・。セイラの方がニルスをよく知ってるからな」
見透かされているようだ。
セイラはニルスが小さい頃から仲が良かった。
旅人になりたいという夢はその時から言っていたらしい。
あの子の様子が変わってきたことに一番初めに気付いていたが、口止めをされて私に伝えることはできなかったと・・・あとから教えてもらった。
『十歳の時だよ。自分で話すから・・・わたしからはなにも言わないでって』
それを聞いて余計に自分を呪った。
本当は、その変化に私が気付かなければいけなかったんだ・・・。
◆
「アリシア、出発だ」
テッドさんが馬車の準備を終わらせた。
・・・乗り込もう。
「・・・なんだよ、中に入ればいいだろ」
「落ち着かないので・・・」
私はテッドさんの隣に座った。
ルージュもいないし、なにか話していないと気持ちが沈みそうだ。
◆
「近い方で行くか?」
「お願いします」
馬車はテーゼを出て街道に入った。
顔、髪、耳を風がこすっていく・・・。
春の陽気もあり、少しだけ気持ちが穏やかになってきた。
「テッドさんは、セイラに手を焼いたことはありましたか?」
だから、色々聞きたい。
「・・・あの子が勝手に客を引っ張ってきて大変だった」
「ああ、私もそうでしたね」
「何度言ってもだ。歩いてたら偶然見つけたって、わかりやすい嘘ついて・・・」
テッドさんは懐かしそうな顔で街道の先を見つめた。
それに比べるとニルスは、私の言うことを素直に聞いてくれていたな・・・。
「私は・・・ニルスが赤ん坊の時以外で、手を焼いた記憶が無いんです・・・」
「まあニルスは・・・そうだろうな」
「わがままも言いませんでした」
ルージュはなにか欲しい物があったり、したいことがあれば迷わずねだったり、私を連れ出す・・・それがニルスにはほとんど無かった。
「なんでかわかるか?」
「・・・わかりません」
「なにかあった時に頼れるのはお前しかいなかったからだ。わがままを言って、もし捨てられでもしたら・・・なんて考えてたんだろうな。だからお前が少しでも楽になるようにしてくれてたんだ」
「私がニルスを捨てるなんて・・・ありえません」
一度も思ったことはない。そんな感情は欠片ほどもなかった。
『戦場は恐いけど、母さんに見捨てられるのはもっと恐い』
だが、ニルスの日記にはその不安が書いてあった。
思ったことはなくても、そう思わせてしまうような態度だったんだろう・・・。
「しかし・・・ルージュはわがままを言います」
「まあそれぞれの性格もある。けど、ニルスとルージュにはちゃんと違いがあるんだ」
「違い・・・」
「ルージュには、毎日抱いて愛しているって伝えてるそうだな。それだけで子どもは安心するんだよ」
そうか・・・やり直したい。
「セイラにもそうしてあげていたのですか?」
「・・・あの子は自分が拾われたって知ってたからな。その不安はニルスよりもあったはずだ。勝手に客を連れてきてたのは、そういう思いからなんだろうな」
「・・・たしかにそうかもしれませんね」
「だから大切に想っていることは伝えてきた。・・・ルージュにはこれからもそうしてやることだな」
ちゃんと想っていることを伝える・・・あの子にはしてやれていなかった。
だから戦場でもできなかったんだろう・・・。
『ルージュ、一緒にいれない兄さんを許してね。でも、君の幸せをずっと祈っているよ・・・』
そうだ・・・あの子は、妹にはそれをしていた。
・・・ニルス、心配しないでくれ。ルージュは必ず幸せにするよ。
だから・・・せめて妹には会いに来てくれ・・・。
◆
「そういえば、セイラに母親などは考えなかったのですか?」
「別に・・・女と一緒にいてもいいことないからな」
「なにか嫌な思い出でもあるのですか?」
「今の仕事・・・旅・・・色んな人間を見てきたからだよ。信用できなくなるくらい・・・」
いつの間にかテーゼの姿が消えていた。
話しているうちに、ずいぶん進んだみたいだ。
「・・・ジーナが言ってたんだ。お前は浮気をやめられない女と同じだってさ」
テッドさんが横目で私を見てきた。
ジーナさん・・・わけのわからないことを・・・。
「私は浮気をしたことなんか・・・」
「戦場のことを言ってるんだ」
「戦場は男ではありませんよ・・・」
「やってることはそうだ。夫よりも・・・我が子よりも戦場を取っている」
たしかにそうだ。
だから何も言い返せない・・・。
「それで例えると・・・お前は愛する旦那の目の前で、間男にも会いたいから別で暮らすって言ったのと同じだな。・・・旦那公認の浮気だ」
「・・・そうかもしれません」
「そしてニルスには、間男の所は楽しいから一緒に行こうって言ってたわけだ」
「・・・その通りですね。私は・・・愛よりも快楽を取ったのでしょう・・・」
やめられなかった。
とても強い快感・・・。
でも今は昔ほどの気持ちよさはない。それでも戦うことがやめられない・・・。
「認めるんだな・・・」
「でも・・・裏切っているつもりはありませんでした・・・」
「そういう女は多いらしい。あくまで家族が一番、間男はそれ以上ではない・・・浮気されてる方からしたらどうだろうな」
言い訳にならない・・・。
「ジーナの言ってることは正しいと思うか?」
「思います・・・」
最低な女だ。許されていると勘違いしていた・・・。
「大切な存在がいても戦場に出る・・・異常者だって教えたことあっただろ?」
「はい・・・私もそうなのでしょう」
「お前、死にかけたらしいな」
「ニルスが助けてくれました・・・」
あれは嬉しかった。
だから生きている。
「そういうことはあるんだ。ニルスにもあったかもしれない・・・なんで考えなかった?」
「死は・・・無いものだと思っていました。意識したのは、助けてもらった時です・・・」
「だから異常者なんだよ。で・・・戦場はまだ出るのか?」
テッドさんの声が低くなった。
・・・真剣に答えなければいけないな。
「ニルスと・・・約束しました」
「そう・・・」
「ですが・・・ニルスから・・・もういいとも言われたんです」
あれは、どういう意味なんだろう?
「ルージュのために生きろってことじゃないのか?」
「いえ・・・自分がなんとかするからと・・・」
「理由を聞けよ・・・」
「教えてくれなさそうだったので・・・」
だから想像するしかない。
でも浮かんでくるのは、嫌な答えばかりだ。
私には、もうなにも期待していないから・・・。
◆
日が暮れてきて、馬車は走るのをやめた。
簡単に食事を取り、あとは休むだけ・・・。
「まだ・・・信じられないのです」
「・・・俺もなんて言っていいかわからない」
宵闇の中で焚き火を見ていると、ケルトの顔が浮かんできた。
実は生きている・・・そんな気がしてくる。
「精霊鉱・・・だったな。ニルスが持っていた剣は本当にそうだったのか?」
「はい・・・間違いないのです。あの子が嘘をついているとも思えませんし・・・」
「覚悟はしておけ・・・」
「・・・はい」
実際にこの目で確認しなければ信じられない。それなのに、ニルスの言葉は信用できる。
心の中はよくわからない状態だ。
「戦場は、人間の行ける場所にあるらしいな」
テッドさんは話を変えた。
私を気遣ってなんだろう。
「境界を越えるのは不可能だって言われてる。つまり、こっち側にあるってことだ」
「だったら・・・どうだと言うのですか?」
「言葉にはできない。でも・・・なにか違和感がある」
私には無い。でも説明が難しいなら別にいい。
「どうせ答えは出ません。考えても仕方ないと思います」
「お前には知識欲ってのが無いらしいな」
「子どもたちのことは・・・知りたいです」
「あっそ・・・俺は少し酒を飲んでから寝る。お前はもう休んでろ」
テッドさんは沸かしていたお湯をかきまぜた。
春だがまだ夜は冷える。だからあれで割って飲むんだろう。
「じゃあ・・・先にテントに行っています・・・」
「あ?ふざけんな、お前は馬車で寝るんだよ」
「なにもしませんよ・・・心配であれば、私の手足を縛っても構いません」
「なんもないのはわかってるからそこまではしない。けど・・・もし襲ってきたら殺すからな?」
このやり取り、男女逆じゃないのか?
まあいい、そんなつもりで言ったわけじゃない。
一人ぼっちが嫌だっただけ・・・。
◆
「迎えはどうする?」
「明日の朝・・・いや、もう一日・・・」
ケルトの家に着いた。
ルージュを授かって以来だ。
「わかった・・・。しばらく来なかったが、あの花畑・・・そうなんじゃないのか?」
「そうだと・・・思います・・・」
「・・・俺は宿場に行く。おもいきり泣けばいい」
「はい・・・ありがとうございます」
わかる・・・ケルトはあそこにいるんだ。
『綺麗な花畑になってる』
あの子の言った通りだからな・・・。
◆
「アリシア様・・・」
花畑に近付いた時、突然背の高い男が現れた。
どこから・・・いつからいた?
「偶然ですね・・・。お会いしたかったのです」
男は襟を正し、袖を伸ばしながら近づいてくる。
誰だ?この気配は・・・人ではない?
私は腰の剣に手をかけた。
「ふふ、ニルス様と同じ反応をなさるとは・・・親子ですね。鼻が利く」
「あなたは・・・なんだ?」
この男、ニルスのことも知っている。私が母親だということも・・・。
「初めましてですね。私はハリス・ボイジャーというものです」
「・・・人間の気配とは違うな、何者だ」
ハリス・・・知らない名前だ。
「たしかに人間とは少しばかり違いますね。・・・私はケルト様の友人です。たまに語らいに来ています」
ハリスは花畑に視線を向けた。
友人・・・。
『この話は、君とたった一人の友人にしか話していないんだ』
ケルトが過去を話せるくらい信用している者、この男が・・・。
「すまなかった。たしかに敵意も感じないな」
私は剣から手を離した。
きっと大丈夫だろう。
「わかっていただけて幸いです」
「ニルスにも会ったことがあるのか?」
「はい、ニルス様はここにしばらく住んでいましたので」
「しばらく・・・」
そうだったのか、私とルージュもいたらとても幸せだっただろうな・・・。
・・・最初からそうしていればよかったんだ。
「アリシア様・・・そこの花畑、初めて見るのではありませんか?」
「ああ・・・初めて見る」
「・・・そうでしたか。近くに行きましょう、大切なお話があります」
ハリスは気まずそうな顔をした。
自分が伝えなければならないと考えているのだろう。
「ケルト様に・・・会いに来たのですか?」
「いや違う・・・弔いに来たんだ」
「・・・ご存じでしたか。助かりました」
「ここに来るまでは信じられなかったが・・・なんとなくわかったよ。あなたの態度もそんな感じだ」
まだ・・・まだ泣いてはいけない。
ハリスが去るまで・・・。
◆
二人で花畑を見つめていた。
この下にケルトがいる・・・。
『父さんは、最期まで幸せそうだったよ』
それなら、きっと笑顔で眠っているんだろう。
「ケルト様の死をご存じということは、ニルス様にお会いしたのですね?」
「そうだ。・・・教えてくれた」
「では、和解されたのですか?」
「いや・・・そういうわけじゃない」
ハリスは私たち家族の事情を知っているみたいだ。
私にとってのルル、それがケルトにとってのハリスなんだろう。だから、話すのは当たり前・・・。
「私は今日まで名前も知らなかったが、ケルトはあなたのことをとても大切に思っていたみたいだ。友人だと話してくれた時に、そういう顔をしていた」
「・・・」
ハリスは切なく微笑んだ。
お互いにそうだったんだな。
「ケルトは、私とあなたにしか自分の過去を話していないと言っていた」
「ああ・・・クローチェの話ですか・・・」
「たしかそんな名前だ。あなたは私よりも知っているのか?」
この男となら話すのは問題ないだろう。
「あなたがどこまで聞いたのかはわかりませんが、調べたことはあります。まあ、私以外にもクローチェに詳しい者は割といますね」
「地図からも消えていると・・・」
「例えば・・・知り合いに魔女のような情報屋がいます。その方も知っていますね」
魔女・・・危なそうだ。
「調べたのは・・・どういう理由だ?」
「その後どうなったのかが気になったからです。まあ・・・ケルト様にはお伝えしていませんが・・・」
「そうなのか・・・」
「今となってはどうでもいいことです。彼は・・・もういない」
ハリスは本当に悲しそうな顔で俯いた。
そうだな・・・もういない・・・。
◆
お互い、また黙り込んでしまった。
静寂の中、初めて会った人間と二人きり・・・でも、この男は気にならない。
落ち着くわけではないが、同じ悲しみがある者同士だからなんだろう。
「ああそうだ・・・」
ハリスが沈黙を破った。
もう行くのだろうか。
「アリシア様、ケルト様からお預かりしていたものがあります。・・・こちらを」
ハリスは服の内側から何かを取り出し、私の前に差し出した。
「指輪と・・・ブローチか?」
私の手にその二つが置かれた。
「指輪はアリシア様に、ブローチは・・・娘のものだと仰っていました」
「私たちに・・・」
私はその二つを握りしめ胸に抱いた。
残してくれていたのか・・・。
「すまない・・・」
「いえ、本来はニルス様から渡した方がよろしいと伝えたのですが・・・事情があるのでしょう?」
「ああ・・・その通りだ」
「まあ偶然ですがお渡しできてよかった。会えたらでいいとは言われていましたが・・・」
ハリスはケルトの眠る場所へ目を移した。
死んだ後も来てくれる。いい友人だな・・・。
「ここに咲く花は、あなたが植えたのですか?」
色とりどりの花がたくさん咲いている。
これなら死者も安らぐだろう。
「いえ・・・精霊のイナズマ様がこうしてくれました」
「イナズマ?」
「ケルト様と契約された精霊です。なにか思う所があるのでしょう」
そういえば、精霊の名前も知らなかったな・・・。そのイナズマもケルトの死を悲しんでくれたのだろうか・・・待てよ。
「あなたは・・・私に思うところはないのですか?」
気になってしまった。
ハリスは悲しんでいる。
大切な友人を失ったのは私のせい・・・。
「いえ・・・特に・・・」
「そんなはずは・・・」
「責め立ててほしい・・・そういった顔をしていますね」
ハリスは穏やかな声で私を見つめてきた。
そう・・・責めてほしい・・・。
「私はあなたと違います。戦場のように意味のないことはしません」
「戦場・・・意味はある。ニルスと約束をした・・・勝ち続けて、終わらせなければならない」
「戦場は・・・いくら勝ち続けても終わりませんよ」
ハリスは溜め息を零した。
「大地をすべて取り戻せばいいはずだ」
「あなたはその約束を理由に、ニルス様から逃げているだけなのでは?」
「逃げて・・・」
「再会し、ケルト様の死を知った。そこにあるはずの和解・・・なぜそれが無いのでしょう?」
言い返せない・・・つまり、そうなんだろう。
「ケルト様はそれを望んでいました。裏切らないでいただきたい」
「私も・・・そうしたいんだ」
「・・・これくらいにしましょう。ニルス様とは何度か語らいましたが、あなたが思うほど難しいことではなさそうです」
「難しいのさ・・・」
私にとっては何よりも・・・。
◆
「・・・では、私は失礼いたします」
ハリスが影の中に消えた。
「え・・・」
魔法・・・ではない?・・・本当に人間とは少し違うらしい。
ケルトとニルスのことをもっと聞きたかったが、消えてしまったのでは仕方がないな。
・・・まだ明るい、ケルトが安らかに眠れることを祈ろう。
◆
時間を忘れて祈っていた。
涙はずっと止まらず・・・。
それでも祈っていた。
◆
瞼に感じる光が少なくなってきた頃、やっと目を開くことができた。
・・・そろそろ中に入ろう。
ああ、そうだ。
ハリスから受け取っていた・・・。
「指輪・・・これなら戦いの邪魔にもならない。あ・・・」
内側には聖戦の剣と同じく『愛するアリシアへ』と彫られていた。
『あとさ、ニルス君の剣が完成したあとだけど、アリシアに色々作ってあげるよ。首飾りとか、髪飾りとか、指輪、腕輪・・・夫婦だし、なにか贈りたい』
指を通すとケルトの気配を感じ、心が大きく揺れた。
これは・・・後悔・・・。
『ふふ、なにを言ってるんだ?私はもうこの剣を貰っている。それに・・・着飾るようなものはそんなに興味が無いんだ』
『欲しいって言われると思ってた・・・』
『聖戦の剣が一番嬉しかった。これだけで幸せなんだ』
もっと・・・もっと作ってもらっていればよかったな・・・。
「すまないケルト・・・私は死ぬまで・・・いや、死んでもあなたを愛しているよ・・・」
ブローチは帰ったらすぐルージュに付けてあげよう。
『愛する娘へ』
ケルトもそれを望んでいる。
◆
家の中は静まり返っていた。
本当に誰もいないんだな・・・。
「ん・・・」
炊事場に入ると、最近使ったような形跡があった。
ニルスが来ていたのか?
戦場、あの後ここに・・・。
◆
他の部屋も調べてみた。
「ニルス・・・」
名前の札がかけられている扉があった。
私が最初に一人で使っていた部屋、あの子のものになっていたらしい。
「ニルス・・・いるのか?」
私は扉を開けた。
いるはずないのに・・・。
「・・・ニルスの匂いがする」
息子の部屋には、私の知らない大きなベッドがあった。
そして、ここで眠っていたであろう息子の香り・・・。
「一人では・・・ないな。・・・女もいた?」
近付くと、知らない匂いが鼻を突いた。
・・・石鹸のものとは違う、間違いなく女だ。一緒に寝ていたということか?
仲間、女・・・。あの子に大切な女ができたということだろうか・・・。
急に胸が締め付けられた。
この感情は・・・なんだろう。
『あんた息子に恋してるんじゃないでしょうね?』
そんなことは・・・ないさ。私が愛した男はケルトだけ・・・。
もちろんニルスも愛しているが息子としてだ。
・・・女の気配は気になるが、今日はあの子の匂いのするこのベッドで眠ろう。
ニルス・・・愛しているよ・・・。
読んでいただいてありがとうございます。
次回から第二部となります。




