表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Our Story  作者: NeRix
水の章 第一部
67/481

第六十四話 残されたもの【アリシア】

 ケルト・・・あなたがいなくなったなんて信じたくない。

でも、ニルスが持っていた胎動の剣は・・・。


 『もう一度あなたに会いたいと言っていた。ルージュも抱いてみたかったって・・・』

私も会いたいよ・・・。


 あの家に行くまでは・・・期待していてもいいのかな・・・。



 ルージュをルルに預けて、一度家に戻ってきた。

荷物はまとめてある。あとは・・・。


 「アリシア様!」

私を呼ぶ大声が響いた。

外で待っていてよかったみたいだ。

 「ああ・・・ロイド・・・」

ニルスに助けられ、功労者となった男・・・。

話を聞くために待っていた。


 「お待たせしてしまったようで・・・」

隣には妻、そしてルージュくらいの娘の手を引いて私の元へ駆けてきた。



 「これから故郷のゴーシュへ帰ります。・・・ずっとお会いできず申し訳ありませんでした」

ロイドは妻と娘よりも一歩前に出た。

うっかりと口を滑らせないように、王との謁見以外は宿にこもっていたようだが・・・。


 『今は何も言えませんが・・・アリシア様にだけはお話したいと思います・・・。三日後、朝早くに伺いますので・・・』

私にだけは告げたいと来てくれた。

早く・・・あの子の話を聞きたい・・・。


 「まずは・・・改めてお礼を・・・」

「私はなにもしていない。ロイドを助けたのは・・・ニルスだろう?」

「・・・はい、ニルス様にも感謝しています。とても強く優しい方でした」

「そうか・・・」

ニルスが褒められて嬉しい。もしあの子とのわだかまりが無ければ「自慢の息子だから」と言えただろうな。


 「本当に感謝しています。それに・・・アリシア様は戦いだけではなく子育ても達者で羨ましいです」

ロイドの妻が私に頭を下げた。

今の言葉に一切の悪気は感じない。ただ自分の胸が痛むだけ・・・。

 「子育て・・・私はあの子に・・・」

「ニルス様の優しさはきっとアリシア様譲りだと、主人が何度も話してくれました。誰かに手を差し伸べる優しさ、私たちもこの子に教えていきます」

「あ・・・ああ」

私はあの子に優しさを教えられていたのだろうか?

・・・元々優しい子だったようにも思える。


 「事情を知らないロイドたちからすれば、育てた私はさぞ素晴らしい母親に見えるんだろうな。・・・だが私はそんなにできた親ではない。ひどい扱いをしてきたんだ。・・・良く思われていないのかもしれない」

「・・・謙虚ですね」

ロイドは一度娘を見てから優しく笑った。

 「・・・本当だよ」

「そうは見えませんでしたよ。ニルス様は、母親を助けないといけない・・・そう言っていました。アリシア様を大切に思っています」

「え・・・」

胸が高鳴った。

あの子が・・・私を・・・。


 『愛しているよ』『帰ってきてくれ』『行かないで』

なぜ、ちゃんと伝えられなかったんだろう。

どうして、あの子を信じてあげられなかったんだろう・・・。


 「・・・大丈夫ですか?」

「大丈夫だ。そうだ・・・どうしてニルスは戦場にいたんだ?入れ替わったと聞いたが・・・」

「あ・・・それは私にもわからないのです」

隠している感じは無い。だから何も聞いていないのだろう。


 「あ・・・すみません、そろそろ運び屋に行かなければなりません。・・・アリシア様、娘とまた握手をしていただけませんか?」

時の鐘が鳴り、ロイドが申し訳なさそうに笑った。


 「ああ・・・構わないよ」

私は膝を下ろし、まだ小さいロイドの娘に合わせた。

 「名前を教えてくれないか?」

「・・・ベリンダ」

「ありがとう。・・・お父さんとお母さんにはなんでも話すんだよ」

「うん」

かけた言葉がそのまま自分に突き刺さる。

 自己嫌悪は、あの子が旅立ってから何度もあった。

そのたびにルージュを抱きしめて誤魔化し、なんとか保っていたがこの間の戦場からより強くなっていく・・・。


 「ゴーシュで料理店を出そうと思っています。きっと大きな店にしますので、立ち寄った時は訪ねてください」

奥さんが一歩前に出た。

料理か・・・。

 「王城の料理人にも負けないものを作ってくれ」

「そのつもりです。きのうの宴で出たもの・・・すべて超えてみせます」

「きっとできるさ」

「では・・・ありがとうございました」

家族は、幸福な未来を瞳に映しながら去っていった。

ニルスが助けたから・・・か。


 『大切な仲間もできたんだ。詳しく話す気は無いけど、ここには・・・その仲間のために来た』

そういえば、これも聞いておけばよかったな・・・。

大切な・・・。


 仕方ない・・・セイラの所に行こう・・・。



 「来たか・・・セイラに急ぎの仕事が入ったんだ。かわりに俺が送るよ」

運び屋に顔を出すと、テッドさんが待っていてくれた。

そうなのか・・・。


 「わかりました・・・」

「・・・暗いな。やっぱり俺とじゃ嫌か?」

「・・・そんなことはありません」

「まあわかるよ・・・。セイラの方がニルスをよく知ってるからな」

見透かされているようだ。


 セイラはニルスが小さい頃から仲が良かった。

旅人になりたいという夢はその時から言っていたらしい。

 あの子の様子が変わってきたことに一番初めに気付いていたが、口止めをされて私に伝えることはできなかったと・・・あとから教えてもらった。


 『十歳の時だよ。自分で話すから・・・わたしからはなにも言わないでって』

それを聞いて余計に自分を呪った。

本当は、その変化に私が気付かなければいけなかったんだ・・・。


 

 「アリシア、出発だ」

テッドさんが馬車の準備を終わらせた。

・・・乗り込もう。


 「・・・なんだよ、中に入ればいいだろ」

「落ち着かないので・・・」

私はテッドさんの隣に座った。

ルージュもいないし、なにか話していないと気持ちが沈みそうだ。



 「近い方で行くか?」

「お願いします」

馬車はテーゼを出て街道に入った。


 顔、髪、耳を風がこすっていく・・・。

春の陽気もあり、少しだけ気持ちが穏やかになってきた。


 「テッドさんは、セイラに手を焼いたことはありましたか?」

だから、色々聞きたい。

 「・・・あの子が勝手に客を引っ張ってきて大変だった」

「ああ、私もそうでしたね」

「何度言ってもだ。歩いてたら偶然見つけたって、わかりやすい嘘ついて・・・」

テッドさんは懐かしそうな顔で街道の先を見つめた。

それに比べるとニルスは、私の言うことを素直に聞いてくれていたな・・・。


 「私は・・・ニルスが赤ん坊の時以外で、手を焼いた記憶が無いんです・・・」

「まあニルスは・・・そうだろうな」

「わがままも言いませんでした」

ルージュはなにか欲しい物があったり、したいことがあれば迷わずねだったり、私を連れ出す・・・それがニルスにはほとんど無かった。


 「なんでかわかるか?」

「・・・わかりません」

「なにかあった時に頼れるのはお前しかいなかったからだ。わがままを言って、もし捨てられでもしたら・・・なんて考えてたんだろうな。だからお前が少しでも楽になるようにしてくれてたんだ」

「私がニルスを捨てるなんて・・・ありえません」

一度も思ったことはない。そんな感情は欠片ほどもなかった。


 『戦場は恐いけど、母さんに見捨てられるのはもっと恐い』

だが、ニルスの日記にはその不安が書いてあった。

 思ったことはなくても、そう思わせてしまうような態度だったんだろう・・・。


 「しかし・・・ルージュはわがままを言います」

「まあそれぞれの性格もある。けど、ニルスとルージュにはちゃんと違いがあるんだ」

「違い・・・」

「ルージュには、毎日抱いて愛しているって伝えてるそうだな。それだけで子どもは安心するんだよ」

そうか・・・やり直したい。


 「セイラにもそうしてあげていたのですか?」

「・・・あの子は自分が拾われたって知ってたからな。その不安はニルスよりもあったはずだ。勝手に客を連れてきてたのは、そういう思いからなんだろうな」

「・・・たしかにそうかもしれませんね」

「だから大切に想っていることは伝えてきた。・・・ルージュにはこれからもそうしてやることだな」

ちゃんと想っていることを伝える・・・あの子にはしてやれていなかった。

だから戦場でもできなかったんだろう・・・。


 『ルージュ、一緒にいれない兄さんを許してね。でも、君の幸せをずっと祈っているよ・・・』

そうだ・・・あの子は、妹にはそれをしていた。

 ・・・ニルス、心配しないでくれ。ルージュは必ず幸せにするよ。

だから・・・せめて妹には会いに来てくれ・・・。



 「そういえば、セイラに母親などは考えなかったのですか?」

「別に・・・女と一緒にいてもいいことないからな」

「なにか嫌な思い出でもあるのですか?」

「今の仕事・・・旅・・・色んな人間を見てきたからだよ。信用できなくなるくらい・・・」

いつの間にかテーゼの姿が消えていた。

話しているうちに、ずいぶん進んだみたいだ。


 「・・・ジーナが言ってたんだ。お前は浮気をやめられない女と同じだってさ」

テッドさんが横目で私を見てきた。

ジーナさん・・・わけのわからないことを・・・。


 「私は浮気をしたことなんか・・・」

「戦場のことを言ってるんだ」

「戦場は男ではありませんよ・・・」

「やってることはそうだ。夫よりも・・・我が子よりも戦場を取っている」

たしかにそうだ。

だから何も言い返せない・・・。


 「それで例えると・・・お前は愛する旦那の目の前で、間男にも会いたいから別で暮らすって言ったのと同じだな。・・・旦那公認の浮気だ」

「・・・そうかもしれません」

「そしてニルスには、間男の所は楽しいから一緒に行こうって言ってたわけだ」

「・・・その通りですね。私は・・・愛よりも快楽を取ったのでしょう・・・」

やめられなかった。

とても強い快感・・・。


 でも今は昔ほどの気持ちよさはない。それでも戦うことがやめられない・・・。


 「認めるんだな・・・」

「でも・・・裏切っているつもりはありませんでした・・・」

「そういう女は多いらしい。あくまで家族が一番、間男はそれ以上ではない・・・浮気されてる方からしたらどうだろうな」

言い訳にならない・・・。


 「ジーナの言ってることは正しいと思うか?」

「思います・・・」

最低な女だ。許されていると勘違いしていた・・・。


 「大切な存在がいても戦場に出る・・・異常者だって教えたことあっただろ?」

「はい・・・私もそうなのでしょう」

「お前、死にかけたらしいな」

「ニルスが助けてくれました・・・」

あれは嬉しかった。

だから生きている。

 「そういうことはあるんだ。ニルスにもあったかもしれない・・・なんで考えなかった?」

「死は・・・無いものだと思っていました。意識したのは、助けてもらった時です・・・」

「だから異常者なんだよ。で・・・戦場はまだ出るのか?」

テッドさんの声が低くなった。

・・・真剣に答えなければいけないな。


 「ニルスと・・・約束しました」

「そう・・・」

「ですが・・・ニルスから・・・もういいとも言われたんです」

あれは、どういう意味なんだろう?

 「ルージュのために生きろってことじゃないのか?」

「いえ・・・自分がなんとかするからと・・・」

「理由を聞けよ・・・」

「教えてくれなさそうだったので・・・」

だから想像するしかない。


 でも浮かんでくるのは、嫌な答えばかりだ。

私には、もうなにも期待していないから・・・。



 日が暮れてきて、馬車は走るのをやめた。

簡単に食事を取り、あとは休むだけ・・・。


 「まだ・・・信じられないのです」

「・・・俺もなんて言っていいかわからない」

宵闇の中で焚き火を見ていると、ケルトの顔が浮かんできた。

実は生きている・・・そんな気がしてくる。


 「精霊鉱・・・だったな。ニルスが持っていた剣は本当にそうだったのか?」

「はい・・・間違いないのです。あの子が嘘をついているとも思えませんし・・・」

「覚悟はしておけ・・・」

「・・・はい」

実際にこの目で確認しなければ信じられない。それなのに、ニルスの言葉は信用できる。

心の中はよくわからない状態だ。


 「戦場は、人間の行ける場所にあるらしいな」

テッドさんは話を変えた。

私を気遣ってなんだろう。

 「境界を越えるのは不可能だって言われてる。つまり、こっち側にあるってことだ」

「だったら・・・どうだと言うのですか?」

「言葉にはできない。でも・・・なにか違和感がある」

私には無い。でも説明が難しいなら別にいい。


 「どうせ答えは出ません。考えても仕方ないと思います」

「お前には知識欲ってのが無いらしいな」

「子どもたちのことは・・・知りたいです」

「あっそ・・・俺は少し酒を飲んでから寝る。お前はもう休んでろ」

テッドさんは沸かしていたお湯をかきまぜた。

春だがまだ夜は冷える。だからあれで割って飲むんだろう。


 「じゃあ・・・先にテントに行っています・・・」

「あ?ふざけんな、お前は馬車で寝るんだよ」

「なにもしませんよ・・・心配であれば、私の手足を縛っても構いません」

「なんもないのはわかってるからそこまではしない。けど・・・もし襲ってきたら殺すからな?」

このやり取り、男女逆じゃないのか?


 まあいい、そんなつもりで言ったわけじゃない。

一人ぼっちが嫌だっただけ・・・。



 「迎えはどうする?」

「明日の朝・・・いや、もう一日・・・」

ケルトの家に着いた。

ルージュを授かって以来だ。


 「わかった・・・。しばらく来なかったが、あの花畑・・・そうなんじゃないのか?」

「そうだと・・・思います・・・」

「・・・俺は宿場に行く。おもいきり泣けばいい」

「はい・・・ありがとうございます」

わかる・・・ケルトはあそこにいるんだ。


 『綺麗な花畑になってる』

あの子の言った通りだからな・・・。

 


 「アリシア様・・・」

花畑に近付いた時、突然背の高い男が現れた。

どこから・・・いつからいた?


 「偶然ですね・・・。お会いしたかったのです」

男は襟を正し、袖を伸ばしながら近づいてくる。

 誰だ?この気配は・・・人ではない?

私は腰の剣に手をかけた。


 「ふふ、ニルス様と同じ反応をなさるとは・・・親子ですね。鼻が利く」

「あなたは・・・なんだ?」

この男、ニルスのことも知っている。私が母親だということも・・・。


 「初めましてですね。私はハリス・ボイジャーというものです」

「・・・人間の気配とは違うな、何者だ」

ハリス・・・知らない名前だ。

 「たしかに人間とは少しばかり違いますね。・・・私はケルト様の友人です。たまに語らいに来ています」

ハリスは花畑に視線を向けた。

友人・・・。


 『この話は、君とたった一人の友人にしか話していないんだ』

ケルトが過去を話せるくらい信用している者、この男が・・・。


 「すまなかった。たしかに敵意も感じないな」

私は剣から手を離した。

きっと大丈夫だろう。

 「わかっていただけて幸いです」

「ニルスにも会ったことがあるのか?」

「はい、ニルス様はここにしばらく住んでいましたので」

「しばらく・・・」

そうだったのか、私とルージュもいたらとても幸せだっただろうな・・・。

・・・最初からそうしていればよかったんだ。


 「アリシア様・・・そこの花畑、初めて見るのではありませんか?」

「ああ・・・初めて見る」

「・・・そうでしたか。近くに行きましょう、大切なお話があります」

ハリスは気まずそうな顔をした。

自分が伝えなければならないと考えているのだろう。

 「ケルト様に・・・会いに来たのですか?」

「いや違う・・・弔いに来たんだ」

「・・・ご存じでしたか。助かりました」

「ここに来るまでは信じられなかったが・・・なんとなくわかったよ。あなたの態度もそんな感じだ」

まだ・・・まだ泣いてはいけない。

ハリスが去るまで・・・。



 二人で花畑を見つめていた。

この下にケルトがいる・・・。

 『父さんは、最期まで幸せそうだったよ』

それなら、きっと笑顔で眠っているんだろう。


 「ケルト様の死をご存じということは、ニルス様にお会いしたのですね?」

「そうだ。・・・教えてくれた」

「では、和解されたのですか?」

「いや・・・そういうわけじゃない」

ハリスは私たち家族の事情を知っているみたいだ。

 私にとってのルル、それがケルトにとってのハリスなんだろう。だから、話すのは当たり前・・・。


 「私は今日まで名前も知らなかったが、ケルトはあなたのことをとても大切に思っていたみたいだ。友人だと話してくれた時に、そういう顔をしていた」

「・・・」

ハリスは切なく微笑んだ。

お互いにそうだったんだな。

 「ケルトは、私とあなたにしか自分の過去を話していないと言っていた」

「ああ・・・クローチェの話ですか・・・」

「たしかそんな名前だ。あなたは私よりも知っているのか?」

この男となら話すのは問題ないだろう。


 「あなたがどこまで聞いたのかはわかりませんが、調べたことはあります。まあ、私以外にもクローチェに詳しい者は割といますね」

「地図からも消えていると・・・」

「例えば・・・知り合いに魔女のような情報屋がいます。その方も知っていますね」

魔女・・・危なそうだ。

 「調べたのは・・・どういう理由だ?」

「その後どうなったのかが気になったからです。まあ・・・ケルト様にはお伝えしていませんが・・・」

「そうなのか・・・」

「今となってはどうでもいいことです。彼は・・・もういない」

ハリスは本当に悲しそうな顔で俯いた。

そうだな・・・もういない・・・。



 お互い、また黙り込んでしまった。


 静寂の中、初めて会った人間と二人きり・・・でも、この男は気にならない。

落ち着くわけではないが、同じ悲しみがある者同士だからなんだろう。


 「ああそうだ・・・」

ハリスが沈黙を破った。

もう行くのだろうか。


 「アリシア様、ケルト様からお預かりしていたものがあります。・・・こちらを」

ハリスは服の内側から何かを取り出し、私の前に差し出した。


 「指輪と・・・ブローチか?」

私の手にその二つが置かれた。

 「指輪はアリシア様に、ブローチは・・・娘のものだと仰っていました」

「私たちに・・・」

私はその二つを握りしめ胸に抱いた。

残してくれていたのか・・・。


 「すまない・・・」

「いえ、本来はニルス様から渡した方がよろしいと伝えたのですが・・・事情があるのでしょう?」

「ああ・・・その通りだ」

「まあ偶然ですがお渡しできてよかった。会えたらでいいとは言われていましたが・・・」

ハリスはケルトの眠る場所へ目を移した。

死んだ後も来てくれる。いい友人だな・・・。

 

 「ここに咲く花は、あなたが植えたのですか?」

色とりどりの花がたくさん咲いている。

これなら死者も安らぐだろう。

 「いえ・・・精霊のイナズマ様がこうしてくれました」

「イナズマ?」

「ケルト様と契約された精霊です。なにか思う所があるのでしょう」

そういえば、精霊の名前も知らなかったな・・・。そのイナズマもケルトの死を悲しんでくれたのだろうか・・・待てよ。


 「あなたは・・・私に思うところはないのですか?」

気になってしまった。

 ハリスは悲しんでいる。

大切な友人を失ったのは私のせい・・・。


 「いえ・・・特に・・・」

「そんなはずは・・・」

「責め立ててほしい・・・そういった顔をしていますね」

ハリスは穏やかな声で私を見つめてきた。

そう・・・責めてほしい・・・。


 「私はあなたと違います。戦場のように意味のないことはしません」

「戦場・・・意味はある。ニルスと約束をした・・・勝ち続けて、終わらせなければならない」

「戦場は・・・いくら勝ち続けても終わりませんよ」

ハリスは溜め息を零した。

 「大地をすべて取り戻せばいいはずだ」

「あなたはその約束を理由に、ニルス様から逃げているだけなのでは?」

「逃げて・・・」

「再会し、ケルト様の死を知った。そこにあるはずの和解・・・なぜそれが無いのでしょう?」

言い返せない・・・つまり、そうなんだろう。


 「ケルト様はそれを望んでいました。裏切らないでいただきたい」

「私も・・・そうしたいんだ」

「・・・これくらいにしましょう。ニルス様とは何度か語らいましたが、あなたが思うほど難しいことではなさそうです」

「難しいのさ・・・」

私にとっては何よりも・・・。



 「・・・では、私は失礼いたします」

ハリスが影の中に消えた。

 「え・・・」

魔法・・・ではない?・・・本当に人間とは少し違うらしい。


 ケルトとニルスのことをもっと聞きたかったが、消えてしまったのでは仕方がないな。

 

 ・・・まだ明るい、ケルトが安らかに眠れることを祈ろう。



 時間を忘れて祈っていた。

涙はずっと止まらず・・・。

それでも祈っていた。



 瞼に感じる光が少なくなってきた頃、やっと目を開くことができた。

・・・そろそろ中に入ろう。


 ああ、そうだ。

ハリスから受け取っていた・・・。


 「指輪・・・これなら戦いの邪魔にもならない。あ・・・」

内側には聖戦の剣と同じく『愛するアリシアへ』と彫られていた。


 『あとさ、ニルス君の剣が完成したあとだけど、アリシアに色々作ってあげるよ。首飾りとか、髪飾りとか、指輪、腕輪・・・夫婦だし、なにか贈りたい』

指を通すとケルトの気配を感じ、心が大きく揺れた。

これは・・・後悔・・・。

 『ふふ、なにを言ってるんだ?私はもうこの剣を貰っている。それに・・・着飾るようなものはそんなに興味が無いんだ』

『欲しいって言われると思ってた・・・』

『聖戦の剣が一番嬉しかった。これだけで幸せなんだ』

もっと・・・もっと作ってもらっていればよかったな・・・。


 「すまないケルト・・・私は死ぬまで・・・いや、死んでもあなたを愛しているよ・・・」

ブローチは帰ったらすぐルージュに付けてあげよう。

 『愛する娘へ』

ケルトもそれを望んでいる。


 

 家の中は静まり返っていた。

本当に誰もいないんだな・・・。


 「ん・・・」

炊事場に入ると、最近使ったような形跡があった。

 ニルスが来ていたのか?

戦場、あの後ここに・・・。



 他の部屋も調べてみた。


 「ニルス・・・」

名前の札がかけられている扉があった。

私が最初に一人で使っていた部屋、あの子のものになっていたらしい。

 「ニルス・・・いるのか?」

私は扉を開けた。

いるはずないのに・・・。


 「・・・ニルスの匂いがする」

息子の部屋には、私の知らない大きなベッドがあった。

そして、ここで眠っていたであろう息子の香り・・・。


 「一人では・・・ないな。・・・女もいた?」

近付くと、知らない匂いが鼻を突いた。

・・・石鹸のものとは違う、間違いなく女だ。一緒に寝ていたということか?


 仲間、女・・・。あの子に大切な女ができたということだろうか・・・。

急に胸が締め付けられた。

この感情は・・・なんだろう。

 

 『あんた息子に恋してるんじゃないでしょうね?』

そんなことは・・・ないさ。私が愛した男はケルトだけ・・・。

もちろんニルスも愛しているが息子としてだ。


 ・・・女の気配は気になるが、今日はあの子の匂いのするこのベッドで眠ろう。

ニルス・・・愛しているよ・・・。

読んでいただいてありがとうございます。

次回から第二部となります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ